組織 普通の組織をイノベーティブにする処方箋 (その45)

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  技術マネジメント
 
 前回からKETICモデルのK(Knowledge)の知識の3つの要素の内、「自社の強み」を解説しています。今回は、前回に引き続きVRIOモデルの4つ目の要素、組織:Organizationについて解説します。
 

◆「自社の強み」抽出の視点:VRIO(前回からの続き)

 

【組織:Organization】

 
 前回まで議論したVRIOの先3つの要素、経済価値Value:、希少価値:Rarity、模倣困難性:Imitabilityは比較的分かり易い概念であったと思いますが、最後の4つ目の組織は聞いただけではわかりにくい要素です。
 
 組織:Organizationとは、いくらその強みの候補が、経済価値を生み出し、他社にはない希少性があり、更に他社の模倣が難しいものであっても、強みの候補を経済価値に転化する能力をその企業の「組織」が保有していないのであれば、その強み候補は強みではないということです。
 
 経済価値Value:、希少価値:Rarity、模倣困難性:Imitabilityがありながら、最終的にその強み候補を現実の強みに転化する能力を真の強みに転化できなかった例に、米ゼロックスのパロアルト研究所(PARC)の例があります。
 
 PARCは複写機のメーカーであったゼロックスが、未来のオフィス技術を研究する拠点として、1970年にカリフォルニア州パロアルトに設立した研究所です。この研究所は、パーソナルコンピューター、イーサネット、PDF、マウス、グラフィカルインターフェース等、その後社会を変えるような大きな研究成果を挙げました。しかし、ゼロックスは自社で、いずれの技術も事業の成功に結び付けることができませんでした。
 
 つまり、経済価値Value:、希少価値:Rarity、模倣困難性:Imitabilityのある技術も自社で開発しながら、それらを収益を挙げるような事業として実現する能力が自社の組織に無かったということです。
 
 なぜそのような能力が自社に無かったのか?これは私の想定を一部含めてなのですが、まず複写機のビジネスがあまりに魅力的であったために、多くのゼロックスの経営陣がこれらの技術を事業化することに関心をもたなかった、ということがあるかと思います。
 
 複写機のビジネスは、近年先進国での紙の消費が減少してきているため、その魅力が失われつつありますが、つい最近まで長い期間大変魅力的なものでした。なぜなら、複写機はエレクトロニクス、機械、化学、物理等の複合的な技術の集大成として実現されているもので、そもそも製品として実現することは難しいものです。
 
 また、ゼロックスは、そのコアとなる複写技術であるゼログラフィ以外にも、様々な特許で自社の技術を守っていました。複写機を販売するためには、顧客に密着したサービス網が必要で、その構築は簡単ではありません。そのため、世界でも複写機メーカーは数少ない企業に限定されていました。その結果、複写機本体は高い利益率で販売することができたのです。
 
 加えて、複写機ビジネスは典型的な消耗品モデルで、複写機本体を売った後には、紙、トナー、ドラム、定期保守など、それらは顧客が既に購入済の製品(複写機本体)向けであるが故に他社との競争がないために、極めて高い利益率で販売することができました。更に、時あたかも、情報化の時代で、また情報媒体としての紙は便利で、コピーやプリンティングの需要は長期にわたり伸びてきました。
 
 以上の結果、「既存事業が儲かって...
 
  技術マネジメント
 
 前回からKETICモデルのK(Knowledge)の知識の3つの要素の内、「自社の強み」を解説しています。今回は、前回に引き続きVRIOモデルの4つ目の要素、組織:Organizationについて解説します。
 

◆「自社の強み」抽出の視点:VRIO(前回からの続き)

 

【組織:Organization】

 
 前回まで議論したVRIOの先3つの要素、経済価値Value:、希少価値:Rarity、模倣困難性:Imitabilityは比較的分かり易い概念であったと思いますが、最後の4つ目の組織は聞いただけではわかりにくい要素です。
 
 組織:Organizationとは、いくらその強みの候補が、経済価値を生み出し、他社にはない希少性があり、更に他社の模倣が難しいものであっても、強みの候補を経済価値に転化する能力をその企業の「組織」が保有していないのであれば、その強み候補は強みではないということです。
 
 経済価値Value:、希少価値:Rarity、模倣困難性:Imitabilityがありながら、最終的にその強み候補を現実の強みに転化する能力を真の強みに転化できなかった例に、米ゼロックスのパロアルト研究所(PARC)の例があります。
 
 PARCは複写機のメーカーであったゼロックスが、未来のオフィス技術を研究する拠点として、1970年にカリフォルニア州パロアルトに設立した研究所です。この研究所は、パーソナルコンピューター、イーサネット、PDF、マウス、グラフィカルインターフェース等、その後社会を変えるような大きな研究成果を挙げました。しかし、ゼロックスは自社で、いずれの技術も事業の成功に結び付けることができませんでした。
 
 つまり、経済価値Value:、希少価値:Rarity、模倣困難性:Imitabilityのある技術も自社で開発しながら、それらを収益を挙げるような事業として実現する能力が自社の組織に無かったということです。
 
 なぜそのような能力が自社に無かったのか?これは私の想定を一部含めてなのですが、まず複写機のビジネスがあまりに魅力的であったために、多くのゼロックスの経営陣がこれらの技術を事業化することに関心をもたなかった、ということがあるかと思います。
 
 複写機のビジネスは、近年先進国での紙の消費が減少してきているため、その魅力が失われつつありますが、つい最近まで長い期間大変魅力的なものでした。なぜなら、複写機はエレクトロニクス、機械、化学、物理等の複合的な技術の集大成として実現されているもので、そもそも製品として実現することは難しいものです。
 
 また、ゼロックスは、そのコアとなる複写技術であるゼログラフィ以外にも、様々な特許で自社の技術を守っていました。複写機を販売するためには、顧客に密着したサービス網が必要で、その構築は簡単ではありません。そのため、世界でも複写機メーカーは数少ない企業に限定されていました。その結果、複写機本体は高い利益率で販売することができたのです。
 
 加えて、複写機ビジネスは典型的な消耗品モデルで、複写機本体を売った後には、紙、トナー、ドラム、定期保守など、それらは顧客が既に購入済の製品(複写機本体)向けであるが故に他社との競争がないために、極めて高い利益率で販売することができました。更に、時あたかも、情報化の時代で、また情報媒体としての紙は便利で、コピーやプリンティングの需要は長期にわたり伸びてきました。
 
 以上の結果、「既存事業が儲かっているのに、何を好んでややこしく不確実性の高いそれらの技術の事業化をしなければならないのか?」という考えが、多くの経営陣の頭の中にあっても不思議はありません。
 
 更に、多くの経営陣が勤務するゼロックスの本社は、東海岸のコネティカット州スタムフォードにあり、またその主要開発拠点も同じく東海岸のニューヨーク州ロチェスターにありました。一方でPARCは、広大なアメリカ大陸の反対側の西海岸、カリフォルニア州パロアルトにあります。この地理的な距離が、PARCと本社の経営陣とのコミュニケーションを阻害し、また経営陣のPARCへの関心を削ぐという効果があったと思います。
 
 次回に続きます。

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この記事の著者

浪江 一公

プロフェッショナリズムと豊富な経験をベースに、革新的な製品やサービスを創出するプロセスの構築のお手伝いをいたします。

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