フェーズ理論 【快年童子の豆鉄砲】(その15)

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安全

 

フェーズ理論

 

1.はじめに

次弾で、第2段階の欲求として「職場の安全安心」のご説明をするのですが、このテーマの場合、企業サイドが取り組むべき安全体制(ハードとソフト)の整備に勝るとも劣らないのが“作業者の心理状態の安定確保”だと考えています。と言いますのは、怪我に付き物の“ヒューマンエラー”は、この“作業者の心理状態”に深く関わるからなんですが、“ヒューマンエラー”と“作業者の心理状態”の関係を、理論的に解き明かし、確率論にまで仕上げてあるのがこの「フェーズ理論」で、後述する品質問題も含めて、説明のカギを握る理論ですので、(その15)として独立した形で今回、ご説明することにしました。

【この連載の前回:【快年童子の豆鉄砲】(その14)理念経営基本体系の設計(4)へのリンク】

 

2.環境を整えれば「作業者は作業ミスを犯さない」のではないか

ヒューマンエラーを論じるとき、アレクサンダー・ポープの有名な言葉「失敗するのが人、許すのが神」(To err is human, to forgive divine.)にあるように「人はミスを犯す生き物」を前提にしているのが一般的ですが、“作業者の作業ミス”に限定した時、その前提に大いなる疑問を感じていたのです。

 

と言いますのは、品質問題でご説明した方が分かりやすいと思うのですが、結構複雑な組み立て作業を数年間一度も全数検査でミスを発見されることなく退社していく女性作業者を何人も目にしていたからで、ヒューマンエラーは人によるのではないかと言うことです。

 

もう一つ、クレーム対策で、組み立てミスクレームゼロを目指して工程改善を重ねたところ、作業ミスの常連者が、全く作業ミスをしなくなるという経験もしているのですが、これは、工程改善により、その作業者の注意力レベルでも、ミスをしなくなったということだと思うのです。

 

この双方から、人により、環境に対する耐性に差はあるものの、環境を整えれば「作業者は作業ミスを犯さない」のではないか、と強く思うようになっていたところ、その思いに、学術的根拠を示してくれたのが、ここでご説明する“フェース理論”なのです。

 

3.フェーズ理論とは

「フェーズ理論」とは、橋本邦衛博士が、著書「安全人間工学」(中央労働災害防止協会)で論じられているものです。

 

この理論は、「人間はエラーをおかす生き物だが、常にそうであるわけではなく、生理的な特性からエラー率は不断に変化しており、そのエラーの可能性の変化は脳の活動、即ち、脳の意識レベルと密接に関わっている」というもので、脳の意識レベルを5段階(フェーズ)に分け、それぞれの意識レベルにおけるエラー発生の可能性を調査研究した結果を取りまとめたのが下表です。

 

表16-1 脳の意識レベルと信頼性

フェーズ理論

 

4.作業ミスの観点から見たフェーズ理論

作業者の“作業ミス”(ヒューマンエラー)と言う観点からこの表を見ると、フェーズ0(F0)は論外と言いたいところですが、フェーズⅠ(FⅠ)の時、ほんの数秒間(作業ミスを犯すのに十分長い)F0に陥る可能性が高いことを念頭に置いておく必要があります。

 

そう言った意味で、本人にしか分からないFⅠ状態を、「私今日フェーズⅠ状態なんでよろしく」などと、朝のミーティングで気軽に自己申告できる雰囲気作りがいいのではないかと思います。

 

通常作業は、最も信頼性の高いフェーズⅢ(FⅢ)を期待したいところですが、短時間に限定されていますので無理で、段取り替え作業など、重要ですが比較的短時間で終えることができる“節目作業”に向いていると言えます。ただ、短時間といえども、FⅢ状態の維持は難しいと言えますので、肝心なところは“指差し呼称”と言った補助手段が必要だと思われます。

 

と言うことで、“通常作業”は、作業者の脳の意識レベルを長時間維持できるフェーズⅡ(FⅡ)の状態にすることが大切と言うことになるのですが、どのようにして維持すればよいのかについては、表2-1(第002弾)の ④の「体質系不具合対策」の事例のところでご説明しますので参考にして頂ければと思います。3837

 

最後のフェーズⅣ(FⅣ)は、突発的な異常事態を前にパニック状態を生むフェーズなんですが、企業内の作業の場合、異常事態はかなりの精度で予測できますので、予測した異常事態への対処における役割を明確にしておくことにより、冷静に対処することができ、パニック状態を避けることができます。

 

この役割により生じる第二人格を「役割人格」というのですが、乗客がパニック状態の時、若い女性客室乗務員の冷静な対応はその典型と言えます。

 

5.おわりに

日常生活でのヒューマンエラーと言うことになると、ポープの言葉通りなんでしょうが、企業内の作業の場合、作業標準があり、教育訓練を受けた上での作業である上、大抵の場合、2時間位で休憩が入ってリフレッシュすることが出来ますので、全く違った視点での把握が必要ではないかと思っています。

 

即ち、企業内の通常作業における作業ミスによる不...

安全

 

フェーズ理論

 

1.はじめに

次弾で、第2段階の欲求として「職場の安全安心」のご説明をするのですが、このテーマの場合、企業サイドが取り組むべき安全体制(ハードとソフト)の整備に勝るとも劣らないのが“作業者の心理状態の安定確保”だと考えています。と言いますのは、怪我に付き物の“ヒューマンエラー”は、この“作業者の心理状態”に深く関わるからなんですが、“ヒューマンエラー”と“作業者の心理状態”の関係を、理論的に解き明かし、確率論にまで仕上げてあるのがこの「フェーズ理論」で、後述する品質問題も含めて、説明のカギを握る理論ですので、(その15)として独立した形で今回、ご説明することにしました。

【この連載の前回:【快年童子の豆鉄砲】(その14)理念経営基本体系の設計(4)へのリンク】

 

2.環境を整えれば「作業者は作業ミスを犯さない」のではないか

ヒューマンエラーを論じるとき、アレクサンダー・ポープの有名な言葉「失敗するのが人、許すのが神」(To err is human, to forgive divine.)にあるように「人はミスを犯す生き物」を前提にしているのが一般的ですが、“作業者の作業ミス”に限定した時、その前提に大いなる疑問を感じていたのです。

 

と言いますのは、品質問題でご説明した方が分かりやすいと思うのですが、結構複雑な組み立て作業を数年間一度も全数検査でミスを発見されることなく退社していく女性作業者を何人も目にしていたからで、ヒューマンエラーは人によるのではないかと言うことです。

 

もう一つ、クレーム対策で、組み立てミスクレームゼロを目指して工程改善を重ねたところ、作業ミスの常連者が、全く作業ミスをしなくなるという経験もしているのですが、これは、工程改善により、その作業者の注意力レベルでも、ミスをしなくなったということだと思うのです。

 

この双方から、人により、環境に対する耐性に差はあるものの、環境を整えれば「作業者は作業ミスを犯さない」のではないか、と強く思うようになっていたところ、その思いに、学術的根拠を示してくれたのが、ここでご説明する“フェース理論”なのです。

 

3.フェーズ理論とは

「フェーズ理論」とは、橋本邦衛博士が、著書「安全人間工学」(中央労働災害防止協会)で論じられているものです。

 

この理論は、「人間はエラーをおかす生き物だが、常にそうであるわけではなく、生理的な特性からエラー率は不断に変化しており、そのエラーの可能性の変化は脳の活動、即ち、脳の意識レベルと密接に関わっている」というもので、脳の意識レベルを5段階(フェーズ)に分け、それぞれの意識レベルにおけるエラー発生の可能性を調査研究した結果を取りまとめたのが下表です。

 

表16-1 脳の意識レベルと信頼性

フェーズ理論

 

4.作業ミスの観点から見たフェーズ理論

作業者の“作業ミス”(ヒューマンエラー)と言う観点からこの表を見ると、フェーズ0(F0)は論外と言いたいところですが、フェーズⅠ(FⅠ)の時、ほんの数秒間(作業ミスを犯すのに十分長い)F0に陥る可能性が高いことを念頭に置いておく必要があります。

 

そう言った意味で、本人にしか分からないFⅠ状態を、「私今日フェーズⅠ状態なんでよろしく」などと、朝のミーティングで気軽に自己申告できる雰囲気作りがいいのではないかと思います。

 

通常作業は、最も信頼性の高いフェーズⅢ(FⅢ)を期待したいところですが、短時間に限定されていますので無理で、段取り替え作業など、重要ですが比較的短時間で終えることができる“節目作業”に向いていると言えます。ただ、短時間といえども、FⅢ状態の維持は難しいと言えますので、肝心なところは“指差し呼称”と言った補助手段が必要だと思われます。

 

と言うことで、“通常作業”は、作業者の脳の意識レベルを長時間維持できるフェーズⅡ(FⅡ)の状態にすることが大切と言うことになるのですが、どのようにして維持すればよいのかについては、表2-1(第002弾)の ④の「体質系不具合対策」の事例のところでご説明しますので参考にして頂ければと思います。3837

 

最後のフェーズⅣ(FⅣ)は、突発的な異常事態を前にパニック状態を生むフェーズなんですが、企業内の作業の場合、異常事態はかなりの精度で予測できますので、予測した異常事態への対処における役割を明確にしておくことにより、冷静に対処することができ、パニック状態を避けることができます。

 

この役割により生じる第二人格を「役割人格」というのですが、乗客がパニック状態の時、若い女性客室乗務員の冷静な対応はその典型と言えます。

 

5.おわりに

日常生活でのヒューマンエラーと言うことになると、ポープの言葉通りなんでしょうが、企業内の作業の場合、作業標準があり、教育訓練を受けた上での作業である上、大抵の場合、2時間位で休憩が入ってリフレッシュすることが出来ますので、全く違った視点での把握が必要ではないかと思っています。

 

即ち、企業内の通常作業における作業ミスによる不良や怪我は、作業環境の欠陥が生み出すものとの考えが必要ではないかと言うことです。

 

そしてこの考えの良いところは、ヒューマンエラー対策を、人はミスを犯すものだという“人に対するネガティブ思考”を起点にするのではなく、フェーズ理論で知った、人の信頼性の高さに注目し、その信頼性の維持向上のための職場環境の整備改善を重点的に考えるという、“人に対するポジティブ思考”を起点にすることにより、作業者のやる気を引き出し、成果に繋げることが出来るところではないかと思います。

 

次回に続きます。

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この記事の著者

浅田 潔

100年企業を目指す中小企業のため独自に開発した高効率な理念経営体系を柱に経営者と伴走します。

100年企業を目指す中小企業のため独自に開発した高効率な理念経営体系を柱に経営者と伴走します。


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