「おもてなしの神髄」 CS経営(その55)

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◆なぜ、あの企業の「顧客満足」はすごいのか

16. 顧客のためにここまでするか:中央タクシー株式会社

(1) 長野オリンピック時の英断

 1991年6月、国際オリンピック委員会の総会が開かれ、1998年の冬季オリンピックの開催地について採決が行なわれました。結果は「長野県」。最後はアメリカのソルトレイクシティを破っての決定でした。日本全体はもちろんのこと、開催地である長野県内のさまざまな業界がオリンピック景気に沸いたのでした。
 
 たとえば、タクシー業界。世界中のマスコミ関係者が取材のために長野県内のタクシーをこぞって借り上げました。タクシー業界にとって、滅多にない特需、プレゼントとなったのです。長野県内で事業を展開する中央タクシーも例外ではなかったのです。特別料金による借り上げをありかたいことと捉え、事実、借り上げに協力していました。そのようなとき、中央タクシー本社から自社のタクシーに乗車した当時の社長・宇都宮恒久氏(現会長。現在の社長はご子息の宇都宮司氏)は、運転手のふともらした一言を耳にしました。宇都宮社長は、その言葉に、まるで金づちで頭を殴られたかのようなショックを受けました。
 
 「社長、オリンピック景気はありかたい話なんですが、町中で走っているタクシーは借り上げ車ばかりで、お客様が予約を入れたくても受け付けてもらえない。病院や駅で一般のお客様をお乗せする車が見当たらない状態です」「私か今まで学校までのお見送り、お出迎えをしていたあの目の不自由なお嬢さんはさぞかしお困りだと思いますし、いつも病院の送り迎えをしている治療中のおばあちゃんは一体どうしているのか、さぞお困りだと心配しているんです」
 
 宇都宮社長は、すぐさまその運転手に、「悪いけど、このまま会社に戻ってほしい」と伝え、とって返しました。ただちに幹部を集めてその話をしたところ、「そうなんです。皆で心配していたんです」と言うではないですか。スタッフ、幹部は皆よく企業理念を理解し、自分と同じように現状に危機感を持ってくれていることを知り、社長はうれしくなったのです。
 
 そして、幹部と相談の結果、千載一遇のオリンピック特需だが、思い切ってこのチャンスをなげうち、借り上げ車のキャンセル料を払ってでもお客様のための車を確保しようということに決めました。ただし、オリンピックに全く協力しないのもまた問題だから、数台のみそのために残し、あとはどうなるかわからないが、お客様のために役立てようということになったのです。
 
 「そんな無茶なことをすると、中央さんは倒産するぞ」と地元県内のタクシー業界に直ちに噂として広まったそうです。では、お客様はどうであったか。当初、多くのお客様は、「どこのタクシー会社もオリンピック期間中は乗せてくれない」とあきらめていたというのです。しかし、「中央さんはすぐに乗車できる」という話が次第に伝わり、「すぐに乗せてくれるし、とても丁寧で親切」というロコミが急ピッチに広がり、電話予約が殺到するようになったのです。そして、オリンピックが終了しました。
 
 終了当時、他のタクシー会社では閑古鳥が鳴いた一方で、中央タクシーは大忙しの状態になりました。長野駅前のタクシーのモータープールでは、止まったままほとんど動きのないタクシー群の中に、中央タクシーは一台も見受けられなかったのです。それだけフルに稼働していたのです。
 
 事実、中央タクシーがお客様を乗せて長野駅に到着すると、予約した次のお客様が待っているという状況でした。これは、「待ってでも中央タクシーに乗りたい」というお客様が圧倒的に多かったことを意味しています。中央タクシーでは、電話予約のお客様が90%、いわゆる町中を走って乗客を得る「流し」は10%で、タクシーのモータープールでひたすら顧客を待つといったスタイルは採用していないのです。
 

(2) 半端ではない「お客様が先、利益は後」の経営理念

 先に述べたような状況であるので、稼働率も上がり、業績がよくなるのは当然でした。そして、その利益は顧客のための投資として活用されました。「お客様が先、利益は後」という理念は現場の運転手にも徹底されていて、顧客のためであれば、たいていのことはその場で運転手自ら意思決定することができるというように現場に任せられていました。現場で判断が難しい場合は、無線で問い合わせ意思決定を仰ぐこともありますが、たいていのことは現場の運転手が意思決定を行なうのです。お客様のための意思決定であれば後からそのことで叱られたり、責められることはないのです。
 
 中央タクシーは、1975年、宇都宮恒久氏が28歳のときに「お客様第1主義のもと、社員が活き活きと働ける理想の会社を作ろう」という決意で設立した会社で、企業理念は「お客様が先、利益は後」です。
 
 理念を定めたのち、どのように具現化するか思案したという。自分だけで考えていても仕方ないと考え、評判の京都MKタクシーに教えを受けるつもりで、何回も何回も京都に通ったそうです。繰り返し繰り返しMKタクシーに乗り、観察し、そのきめ細かい顧客...
 
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◆なぜ、あの企業の「顧客満足」はすごいのか

16. 顧客のためにここまでするか:中央タクシー株式会社

(1) 長野オリンピック時の英断

 1991年6月、国際オリンピック委員会の総会が開かれ、1998年の冬季オリンピックの開催地について採決が行なわれました。結果は「長野県」。最後はアメリカのソルトレイクシティを破っての決定でした。日本全体はもちろんのこと、開催地である長野県内のさまざまな業界がオリンピック景気に沸いたのでした。
 
 たとえば、タクシー業界。世界中のマスコミ関係者が取材のために長野県内のタクシーをこぞって借り上げました。タクシー業界にとって、滅多にない特需、プレゼントとなったのです。長野県内で事業を展開する中央タクシーも例外ではなかったのです。特別料金による借り上げをありかたいことと捉え、事実、借り上げに協力していました。そのようなとき、中央タクシー本社から自社のタクシーに乗車した当時の社長・宇都宮恒久氏(現会長。現在の社長はご子息の宇都宮司氏)は、運転手のふともらした一言を耳にしました。宇都宮社長は、その言葉に、まるで金づちで頭を殴られたかのようなショックを受けました。
 
 「社長、オリンピック景気はありかたい話なんですが、町中で走っているタクシーは借り上げ車ばかりで、お客様が予約を入れたくても受け付けてもらえない。病院や駅で一般のお客様をお乗せする車が見当たらない状態です」「私か今まで学校までのお見送り、お出迎えをしていたあの目の不自由なお嬢さんはさぞかしお困りだと思いますし、いつも病院の送り迎えをしている治療中のおばあちゃんは一体どうしているのか、さぞお困りだと心配しているんです」
 
 宇都宮社長は、すぐさまその運転手に、「悪いけど、このまま会社に戻ってほしい」と伝え、とって返しました。ただちに幹部を集めてその話をしたところ、「そうなんです。皆で心配していたんです」と言うではないですか。スタッフ、幹部は皆よく企業理念を理解し、自分と同じように現状に危機感を持ってくれていることを知り、社長はうれしくなったのです。
 
 そして、幹部と相談の結果、千載一遇のオリンピック特需だが、思い切ってこのチャンスをなげうち、借り上げ車のキャンセル料を払ってでもお客様のための車を確保しようということに決めました。ただし、オリンピックに全く協力しないのもまた問題だから、数台のみそのために残し、あとはどうなるかわからないが、お客様のために役立てようということになったのです。
 
 「そんな無茶なことをすると、中央さんは倒産するぞ」と地元県内のタクシー業界に直ちに噂として広まったそうです。では、お客様はどうであったか。当初、多くのお客様は、「どこのタクシー会社もオリンピック期間中は乗せてくれない」とあきらめていたというのです。しかし、「中央さんはすぐに乗車できる」という話が次第に伝わり、「すぐに乗せてくれるし、とても丁寧で親切」というロコミが急ピッチに広がり、電話予約が殺到するようになったのです。そして、オリンピックが終了しました。
 
 終了当時、他のタクシー会社では閑古鳥が鳴いた一方で、中央タクシーは大忙しの状態になりました。長野駅前のタクシーのモータープールでは、止まったままほとんど動きのないタクシー群の中に、中央タクシーは一台も見受けられなかったのです。それだけフルに稼働していたのです。
 
 事実、中央タクシーがお客様を乗せて長野駅に到着すると、予約した次のお客様が待っているという状況でした。これは、「待ってでも中央タクシーに乗りたい」というお客様が圧倒的に多かったことを意味しています。中央タクシーでは、電話予約のお客様が90%、いわゆる町中を走って乗客を得る「流し」は10%で、タクシーのモータープールでひたすら顧客を待つといったスタイルは採用していないのです。
 

(2) 半端ではない「お客様が先、利益は後」の経営理念

 先に述べたような状況であるので、稼働率も上がり、業績がよくなるのは当然でした。そして、その利益は顧客のための投資として活用されました。「お客様が先、利益は後」という理念は現場の運転手にも徹底されていて、顧客のためであれば、たいていのことはその場で運転手自ら意思決定することができるというように現場に任せられていました。現場で判断が難しい場合は、無線で問い合わせ意思決定を仰ぐこともありますが、たいていのことは現場の運転手が意思決定を行なうのです。お客様のための意思決定であれば後からそのことで叱られたり、責められることはないのです。
 
 中央タクシーは、1975年、宇都宮恒久氏が28歳のときに「お客様第1主義のもと、社員が活き活きと働ける理想の会社を作ろう」という決意で設立した会社で、企業理念は「お客様が先、利益は後」です。
 
 理念を定めたのち、どのように具現化するか思案したという。自分だけで考えていても仕方ないと考え、評判の京都MKタクシーに教えを受けるつもりで、何回も何回も京都に通ったそうです。繰り返し繰り返しMKタクシーに乗り、観察し、そのきめ細かい顧客志向のサービスに触れるにつけ、まさに自分が目指している姿だと確信し、ついにはMKタクシーの社長との面会が実現しました。
 
 矢継ぎ早に質問と情熱をぶつけ、多くの教えを受け、それがまた刺激となり、帰り道では自社で実践すべきことが次々と頭に思い浮かび、はやる気持ちを抑えながら長野に戻ったといことです。そして、タクシーのドアの開閉サービスはもちろんのこと、雨の日には傘をさして玄関まで出迎え(見送り)、重い荷物があれば車まで運び、あるいは玄関の中までお持ちし、お身体の不自由な方がいらっしゃれば、家と車の間すべての場面でサポートする体制を構築しました。
 
 理念を設定しただけでは絵に描いた餅になると考え、多額の費用をかけて、運転手や社員を教育するためのビデオの制作、介護トレーニング、性能の良い無線機械の導入などを矢継ぎ早に実施しました。しかも、借り上げのキャンセルなどにより、一時的に経営が苦しかった時期に、投資したというから驚きです。これは、経営哲学、企業理念が明確だからこそなせる業でしょう。
 
 次回に続きます。
 
【出典】 武田哲男 著 なぜ、あの企業の「顧客満足」は、すごいのか PHP研究所発行
               筆者のご承諾により、抜粋を連載
 

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この記事の著者

武田 哲男

常に顧客を中核とする課題取組みにより「業績=顧客の“継続”支持率達成!」 「顧客との良質で永いご縁の創造」に取組んできた。モノづくりとサービスの融合に注力。

常に顧客を中核とする課題取組みにより「業績=顧客の“継続”支持率達成!」 「顧客との良質で永いご縁の創造」に取組んできた。モノづくりとサービスの融合に注力。


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