中小企業に適した5S:前編 伸びる金型メーカーの秘訣 (その4)

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 今回取り上げる金型メーカーは、愛知県にあるS製作所です。同社は、主に自動車の燃料タンクやブレーキの油圧等で使用されるプラスチック製品の金型製造から量産成形まで行っています、従業員40名の射出成形金型メーカーです。今回は、ラベルシール・カードで有名なエーワン合同会社とタイアップし、同社のラベルを活用した5Sコンサルティングを行いました。特に中小企業に適した5Sに取り組むことができたので解説します。
 
 生産マネジメント
 

1. 中小企業の5Sが難しい理由

 

(1) 人的資源に余裕がないこと

 
 本業に加え5Sまで行う時間がなく、仮に整理整頓ができたとしても維持していくための管理が難しく教科書どおりにやろうとすると間接人員が余分に必要になるため、改善後しばらくすると元に戻ってしまうことも多いようです。
 

(2) 工場内のスペースが限られていること

 
 中小企業は多品種生産が多く、使用する道具や仕掛かり在庫が増えやすい。このため、モノが乱雑に置かれやすく置き場所が足らなくなるのです。
 

(3) 問題意識を持つ必要がないこと

 
 工場はとびきり汚いが、作る製品は絶品という会社もあります。こういった会社は一人親方や家族経営が多いのです。詳しくは後述しますが、5Sを起因とする問題は、そもそも複数メンバーが同じ場所・同じ道具・同じ機械を使用するために発生するのです。場所や道具を共有してなければ5Sの問題は意識しないものです。
 

(4) 新入社員や非正規雇用が少ないこと

 
 中小金型メーカーは元々人材確保が難しく、さらにルーチンワークも少ないため、パート社員で対応できる業務が少ないのです。業務に慣れていない者が多い職場では、道具や治具置き場に何丁目何番地と明記する等、定置化の改善を行うことで、探す・戻すロスを減らすことができます。しかし、人の新陳代謝が進んでいない職場では、この改善効果は出にくい面があります。
 
 そうした中、筆者は中小製造業を対象に「売上・粗利益アップにつながる5S」を意識したコンサルティングを行っています。
 
 売上とは「単価×数量」ですが、まず「単価」UPへの取り組みとして、「安心」を売る現場づくりをします。自分が治療を受ける診療現場をイメージしてほしいのです。
 
 もし、自分のカルテを探し回る、自分の予約が抜けていた、順番が回ってこない、自分に打つ注射を探し回る、といったことがあった場合、自分が受ける外科的治療や注射などに信用がおけるでしょうか。私なら「ちょっと待って。もう一度確認し直してほしい!」と言いたくなります。製造現場もこれと同じと考えて下さい。
 
 「自分たちは知っている」「わかっているから大丈夫」ではなく、客観的に「当社は安心」を納得してもらえる現場づくりが重要です。「これだけの管理をしているために他社よりも単価が高い」を納得してもらい客単価のアップを図りたいのです。
 
 「受注量」UPへの取り組みとして作業稼働率を高めるのです。探す・待つロスの削減、計画どおり確実に着手できる仕組みを作ります。これにより、機会損失の削減や前倒し生産の促進を図り、生産と販売の数量アップを図ります。
 
 これらの5S導入にあたっては、常に粗利益への貢献度を意識して検討することがポイントで、こういったメリットがなければ導入は進まないでしょう。
 

2. S社が最も強みとしているポイント

 

(1) 短納期で金型製作できる技術を持っている。

 
 設計者が樹脂の流動予測をしっかり行うことで、適格なゲートやランナー等の設計を行っている。これにより、トライ工数を徹底して減らす取り組みを行っている。なお、設計人材の育成のため、あえて解析ソフトを使わない方針をとっている。樹脂流動を自ら考え設計し、結果とのギャップをフィードバックし、設計能力を高めています。
 

(2) 成形・出荷まで一貫して行っている。

 
 プラスチック製品の金型製作・量産・出荷まで一貫して行うことで、費用対効果の高い金型製作ができている。今年1月に移転した新工場は動線に配慮され、製品の移動距離を最小化できる効率性の高いレイアウトになっています。
 

3. 粗利益を下げてしまう要因と課題

 
 部門間連係に配慮した工場レイアウトは、製品(モノ)の移動最小化には寄与していますが、部門ごとにある5S上の問題により、ヒトの移動最小化までは実現できていませんでした。一見すると新しい工場であるため、整理・整頓ができているように見えるのです。しかし、実際に作業を行っているヒトの動き、ワークファクターに着眼すると、さまざまな問題が見えてきました。前述したように、多くは複数メンバーによる作業に起因したものでした。
 
 プラスチックやダイカスト製品を扱う金型メーカーに多いのが、型彫り放電加工で使う電極管理の問題です。緻密に更新型の履歴管理を行うことで、最小限の数の電極製作で済ませることは金型メーカーの腕でもあります。しかし、あまりに管理が複雑すぎると、実際の加工現場では人的ミスの発生確率が高まるのです。ミスの発生は、①材料・時間のロス、②ミスを巻き返す時に本来着手できた仕事ができなくなる機会損失発生や外注費増、③製品品質や納期遅延に影響があれば顧客からの信頼低下、といった3重のロスが起こります。
 
 これらの要因により同社の製造現場では、(a)共有道具を探す・待つロス、(b)材料・購入部品の入荷状態が見えづらく欠品リスクがある、といった問題が起こり、設備・ヒトの稼働率に影響し、粗利益を引き下げる要因となっていました。
 

4. 課題解決と改善策

 
 同社は、筆者とエーワン合同会社によるラベル活用5Sコンサルティングにより、前述した売上アップにつながる5S導入に取り組みました。この改善のポイントは、(ア)粗利益効果に着眼した整理・整頓、(イ)色や言語による情報の視認率向上であり、さらに継続的に5Sを行うための仕掛けとして、利便性の高い表計算ソフトデータを活用したラベル運用の仕組みを構築したことにあります。
 
 これにより、「探す」「待つ」の削減による稼働率向上、材料や部品入荷の「見える化」...
 
 今回取り上げる金型メーカーは、愛知県にあるS製作所です。同社は、主に自動車の燃料タンクやブレーキの油圧等で使用されるプラスチック製品の金型製造から量産成形まで行っています、従業員40名の射出成形金型メーカーです。今回は、ラベルシール・カードで有名なエーワン合同会社とタイアップし、同社のラベルを活用した5Sコンサルティングを行いました。特に中小企業に適した5Sに取り組むことができたので解説します。
 
 生産マネジメント
 

1. 中小企業の5Sが難しい理由

 

(1) 人的資源に余裕がないこと

 
 本業に加え5Sまで行う時間がなく、仮に整理整頓ができたとしても維持していくための管理が難しく教科書どおりにやろうとすると間接人員が余分に必要になるため、改善後しばらくすると元に戻ってしまうことも多いようです。
 

(2) 工場内のスペースが限られていること

 
 中小企業は多品種生産が多く、使用する道具や仕掛かり在庫が増えやすい。このため、モノが乱雑に置かれやすく置き場所が足らなくなるのです。
 

(3) 問題意識を持つ必要がないこと

 
 工場はとびきり汚いが、作る製品は絶品という会社もあります。こういった会社は一人親方や家族経営が多いのです。詳しくは後述しますが、5Sを起因とする問題は、そもそも複数メンバーが同じ場所・同じ道具・同じ機械を使用するために発生するのです。場所や道具を共有してなければ5Sの問題は意識しないものです。
 

(4) 新入社員や非正規雇用が少ないこと

 
 中小金型メーカーは元々人材確保が難しく、さらにルーチンワークも少ないため、パート社員で対応できる業務が少ないのです。業務に慣れていない者が多い職場では、道具や治具置き場に何丁目何番地と明記する等、定置化の改善を行うことで、探す・戻すロスを減らすことができます。しかし、人の新陳代謝が進んでいない職場では、この改善効果は出にくい面があります。
 
 そうした中、筆者は中小製造業を対象に「売上・粗利益アップにつながる5S」を意識したコンサルティングを行っています。
 
 売上とは「単価×数量」ですが、まず「単価」UPへの取り組みとして、「安心」を売る現場づくりをします。自分が治療を受ける診療現場をイメージしてほしいのです。
 
 もし、自分のカルテを探し回る、自分の予約が抜けていた、順番が回ってこない、自分に打つ注射を探し回る、といったことがあった場合、自分が受ける外科的治療や注射などに信用がおけるでしょうか。私なら「ちょっと待って。もう一度確認し直してほしい!」と言いたくなります。製造現場もこれと同じと考えて下さい。
 
 「自分たちは知っている」「わかっているから大丈夫」ではなく、客観的に「当社は安心」を納得してもらえる現場づくりが重要です。「これだけの管理をしているために他社よりも単価が高い」を納得してもらい客単価のアップを図りたいのです。
 
 「受注量」UPへの取り組みとして作業稼働率を高めるのです。探す・待つロスの削減、計画どおり確実に着手できる仕組みを作ります。これにより、機会損失の削減や前倒し生産の促進を図り、生産と販売の数量アップを図ります。
 
 これらの5S導入にあたっては、常に粗利益への貢献度を意識して検討することがポイントで、こういったメリットがなければ導入は進まないでしょう。
 

2. S社が最も強みとしているポイント

 

(1) 短納期で金型製作できる技術を持っている。

 
 設計者が樹脂の流動予測をしっかり行うことで、適格なゲートやランナー等の設計を行っている。これにより、トライ工数を徹底して減らす取り組みを行っている。なお、設計人材の育成のため、あえて解析ソフトを使わない方針をとっている。樹脂流動を自ら考え設計し、結果とのギャップをフィードバックし、設計能力を高めています。
 

(2) 成形・出荷まで一貫して行っている。

 
 プラスチック製品の金型製作・量産・出荷まで一貫して行うことで、費用対効果の高い金型製作ができている。今年1月に移転した新工場は動線に配慮され、製品の移動距離を最小化できる効率性の高いレイアウトになっています。
 

3. 粗利益を下げてしまう要因と課題

 
 部門間連係に配慮した工場レイアウトは、製品(モノ)の移動最小化には寄与していますが、部門ごとにある5S上の問題により、ヒトの移動最小化までは実現できていませんでした。一見すると新しい工場であるため、整理・整頓ができているように見えるのです。しかし、実際に作業を行っているヒトの動き、ワークファクターに着眼すると、さまざまな問題が見えてきました。前述したように、多くは複数メンバーによる作業に起因したものでした。
 
 プラスチックやダイカスト製品を扱う金型メーカーに多いのが、型彫り放電加工で使う電極管理の問題です。緻密に更新型の履歴管理を行うことで、最小限の数の電極製作で済ませることは金型メーカーの腕でもあります。しかし、あまりに管理が複雑すぎると、実際の加工現場では人的ミスの発生確率が高まるのです。ミスの発生は、①材料・時間のロス、②ミスを巻き返す時に本来着手できた仕事ができなくなる機会損失発生や外注費増、③製品品質や納期遅延に影響があれば顧客からの信頼低下、といった3重のロスが起こります。
 
 これらの要因により同社の製造現場では、(a)共有道具を探す・待つロス、(b)材料・購入部品の入荷状態が見えづらく欠品リスクがある、といった問題が起こり、設備・ヒトの稼働率に影響し、粗利益を引き下げる要因となっていました。
 

4. 課題解決と改善策

 
 同社は、筆者とエーワン合同会社によるラベル活用5Sコンサルティングにより、前述した売上アップにつながる5S導入に取り組みました。この改善のポイントは、(ア)粗利益効果に着眼した整理・整頓、(イ)色や言語による情報の視認率向上であり、さらに継続的に5Sを行うための仕掛けとして、利便性の高い表計算ソフトデータを活用したラベル運用の仕組みを構築したことにあります。
 
 これにより、「探す」「待つ」の削減による稼働率向上、材料や部品入荷の「見える化」による欠品防止・前倒し生産促進など、金型製造や型メンテナンスの回転率を高める取り組みを行いました。詳しい内容は次回の(その5)中小企業に適した5S:後編で紹介します。
 

5. 今後の事業拡大に向けて

 
 同社は、新型のマシニングセンターも導入され、アルミ金型を使用する試作品製作で、よりトライ回数の少ない迅速な金型製作にチャレンジします。これまでの正確・迅速な金型づくりが評価され、より短納期の試作品製作まで要請をいただいたことがきっかけです。
 
 金型から量産まで一貫生産する同社は、今後、上流の試作工程まで対応することで、受注の幅をさらに広げることができるでしょう。厳格な品質管理や成形サイクルタイム向上などの量産技術は、多品種一品生産である金型製造技術とは異なるものですが、意欲あるスタッフ全員で幅広い技術の高度化に取り組む同社には今後の事業拡大に向けての取組みに期待をしています。
 
この文書は、『日刊工業新聞社発行 月刊「型技術」掲載』の記事を筆者により改変したものです。
  

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この記事の著者

村上 英樹

金型・部品加工業専門コンサルティングです!販路開拓・生産改善・外注費削減の3つを支援するトライアングル支援パッケージ、技術を起点とする新しい経営コンサルタント

金型・部品加工業専門コンサルティングです!販路開拓・生産改善・外注費削減の3つを支援するトライアングル支援パッケージ、技術を起点とする新しい経営コンサルタント


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