熱硬化性樹脂の成形金型 伸びる金型メーカーの秘訣 (その14)

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 今回取り上げる金型メーカーは、株式会社Pです。同社の事業はさまざまな面で、珍しい点が多いのです。まず同社が製造する金型は、樹脂の成形金型ですが、熱可塑性樹脂ではなく、熱硬化性樹脂を成形する金型です。その生産量の割合は、熱可塑性樹脂が9割を占めるとも言われ、熱硬化性樹脂の成形金型を扱うメーカーの数はそう多くはないと考えられます。そうした点で、同社の事業はニッチな分野と言えます。
 
  また同社は、この 7月で創業から 7期目を迎えるという比較的若い会社です。よくニュース等で言われることですが、ここ最近、製造業での創業は極めて少ないのです。そこにはさまざまな理由が考えられます。まず、製造業は大きな初期投資を伴うことが多く、そのため事業リスクが大きいのです。特に金型事業は、機械加工用の工作機械、設計業務で使用するソフトウェアなど、金額負担の大きな投資を伴います。設備投資は、創業時から大きな固定費としてのしかかり、損益分岐点における黒字化までのハードルを高くさせてしまいます。競争力・事業キャパと、投資額とのバランス判断がとても難しいのです。
 
 金型業界においては分業化が進み、設計から加工、組立・トライまで全てこなすような技術者が減ったことも、創業社長がなかなか生まれない要因と考えています。さらに、新たな商流を作る点においても、ほとんどの分野ですでに固定されており、新規参入は難しいのです。
 
 20年、30年、さらにもっと以前の中小企業の創業は、人脈を通じた特定顧客からの生産移管や技術指導などがあり、顧客との深い関係強化によって、着実な企業発展を行うこともできました。しかし最近は、そういった繋がりは希薄化し、価格や納期の競争など、ドライな取引関係が多くなってきています。それだけ国内だけに留まらず、海外を含めた競争が厳しい環境になっているのです。
 
 そうした環境もあり、特に製造業での創業は、従来よりも格段に難しくなっています。しかもリーマンショックの直後、2010年、業界全体が非常に不安定な中、当時 35歳であったO社長は、マシニングや3Dスキャナ導入など大きな設備投資も行いながら、同社を立ち上げています。しかも、ここまで順調な売上成長を遂げている同社の存在は、全国で見てもとても希少な存在です。
 

1. 職人技術・完全3D設計

 
 創業から順調な成長を遂げている同社の一番の要因は、工作機械やソフトウェアの性能ではなく、高い職人技術です。O社長をはじめ同社の技術者は、熱硬化性樹脂の成形において、金型製作だけでなく、成形のノウハウから包括的に持っており、樹脂製品メーカーからは、製品設計の段階から相談を受け、そのまま金型が発注されるというケースも多いのです。これにより、同社で製作された金型においては、顧客への納入後、成形条件や仕様などの調整の手間が極めて少ないというメリットがあります。 また、同社の得意技術として、TIG・MIG など各種溶接、金型の磨き仕上げ、複雑な水冷配管などがあります。これはどれも自動化・標準化しづらい属人的な作業であり、顧客メーカーでも対応できる作業者が年々減っていると言うことです。今後ますます需要が高まる技術分野です。
 
 さらに同社の強みとして、職人によるアナログ技術だけでなく、CADを活用した完全な3次元の立体設計を実現している点もあります。金型メーカーによっては、3D加工を要する意匠面だけのモデリングに留めるメーカーも多いが、同社の設計担当の坂口氏は、構造部や周辺部品までを含めた、完全な3次元の設計を行っている。
 
 これは、顧客メーカーからの相談を受け、金型仕様を提案型で設計していく同社の受注スタイルにおいてとても理に適っており、立体で仕様を把握できることで、顧客とのコミュニケーションを円滑にしています。また、同社現場に図面を提供する際には、側面図や断面図などの紙図面は作成しません。立体で形状を把握できる 3Dビューワで対応しています。これにより、設計工数を削減することができ、同社の強みである短納期対応に寄与しています。
 
 金型
 

2. 事業拡大に伴う人材採用と新たな課題

 
 ここまで職人技術を強みにしてこられたのは、O社長の前職からの仲間で構成された少数精鋭の技術者集団で仕事をしてきたためです。しかし、今後の事業拡大にあたっては、新たな戦力の採用も必要です。ところが最近の労働者不足の折、今のようなプロ集団と同レベルの経験者の採用は難しいのです。そこで筆者が、今年同社が新規に採用した3名について、未経験者ではありますが、金型技術者として早期育成を図れるよう、O社長と共に、技術研修を行うことにしました。
 

3. 未経験者に必要な教育

 
 業界未経験者に必要な知識として、①金型を作る意義、②個別受注生産である金型の作り方の特徴、③製造工程の流れ、④各工程の作業の概要、⑤金型製造を取り巻く詳細な技術知識、などがあります。しかし、私自身も25年前に経験したが、これらは OJT、OFF-JT で教えられるはずが、昨今、短納期・低コスト製造が優先され、採用後の教育は、個々の作業オペレーションに留まってしまうことが多いのです。そうなると、そもそもものづくりへの興味も湧きづらくなってしまい、技術向上への伸び悩みを生んでしまうのです。
 
 そこで筆者のコンサルティングでは、金型づくりを取り巻く周辺知識を体系的に教える研修を行っています。例えば、機械加工であれば、設計者向けの加工技術の本などを用いた研修を行っています。こうした体系的な学習を行ったうえで、実際の金型製造で必要な知識として、ア)  機械加工の種類とその選定基準、イ)  金型で使われる材料種類と特性、適した加工方法、ウ)具体的な切削技術などの学習へ進んでいきます。大まかな全体像から段階的に、これから自分が担当する作業がどのような位置づけなのか、なぜ必要なのか、何に留意するのか、などを最初に教えます。今後技術者として、大きな目標を持とうとしても、まずは全体像がわからないと無理な...
 今回取り上げる金型メーカーは、株式会社Pです。同社の事業はさまざまな面で、珍しい点が多いのです。まず同社が製造する金型は、樹脂の成形金型ですが、熱可塑性樹脂ではなく、熱硬化性樹脂を成形する金型です。その生産量の割合は、熱可塑性樹脂が9割を占めるとも言われ、熱硬化性樹脂の成形金型を扱うメーカーの数はそう多くはないと考えられます。そうした点で、同社の事業はニッチな分野と言えます。
 
  また同社は、この 7月で創業から 7期目を迎えるという比較的若い会社です。よくニュース等で言われることですが、ここ最近、製造業での創業は極めて少ないのです。そこにはさまざまな理由が考えられます。まず、製造業は大きな初期投資を伴うことが多く、そのため事業リスクが大きいのです。特に金型事業は、機械加工用の工作機械、設計業務で使用するソフトウェアなど、金額負担の大きな投資を伴います。設備投資は、創業時から大きな固定費としてのしかかり、損益分岐点における黒字化までのハードルを高くさせてしまいます。競争力・事業キャパと、投資額とのバランス判断がとても難しいのです。
 
 金型業界においては分業化が進み、設計から加工、組立・トライまで全てこなすような技術者が減ったことも、創業社長がなかなか生まれない要因と考えています。さらに、新たな商流を作る点においても、ほとんどの分野ですでに固定されており、新規参入は難しいのです。
 
 20年、30年、さらにもっと以前の中小企業の創業は、人脈を通じた特定顧客からの生産移管や技術指導などがあり、顧客との深い関係強化によって、着実な企業発展を行うこともできました。しかし最近は、そういった繋がりは希薄化し、価格や納期の競争など、ドライな取引関係が多くなってきています。それだけ国内だけに留まらず、海外を含めた競争が厳しい環境になっているのです。
 
 そうした環境もあり、特に製造業での創業は、従来よりも格段に難しくなっています。しかもリーマンショックの直後、2010年、業界全体が非常に不安定な中、当時 35歳であったO社長は、マシニングや3Dスキャナ導入など大きな設備投資も行いながら、同社を立ち上げています。しかも、ここまで順調な売上成長を遂げている同社の存在は、全国で見てもとても希少な存在です。
 

1. 職人技術・完全3D設計

 
 創業から順調な成長を遂げている同社の一番の要因は、工作機械やソフトウェアの性能ではなく、高い職人技術です。O社長をはじめ同社の技術者は、熱硬化性樹脂の成形において、金型製作だけでなく、成形のノウハウから包括的に持っており、樹脂製品メーカーからは、製品設計の段階から相談を受け、そのまま金型が発注されるというケースも多いのです。これにより、同社で製作された金型においては、顧客への納入後、成形条件や仕様などの調整の手間が極めて少ないというメリットがあります。 また、同社の得意技術として、TIG・MIG など各種溶接、金型の磨き仕上げ、複雑な水冷配管などがあります。これはどれも自動化・標準化しづらい属人的な作業であり、顧客メーカーでも対応できる作業者が年々減っていると言うことです。今後ますます需要が高まる技術分野です。
 
 さらに同社の強みとして、職人によるアナログ技術だけでなく、CADを活用した完全な3次元の立体設計を実現している点もあります。金型メーカーによっては、3D加工を要する意匠面だけのモデリングに留めるメーカーも多いが、同社の設計担当の坂口氏は、構造部や周辺部品までを含めた、完全な3次元の設計を行っている。
 
 これは、顧客メーカーからの相談を受け、金型仕様を提案型で設計していく同社の受注スタイルにおいてとても理に適っており、立体で仕様を把握できることで、顧客とのコミュニケーションを円滑にしています。また、同社現場に図面を提供する際には、側面図や断面図などの紙図面は作成しません。立体で形状を把握できる 3Dビューワで対応しています。これにより、設計工数を削減することができ、同社の強みである短納期対応に寄与しています。
 
 金型
 

2. 事業拡大に伴う人材採用と新たな課題

 
 ここまで職人技術を強みにしてこられたのは、O社長の前職からの仲間で構成された少数精鋭の技術者集団で仕事をしてきたためです。しかし、今後の事業拡大にあたっては、新たな戦力の採用も必要です。ところが最近の労働者不足の折、今のようなプロ集団と同レベルの経験者の採用は難しいのです。そこで筆者が、今年同社が新規に採用した3名について、未経験者ではありますが、金型技術者として早期育成を図れるよう、O社長と共に、技術研修を行うことにしました。
 

3. 未経験者に必要な教育

 
 業界未経験者に必要な知識として、①金型を作る意義、②個別受注生産である金型の作り方の特徴、③製造工程の流れ、④各工程の作業の概要、⑤金型製造を取り巻く詳細な技術知識、などがあります。しかし、私自身も25年前に経験したが、これらは OJT、OFF-JT で教えられるはずが、昨今、短納期・低コスト製造が優先され、採用後の教育は、個々の作業オペレーションに留まってしまうことが多いのです。そうなると、そもそもものづくりへの興味も湧きづらくなってしまい、技術向上への伸び悩みを生んでしまうのです。
 
 そこで筆者のコンサルティングでは、金型づくりを取り巻く周辺知識を体系的に教える研修を行っています。例えば、機械加工であれば、設計者向けの加工技術の本などを用いた研修を行っています。こうした体系的な学習を行ったうえで、実際の金型製造で必要な知識として、ア)  機械加工の種類とその選定基準、イ)  金型で使われる材料種類と特性、適した加工方法、ウ)具体的な切削技術などの学習へ進んでいきます。大まかな全体像から段階的に、これから自分が担当する作業がどのような位置づけなのか、なぜ必要なのか、何に留意するのか、などを最初に教えます。今後技術者として、大きな目標を持とうとしても、まずは全体像がわからないと無理なのです。こうした長期の目標を個々の技術者に持たせるためにも、早めに体系的な学習を行うことは重要です。
 
 同社は、NC機から汎用機械まで、さまざまな設備を保有していることで、研修では実物を見ながらイメージ付けも行い、座学と実践の両方で効果的な研修を行っています。
 

4. 顧客へ提案型サポートの取り組み

 
 同社は、金型づくりだけではなく、成形のノウハウまで包括して持っている強みを活かし、顧客へ提案型サポートを行っています。今後はその強みを活かし、より多くのメーカーへサポートを広げていく方針です。また、小型の精密部品から大型のマシニング加工まで対応できる点も活かし、機械加工の受注も増やしていきます。そこには、新たな戦力となる新規採用者が早期に習熟し、機械の性能を活かせる加工技術を身に付けていくことが必要です。O社長は、これまでの少数精鋭から、企業として着実な発展を遂げられるよう、組織体制や人事制度の整備を進めています。効果的な技術研修と企業組織の整備によって、今後さらなる事業拡大を実現させていく同社に大きな期待をしています。
 
この文書は、『日刊工業新聞社発行 月刊「型技術」掲載』の記事を筆者により改変したものです。

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この記事の著者

村上 英樹

金型・部品加工業専門コンサルティングです!販路開拓・生産改善・外注費削減の3つを支援するトライアングル支援パッケージ、技術を起点とする新しい経営コンサルタント

金型・部品加工業専門コンサルティングです!販路開拓・生産改善・外注費削減の3つを支援するトライアングル支援パッケージ、技術を起点とする新しい経営コンサルタント


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