『価値づくり』の研究開発マネジメント (その3)

更新日

投稿日

 
ステージゲート
 
 前回は、「自社の市場と技術を目いっぱい広げ活動する」というタイトルで、解説しました。今回は、その中で、「市場」についてどう活動するのかを、解説したいと思います。
 

1.未活用の自社の重要資産(市場の知見とアクセス)

 
 多くの企業が、既存の市場は早晩行き詰る、新事業を生み出さなければならない、と考えています。そうすると、世の中で既に広く議論されている、IoTや医療といった議論になり、自社の知見や経験がない市場への展開となり(注:既存市場・技術の延長線上での展開であれば問題はありません)、加えて結果的に厳しい競合にさらされるというパターンになってしまいます。
 
 前回解説のように既に自社が対象としている「市場」については、その「市場」の知見はこれまでの、自社の自身の活動の中から経験を積み上げて獲得してきたもので、「経路依存性」が高く、他社に対する差別化能力となる重要な自社の資産です。この「経路依存」で獲得してきた未活用の資産を活用しない手はありません。
 

2.日立のコンサルティング重視戦略

 
 日立は、これまでにない規模で、自社の世界中の13万人の営業を活用し、コンサルティング展開を強化することを決めました(日本経済新聞電子版2016年5月9日)コンサルティング営業というのは、もう20年以上も前から言われてきたことですが、本当にコンサルティング営業を行ってきた企業は、極少数に限られてきました。日立も同様です。日立はこれまで、基本的に事業(製品)別の営業体制を敷いてきました。
 
 もちろん、営業の窓口としては、他事業の製品も売ることでも売上に貢献しますので、各事業の既存顧客に対しては「多少」は他事業の製品への販売を行ってきたとは思いますが、事業単位での売上の目標がありますので、その程度は相当低かったと思います。
 
 しかし、こにきて、同社は本気でコンサルティング営業を実現することを決定したわけです。今回日立は、一社一社の顧客は様々な潜在的な課題を抱えている、それを察知してその解決策を提案・提供する余地は大変大きいと考えた訳です。
 

3.「生涯市場価値(MLTV)」を考える

 
 マーケティングの用語に「生涯顧客価値(CLTV: Customer Lifetime Value)」があります。これは、その顧客が将来にわたって自社に対し生み出してくれる売上の総額のことを言います。既存の製品のみを対象にしていれば、このCLTVは既存製品からの売上に限定されますが、コンサルティング営業による課題解決の提供を行うことで、このCLTVは大きく拡大する可能性があるのです。
 
 そして更には、「生涯顧客価値(CLTV: Customer Lifetime Value)」ではなく、「生涯市場価値(MLTV: Market Lifetime Value)」を考えること、すなわち、目先の顧客だけでなく、取引のない顧客を含めて顧客の集合体である「市場」を対象とすることで、売上が相乗効果的に拡大します。ちなみに、MLTVという言葉は一般的な用語ではありません(私が作った造語です)。
 
 つまり、従来の顧客に既存製品だけでなく、潜在的課題の解決策を売る、更には、既存の顧客だけでなく、市場(非顧客を含む数多くの顧客から構成)を対象とすることで、収益機会は更に大きく拡大するということです。実は、自社はその市場の顧客と全てとは取引はありませんが、同じ市場の他の顧客とは取引を積み上げてきたので、市場について相当の知見を持っているのです。
 

4.「生涯市場価値(MLTV)」を拡大するための3軸の活動視点

 
 しかし、その市場に対する既存の知見で満足していては、MLYVを拡大することなどできません。MLTVを拡大するには、視野をもっと、もっと大きく広げなければなりません。それは以下の3つの方向です。
 
(1)顧客をより「深く」理解する
 
 コンサルティング営業を行うには、顧客のことを深く理解しなければなりません。顧客のコスト構造全体はどうなっているか、どのようなステークホルダとどのような関係を持っていて、どのような問題を抱えているか,等です。
 
(2)顧客ではなく市場として「広く」見る
 
 上でも議論しましたが、既存の顧客だけでなく、今取引のない非顧客を含め市場を広く捉えて理解...
 
ステージゲート
 
 前回は、「自社の市場と技術を目いっぱい広げ活動する」というタイトルで、解説しました。今回は、その中で、「市場」についてどう活動するのかを、解説したいと思います。
 

1.未活用の自社の重要資産(市場の知見とアクセス)

 
 多くの企業が、既存の市場は早晩行き詰る、新事業を生み出さなければならない、と考えています。そうすると、世の中で既に広く議論されている、IoTや医療といった議論になり、自社の知見や経験がない市場への展開となり(注:既存市場・技術の延長線上での展開であれば問題はありません)、加えて結果的に厳しい競合にさらされるというパターンになってしまいます。
 
 前回解説のように既に自社が対象としている「市場」については、その「市場」の知見はこれまでの、自社の自身の活動の中から経験を積み上げて獲得してきたもので、「経路依存性」が高く、他社に対する差別化能力となる重要な自社の資産です。この「経路依存」で獲得してきた未活用の資産を活用しない手はありません。
 

2.日立のコンサルティング重視戦略

 
 日立は、これまでにない規模で、自社の世界中の13万人の営業を活用し、コンサルティング展開を強化することを決めました(日本経済新聞電子版2016年5月9日)コンサルティング営業というのは、もう20年以上も前から言われてきたことですが、本当にコンサルティング営業を行ってきた企業は、極少数に限られてきました。日立も同様です。日立はこれまで、基本的に事業(製品)別の営業体制を敷いてきました。
 
 もちろん、営業の窓口としては、他事業の製品も売ることでも売上に貢献しますので、各事業の既存顧客に対しては「多少」は他事業の製品への販売を行ってきたとは思いますが、事業単位での売上の目標がありますので、その程度は相当低かったと思います。
 
 しかし、こにきて、同社は本気でコンサルティング営業を実現することを決定したわけです。今回日立は、一社一社の顧客は様々な潜在的な課題を抱えている、それを察知してその解決策を提案・提供する余地は大変大きいと考えた訳です。
 

3.「生涯市場価値(MLTV)」を考える

 
 マーケティングの用語に「生涯顧客価値(CLTV: Customer Lifetime Value)」があります。これは、その顧客が将来にわたって自社に対し生み出してくれる売上の総額のことを言います。既存の製品のみを対象にしていれば、このCLTVは既存製品からの売上に限定されますが、コンサルティング営業による課題解決の提供を行うことで、このCLTVは大きく拡大する可能性があるのです。
 
 そして更には、「生涯顧客価値(CLTV: Customer Lifetime Value)」ではなく、「生涯市場価値(MLTV: Market Lifetime Value)」を考えること、すなわち、目先の顧客だけでなく、取引のない顧客を含めて顧客の集合体である「市場」を対象とすることで、売上が相乗効果的に拡大します。ちなみに、MLTVという言葉は一般的な用語ではありません(私が作った造語です)。
 
 つまり、従来の顧客に既存製品だけでなく、潜在的課題の解決策を売る、更には、既存の顧客だけでなく、市場(非顧客を含む数多くの顧客から構成)を対象とすることで、収益機会は更に大きく拡大するということです。実は、自社はその市場の顧客と全てとは取引はありませんが、同じ市場の他の顧客とは取引を積み上げてきたので、市場について相当の知見を持っているのです。
 

4.「生涯市場価値(MLTV)」を拡大するための3軸の活動視点

 
 しかし、その市場に対する既存の知見で満足していては、MLYVを拡大することなどできません。MLTVを拡大するには、視野をもっと、もっと大きく広げなければなりません。それは以下の3つの方向です。
 
(1)顧客をより「深く」理解する
 
 コンサルティング営業を行うには、顧客のことを深く理解しなければなりません。顧客のコスト構造全体はどうなっているか、どのようなステークホルダとどのような関係を持っていて、どのような問題を抱えているか,等です。
 
(2)顧客ではなく市場として「広く」見る
 
 上でも議論しましたが、既存の顧客だけでなく、今取引のない非顧客を含め市場を広く捉えて理解することです。
 
(3)市場を「遠く」まで眺める
 
 顧客の現在直面している問題にだけ目を向けていては、潜在的な課題を発見する機会は限定的です。市場が今後5年、10年でどう変わるのか?そうするとどのような新しい課題が発生するか?などを想定する必要があります。既この3つの軸は、「市場を理解する3つの視点:TAD (Time、Area、Depth)で解説しています。
 

5.MLTVを拡大する上で、技術の役割は極めて大きい

 
 以上のようにMLTVを拡大する上で、技術が担う役割には極めて大きなものがあります。なぜなら、MLTVを拡大しようと思えば、従来の自社の技術だけでは絶対に足りないからです。その意味からも、研究開発の活動も大きく変わらなければなりません。
 
 

   続きを読むには・・・


この記事の著者

浪江 一公

プロフェッショナリズムと豊富な経験をベースに、革新的な製品やサービスを創出するプロセスの構築のお手伝いをいたします。

プロフェッショナリズムと豊富な経験をベースに、革新的な製品やサービスを創出するプロセスの構築のお手伝いをいたします。


「技術マネジメント総合」の他のキーワード解説記事

もっと見る
『価値づくり』の研究開発マネジメント (その8)

     今回から、オープンイノベーションを経済学のキーワードから「範囲の経済性」を解説します。 ◆関連解説『技術マネジメントとは』 ...

     今回から、オープンイノベーションを経済学のキーワードから「範囲の経済性」を解説します。 ◆関連解説『技術マネジメントとは』 ...


具体的なペルソナを描く 新規事業・新商品を生み出す技術戦略(その74)

  ◆ ターゲットを明確に  先日、ある企業の商品企画書レビューに参加したのですが、私を含め事業部長やリーダークラスのステークホルダーに...

  ◆ ターゲットを明確に  先日、ある企業の商品企画書レビューに参加したのですが、私を含め事業部長やリーダークラスのステークホルダーに...


真の「デザイン」は、「設計」の概念!

1. デザイン重視の背景  例えば携帯電話の開発で、アップル、韓国LG電子、NEC、ソニーなどが、デザインを最優先する戦略をとり始めています。競合各社の...

1. デザイン重視の背景  例えば携帯電話の開発で、アップル、韓国LG電子、NEC、ソニーなどが、デザインを最優先する戦略をとり始めています。競合各社の...


「技術マネジメント総合」の活用事例

もっと見る
海外と積極コミュニケートを!

 ものづくりの世界において、大企業の製品はもちろんのこと、海外Makersの新製品情報も早々に目に入ってくるようになりました。KickStarter等のク...

 ものづくりの世界において、大企業の製品はもちろんのこと、海外Makersの新製品情報も早々に目に入ってくるようになりました。KickStarter等のク...


イノベーションのための「チーム体制」

 「最後の砦、技術力がアブナイ」では、技術者は自律性、創意工夫、挑戦意欲、変化対応力などを期待されているにもかかわらず、開発現場はそのような技術者に育てる...

 「最後の砦、技術力がアブナイ」では、技術者は自律性、創意工夫、挑戦意欲、変化対応力などを期待されているにもかかわらず、開発現場はそのような技術者に育てる...


スーパーマンではなくプロフェッショナルな技術者に(その3)

【プロフェッショナルな技術者 連載目次】 1. 製品開発現場が抱えている問題 2. プロフェッショナルによる製品開発 3. 設計組織がねらい通り...

【プロフェッショナルな技術者 連載目次】 1. 製品開発現場が抱えている問題 2. プロフェッショナルによる製品開発 3. 設計組織がねらい通り...