『坂の上の雲』に学ぶ先人の知恵(その23)

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 『坂の上の雲』は司馬遼太郎が残した多くの作品の中で、最もビジネス関係者が愛読しているものの一つでしょう。これには企業がビジネスと言う戦場で勝利をおさめる為のヒントが豊富に隠されています。『坂の上の雲』に学ぶマネジメント、『学習する組織をめざせ』の章です。活動するたびにいつも組織と構成員の成長があること、そのしくみが「学習する組織」です。それをめざすにはどうするのか、この章で解説します。
 

12. 普通の人を育成する

 
 経営幹部教育と対比させて考えます。普通の人を、あまり最初から選別しないで育成するのが日本の特徴でしょう。最初は裾野を広く育成してもいいのですが、あるところからは中堅幹部、経営幹部を選別して育成しませんと結局は遅れをとってしまうことになります。経営幹部育成に重点を置くのは欧米です。欧米は階級社会の名残もあって明らかに経営幹部教育中心、スパルタ式も結局はエリート教育です。
 
教育研修
 

(1) 明治期の教員育成

 
 日本の社会は明治維新の前までは、各藩の地方自治になっており、お互いにあまり交流もなく、日本国家としてまとまることもなかったのです。そのため、優れた素質を持った人材がどこにいるかわかりませんでした。明治維新になると、身分制度の壁が低くなり、抜擢が進む条件が揃いました。
 
 ヨーロッパの場合は、身分の壁があったのですが、日本は江戸時代末期から士農工商にあっても商が実権を握っており、実質的には身分制度の壁が低くなっていました。明治維新後は、エリート育成ではなく、ごく普通の人を対象とした教育がおこなわれ、人が成長するしくみが出来ていました。
 
 たとえば、教員の育成にも表れています。学校教育という意味で人を育てるのは教員であり、教員になるためには、教員試験にさえ合格すれば藩閥とは無関係に誰でも採用されました。しかも、実力に応じてそれなりに評価されて昇進できたのです。普通の人の育成をおこない、隠れた能力をどんどん引き出しました。
 
 秋山好古もはじめは代用教員からスタートしています。明治政府は資源を持たない日本が強大な列強と渡り合っていくにはまず優れた人材が必要と考えました。そして、人の教育を始めるにあたって、まず優秀な教員の育成から着手したのはさすがです。義務教育も当初は有償でしたが、それでは就学率が伸びないので、無償に切り替えて就学率は飛躍的に高まりました。政府予算は苦しい状況だったようですが、各地の有力者・篤志家がこぞって私財を寄付して協力しました。国民も政府と課題を共有していたのです。
 

(2) 経営幹部の育成

 
 時代が変わってきて日本は経営幹部育成では遅れを取りました。かつて、70年代は、トップや経営幹部が方向性を示さなくても、世界の流れに乗っていればそのまま成長した時代でした。ところが80年代になり日本が世界のトップランナーに躍り出ました。90年代になり、その先「さあ、どうするんだ」となるとき、トップの役割はとてつもなく大きいものとなりました。
 
 21世紀に入ってもきちんと采配を振れる人がいないとすれば、経営幹部育成はやはり遅れをとっていると思わざるを得ないのです。トップを育成するのはどこも苦心していますが、必要です。日本の代表的企業では、経営幹部教育はけっこうしっかりしていると感じます。たとえば、エンジニア出身の経営幹部をある合弁企業の社長にする。そこで好成績を上げて本社の役員に戻す。この人はと思った人は子会社などいろいろなところに配置してテストする。うまく成績が上がると、またそれよりもうちょっと難しいところに、と。ところが、部長級になるととたんに育成をしないのです。
 
 部長から役員を抜擢するのですが、その「候補者を育成するには?」と人事部長に聞けば、「それはご自分でやっていただかないと」という答えが返ってくるのです。「自分でできないですよ、そんなのは」と言いたくなります。自己啓発だけで役員が育成できると考えているところに、育成システムの遅れを感じます。
 
 経営幹部を育成する施設も作って育成に重点を置く企業もあります。GE(ゼネラルエレクトリック社)のジャック・ウェルチは、社...
 『坂の上の雲』は司馬遼太郎が残した多くの作品の中で、最もビジネス関係者が愛読しているものの一つでしょう。これには企業がビジネスと言う戦場で勝利をおさめる為のヒントが豊富に隠されています。『坂の上の雲』に学ぶマネジメント、『学習する組織をめざせ』の章です。活動するたびにいつも組織と構成員の成長があること、そのしくみが「学習する組織」です。それをめざすにはどうするのか、この章で解説します。
 

12. 普通の人を育成する

 
 経営幹部教育と対比させて考えます。普通の人を、あまり最初から選別しないで育成するのが日本の特徴でしょう。最初は裾野を広く育成してもいいのですが、あるところからは中堅幹部、経営幹部を選別して育成しませんと結局は遅れをとってしまうことになります。経営幹部育成に重点を置くのは欧米です。欧米は階級社会の名残もあって明らかに経営幹部教育中心、スパルタ式も結局はエリート教育です。
 
教育研修
 

(1) 明治期の教員育成

 
 日本の社会は明治維新の前までは、各藩の地方自治になっており、お互いにあまり交流もなく、日本国家としてまとまることもなかったのです。そのため、優れた素質を持った人材がどこにいるかわかりませんでした。明治維新になると、身分制度の壁が低くなり、抜擢が進む条件が揃いました。
 
 ヨーロッパの場合は、身分の壁があったのですが、日本は江戸時代末期から士農工商にあっても商が実権を握っており、実質的には身分制度の壁が低くなっていました。明治維新後は、エリート育成ではなく、ごく普通の人を対象とした教育がおこなわれ、人が成長するしくみが出来ていました。
 
 たとえば、教員の育成にも表れています。学校教育という意味で人を育てるのは教員であり、教員になるためには、教員試験にさえ合格すれば藩閥とは無関係に誰でも採用されました。しかも、実力に応じてそれなりに評価されて昇進できたのです。普通の人の育成をおこない、隠れた能力をどんどん引き出しました。
 
 秋山好古もはじめは代用教員からスタートしています。明治政府は資源を持たない日本が強大な列強と渡り合っていくにはまず優れた人材が必要と考えました。そして、人の教育を始めるにあたって、まず優秀な教員の育成から着手したのはさすがです。義務教育も当初は有償でしたが、それでは就学率が伸びないので、無償に切り替えて就学率は飛躍的に高まりました。政府予算は苦しい状況だったようですが、各地の有力者・篤志家がこぞって私財を寄付して協力しました。国民も政府と課題を共有していたのです。
 

(2) 経営幹部の育成

 
 時代が変わってきて日本は経営幹部育成では遅れを取りました。かつて、70年代は、トップや経営幹部が方向性を示さなくても、世界の流れに乗っていればそのまま成長した時代でした。ところが80年代になり日本が世界のトップランナーに躍り出ました。90年代になり、その先「さあ、どうするんだ」となるとき、トップの役割はとてつもなく大きいものとなりました。
 
 21世紀に入ってもきちんと采配を振れる人がいないとすれば、経営幹部育成はやはり遅れをとっていると思わざるを得ないのです。トップを育成するのはどこも苦心していますが、必要です。日本の代表的企業では、経営幹部教育はけっこうしっかりしていると感じます。たとえば、エンジニア出身の経営幹部をある合弁企業の社長にする。そこで好成績を上げて本社の役員に戻す。この人はと思った人は子会社などいろいろなところに配置してテストする。うまく成績が上がると、またそれよりもうちょっと難しいところに、と。ところが、部長級になるととたんに育成をしないのです。
 
 部長から役員を抜擢するのですが、その「候補者を育成するには?」と人事部長に聞けば、「それはご自分でやっていただかないと」という答えが返ってくるのです。「自分でできないですよ、そんなのは」と言いたくなります。自己啓発だけで役員が育成できると考えているところに、育成システムの遅れを感じます。
 
 経営幹部を育成する施設も作って育成に重点を置く企業もあります。GE(ゼネラルエレクトリック社)のジャック・ウェルチは、社長時代に経営者学校を作りました。トップになればなるほど、もういつ辞めても代わりになる人はいます。次は誰、というのがわかるくらいに育成のしくみができていればすばらしいでしょう。社長のお気に入りだからとの理由なのか、そこはポイントのひとつですが……。
 
 経営幹部になりそうな人をどう育成するかは、非常に重要です。経営のトップが何十年も変わらない会社は、後継者を育てていないということになります。後継者は放っておいても育つものではなく、育てるものです。
 
 次回も、学習する組織の解説を続けます。
 
【出典】
 津曲公二 著「坂の上の雲」に学ぶ、勝てるマネジメント 総合法令出版株式会社発行
 筆者のご承諾により、抜粋を連載。
  

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この記事の著者

津曲 公二

技術者やスタッフが活き活きと輝きながら活動できる環境作りに貢献します。

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