『坂の上の雲』は司馬遼太郎が残した多くの作品の中で、最もビジネス関係者が愛読しているものの一つでしょう。これには企業がビジネスと言う戦場で勝利をおさめる為のヒントが豊富に隠されています。『坂の上の雲』に学ぶマネジメント、『プロジェクトや人の評価方法』の章です。プロジェクト活動の成果を、どういう観点から評価するか。プロジェクトの成功や失敗とは、何を基準にするか。組織の中で敗者をつくらないために、どのように人の評価をするか。この章で解説しています。
2. 評価は難しい
日露戦争終結後に、軍部がある軍人を指名して戦史を書かせました。しかし、その目的が論功行賞のためだったので、実際の研究には役に立たないいい加減なものしか出来上がらなかったようです。アメリカではこのような戦史は、第三者である民間に頼んで書かせるそうです。日本の日露戦争史は軍部で書いたので、俺のことをよく書けと言う人ばかり出てきました。そういう人が多すぎて、書ききれなかったので、その編集責任者は左遷されてしまったというのです。組織の教訓を抽出することはいかに難しいかです。残念ながら、今でもこのようなところは日本ではまだ残っているような気がして、ちょっと不安なところです。
3. 何のために評価するか
そもそも「何のために評価するか」かは、人を評価する原点で、重要なことです。この点をもう一度問い直したいのです。組織にはその存在理由やミッションが必ずあります。組織は何のために存在し、どのような貢献をするかの理念を持っています。ただ金をもうければいいのではなく、何かを貢献をしているからこそ対価として報酬(利益)を得るのです。その理念にマッチしている人材、その人材をどう配置するかが評価の基本であり原点です。組織の存続自体が目的ではありません。
会計の世界では、「企業はゴーイング・コンサーン (Going Concern)で継続しなければならない」とされています。それより前の段階として、その組織は何のために存在するのかのミッションがあります。そこには必ず貢献があり、その貢献にふさわしい人材の配置になっているかどうかが評価の基本となるはずです。このあたりを忘れて、評価は単に給料を決めるためとかボーナスを決めるとか、誰を出世させるとか、論功行賞をするとかばかり考えていたのでは、評価制度はうまくいくはずがありません。
日露戦争における人材の配置が適正だったのか否かの評価に関して言えば、明石元二郎という人物にロシアに対する政略を任せたことは、まさにぴったりの人材配置だったと思います。100万円(当時の国家予算の0.4%相当)の資金を持たされて、ヨーロッパにあって革命家を扇動し、後方の撹乱を担当しました。彼のエピソードには、ロシア公使館付陸軍武官時代に、明石の上司にあたる駐ロシア公使の栗野慎一郎は彼の能力を見抜けず、外務省に優秀な情報員が欲しいと要請したほどです。明石はフランス語、ロシア語、英語はネイティブも驚くほど語学力はずば抜けていました。
もっとも、日露戦争勝利において、彼は非常に大きな貢献をしたはずですが、スパイだったということで戦後の評価は決して高くありません。『坂の上の雲』の中でも、戦史の中で自分の名前が一つも出てこないと怒る場面があります。軍部ではなく、歴史家が客観的に日露戦争史を書いていれば、彼の評価はまた違ったものになったかもしれないのです。
4. 適材適所とは長所に目を向けること
企業であれば、自社のミッションや企業理念に対してどれだけ貢献したかが評価の対象になります。そのため、どのような結果になったかが評価されるのは基本です。一方、組織の存在理由は時代と共に変わるものです。その変化にも目を向けなければならないでしょう。いつまでもずっと同じというわけにはいかないのです。そこに留意すべき点があります。
ここで言う「評価の目的」とは、大学入試や資格試験のように、何かを選別することが目的ではありません。人を評価する場合は、本人の個性や人格などの長所に焦点を当てることになり、個別的にならざるを得ないのです。評価項目を一覧にしてチェックするやり方もありますが、これはムダが多いのです。つまり、対象者を評価するとは、チェック項目の一つひとつについて評価することになります。逆説的に言えば、リスト項目以外は評価の対象にならないので、リスト項目だけを評価することになります。結果的に短所も評価せ...