『坂の上の雲』に学ぶ先人の知恵(その17)

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 『坂の上の雲』は司馬遼太郎が残した多くの作品の中で、最もビジネス関係者が愛読しているものの一つでしょう。これには企業がビジネスと言う戦場で勝利をおさめる為のヒントが豊富に隠されています。『坂の上の雲』に学ぶマネジメント、『論理的思考を強化せよ』の章、解説を進めています。
 

10. 体験と経験の違い

 
 体験も経験も同義語に使われることがありますが、ここでは、体験の要素をある程度抽出したものが経験であると定義します。体験したが、何か知らないけれど、そういうふうになった、という話は体験だけにとどまっているのです。それを経験にするには、「私の経験から言えば、そういうときは◯◯が重要な要素である」と、体験したときの要素をいくつか抽出して、原理のようなものを取り出すことが必要になります。
 
 プロジェクトマネジメントで言えば、体験したことの「振り返り」にあたるでしょう。体験したことを経験とするには、体験プラス振り返りと、体験の要素を分析することが必要になってくるのです。なぜうまくいったか、なぜうまくいかなかったのかをすべてひっくるめての振り返りです。
 

11. 末梢情報から感じる

 
 ここに「感じる」と書くと、「論理的思考」とは矛盾するのではと思われるかもしれませんが、これも飛躍思考と深い関係があります。
 
 裁判官は、自分の知らないことについて何かの判断を示さなければならないので、あらゆる証拠資料から判断を下します。ところが、一般のビジネスではすべて証拠書類をそろえる必要はないし、実際にそろえることが難しいことも多い。ごくささいな情報しかない場合もあります。
 
 その極端なものは末梢情報です。ささいな情報から核心に気が付くことです。重要情報は007のような情報部員でないと集められないかもしれませんが、普通に得られる情報でも核心に気が付くことが大切なのです。
 
 末梢情報から感じるとは、先に述べた飛躍思考、直観力に通じます。さらに推論が加わって、意思決定や行動を迅速にできることです。自分の中で推論ができていて、ささいな情報も反映しています。したがって、本人の中では、裏付けがあっての結論になっているが、ほかへの説得力はないのです。
 
 東郷平八郎の場合、トップが俺がこうだと言えば、みんなものすごく心配だったけれど、命令だからその通りにする。組織の中で必ずしもトップでない人は東郷と同じようにできないのは、説得力の違いにあるでしょう。説得力は個人次第であるので、こういう末梢情報から推論して出た結論を上司や他人に説得することには別の課題があります。とはいえ、末梢情報から感じることは非常に重要です。本物のベテランはこういうことをやっているのです。
 
 日露戦争の10年前に日清戦争がありました。「眠れる獅子」と恐れられていた大国の清と、文明開化後の小国、日本との戦争です。『坂の上の雲』の中には、北洋通商大臣である李鴻章が最新鋭戦艦、定遠と鎮遠の2隻で長崎に寄港する場面があります。彼のねらいは、日本に対する威嚇です。「こんな立派で強い戦艦があるから、日本は負けるだけよ」との威圧です。
 
 人的資源マネジメント:ポジティブ感情
 
 ところが東郷は清の威圧とは逆のことを感じるのです。戦艦の中を見学に行くと、主砲を操作する兵員がほとんど半裸体、洗濯ものを砲に干したり、そのそばで何か食事をしていたり、風紀や規律が乱れきっていたのです。最新鋭の戦艦を動かすのにこんな規律でできるわけがないと、東郷はすぐに感じたのでした。
 
 戦艦(ハードウエア)は確かに最新鋭で立派だが、それを動かす訓練や規律(ソフトウエア)はまるでできていない、これらを総合すると最新鋭の戦艦といえども恐れる必要はない、と東郷は直観しました。現場の末梢情報からの飛躍思考です。日清戦争ではこのことがものの見事に証明されました。定遠と鎮遠はろくな働きもしないうちに清国海軍は降伏してしまうのでした。
 
 世界最高水準の戦艦である定遠と鎮遠、この2隻に対して、日本海軍は劣勢でした。戦艦はなく、格下の巡洋艦があるだけです。勝てないと思うのが常識でした。ところが現場を見ると、「あんな兵隊がやっているようじゃ、これは満足に使いこなせるわけがない」と、たちまち見破りました。これは末梢情報から得た東郷の確信でした。真の経験者でなければ、自信を持って判断できなかったことでしょう。
 

12. 経験者は論理的

 
 経験者というのは、ベテラン経験者のことを言うのです。経験者には2種類あり、真の経験者と偽の経験者です。前述の畑村洋太郎氏の本にはっきり書いてあります。真の経験者とは、ある事象は何から成り立っているか、重要な要素は何か、要素と要素がどういう構造、組み立てになっているかが「わかる」人です。
 
 プロジェクトで言うと、それぞれの要素をどういう順番で作業をするのか、重要作業がどの要素であるのかがわかることです。要素と要素の構造(組み立て)の2つのことを理解し、把握していたとき本当のベテランであると言えるのです。
 
 単にたくさん体験しただけではベテランとは言わないのです。要素と構造を理解して、それを知らない人にきちんと説明できるのが真の経験者で、体験だけしかしていない人は、「どうもそうなっているみたいですよ」としか言えないのです。違う要素が来たら、まるで手が出ないのです。
 
 畑村氏はそれを、偽ベテランと真のベテランという言...
 
 『坂の上の雲』は司馬遼太郎が残した多くの作品の中で、最もビジネス関係者が愛読しているものの一つでしょう。これには企業がビジネスと言う戦場で勝利をおさめる為のヒントが豊富に隠されています。『坂の上の雲』に学ぶマネジメント、『論理的思考を強化せよ』の章、解説を進めています。
 

10. 体験と経験の違い

 
 体験も経験も同義語に使われることがありますが、ここでは、体験の要素をある程度抽出したものが経験であると定義します。体験したが、何か知らないけれど、そういうふうになった、という話は体験だけにとどまっているのです。それを経験にするには、「私の経験から言えば、そういうときは◯◯が重要な要素である」と、体験したときの要素をいくつか抽出して、原理のようなものを取り出すことが必要になります。
 
 プロジェクトマネジメントで言えば、体験したことの「振り返り」にあたるでしょう。体験したことを経験とするには、体験プラス振り返りと、体験の要素を分析することが必要になってくるのです。なぜうまくいったか、なぜうまくいかなかったのかをすべてひっくるめての振り返りです。
 

11. 末梢情報から感じる

 
 ここに「感じる」と書くと、「論理的思考」とは矛盾するのではと思われるかもしれませんが、これも飛躍思考と深い関係があります。
 
 裁判官は、自分の知らないことについて何かの判断を示さなければならないので、あらゆる証拠資料から判断を下します。ところが、一般のビジネスではすべて証拠書類をそろえる必要はないし、実際にそろえることが難しいことも多い。ごくささいな情報しかない場合もあります。
 
 その極端なものは末梢情報です。ささいな情報から核心に気が付くことです。重要情報は007のような情報部員でないと集められないかもしれませんが、普通に得られる情報でも核心に気が付くことが大切なのです。
 
 末梢情報から感じるとは、先に述べた飛躍思考、直観力に通じます。さらに推論が加わって、意思決定や行動を迅速にできることです。自分の中で推論ができていて、ささいな情報も反映しています。したがって、本人の中では、裏付けがあっての結論になっているが、ほかへの説得力はないのです。
 
 東郷平八郎の場合、トップが俺がこうだと言えば、みんなものすごく心配だったけれど、命令だからその通りにする。組織の中で必ずしもトップでない人は東郷と同じようにできないのは、説得力の違いにあるでしょう。説得力は個人次第であるので、こういう末梢情報から推論して出た結論を上司や他人に説得することには別の課題があります。とはいえ、末梢情報から感じることは非常に重要です。本物のベテランはこういうことをやっているのです。
 
 日露戦争の10年前に日清戦争がありました。「眠れる獅子」と恐れられていた大国の清と、文明開化後の小国、日本との戦争です。『坂の上の雲』の中には、北洋通商大臣である李鴻章が最新鋭戦艦、定遠と鎮遠の2隻で長崎に寄港する場面があります。彼のねらいは、日本に対する威嚇です。「こんな立派で強い戦艦があるから、日本は負けるだけよ」との威圧です。
 
 人的資源マネジメント:ポジティブ感情
 
 ところが東郷は清の威圧とは逆のことを感じるのです。戦艦の中を見学に行くと、主砲を操作する兵員がほとんど半裸体、洗濯ものを砲に干したり、そのそばで何か食事をしていたり、風紀や規律が乱れきっていたのです。最新鋭の戦艦を動かすのにこんな規律でできるわけがないと、東郷はすぐに感じたのでした。
 
 戦艦(ハードウエア)は確かに最新鋭で立派だが、それを動かす訓練や規律(ソフトウエア)はまるでできていない、これらを総合すると最新鋭の戦艦といえども恐れる必要はない、と東郷は直観しました。現場の末梢情報からの飛躍思考です。日清戦争ではこのことがものの見事に証明されました。定遠と鎮遠はろくな働きもしないうちに清国海軍は降伏してしまうのでした。
 
 世界最高水準の戦艦である定遠と鎮遠、この2隻に対して、日本海軍は劣勢でした。戦艦はなく、格下の巡洋艦があるだけです。勝てないと思うのが常識でした。ところが現場を見ると、「あんな兵隊がやっているようじゃ、これは満足に使いこなせるわけがない」と、たちまち見破りました。これは末梢情報から得た東郷の確信でした。真の経験者でなければ、自信を持って判断できなかったことでしょう。
 

12. 経験者は論理的

 
 経験者というのは、ベテラン経験者のことを言うのです。経験者には2種類あり、真の経験者と偽の経験者です。前述の畑村洋太郎氏の本にはっきり書いてあります。真の経験者とは、ある事象は何から成り立っているか、重要な要素は何か、要素と要素がどういう構造、組み立てになっているかが「わかる」人です。
 
 プロジェクトで言うと、それぞれの要素をどういう順番で作業をするのか、重要作業がどの要素であるのかがわかることです。要素と要素の構造(組み立て)の2つのことを理解し、把握していたとき本当のベテランであると言えるのです。
 
 単にたくさん体験しただけではベテランとは言わないのです。要素と構造を理解して、それを知らない人にきちんと説明できるのが真の経験者で、体験だけしかしていない人は、「どうもそうなっているみたいですよ」としか言えないのです。違う要素が来たら、まるで手が出ないのです。
 
 畑村氏はそれを、偽ベテランと真のベテランという言い方をしています。何十年経験を積んでも、その理解をしていないとベテランにはなり得ないのです。逆に、経験は少なくとも、事象の要素と構造を理解した人だと、これは真のベテランと言っていいことになります。日露戦争初戦の仁川沖の海戦。まさに日露戦争のカギを握る初戦でした。海軍首脳部は本当のベテランで、ここ仁川で負けると雰囲気としても非常に悪くなることもよくわかっていました。初戦でもたもたしていると、日本は危ないと評判が落ちる。初戦で徹底的に勝つことを着想し、ここで相手の軍艦より一つランクが上の艦船を投入して、順調に想定どおり勝利したのでした。
 
 勝つためにはどういう裏付けが必要か、勝つか負けるかのシチュエーションはどうか。ここでも要素と構造がよくわかっていたのです。本当の経験者が論理的に考えた作戦でした。
 
【出典】
 津曲公二 著「坂の上の雲」に学ぶ、勝てるマネジメント 総合法令出版株式会社発行
 筆者のご承諾により、抜粋を連載。
 
  

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この記事の著者

津曲 公二

技術者やスタッフが活き活きと輝きながら活動できる環境作りに貢献します。

技術者やスタッフが活き活きと輝きながら活動できる環境作りに貢献します。


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