格差が拡がるSCM SCM最前線(その2)

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 SCM最前線、前回のその1に続いて解説します。
 

1.SCM達成度は範囲よりも質が重要 

 
 これまで、SCMの達成レベルは、組織的・地域的広がりの進度を中心に語られてきました。しかし、このような組織的・地域的広がりでは、SCMの達成度が語れなくなっています。広がりよりも、実現の質が問題です。図1は、「質」の視点から見たSCM実現レベルを示したものです。
 
              SCM
                               図1.SCM概念とツールの進化
 
 SCMの最先端S&OPに至るためには、下から一段ずつステップを進める必要があり、下のステップを省略して先のステップに進むことはできません。
 

(1) ステップ1:「需要データの共有化・見える化」

 
 「需要データの共有化・見える化」は、SCMを実現するための必須の前提であると考えられますが、まだ多くの企業で実現できていません。このステップはSCMの豊かな果実を得るための先行投資であり、はっきりした効果が見えない中、販売側に大きな負担を強いるだけに、図2のように、このステップでつまずいてしまう会社も多いのが現実です。
 
                SCM
                               図2.SCMのステップアップを妨げる壁
 

(2) ステップ2:「実需と供給のリンク(ブルウィップ効果の克服)」 

 
 ブルウィップ効果は、需要のデータが供給側へと各部門を伝わる間に、部門間不信のためにその予測数量の鯖読みが行われ、その予測数量がムチのように大きく変動する現象です。最終的に供給側に伝わる数量は、実需と大きく乖離することになるので、過剰在庫や販売機会損失の重大な原因となります。このように発生のメカニズムははっきりしているのですが、克服のためには販売と生産の部門を超えた実需を正確に受け渡す業務の仕組みが出来上がる事が必須です。
 
 しかし、現実には部門間の利害対立のため、この様な仕組みを作り上げることは困難なため、いわゆる「グローバルSCMセンター」の様な組織を新たに作り、ここにSCMの責任と権限を集中する事で解決を図ることがよく行われています。この様な変革には組織間の責任と権限の大きな変更が必要となるため、実現できている会社は決して多数ではありません。
 

(3) ステップ3:「数量管理と財務管理の連携(S&OP)」

 
 S&OPはSales & Operation Planningの略であり、これまで「数量」中心の世界であったSCMに「カネ」の視点を持ち込むことで、事業計画の達成をより確実にしようとするものです。この取り組みの背景には、SCMが経営本来の目的である事業計画の達成にあまり役立っていないとの反省が有ります。
 
 SCMオペレーションの結果が事業計画の達成に直接リンクするので、「数量」ベースのSCMに対してさらに高い精度が求められます。その上で、「数量」と「カネ」との連携を取り、事業計画との差異を常時確認しながら、その達成に一歩でも近づける着地点を探すオペレーションを日々実施することになるのです。  
 
 必然的に、その実現の難易度はさらに上がり、日本の製造業でS&OPを実現しているのは、まだ一握りの企業に限定されています。S&OPの先にあるSCMの最終形:「機会損失防止と在庫削減の両立・最適化」 来においても、一般のSCMプロジェクトでは「機会損失防止と在庫削減の両立・最適化」はプロジェクト目的として加えられてきました。したがって、これを最終目的とする事には、読者の皆様には違和感が有るかも知れません。
 
 しかし、その目的が達成されたかどうかを判定する合理的基準自体が現在提案されていません。したがって、「機会損失防止と在庫削減の両立・最適化」を達成できたと言える企業はまだ存在しないということになるのです。S&OPを実現している最先端を走る企業でも、SCMのKPIやその一連の体系であるスコアカードの設定を次の課題として取り上げています。そもそも、高度なSCMを実現するための前提、つまりその概念的な進化とITツールとしての成熟は十分だと言える状況にあるのでしょうか? 次節では、このようなSCM実現の道具の成熟度についてまず触れてみたいと思います。
 

2.SCM実践の道具は充実

 
 企業がSCMに取り組もうとする際、その実現の道具には、「SCMの概念」と「ITツール」が有ります。 SCMの概念が提唱されてから、すでに30年以上の時間が経過しようとしてしています。1980年代米国で始まったQR、ECRの取り組み以降、SCMの概念は進化・拡張され、世界中で共有化されるようになりました。 その後、SCMに関する多くのテーマが発表され効果を上げた事例も大量に発表されています。現在の最先端テーマあるS&OPも、その基本的概念のフレームワークは、1980年代後半にはすでに完成しています。 
 
 しかし、現実にはそれが実現できた企業はごく少数であることは前節で述べたとおりです。 また、ITツールも目覚ましい発展を遂げています。従来では各企業が一から作り上げてきた基幹情報システムは、いまやERPで普通に実現することが可能になりました。また、グローバルな情報共有のためのコミュニケーション基盤であるインターネットも完全に定着し、無くてはならない社会インフラとしての地位を確立しました。 
 
 SCMの司令塔とも言うべきSCP(Supply Chain Planning)の仕組みも、SCM全体の整合性のある計画を作り出せるようになっています。これらソフトウエア機能の進化は、IT処理能力の飛躍的な向上に支えられています。以前では、処理能力やデータ通信能力の限界のため断念していた処理が、ほとんど手の届くところにきています。今や処理能力の限界は、SCMの遅れの言い訳にはできなくなっています。それでは、SCMの概念的枠組みやITツールの成熟にもかかわらず、SCMの取り組みが進まないのはなぜでしょうか?
 

3.SCMが進まない本当の理由

 
 SCMのステップを進めて行こうとするときに、各ステップの前に立ちはだかる高い壁があります。 第1の壁は、「需要データ共有化・見える化の壁」です。需要データの統一を図ろうとしても、これまで永年使われ続けてきた各事業でのバラバラのコード体系、システムのため、これらを一元化することは極めて困難です。また、たとえ仕組みが出来上がったとしても、販売部門には大きな負担となり、強い強制力でルール化するか、納期回答などの見返りで販売現場への動機付けがうまくいかなければ、いずれ使われないシステムとなってしまう可能性大です。 
 
 第2の壁は、「実需と供給のリンク、ブルウィップ克服の壁」です。 需要データと供給データの一気通貫ということは古くから言われていますが、そもそもデータを一元管理する仕組みを構築する事自体に大きな困難を伴います。さらに、仕組みが出来ても在庫責任が販売・生産の各部門に分散していると、各部門の部分最適なオペレーションのためブルウィップ効果はなかなか克服できません。 
 
 第3の壁は、「数量管理と財務管理の連携(S&OP)の壁」です。 SCMを事業管理に直接連携する金額で扱うためには、その前提として数...
 SCM最前線、前回のその1に続いて解説します。
 

1.SCM達成度は範囲よりも質が重要 

 
 これまで、SCMの達成レベルは、組織的・地域的広がりの進度を中心に語られてきました。しかし、このような組織的・地域的広がりでは、SCMの達成度が語れなくなっています。広がりよりも、実現の質が問題です。図1は、「質」の視点から見たSCM実現レベルを示したものです。
 
              SCM
                               図1.SCM概念とツールの進化
 
 SCMの最先端S&OPに至るためには、下から一段ずつステップを進める必要があり、下のステップを省略して先のステップに進むことはできません。
 

(1) ステップ1:「需要データの共有化・見える化」

 
 「需要データの共有化・見える化」は、SCMを実現するための必須の前提であると考えられますが、まだ多くの企業で実現できていません。このステップはSCMの豊かな果実を得るための先行投資であり、はっきりした効果が見えない中、販売側に大きな負担を強いるだけに、図2のように、このステップでつまずいてしまう会社も多いのが現実です。
 
                SCM
                               図2.SCMのステップアップを妨げる壁
 

(2) ステップ2:「実需と供給のリンク(ブルウィップ効果の克服)」 

 
 ブルウィップ効果は、需要のデータが供給側へと各部門を伝わる間に、部門間不信のためにその予測数量の鯖読みが行われ、その予測数量がムチのように大きく変動する現象です。最終的に供給側に伝わる数量は、実需と大きく乖離することになるので、過剰在庫や販売機会損失の重大な原因となります。このように発生のメカニズムははっきりしているのですが、克服のためには販売と生産の部門を超えた実需を正確に受け渡す業務の仕組みが出来上がる事が必須です。
 
 しかし、現実には部門間の利害対立のため、この様な仕組みを作り上げることは困難なため、いわゆる「グローバルSCMセンター」の様な組織を新たに作り、ここにSCMの責任と権限を集中する事で解決を図ることがよく行われています。この様な変革には組織間の責任と権限の大きな変更が必要となるため、実現できている会社は決して多数ではありません。
 

(3) ステップ3:「数量管理と財務管理の連携(S&OP)」

 
 S&OPはSales & Operation Planningの略であり、これまで「数量」中心の世界であったSCMに「カネ」の視点を持ち込むことで、事業計画の達成をより確実にしようとするものです。この取り組みの背景には、SCMが経営本来の目的である事業計画の達成にあまり役立っていないとの反省が有ります。
 
 SCMオペレーションの結果が事業計画の達成に直接リンクするので、「数量」ベースのSCMに対してさらに高い精度が求められます。その上で、「数量」と「カネ」との連携を取り、事業計画との差異を常時確認しながら、その達成に一歩でも近づける着地点を探すオペレーションを日々実施することになるのです。  
 
 必然的に、その実現の難易度はさらに上がり、日本の製造業でS&OPを実現しているのは、まだ一握りの企業に限定されています。S&OPの先にあるSCMの最終形:「機会損失防止と在庫削減の両立・最適化」 来においても、一般のSCMプロジェクトでは「機会損失防止と在庫削減の両立・最適化」はプロジェクト目的として加えられてきました。したがって、これを最終目的とする事には、読者の皆様には違和感が有るかも知れません。
 
 しかし、その目的が達成されたかどうかを判定する合理的基準自体が現在提案されていません。したがって、「機会損失防止と在庫削減の両立・最適化」を達成できたと言える企業はまだ存在しないということになるのです。S&OPを実現している最先端を走る企業でも、SCMのKPIやその一連の体系であるスコアカードの設定を次の課題として取り上げています。そもそも、高度なSCMを実現するための前提、つまりその概念的な進化とITツールとしての成熟は十分だと言える状況にあるのでしょうか? 次節では、このようなSCM実現の道具の成熟度についてまず触れてみたいと思います。
 

2.SCM実践の道具は充実

 
 企業がSCMに取り組もうとする際、その実現の道具には、「SCMの概念」と「ITツール」が有ります。 SCMの概念が提唱されてから、すでに30年以上の時間が経過しようとしてしています。1980年代米国で始まったQR、ECRの取り組み以降、SCMの概念は進化・拡張され、世界中で共有化されるようになりました。 その後、SCMに関する多くのテーマが発表され効果を上げた事例も大量に発表されています。現在の最先端テーマあるS&OPも、その基本的概念のフレームワークは、1980年代後半にはすでに完成しています。 
 
 しかし、現実にはそれが実現できた企業はごく少数であることは前節で述べたとおりです。 また、ITツールも目覚ましい発展を遂げています。従来では各企業が一から作り上げてきた基幹情報システムは、いまやERPで普通に実現することが可能になりました。また、グローバルな情報共有のためのコミュニケーション基盤であるインターネットも完全に定着し、無くてはならない社会インフラとしての地位を確立しました。 
 
 SCMの司令塔とも言うべきSCP(Supply Chain Planning)の仕組みも、SCM全体の整合性のある計画を作り出せるようになっています。これらソフトウエア機能の進化は、IT処理能力の飛躍的な向上に支えられています。以前では、処理能力やデータ通信能力の限界のため断念していた処理が、ほとんど手の届くところにきています。今や処理能力の限界は、SCMの遅れの言い訳にはできなくなっています。それでは、SCMの概念的枠組みやITツールの成熟にもかかわらず、SCMの取り組みが進まないのはなぜでしょうか?
 

3.SCMが進まない本当の理由

 
 SCMのステップを進めて行こうとするときに、各ステップの前に立ちはだかる高い壁があります。 第1の壁は、「需要データ共有化・見える化の壁」です。需要データの統一を図ろうとしても、これまで永年使われ続けてきた各事業でのバラバラのコード体系、システムのため、これらを一元化することは極めて困難です。また、たとえ仕組みが出来上がったとしても、販売部門には大きな負担となり、強い強制力でルール化するか、納期回答などの見返りで販売現場への動機付けがうまくいかなければ、いずれ使われないシステムとなってしまう可能性大です。 
 
 第2の壁は、「実需と供給のリンク、ブルウィップ克服の壁」です。 需要データと供給データの一気通貫ということは古くから言われていますが、そもそもデータを一元管理する仕組みを構築する事自体に大きな困難を伴います。さらに、仕組みが出来ても在庫責任が販売・生産の各部門に分散していると、各部門の部分最適なオペレーションのためブルウィップ効果はなかなか克服できません。 
 
 第3の壁は、「数量管理と財務管理の連携(S&OP)の壁」です。 SCMを事業管理に直接連携する金額で扱うためには、その前提として数量ベースの需給管理精度が相当上がっている必要があります。また、モノとカネを一体で扱うため、原価管理基盤がある程度出来上がっている必要があります。しかし、これらは壁の表層・現象面でしかありません。
 
 真の壁は、経営トップと現場が目指すべきSCMの具体的な姿が描けず共有化できていない事です。SCMの段階を進めていくためには膨大なエネルギーが必要です。しかし、SCMイメージが共有できなければ、その動機付けを行う事ができず、全社プロジェクトとして立ちあげることができないのです。
 
 

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この記事の著者

小山 太一

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