人的資源マネジメント:自律性(その2)

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2. 内発的動機づけとは

 
 アメとムチに変わる新しい方法は何でしょうか。それが、モチベーション3.0、すなわち、内発的動機づけです。重要だからやる、好きだからやる、面白いからやる、重要なことの一部を担っているからやる、ということです。人には、新しいことややりがいを求める傾向や、自分の能力を広げ、発揮し、探求し、学ぶという傾向が本来備わっています。内発的動機づけはそこに働きかけます。今の企業に必要なのは内発的動機づけのための仕組みです。「モチベーション3.0」の著者ダニエル・ピンクによれば、その仕組みは「自律性」「熟達」「目的」の3つの要素から成り立つということです。
 
人的資源マネジメント
図25. 内発的動機づけのための3要素
 
 自律性とは自分の人生のことは自分で決めるという欲求、熟達とは何か大切なことについて上達したいという気持ち、そして、目的とは自分自身のことよりも大きな何かのために行動したいという願いです。今回はこの中の「自律性」について考えます。
 
 「自律」の反対は「依存」です。企業や組織における「自主性」と相対する概念は「マネジメント」です。マネジメントは 20 世紀最大の発明だともいわれていますが、同時に、組織や上司などによる統制された行動を要求し、組織への依存を生むものであり、内発的動機づけの障害となるのです。マネジメントによる統制されたモチベーションは、通常は上司という外部の力によって、特定の成果への要求とプレッシャーによる行動を引き起こします。
 
 自律的なモチベーションは、個人の意志にもとづいた選択による行動につながります。そして、自律性にもとづいた仕組みを実践している企業は、すでにいくつも存在しています。書籍「モチベーション3.0」にある例を紹介しておきましょう。
 
 オーストラリアのAtlassianというソフトウェア会社には「フェデックス (FedEx) デー」という仕組みがあります。これは、丸一日を普段の仕事にまったく関係ない、自分の好きなことをやっていいという日を技術者たちに提供するというものです。フェデックスというのは次の日までに宅配を完了させることからフェデックス・デーと名付けたということですが、実際、24時間後には何をやったのかを発表して全員で共有します。
 
 Google がやっているというので有名となった「20%ルール」という仕組みも自律性の仕組みです。これは、就業時間の20%を何でも好きに使うことができるというものです。時間、やること、仲間などすべてが自由です。完全に自主性が認められています。実際、Googleの多くのプロダクトは20%ルールで生まれたものです。
 
 このような仕組みを持つ企業の多くでは、生産性は上がり、従業員満足度も上がり、離職率は下がっています。ちなみに、私が以前勤めていたヒューレット・パッカードも20%ルールのような仕組みがあり、やはり新しい測定器が生まれていました。もう20年近く前のことですが。自律性を尊重することにより、個人の内発的動機づけにもとづくモチベーションを引き出すことができることは、多くの事例が証明しているのです。
 

(1) 前提となるのは個人の自律

 
 今の仕事で扱う問題のほとんどはヒューリスティックな「ロウソク問題」であり、問題解決のためにはクリエイティビティが要求されること。このときに必要になるのが内発的動機づけ(モチベーション3.0)であること。そして、内発的動機づけに必要な要素のひとつが「自律性」であり、個人の自律性を引き出す仕組みを整備することが大切であること、ということを解説しました。いかがでしょうか?
 
 過去の「アルゴリズム」的な問題が主だった時代は、組織は「マネジメント」という統制的な仕組みで十分だったわけですが、ヒューリスティックな「ロウソク問題」が主となっている今は、メンバー一人ひとりの内発的動機づけにもとづくモチベーション(モチベーション3.0)なしには問題を解くことはできないし、ビジネス遂行のための組織の仕組みを効果的に運用し、高いビジネス・パフォーマンスを出すことさえも難しいのです。
 
人的資源マネジメント
図26.組織と個人
 
 当たり前のことなのですが、組織は一人ひとり「個人」で成り立っています。自律性の仕組みとして「フェデックス・デー」や「20%ルール」を紹介しましたが、個人の自律性を引き出すことが目的であることを忘れないでください。それでは、自律性を持つ人とはどのような人でしょうか。個人の自律性はどんなところで判断できるでしょうか。
 
 たとえばそれは、時間に対する考え方にあらわれます。忙しくてゆっくり休むこともできないといつも不満顔なのに、人から頼まれたら断ることができずにさらに不機嫌になっている人。友だちに誘われて一緒に行ったセミナーがつまらなくて、心の中で誘った友だちを責めている人。周囲がうるさくて仕事ができないとブツブツいうだけで自分では何も工夫しない人。こんな人は自律的な時間の使い方とは言えないですよね。自分の時間に対して自分が主導権を握らなければ、自律的な人生を送ることはできません。
 
 ただ、自律とは独立や孤独とは異なることには注意してください。自律は、誰にも頼らずひとりでやるという個人主義ではありません。自律とは、自分の判断で選択し行動するということです。自律性を持った人は他者からの制約を受けずに行動できますが、同時に、他者と円満な人間関係を持つことができるのです。
 
 たとえばそれは、震災や原発問題に対する対応にあらわれます。今もなお、原発問題は収束していませんが、このようなときでも政治に対して「誰かがやるべきことだ」「誰かがやってくれる」と考えているのは、自律した人の考え方ではありません。会社でも、「誰かがやるべきことだ」「誰かがやってくれる」と考えるのは自律ではありません。政治に頼り、会社に頼るのに、自分には頼れない。自律とは遠く離れた姿勢です。
 
 またそれは、風評被害に関する行動にあらわれます。被災地をできる限り応援したい、支援したいといって福島産や隣県産の野菜を買う人がいる一方、安全を確信できないから、子どもへの影響を見極めることができないからと福島産などの野菜を買わない人がいます。どちらかが正しいと...

2. 内発的動機づけとは

 
 アメとムチに変わる新しい方法は何でしょうか。それが、モチベーション3.0、すなわち、内発的動機づけです。重要だからやる、好きだからやる、面白いからやる、重要なことの一部を担っているからやる、ということです。人には、新しいことややりがいを求める傾向や、自分の能力を広げ、発揮し、探求し、学ぶという傾向が本来備わっています。内発的動機づけはそこに働きかけます。今の企業に必要なのは内発的動機づけのための仕組みです。「モチベーション3.0」の著者ダニエル・ピンクによれば、その仕組みは「自律性」「熟達」「目的」の3つの要素から成り立つということです。
 
人的資源マネジメント
図25. 内発的動機づけのための3要素
 
 自律性とは自分の人生のことは自分で決めるという欲求、熟達とは何か大切なことについて上達したいという気持ち、そして、目的とは自分自身のことよりも大きな何かのために行動したいという願いです。今回はこの中の「自律性」について考えます。
 
 「自律」の反対は「依存」です。企業や組織における「自主性」と相対する概念は「マネジメント」です。マネジメントは 20 世紀最大の発明だともいわれていますが、同時に、組織や上司などによる統制された行動を要求し、組織への依存を生むものであり、内発的動機づけの障害となるのです。マネジメントによる統制されたモチベーションは、通常は上司という外部の力によって、特定の成果への要求とプレッシャーによる行動を引き起こします。
 
 自律的なモチベーションは、個人の意志にもとづいた選択による行動につながります。そして、自律性にもとづいた仕組みを実践している企業は、すでにいくつも存在しています。書籍「モチベーション3.0」にある例を紹介しておきましょう。
 
 オーストラリアのAtlassianというソフトウェア会社には「フェデックス (FedEx) デー」という仕組みがあります。これは、丸一日を普段の仕事にまったく関係ない、自分の好きなことをやっていいという日を技術者たちに提供するというものです。フェデックスというのは次の日までに宅配を完了させることからフェデックス・デーと名付けたということですが、実際、24時間後には何をやったのかを発表して全員で共有します。
 
 Google がやっているというので有名となった「20%ルール」という仕組みも自律性の仕組みです。これは、就業時間の20%を何でも好きに使うことができるというものです。時間、やること、仲間などすべてが自由です。完全に自主性が認められています。実際、Googleの多くのプロダクトは20%ルールで生まれたものです。
 
 このような仕組みを持つ企業の多くでは、生産性は上がり、従業員満足度も上がり、離職率は下がっています。ちなみに、私が以前勤めていたヒューレット・パッカードも20%ルールのような仕組みがあり、やはり新しい測定器が生まれていました。もう20年近く前のことですが。自律性を尊重することにより、個人の内発的動機づけにもとづくモチベーションを引き出すことができることは、多くの事例が証明しているのです。
 

(1) 前提となるのは個人の自律

 
 今の仕事で扱う問題のほとんどはヒューリスティックな「ロウソク問題」であり、問題解決のためにはクリエイティビティが要求されること。このときに必要になるのが内発的動機づけ(モチベーション3.0)であること。そして、内発的動機づけに必要な要素のひとつが「自律性」であり、個人の自律性を引き出す仕組みを整備することが大切であること、ということを解説しました。いかがでしょうか?
 
 過去の「アルゴリズム」的な問題が主だった時代は、組織は「マネジメント」という統制的な仕組みで十分だったわけですが、ヒューリスティックな「ロウソク問題」が主となっている今は、メンバー一人ひとりの内発的動機づけにもとづくモチベーション(モチベーション3.0)なしには問題を解くことはできないし、ビジネス遂行のための組織の仕組みを効果的に運用し、高いビジネス・パフォーマンスを出すことさえも難しいのです。
 
人的資源マネジメント
図26.組織と個人
 
 当たり前のことなのですが、組織は一人ひとり「個人」で成り立っています。自律性の仕組みとして「フェデックス・デー」や「20%ルール」を紹介しましたが、個人の自律性を引き出すことが目的であることを忘れないでください。それでは、自律性を持つ人とはどのような人でしょうか。個人の自律性はどんなところで判断できるでしょうか。
 
 たとえばそれは、時間に対する考え方にあらわれます。忙しくてゆっくり休むこともできないといつも不満顔なのに、人から頼まれたら断ることができずにさらに不機嫌になっている人。友だちに誘われて一緒に行ったセミナーがつまらなくて、心の中で誘った友だちを責めている人。周囲がうるさくて仕事ができないとブツブツいうだけで自分では何も工夫しない人。こんな人は自律的な時間の使い方とは言えないですよね。自分の時間に対して自分が主導権を握らなければ、自律的な人生を送ることはできません。
 
 ただ、自律とは独立や孤独とは異なることには注意してください。自律は、誰にも頼らずひとりでやるという個人主義ではありません。自律とは、自分の判断で選択し行動するということです。自律性を持った人は他者からの制約を受けずに行動できますが、同時に、他者と円満な人間関係を持つことができるのです。
 
 たとえばそれは、震災や原発問題に対する対応にあらわれます。今もなお、原発問題は収束していませんが、このようなときでも政治に対して「誰かがやるべきことだ」「誰かがやってくれる」と考えているのは、自律した人の考え方ではありません。会社でも、「誰かがやるべきことだ」「誰かがやってくれる」と考えるのは自律ではありません。政治に頼り、会社に頼るのに、自分には頼れない。自律とは遠く離れた姿勢です。
 
 またそれは、風評被害に関する行動にあらわれます。被災地をできる限り応援したい、支援したいといって福島産や隣県産の野菜を買う人がいる一方、安全を確信できないから、子どもへの影響を見極めることができないからと福島産などの野菜を買わない人がいます。どちらかが正しいとか、どちらかであるべきだというのは自律した態度ではないでしょう。ましてや、テレビや知り合いが言っていたというだけで判断しているのも自律しているとはいえないでしょう。自律している人は、自分の家庭環境や置かれている状況などを考慮した上で、必要な情報収集をして、自分の判断基準を持って行動を選択している人なのだと思います。
 
 まだまだ書きたいところですが、この辺で止めておきましょう。それにしても、最近の大地震の災害では自律性についていろいろと考えさせられます。誰もがみんな同じように考え、行動することを良しとする考え方は自律性を育てないでしょう。今は、自分の置かれた状況や価値観と起きていることの情報収集から自分なりの判断基準を持ち、その基準にもとづいて選択することを試されているように思います。まさに、自律性が試されているのではないでしょうか。
 
 最後に私の考える自律を紹介したいと思います。自律とは「No Excuse」だと考えています。ただし、No Excuse は「言い訳しない」でも「自分の責任と考える」でもありません。No Excuse とは「自分が決める、自分で決める」です。
 
人的資源マネジメント
図27.自律とは No Excuse
 
  

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この記事の著者

石橋 良造

組織のしくみと個人の意識を同時に改革・改善することで、パフォーマンス・エクセレンスを追求し、実現する開発組織に変えます!

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