国際生産成功のための基本的要点(その5)

 前回のその4に続いて解説します。さて「シンガポール生産性向上プロジェクト(SPDP)」であるが、日本側のリーダーは外国経験が初めての学者肌の人であった。また長期専門家の役割として契約書の中に「NPBのスタッフにやり方を教える」、すなわち「アドバイスする」ことと決められており、彼らが出来ないからと代りにやってやることはすべきでない、とされていた。

 このような状況下で最初の6ヶ月間で何が起こったか?長期専門家は慣れる間もなく短期専門家が押し寄せてその対応に追われ、契約書には長期専門家の役割はアドバイスだと書かれているので直接手を下して成果を出そうとしない。NPB側のリーダー(ED)は早く目に見える成果(Tangible Result)を上げて首相に報告しなければ、いつ無能という烙印を押されて首が飛んでしまうかも知れない。シ側も日本側も一所懸命にやっているのに、お互いの立場がよく理解できないままチグハグになり「ボタンの掛け違い」になってしまっていた。すなわち、一つ一つはおかしくないのだが「全体としてどうもおかしい」、しかし「どうにもならない」といった状態が続いて、ついに初代のリーダーは健康を害して一時帰国せざるを得なくなった。それから半年、船長のいなくなったこのプロジェクトSPDP丸は荒れ狂う波間にただよい、かろうじて難破をまぬがれて、新しい船長に例のSさん(この小文で先に登場した、あのリー・クァンユー首相とも直に話しの出来る人)を迎えて、やっと新しい目標を探し見定めて、新しい航海を開始する運びなった。

 60歳も半ばを越されたSさんが1年余の間に1日の休みもとらず、日本側、シ側の相互理解のため、日本向けの公文書だけでも百数十通、ほとんどご自身でワープロ(当時のワープロは画面がなく1行しか見えない窓があるだけ、記憶媒体はフロッピーディスクはなくテープ)を打って出しておられた。Sさんによるとシ側を説得するよりも日本側を説得する方がはるかに大変だったという。それだけ日本側では現地の事情が分らない、あるいは日本が援助してやっているのに何を文句いうかという気持ちもあって「分ろうとしなかった」ということである。

 われわれの新しい方針としては、生産性の理屈ではなく、現場(企業レベル)に根を下ろした生産性向上のモデルケースを作って、そのやり方を通じてNPBのスタッフに技術移転していくということで、たまたまシ側の局長が交替して、実務の分かる人になったのと合せて、体制をたて直して取組んだ。そして新しい体制が軌道に乗ったのはSPDPが発して3年後である。

 成果が上がらないとギャンギャンいうけれど次に日は忘れてしまうというラテンアメリカ気質に較べ、中国系の気質というものはねちっこい。中国の技術協力で5年も前の書類を持ってきて、「○○先生はこう言った、今あなたの言ったのと違うがどういうことなのか?」と質され困った、という話があるが、シンガポールには英国流アドミニストレーションが、特に官庁においてはしっかり定着していて、月例会議で討議されたことは、一項目ごとに誰がアクションを取るか(action by ・・・)と記され、翌月の会議で具体的にどうアクションがとられたかチェックするということをしっかりやる。われわれとの月例会議も同じで、EDはわれわれをあたかも自分部下のようにその業務実績チェックし、気に入らないと顔色を変えて怒るので、英語力に自身のない専門家は手も足も出ず、月例会議の前後は食事も喉を通らなくなるという有様であった。こんなふうにして、Sさんにも食ってかかるがSさんは腹ひとつ立てず、ひとつひとつ相手のメンツが立つように手を打ってやった。

 たとえば、「目に見える成果」ということには、生産性向上はそんな短期で目に見えるようなものではないけれども、先方は首相に対して報告するものが何もなかったらメンツも立たないだろうからと、とにかく

シンガポールでのトレーニング
数字になるもの、トレーニングしたNPBスタッフの数とか、セミナー、ワークショップの参加人数とか、開発した資料の数とかを毎月出して、相手の気持ちをやわらげ、一方で現場嫌いのNPBスタッフを何とか現場に引っ張り出す方策として、モデルカンパニープロジェクトを発足させるなど、徐々にこちらのペースに引き込むようにしていった。

 写真はモデルカンパニーの1つ、T社でのトレーニング風景で、この会社は後に株式上場を果たし、また中国にも進出するなど、立派に発展の道を歩んだ。


この記事の著者

鈴木 甫

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