擦り合わせ型開発と組み合わせ型開発とは

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 「擦り合わせ型開発」という言葉や考え方は、東京大学の藤本隆宏教授が著書「能力構築競争」(中公新書)などで示したものです。マスコミなどでは、この開発スタイルが日本の競争優位性を産んでいる強みであるというようなニュアンスで使われています。一方、欧米や中国などは「組み合わせ型開発」を得意としており、日本が組み合わせ型開発で彼らに勝つのは難しいという論調でした。
 
 ものづくりの復活が不可欠だといわれている今、日本の製造業の特徴を整理し復活のための処方箋を考えるためには、「擦り合わせ型開発」というのは示唆に富むテーマだと思います。
 
 それではまず、「擦り合わせ型開発」と「組み合わせ型開発」について整理しておきましょう。以下、藤本教授の考え方を基本にしていますが、独自の解釈や考え方を加えています。
 
  技術マネジメント
 
 「擦り合わせ型開発」と「組み合わせ型開発」の違いを図に整理しました。 「擦り合わせ型」は垂直統合型の製品開発であり「インテグラル型」ともよばれます。 代表的な製品はクルマで、その他、複写機や液晶ディスプレイなどがよく例としてあげられます。
 
 「組み合わせ型」は水平分業型の製品開発で「モジュール型」ともよばれます。 代表的な製品はパソコンや携帯電話です。 この両者の違いを決めるのは「製品アーキテクチャ」「組織能力」「能力構築環境」の3つの要素です。それぞれの要素について以下に解説します。
 
 「製品アーキテクチャ」とは開発する製品の基本設計思想です。 基本の設計思想というのは製品の内部構造に反映されるため、アーキテクチャの差となってあらわれます。「擦り合わせ型」の場合は、部品や機能ブロックの仕様を相互に調整し、製品ごとに最適設計を行うことで高い性能を実現します。「組み合わせ型」の場合は、インタフェースが標準化された部品や機能ブロックを使い、これらの組み合わせ方で製品としての魅力的な機能や性能を実現します。
 
 「組織能力」とは重視される技術者個人の能力で、その組織に所属していることで技術者が身につける能力と考えることもできます。 組織全体が重視しているスキルと言ってもよいでしょう。「擦り合わせ型」の場合は調整能力が重要で、そのためにコミュニケーション能力や関連領域における幅広い基礎知識が重要なスキルとなります。「組み合わせ型」の場合は、分業化された開発の各業務における専門知識や経験が重要視されます。
 
 「能力構築環境」とは前述の組織能力を作っている制度や仕組みのことです。 国として企業に対してどのような制度を提供するのかが大きな要因となります。「擦り合わせ型」に必要な調整能力やコミュニケーション能力は、年功序列や終身雇用の仕組み、ローテーションによる関連部署での業務経験蓄積などにより育成されています。「組み合わせ型」の場合は、成果主義を基本とする明確な目標設定と報酬制度が、専門性向上や機動的な専門能力獲得に役立っています。
 
 このように、「擦り合わせ型」と「組み合わせ型」それぞれの開発は、製品や組織、制度などの統合的な観点から明確な違いがあります。したがって、製品開発を行っている組織では、その製品がどちらのタイプなのかで、それに適した製品アーキテクチャ、人材や組織、制度を整えることが競争力の強化や維持につながるのです。
 
 たとえば、薄型テレビやブルーレイレコーダ、冷蔵庫や洗濯機などのいわゆる家電製品の場合は製品アーキテクチャから考えると「組み合わせ型」となります。また、携帯電話などの通信機器やカーナビなどの車載機器の場合は、請負開発的な要素があるものの、製品アーキテクチャはやはり「組み合わせ型」です。
 
 電子・電気機器は、その設計思想から考えるとほとんどの場合「組み合わせ型」となりますが、組織能力や能力構築環境の観点から見たときは、多くの組織では「擦り合わせ型」となっています。「擦り合わせ型」の組織能力や能力構築環境の特徴は、開発している製品に関係なく、日本で製品開発を行っている組織に共通していることがその原因だと思います。
 
 「擦り合わせ型」の文化は、日本企業文化ととして形成されてきたものなのでしょう。実際、コンサルタントとして多くの開発現場を見てきましたが、その組織や体制、そして人材は、開発している製品によらず「擦り合わせ型」でした。
 
 ただ、製品アーキテクチャが「組み合わせ型」であるにもかかわらず、従来の日本企業文化を引きずって組織能力や能力構築環境は「擦り合わせ型」となっているというのは、下図に示すように、ねじれた仕組みになっていることに注意が必要です。 部品やモジュールのユニークな組み合わせや、開発やロジスティックの効率化や短縮化などで他社と差別化すべき製品であるにもかかわらず、調整能力に長けた、良くも悪くもスーパーマン、あるいは何でも屋が集まって製品を開発しているということです。
 
 技術マネジメント
 
 製品開発が、ねじれた仕組みのもとで行われていることで生じる問題は構造的なものです。製品自体は、そのアーキテクチャが「組み合わせ型」であるため、欧米や中国との開発競争で短期間、低コストの開発を強いられることになりますが、組織能力や能力構築環境は「擦り合わせ型」なので、開発現場は頻繁な「擦り合わせ」を必要とすることになり、かなり非効率な開発になってしまいます。
 
 そして、開発の基本の仕組みがねじれている限り、この非効率性を避けることはできません。 その結果、このような環境に置かれているにもかかわらず、技術者は何とかしようとがんばり、疲弊してしまいます。コンサルタントして多くの開発現場を見てきましたが、技術者は本当に大変な思いをしていますし、疲れていると感じます。 
          
 日本の製造業を常にナンバーワンの存在にするためにも、製造業で働く技術者のためにも、問題解決のためにはこのねじれを解消する必要があります。 しかし、組織能力や能力構築環境は組織文化、企業文化そのものですから、これらを変えることは非常に困難なことです。
 
 ただし、「擦り合わせ」能力を日本技術者が生来持っている強み、つまり DNA レベルの強みととらえ、その強みを活かす方策を考えることは可能なはずです。 つまり、ねじれを課題と考えるのではなく、競争優位のための差別化要因と考えるわけです。 これができれば、欧米や中国との「組み合わせ型」製品の開発競争において本質的な差別化を実現することが可能になり、日本の製造業は再び、ジャパン・アズ・ナンバーワンと世界から称される存在になると思います。
 
 「組み合わせ型」製品に「擦り合わせ型」組織文化を適用するための工夫(仕組み)を考えるわけですが、その基本的な考え方は、調整作業に代表される「擦り合わせ」による非効率な部分をどのようにしてなくすか、ということです。
 
 そのためにはまず、「組み合わせ型」と「擦り合わせ型」それぞれの製...
 
 「擦り合わせ型開発」という言葉や考え方は、東京大学の藤本隆宏教授が著書「能力構築競争」(中公新書)などで示したものです。マスコミなどでは、この開発スタイルが日本の競争優位性を産んでいる強みであるというようなニュアンスで使われています。一方、欧米や中国などは「組み合わせ型開発」を得意としており、日本が組み合わせ型開発で彼らに勝つのは難しいという論調でした。
 
 ものづくりの復活が不可欠だといわれている今、日本の製造業の特徴を整理し復活のための処方箋を考えるためには、「擦り合わせ型開発」というのは示唆に富むテーマだと思います。
 
 それではまず、「擦り合わせ型開発」と「組み合わせ型開発」について整理しておきましょう。以下、藤本教授の考え方を基本にしていますが、独自の解釈や考え方を加えています。
 
  技術マネジメント
 
 「擦り合わせ型開発」と「組み合わせ型開発」の違いを図に整理しました。 「擦り合わせ型」は垂直統合型の製品開発であり「インテグラル型」ともよばれます。 代表的な製品はクルマで、その他、複写機や液晶ディスプレイなどがよく例としてあげられます。
 
 「組み合わせ型」は水平分業型の製品開発で「モジュール型」ともよばれます。 代表的な製品はパソコンや携帯電話です。 この両者の違いを決めるのは「製品アーキテクチャ」「組織能力」「能力構築環境」の3つの要素です。それぞれの要素について以下に解説します。
 
 「製品アーキテクチャ」とは開発する製品の基本設計思想です。 基本の設計思想というのは製品の内部構造に反映されるため、アーキテクチャの差となってあらわれます。「擦り合わせ型」の場合は、部品や機能ブロックの仕様を相互に調整し、製品ごとに最適設計を行うことで高い性能を実現します。「組み合わせ型」の場合は、インタフェースが標準化された部品や機能ブロックを使い、これらの組み合わせ方で製品としての魅力的な機能や性能を実現します。
 
 「組織能力」とは重視される技術者個人の能力で、その組織に所属していることで技術者が身につける能力と考えることもできます。 組織全体が重視しているスキルと言ってもよいでしょう。「擦り合わせ型」の場合は調整能力が重要で、そのためにコミュニケーション能力や関連領域における幅広い基礎知識が重要なスキルとなります。「組み合わせ型」の場合は、分業化された開発の各業務における専門知識や経験が重要視されます。
 
 「能力構築環境」とは前述の組織能力を作っている制度や仕組みのことです。 国として企業に対してどのような制度を提供するのかが大きな要因となります。「擦り合わせ型」に必要な調整能力やコミュニケーション能力は、年功序列や終身雇用の仕組み、ローテーションによる関連部署での業務経験蓄積などにより育成されています。「組み合わせ型」の場合は、成果主義を基本とする明確な目標設定と報酬制度が、専門性向上や機動的な専門能力獲得に役立っています。
 
 このように、「擦り合わせ型」と「組み合わせ型」それぞれの開発は、製品や組織、制度などの統合的な観点から明確な違いがあります。したがって、製品開発を行っている組織では、その製品がどちらのタイプなのかで、それに適した製品アーキテクチャ、人材や組織、制度を整えることが競争力の強化や維持につながるのです。
 
 たとえば、薄型テレビやブルーレイレコーダ、冷蔵庫や洗濯機などのいわゆる家電製品の場合は製品アーキテクチャから考えると「組み合わせ型」となります。また、携帯電話などの通信機器やカーナビなどの車載機器の場合は、請負開発的な要素があるものの、製品アーキテクチャはやはり「組み合わせ型」です。
 
 電子・電気機器は、その設計思想から考えるとほとんどの場合「組み合わせ型」となりますが、組織能力や能力構築環境の観点から見たときは、多くの組織では「擦り合わせ型」となっています。「擦り合わせ型」の組織能力や能力構築環境の特徴は、開発している製品に関係なく、日本で製品開発を行っている組織に共通していることがその原因だと思います。
 
 「擦り合わせ型」の文化は、日本企業文化ととして形成されてきたものなのでしょう。実際、コンサルタントとして多くの開発現場を見てきましたが、その組織や体制、そして人材は、開発している製品によらず「擦り合わせ型」でした。
 
 ただ、製品アーキテクチャが「組み合わせ型」であるにもかかわらず、従来の日本企業文化を引きずって組織能力や能力構築環境は「擦り合わせ型」となっているというのは、下図に示すように、ねじれた仕組みになっていることに注意が必要です。 部品やモジュールのユニークな組み合わせや、開発やロジスティックの効率化や短縮化などで他社と差別化すべき製品であるにもかかわらず、調整能力に長けた、良くも悪くもスーパーマン、あるいは何でも屋が集まって製品を開発しているということです。
 
 技術マネジメント
 
 製品開発が、ねじれた仕組みのもとで行われていることで生じる問題は構造的なものです。製品自体は、そのアーキテクチャが「組み合わせ型」であるため、欧米や中国との開発競争で短期間、低コストの開発を強いられることになりますが、組織能力や能力構築環境は「擦り合わせ型」なので、開発現場は頻繁な「擦り合わせ」を必要とすることになり、かなり非効率な開発になってしまいます。
 
 そして、開発の基本の仕組みがねじれている限り、この非効率性を避けることはできません。 その結果、このような環境に置かれているにもかかわらず、技術者は何とかしようとがんばり、疲弊してしまいます。コンサルタントして多くの開発現場を見てきましたが、技術者は本当に大変な思いをしていますし、疲れていると感じます。 
          
 日本の製造業を常にナンバーワンの存在にするためにも、製造業で働く技術者のためにも、問題解決のためにはこのねじれを解消する必要があります。 しかし、組織能力や能力構築環境は組織文化、企業文化そのものですから、これらを変えることは非常に困難なことです。
 
 ただし、「擦り合わせ」能力を日本技術者が生来持っている強み、つまり DNA レベルの強みととらえ、その強みを活かす方策を考えることは可能なはずです。 つまり、ねじれを課題と考えるのではなく、競争優位のための差別化要因と考えるわけです。 これができれば、欧米や中国との「組み合わせ型」製品の開発競争において本質的な差別化を実現することが可能になり、日本の製造業は再び、ジャパン・アズ・ナンバーワンと世界から称される存在になると思います。
 
 「組み合わせ型」製品に「擦り合わせ型」組織文化を適用するための工夫(仕組み)を考えるわけですが、その基本的な考え方は、調整作業に代表される「擦り合わせ」による非効率な部分をどのようにしてなくすか、ということです。
 
 そのためにはまず、「組み合わせ型」と「擦り合わせ型」それぞれの製品開発におけるマネジメントはどのような特徴を持っているのかを考察しておくことが有効です。
 
 技術マネジメント
 
 「組み合わせ型」の開発マネジメントの基本はトップダウンです。 プロジェクトマネジャーが、開発方法や業務ルール、メンバーの役割などを提示し、また、開発の初期段階で製品内部構造(アーキテクチャ)も明示します。 マネジメントも設計も、曖昧な部分や抜けを極力なくしたロジック構築に心血を注ぎ、末端の開発メンバーにまでこれらを伝えるために、すべてを文書化します。
 
 一方、「擦り合わせ型」の開発マネジメントはボトムアップが基本です。 開発現場が主導権を持ち、自分たちで状況を判断し、問題を見つけて対応策を検討し対処します。 必要に応じて必要な人と相談しながら問題解決するわけです。 このような状況下ではマネジメントが重要な役割を果たすことは多くはないのですが、個々のベクトルがバラバラになりそうな場合はベクトルを合わせて目標達成に向ける役割を果たす必要があります。
 
 さて、「擦り合わせ型」と「組み合わせ型」の開発について説明だけで、随分と長くなってしまいました。「擦り合わせ型」マネジメントを機能させるためのポイントを考察し、その上で「組み合わせ型」製品を開発するための工夫はどういうものかについての紹介は、次の機会にしたいと思います。
 

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この記事の著者

石橋 良造

組織のしくみと個人の意識を同時に改革・改善することで、パフォーマンス・エクセレンスを追求し、実現する開発組織に変えます!

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