利益増に直結する収益改善策を考える(その1)

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【利益増に直結する収益改善策を考える 連載目次】

 コストダウンコスト削減には正しいコストの計算が必要ですが、我が国の多くの製造業者で部分最適志向の誤ったコス トダウン活動が行われており、全体最適で考えなければならない企業再生の妨げとなっています。企業が利益を 上げていくための経営管理・コスト削減の着眼点を、「スループット」の観点から解説します。今回は、第1回です。
 

1.コストダウンをしても利益が上がらない

 
 多くの製造業者は、日々、生き残るためにコストダウン活動に取り組んでいます。トヨタ生産方式によるコストダウン活動に熱心な工場も多く、経営者自らがコストダウン活動の旗振りをしています。ところが、経営者がコストダウン成果を強調するのでさぞかし儲かっているのかと思うと、会社の業績は低迷したままといった企業に出会うことがあります。
 
 なぜこうしたギャップが生じるのでしょうか。本稿では日本の企業社会に蔓延するコストダウンに関する誤解を紐解き、企業再生を成し遂げるためにはどういった観点で製造業の収益管理をみていくべきかを解説します。最初にどんなコストダウン活動が企業再生において問題になるのか。筆者がコンサルティングを通じて出会った問題事例をいくつか紹介します。
 
(1)外注会社を使うとコストアップになる
 
 典型事例のひとつがコストダウンのための外注活用です。日本の製造業界では外注会社活用を避けて通ることはできません。ほとんどの企業が業務の一部を外注会社に委託しています。企業が外注会社を活用する理由には様々なものがあります。
 
   ①自社に不足している機能を補完する
   ②自社にない設備や技術が必要になる
   ③需要変動が激しく、固定資源(人、設備など)を抱えておくことができない
   ④自社で行うよりも外注会社を使った方が安いコストでできる
 
 ここで問題にしたいのは④です。社内単価(時間賃率)と外注会社への発注単価とを比べたら外注会社の方が安かったので外注に出した。④を推進している企業からは、こうした説明を受けることが多いわけですが、これは適切なコストダウン対策とはいえません。前者の社内単価は人件費、本社費用、間接費用といった固定経費を時間賃率に配賦して計算した仮の単価であり、外注会社への発注単価とは計算の仕方が違います。社内単価よりも安いからと外注会社ばかりを使っていると、社内に残っている固定経費分を補うだけの収入が確保できず、利益は落ち込む一方となります。
 
 この問題は、自分の家庭での節約に置き換えてみるとわかりやすいでしょう。どんなに安い家事代行業者がいたとしても、自分で家事をする以上に安上がりになることはありません。企業が外注会社に委託する場合もこれと同じです。外注会社を使うかどうかを決める際には、自社要員がフル稼働状態で生産する方が安くできるという原則を忘れてはなりません。
 
 この場合の自社には連結関係会社も含まれます。連結グループ企業は協力して活動することでグループ全体の利益を上げていくことが求められています。ところが、日本では同じ連結グループ内の企業であっても親会社、子会社という暗黙の序列を持っています。親会社でよく聞かれるのが、子会社は親会社の庇護の下にあるのではなく自立すべきだという意見です。その実践として、連結会社と外部の会社の「原価」もしくは「時間賃率」を単純に比較し、安いからとかもしくは価格は同じだが外部業者の方がサービスがいいからといったことで外部の会社を優先的に活用する親会社がいます。
 
 この考え方は連結経営においてはあきらかに間違いです。連結経営では、子会社も同じ企業グループの一部です。連結経営で大事なことは子会社が自立することではなく、グループ全体で一致団結して利益を上げていくことです。もしも、連結子会社のコストが高いからと外部の会社にだしてしまうと、連結子会社の仕事が減ってしまい、グループ全体の収益が確保できなくなります。これではいくら親会社単体で利益を上げても連結ベースでは減益となる可能性が高いのです。
 
 本件に関連して最近興味深い事例に出会いました。その会社では親会社の作業員を子会社に転籍させてコストダウンを実現しようとしました。親会社に比べて子会社の方が本社組織はスリムなため、子会社に転籍させた方が労務コストに含まれる固定経費のオーバーヘッド分のコストを下げられると考えたためです。たしかに、転籍によって作業員の直接労務コストは下がりました。営業は値引き余力ができたとばかりに、取引先の値引き要求に簡単に対応するようになったのです。この場合作業員が親会社にいたときにコストに上乗せしていたオーバーヘッド分の固定経費はどうなったのでしょうか。作業員が転籍しても、親会社の固定経費まで移るわけではありません。営業はこの分の費用は別建てで上乗せして取引先に請求しなければなりません。すなわち、作業員を子会社に転籍させたからといってコストダウンされたわけではなく、コストの明細が変わったに過ぎないのです。この会社は安易な値引きをしてしたため、赤字状態から抜け出せないようになってしまいました。
 
 外注活用をさらに進めて賃金の安い海外生産シフトを加速させてしまう企業も増えています。日本は人件費が高いから、中国や東南アジアなどの賃金の安い地域で生産しないとやっていけなくなります。日本のビジネス社会に浸透する神話のひとつです。神話を単純に信じ込んで賃金の安い海外生産シフトを加速させている企業をよくみかけます。ところが、海外生産シフトをしても、国内の製造体制や管理体制をそのままにしていては国内の固定経費負担が重荷となり、赤字になってしまうこともあります。これは外注会社活用と同じ問題構造です。
 
 しかも、安い労働コストにひかれて海外生産を展開する企業は、大量生産品を海外工場で生産し、量の少ない多品種少量品や、変種変量品とよばれる需要変動の激しい商品を国内工場で生産する傾向があり...

 

【利益増に直結する収益改善策を考える 連載目次】

 コストダウンコスト削減には正しいコストの計算が必要ですが、我が国の多くの製造業者で部分最適志向の誤ったコス トダウン活動が行われており、全体最適で考えなければならない企業再生の妨げとなっています。企業が利益を 上げていくための経営管理・コスト削減の着眼点を、「スループット」の観点から解説します。今回は、第1回です。
 

1.コストダウンをしても利益が上がらない

 
 多くの製造業者は、日々、生き残るためにコストダウン活動に取り組んでいます。トヨタ生産方式によるコストダウン活動に熱心な工場も多く、経営者自らがコストダウン活動の旗振りをしています。ところが、経営者がコストダウン成果を強調するのでさぞかし儲かっているのかと思うと、会社の業績は低迷したままといった企業に出会うことがあります。
 
 なぜこうしたギャップが生じるのでしょうか。本稿では日本の企業社会に蔓延するコストダウンに関する誤解を紐解き、企業再生を成し遂げるためにはどういった観点で製造業の収益管理をみていくべきかを解説します。最初にどんなコストダウン活動が企業再生において問題になるのか。筆者がコンサルティングを通じて出会った問題事例をいくつか紹介します。
 
(1)外注会社を使うとコストアップになる
 
 典型事例のひとつがコストダウンのための外注活用です。日本の製造業界では外注会社活用を避けて通ることはできません。ほとんどの企業が業務の一部を外注会社に委託しています。企業が外注会社を活用する理由には様々なものがあります。
 
   ①自社に不足している機能を補完する
   ②自社にない設備や技術が必要になる
   ③需要変動が激しく、固定資源(人、設備など)を抱えておくことができない
   ④自社で行うよりも外注会社を使った方が安いコストでできる
 
 ここで問題にしたいのは④です。社内単価(時間賃率)と外注会社への発注単価とを比べたら外注会社の方が安かったので外注に出した。④を推進している企業からは、こうした説明を受けることが多いわけですが、これは適切なコストダウン対策とはいえません。前者の社内単価は人件費、本社費用、間接費用といった固定経費を時間賃率に配賦して計算した仮の単価であり、外注会社への発注単価とは計算の仕方が違います。社内単価よりも安いからと外注会社ばかりを使っていると、社内に残っている固定経費分を補うだけの収入が確保できず、利益は落ち込む一方となります。
 
 この問題は、自分の家庭での節約に置き換えてみるとわかりやすいでしょう。どんなに安い家事代行業者がいたとしても、自分で家事をする以上に安上がりになることはありません。企業が外注会社に委託する場合もこれと同じです。外注会社を使うかどうかを決める際には、自社要員がフル稼働状態で生産する方が安くできるという原則を忘れてはなりません。
 
 この場合の自社には連結関係会社も含まれます。連結グループ企業は協力して活動することでグループ全体の利益を上げていくことが求められています。ところが、日本では同じ連結グループ内の企業であっても親会社、子会社という暗黙の序列を持っています。親会社でよく聞かれるのが、子会社は親会社の庇護の下にあるのではなく自立すべきだという意見です。その実践として、連結会社と外部の会社の「原価」もしくは「時間賃率」を単純に比較し、安いからとかもしくは価格は同じだが外部業者の方がサービスがいいからといったことで外部の会社を優先的に活用する親会社がいます。
 
 この考え方は連結経営においてはあきらかに間違いです。連結経営では、子会社も同じ企業グループの一部です。連結経営で大事なことは子会社が自立することではなく、グループ全体で一致団結して利益を上げていくことです。もしも、連結子会社のコストが高いからと外部の会社にだしてしまうと、連結子会社の仕事が減ってしまい、グループ全体の収益が確保できなくなります。これではいくら親会社単体で利益を上げても連結ベースでは減益となる可能性が高いのです。
 
 本件に関連して最近興味深い事例に出会いました。その会社では親会社の作業員を子会社に転籍させてコストダウンを実現しようとしました。親会社に比べて子会社の方が本社組織はスリムなため、子会社に転籍させた方が労務コストに含まれる固定経費のオーバーヘッド分のコストを下げられると考えたためです。たしかに、転籍によって作業員の直接労務コストは下がりました。営業は値引き余力ができたとばかりに、取引先の値引き要求に簡単に対応するようになったのです。この場合作業員が親会社にいたときにコストに上乗せしていたオーバーヘッド分の固定経費はどうなったのでしょうか。作業員が転籍しても、親会社の固定経費まで移るわけではありません。営業はこの分の費用は別建てで上乗せして取引先に請求しなければなりません。すなわち、作業員を子会社に転籍させたからといってコストダウンされたわけではなく、コストの明細が変わったに過ぎないのです。この会社は安易な値引きをしてしたため、赤字状態から抜け出せないようになってしまいました。
 
 外注活用をさらに進めて賃金の安い海外生産シフトを加速させてしまう企業も増えています。日本は人件費が高いから、中国や東南アジアなどの賃金の安い地域で生産しないとやっていけなくなります。日本のビジネス社会に浸透する神話のひとつです。神話を単純に信じ込んで賃金の安い海外生産シフトを加速させている企業をよくみかけます。ところが、海外生産シフトをしても、国内の製造体制や管理体制をそのままにしていては国内の固定経費負担が重荷となり、赤字になってしまうこともあります。これは外注会社活用と同じ問題構造です。
 
 しかも、安い労働コストにひかれて海外生産を展開する企業は、大量生産品を海外工場で生産し、量の少ない多品種少量品や、変種変量品とよばれる需要変動の激しい商品を国内工場で生産する傾向があります。そのための方策としてセル生産方式のような柔軟性の高い生産方式を導入する工場も多いようです。ところが、いくら現場の柔軟性が高まったとしても、工場全体の生産がばらついてしまうと、固定経費の高い国内工場で安定的な利益をあげていくことは難しいでしょう。従来であれば、需要変動によるばらつきを大量生産品の先行生産などで補うことができました。しかし、補完生産のための製品が海外生産になってしまっては、有効な手を打つことは難しいでしょう。
 
 また、海外生産に熱心な企業では、海外生産(調達)で安く生産できたからとその製品を安く販売してしまいがちです。これでは、企業が活きていくために必要な儲けを確保することはできません。しかも、海外生産や海外調達は、物流コストや管理コストが増えます。さらに、最低発注ロット保障や品質確保といったリスク負担も覚悟しなければなりません。海外生産(調達)によってコストダウンになるどころかかえってコストアップになってしまったり、資金不足に陥ってしまっていたりする企業も多いようです。
 
 次回は、「コストダウンをしても利益が上がらない」のその2として、(2)コストダウン額はそのまま利益にはならない、(3)赤字で受注しても儲かることがある。の2テーマを解説します。
 
 

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この記事の著者

本間 峰一

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