提案のできない技術者~技術企業の高収益化:実践的な技術戦略の立て方(その14)

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技術営業

 

◆ 技術営業:提案のできない技術者を放置していないか?

 Aさん所属のA社は材料メーカーです。材料メーカーA社と部品メーカーであるお客様は、協力して自動車関連部品を作っています。長年のお付き合いがあるため、A社はお客様からの信用があります。

 Aさんは、お客様とオンラインで月に1回程度定例的に打ち合わせをしており、お客様からは様々な要求が出されます。Aさんの仕事内容は、お客様からの要求に対して、社内を取りまとめてできるかどうかを回答する技術営業でした。 

 「それで、どういう提案をされたんですか?」と私が尋ねると、Aさんは黙ってしまいました。コロナ前のこと。場所はA社会議室。私はAさんと、お客様対応について話をしていました。話題はお客様の潜在ニーズの先取りについて、です。Aさんの担当するある商談について、お客様からの要望にどのように回答するのかを話題に話していました。 

 「先日の打ち合わせで、お客様から普段耳にしないことを聞きました」と切り出したAさん。私が身を乗り出して「どんなことですか?」と聞くと、続けて「普段は強度とかコストとか、決まりきったことしか言われないんですけど、『導電性のある材料を持っているか?』、聞かれました」と。

 一般的に、普段とは違うお客様の要望というのは宝の源泉であることが多いのです。お客様の潜在ニーズを先取りすることが技術マーケティングですから、私は興味津々、そのエピソードについて詳しく聞きたくなりました。

 「そうだったんですね、面白そうじゃないですか?」と私が水を向けると、「しまった」という調子でAさんは下を向いて黙ってしまいました。私は、その様子を見ながら「それでどういう提案をされたんですか?」とお尋ねしました。そうすると、Aさんは黙ってしまいました、答えが用意できていない様子でした。

 

1. 技術営業:顧客側から見るとどう見えたのか?

 Aさんの様子からすると、おそらく客先でも何も提案できなかったはずでした。そうすると、顧客から見るとAさんは頼りがいのない技術者だと見られていただろうと思います。悪く言えば、単なる業者とも。言ったことはやるけど、気の利いた提案はしない。Aさんには悪いですが、そんな技術者にお客さんが頼ることはないでしょう。

 お客様に頼られない、というのをA社の側から見ると、有用な情報が入ってこないということを意味します。お客様からの有用情報が入ってこないということは会社にとって致命的です。商品を進化させようにも、お客さま情報を頼りにできないからです。

 Aさんは中堅の技術者です。顧客担当をするくらいですから、人あたりも良く、決して不器用という訳ではありませんでした。しかし、顧客からの提案依頼には黙ってしまった。会社として、提案の機会は不意になってしまったことになります。

 話は横道に逸れるようですが、私は、提案のできない会社に未来はないと考えています。なぜかといえば、お客様の要望に対応をする(言葉を変えれば下請け的)だけの仕事は、お金にならないからです。

 「何をそんな当たり前を」と思われるかもしれませんが、いつまでもそういう人材を大量生産しているのが日本企業です。いつまでもお客様の要望を聞き、既存商品のQCD(品質コスト納期)だけで勝負しています。「ゲームチェンジ」と口にはしても実行には至らない経営者が非常に多いのです。

 「ゲームチェンジ」はよく経営層が口にする言葉ですが、これほど便利な言葉はありません。画期的なテーマを提案してくれるように期待しますが、言葉だけでなにも変えず、結果、ゲームチェンジにはならないことがよくあります。

 ゲームチェンジという言葉を使いながら、何もしないで現場任せ。任期を無事に過ごして退任、というケース、読者の方の周りにもあるのではないでしょうか?そんな経営層のもとで何かをする、というのはなかなかモチベーションが上がりませんよね。だって、なにか提案したところで潰されるのがオチだって分かっていますから。

 

2. 技術営業:変化を起こさない経営者、そんな会社で起こること

 変化を起こさない経営者は多いものです。加えて、変化を起こさない経営に過剰に順応し変化を嫌う管理職になってしまう人も多いようです。そういう管理職の多い会社で働くのは災難とさえ言えます。

 そうした会社では、全社員が従来通りの業務に慣れきってしまい、顧客に提案するということはしません。前述の通り、顧客側から見れば「頼れない会社」になり、有用情報など引き出せないことになってしまいます。

 経営者が変わらないのであれば現場が変われるはずなどありません。社員に提案力があるかどうかは、経営者が握っているのです。経営者がなにかを具体的に変えなければ、絶対に現場は変わらない。それは間違いありません。

 

 話はA社に戻りますが、幸いなことにA社の経営者は具体的な変化を起こしていました。Aさんと私の会話のずっと前のことなのですが、Aさんの上司であるA社役員と私は、A社での「提案力のなさ」について話をしていたのです。

 一般的に、お客様の潜在ニーズを先取りして提案するのが技術者のあるべき姿です。しかし「当社の社員はお客様の言うことを忠実に聞く真面目な社員が多いのですが、気の利いた提案はできない」と、A社役員は言われていました。

 そうした状況を改善するためにA社役員が始めたのが技術マーケティングの取り組みでした。A社では、提案力を強化するために顧客の潜在ニーズを先取りするための一連の施策を実施しました。潜在ニーズ先取り業務マニュアルの策定、一連の教育、目標管理制度の導入などです。

 改善内容の詳細は省きますが、A社役員は会社の業務を具体的に変えることを決断し、具体的な変化を起こしたのです。しかしこれには軋轢(あつれき)が生じました。提案力を上げるためには通常業務にない調査などをしなければならないため「そのための時間はどう捻出するのか?」と管理職からの突き上げに遭う、などです。

 この役員さんはこのような突き上げには怯み(ひるみ)ませんでした。「自分が責任を追うからやるように」という調子で変化を実効性のあるものにしたのです。骨抜きにすることは一切ありませんでした。

 

3. 技術営業:経営者の決断力が社員を勇気づける

 社員数が多いこともあり、取り組みは一年以上かかりました。しかし、その甲斐があって、多くの技術者が顧客の潜在ニーズを先取りするようになりました。「顧客をリードできる提案...

技術営業

 

◆ 技術営業:提案のできない技術者を放置していないか?

 Aさん所属のA社は材料メーカーです。材料メーカーA社と部品メーカーであるお客様は、協力して自動車関連部品を作っています。長年のお付き合いがあるため、A社はお客様からの信用があります。

 Aさんは、お客様とオンラインで月に1回程度定例的に打ち合わせをしており、お客様からは様々な要求が出されます。Aさんの仕事内容は、お客様からの要求に対して、社内を取りまとめてできるかどうかを回答する技術営業でした。 

 「それで、どういう提案をされたんですか?」と私が尋ねると、Aさんは黙ってしまいました。コロナ前のこと。場所はA社会議室。私はAさんと、お客様対応について話をしていました。話題はお客様の潜在ニーズの先取りについて、です。Aさんの担当するある商談について、お客様からの要望にどのように回答するのかを話題に話していました。 

 「先日の打ち合わせで、お客様から普段耳にしないことを聞きました」と切り出したAさん。私が身を乗り出して「どんなことですか?」と聞くと、続けて「普段は強度とかコストとか、決まりきったことしか言われないんですけど、『導電性のある材料を持っているか?』、聞かれました」と。

 一般的に、普段とは違うお客様の要望というのは宝の源泉であることが多いのです。お客様の潜在ニーズを先取りすることが技術マーケティングですから、私は興味津々、そのエピソードについて詳しく聞きたくなりました。

 「そうだったんですね、面白そうじゃないですか?」と私が水を向けると、「しまった」という調子でAさんは下を向いて黙ってしまいました。私は、その様子を見ながら「それでどういう提案をされたんですか?」とお尋ねしました。そうすると、Aさんは黙ってしまいました、答えが用意できていない様子でした。

 

1. 技術営業:顧客側から見るとどう見えたのか?

 Aさんの様子からすると、おそらく客先でも何も提案できなかったはずでした。そうすると、顧客から見るとAさんは頼りがいのない技術者だと見られていただろうと思います。悪く言えば、単なる業者とも。言ったことはやるけど、気の利いた提案はしない。Aさんには悪いですが、そんな技術者にお客さんが頼ることはないでしょう。

 お客様に頼られない、というのをA社の側から見ると、有用な情報が入ってこないということを意味します。お客様からの有用情報が入ってこないということは会社にとって致命的です。商品を進化させようにも、お客さま情報を頼りにできないからです。

 Aさんは中堅の技術者です。顧客担当をするくらいですから、人あたりも良く、決して不器用という訳ではありませんでした。しかし、顧客からの提案依頼には黙ってしまった。会社として、提案の機会は不意になってしまったことになります。

 話は横道に逸れるようですが、私は、提案のできない会社に未来はないと考えています。なぜかといえば、お客様の要望に対応をする(言葉を変えれば下請け的)だけの仕事は、お金にならないからです。

 「何をそんな当たり前を」と思われるかもしれませんが、いつまでもそういう人材を大量生産しているのが日本企業です。いつまでもお客様の要望を聞き、既存商品のQCD(品質コスト納期)だけで勝負しています。「ゲームチェンジ」と口にはしても実行には至らない経営者が非常に多いのです。

 「ゲームチェンジ」はよく経営層が口にする言葉ですが、これほど便利な言葉はありません。画期的なテーマを提案してくれるように期待しますが、言葉だけでなにも変えず、結果、ゲームチェンジにはならないことがよくあります。

 ゲームチェンジという言葉を使いながら、何もしないで現場任せ。任期を無事に過ごして退任、というケース、読者の方の周りにもあるのではないでしょうか?そんな経営層のもとで何かをする、というのはなかなかモチベーションが上がりませんよね。だって、なにか提案したところで潰されるのがオチだって分かっていますから。

 

2. 技術営業:変化を起こさない経営者、そんな会社で起こること

 変化を起こさない経営者は多いものです。加えて、変化を起こさない経営に過剰に順応し変化を嫌う管理職になってしまう人も多いようです。そういう管理職の多い会社で働くのは災難とさえ言えます。

 そうした会社では、全社員が従来通りの業務に慣れきってしまい、顧客に提案するということはしません。前述の通り、顧客側から見れば「頼れない会社」になり、有用情報など引き出せないことになってしまいます。

 経営者が変わらないのであれば現場が変われるはずなどありません。社員に提案力があるかどうかは、経営者が握っているのです。経営者がなにかを具体的に変えなければ、絶対に現場は変わらない。それは間違いありません。

 

 話はA社に戻りますが、幸いなことにA社の経営者は具体的な変化を起こしていました。Aさんと私の会話のずっと前のことなのですが、Aさんの上司であるA社役員と私は、A社での「提案力のなさ」について話をしていたのです。

 一般的に、お客様の潜在ニーズを先取りして提案するのが技術者のあるべき姿です。しかし「当社の社員はお客様の言うことを忠実に聞く真面目な社員が多いのですが、気の利いた提案はできない」と、A社役員は言われていました。

 そうした状況を改善するためにA社役員が始めたのが技術マーケティングの取り組みでした。A社では、提案力を強化するために顧客の潜在ニーズを先取りするための一連の施策を実施しました。潜在ニーズ先取り業務マニュアルの策定、一連の教育、目標管理制度の導入などです。

 改善内容の詳細は省きますが、A社役員は会社の業務を具体的に変えることを決断し、具体的な変化を起こしたのです。しかしこれには軋轢(あつれき)が生じました。提案力を上げるためには通常業務にない調査などをしなければならないため「そのための時間はどう捻出するのか?」と管理職からの突き上げに遭う、などです。

 この役員さんはこのような突き上げには怯み(ひるみ)ませんでした。「自分が責任を追うからやるように」という調子で変化を実効性のあるものにしたのです。骨抜きにすることは一切ありませんでした。

 

3. 技術営業:経営者の決断力が社員を勇気づける

 社員数が多いこともあり、取り組みは一年以上かかりました。しかし、その甲斐があって、多くの技術者が顧客の潜在ニーズを先取りするようになりました。「顧客をリードできる提案ができる感じがする」と、A社役員が言われるようにまでなったのです。

 話はAさんと私との会話に遡りますが「どんな提案をしたんですか?」という質問にAさんが黙ったので、私は質問を変えました。「では、本当はどんなことができたら良かったですか?」と。そうすると、Aさんは「何らかの提案ができたら良かったです。」とすかさずお答えになったことを記憶しています。

 その後の改善活動において、Aさんは率先して取り組まれ、自分で実施した調査結果により顧客に提案ができるまでになられました。これは私の推測ですが、A社役員は、Aさんのような意欲のある社員に期待していたことでしょう。それもあって、管理職との軋轢を乗り越えようと決意されたのかもしれないな、と思いました。

 コンサルタントとして、気概のある経営者であるA社役員と伴走させていただき、大変光栄でしたし、気持ちのいい仕事ができたと感じました。私はコンサルタントとして外部から支援する立場ですが、A社役員のような決断力のある経営者は少ないと感じています。

 しかし、経営者の責務は、管理職の突き上げに怯むことではなく、業績が上がるように若い世代に良いバトンを渡すことではないでしょうか。これを読んでいただいている読者の方には経営者もいらっしゃるでしょう。ぜひ、具体的になにかを変えてください。あなたの勇気が、若手社員を勇気づけます。

 

 次回に続きます。

 【出典】株式会社 如水 HPより、筆者のご承諾により編集して掲載

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この記事の著者

中村 大介

若手研究者の「教育」、研究開発テーマ創出の「実践」、「開発マネジメント法の導入」の3本立てを同時に実践する社内研修で、ものづくり企業を支援しています。

若手研究者の「教育」、研究開発テーマ創出の「実践」、「開発マネジメント法の導入」の3本立てを同時に実践する社内研修で、ものづくり企業を支援しています。


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