エスノグラフィ、顧客を深く観察するとは

1.エスノグラフィとは

 エスノグラフィとは元々は民族学の手法で、人やゴリラなどの動物をつぶさに観察する手法です。米国では10年ぐらい前から、顧客ニーズやその背景を把握することを目的に、顧客を観察する手法として使われるようになってきました。日本でもこの数年で急速に注目を集めるようになり、花王がタイの家庭に研究者を派遣して、現地の人を実際に観察させ、タイ向けの洗剤を開発した例があります。
 その具体事例は、私が翻訳した「ステージゲート法 製造業のためのイノベーション・マネジメント」の中に紹介されていますので、そのまま引用します。
 ICIペイント(米)は、大ヒット製品に結びついた「ある単純な現象」を、エスノグラフィーによって見つけました。ICIの社員は、塗装工と一緒に建築現場にキャンピングアウトを行いました。毎日朝と午後にはコーヒー売りのワゴンが建築現場に現れ、塗装工は外でタバコを吸ったりしながら休憩を楽しみます。
 ICIの観察者達は、塗装工が天井を白の塗料で塗っている途中に、コーヒーワゴンが現れる場面に出くわしました。塗装工が仕事に戻ると塗料は既に乾き、2度塗り3度塗りの場合は、どこが既に塗料を塗った部分で、どこが塗っていない部分なのかが分からなくなっていました。彼等の解決法は、天井全体を塗り直すというものでした。塗料と時間が無駄になっていました。

 ここでICIが生み出した解決法は、ピンクの塗料でした。その塗料は、最初はピンクで完全に乾くまで(1日程度)はピンクのままですが、完全に乾くと白になるのです。塗装工が休憩から戻ると、どの部分が先ほどまで塗っていた部分かがすぐに分かるのです。

2.エスノグラフィの有効性

 なぜこのような面倒なことにコストを掛けて、顧客を観察するのでしょうか?

 顧客は、自分のことが見えないのです。そのため、顧客に製品に何を望むかを尋ねても、有用なニーズは出てきません。顧客は仮に既存製品に不満があっても、知らず知らずの内に、それを当然のものとして甘受し、その製品に合わせて利用しているのです。上のICIペイントの例では、塗装工は何の疑いもなく、追加の塗料と時間を掛けて塗り直していました。気が付けば、大きな無駄ですが、この例のように気が付かずにその問題を甘受してしまっていることは多いものです。
 従って、顧客にニーズを聞いても、価格や通り一変のニーズや他社製品にはあるが自社製品にない機能についての要望に留まるということは多いものです。
 このような問題を発見できれば、革新的な製品に結び付きます。人件費をかけてこのような観察をすることでも、十分なリターンを期待することができます。

3.エスノグラフィの実態

 エスノグラフィでは実際にどのような活動を行うのでしょうか?

 エスノグラフィでは、上のICIペイントのように顧客の普段通りの活動を観察します。ここでは、単に観察をするだけでなく、実際にその場で顧客に質問をしたり、もし可能であれば自分でも実際に経験をしてみます。顧客に質問することは大変重要で、通常、観察者はその活動の素人ですので、観察の中では当然理解できない顧客の活動がある筈です。またむしろ「素人」であるからこそ、改善や変更の余地がありながら今まで顧客が当たり前だと思っていた点が見えてくるわけです。また、質問はその場ですることが大事です。目の前に全ての状況が揃っているので、それに即して説明を聞くことができるからです。

 このように、エスノグラフィの対象顧客はある意味活動を邪魔されるわけですので、事前にこちらの目的を十分に理解いただく必要があります。そうでなければ、観察や質問が中途半端になってしまいます。観察の結果は、観察直後のまだ記憶が鮮明な内に詳細なレポートとしてまとめます。この活動は、レポートとして記録を残すという目的以外にも、レポートをまとめる過程で、活動の意味や背景が今一度確認できる等、まとめることにも大きな価値があります。

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3.エスノグラフィの重要性

 良く営業マンなどに顧客のことを理解していますかと聞くと、長年顧客と付き合いがあるので、顧客より良く顧客のことを知っているぐらいだと豪語する営業マンもいます。しかし、営業マンは、基本的には顧客からの「受注」を最大の関心事として付き合っていますので、製品開発テーマに結びつくような深い情報についてはそもそも関心を持たず、それらのことについては当然理解してはいません。

 それでは、社内には営業マン以上に顧客のことを理解している人たちがいるかというと、誰もいないのが普通です。これまでのマーケティングの常識では、ここまでやるという必要性は感じられていませんでした。せいぜい顧客にインタビューする程度です。しかし、エスノグラフィを実行することで、活動の当事者である顧客自身も気がつかなかったような事実が浮かび上がり、それらを革新的なテーマに結び付けることができるのです。まさにこれらの情報は、自社にとっては未開発の鉱脈と言えるでしょう。


この記事の著者

浪江 一公

プロフェッショナリズムと豊富な経験をベースに、革新的な製品やサービスを創出するプロセスの構築のお手伝いをいたします。

今多くの日本企業は「技術で勝って、事業で負ける」という問題を抱えています。ステージゲート法はこの問題を解決する極めて有効は方法論です。米国では製造業の6割が利用し、日本においても100社以上で活用されている手法で、最近では富士フイルムが本…

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