デザインによる知的資産経営:「ブランドづくり」(その4)

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 前回のその3に続いて解説します。
 

3.ブランドが縛りに

 「ブランドが縛りになる」。これは、あまりいわれていない言葉だと思います。ルイ・ヴィトンがカラーバージョンを出したとき、「これって本当にヴィトンなの?」と思った人もいるのではないでしょうか。おそらくヴィトンも迷ったと思います。「無印」は一時、衣料品で迷走しました。衣料品は無印の稼ぎ頭。そこに「ユニクロ」などが「安い」を旗印に展開し、迎え撃つ「無印」は「色」を導入しました。それまで無印の衣料品は生成り、もしくは自然染料での色づけでした。そこに多色展開。……敗退です。なぜでしょう?カラフルな衣料品、それは需要者が「無印」に求めているものではなかったのです。需要者こそが「商品本来の“使用価値”を目指す」という「無印」の理念を理解していたのではないでしょうか。
 
 「ブランド」は、企業と需要者の「商品」を通したコミュニケーションの結果物です。需要者が抱くブランドイメージと異なる商品は、同じ「商標」を使っても売れないのです。このことは「ブランドづくり」を目指す企業において、肝に銘ずべき事実です。ブランドをつくるためには、企業理念に沿った商品「のみ」を、企業理念を理解する人に向けて提供することが大切です。
 

4.ファンの力

 「ムジラー」。無印良品の熱狂的なファンをこう呼ぶようです。上述したように、「無印」は理念に沿った商品を生活者に提供し、その結果として発生したのが「ムジラー」です。企業から見ると、最強のお客さまです。熱狂的なファンは種々のいわゆる「ブランド商品」にも存在します。しかし、「ヴィトン」と「家」、「ベンツ」と「家」はつながらないでしょう。「無印」では「家」が無理なくつながり、「家」が売れるのです。なぜでしょう?多くの「ブランド商品」の販売者は「商品」を売っている。他方、「無印」は「暮らし方」を売っている(提案している)という違いであると思います。「無印」は、商品本来の使用価値を備えた「これでいい」という商品を、その価値を前提とした「わけあって安い」価格で提供し、その商品を購入した生活者に「これでいい」という生活をしてほしい、そのための商品です。図1における「顧客のゴール」(おそらく「用事の解決」よりも先)を「企業のゴール」としているのです。今いわれている「DOのデザイン」です。「買った人は、その商品でどんな生活ができるか。そのための提案をしているか」。「これでいいという生活」のために商品を提供することを「無印良品」の責務として捉えれば、衣料品、食品、家具などの生活用品という多分野に展開すること、そして、「家」に行き着くことは自然の成り行きであったといえるでしょう。
 
                          知的資産
                                                 図1.企業と顧客、ゴールの違い
 
 中小企業が「自社商品」を持とうと考えるとき、自社の技術をベースに考えることが多いようですが、本連載において何度か提言しているように、技術ベースのみでは多くの中小企業で市場参入は難しいと思います。技術ではなく「知的資産」を掘り起こして、何が提案できるか、どのような提案をすれば生活者が豊かになるかを考えてほしいと思います。西友という、何も技術のない会社が、何も技術を利用しないで「こういう生活をしてほしい」という経営者の夢と、「生活者が喜ぶはず」という仮説と、ぶれのない「企業理念」で「無印」というブランドをつくり上げているのです(今では特許も取得していますが)普通、多分野展開をすると、分野ごとにぶれが生じます。すべての分野で統一した理念に基づいた商品を提供することが難しいからです。大企業であれば分野ごとに事業部をつくるので、事業部間の意思疎通は極めて困難になる場合が多いでしょう。
 
 「無印」の場合、ベースが流通業であって基礎となる事業分野が存在しなかったことが幸いしている面があります。しかし、それ以上に全商品をデザイナーが監修していることが重要です。たとえ売れそうであっても、理念に沿わないものは排除されます。このような強いブランド管理体制(堤社長は“ブランドではない!!”とおっしゃるでしょうが……)があったからこそ、「ムジラー」の強いサポートが得られているのだと思います。
 

5.知的資産無印の家

 さて、「家」です。今まで生活用品を販売してきた者が「家」を売った例はないでしょう。そこに「無印」が参入したのはなぜか? おそらく、「これでいい」という生活の場を提供するための自然な成り行きではないでしょうか。「無印」の家は、「これでいい」という「『無印』が提案する生活(無印の理念)」を支持する人たちの受け皿です。企業理念からみると、「無印の理念に共鳴した生活者」が満足できる生活環境を提供することが責務であると意識し、併せてファンの存在から、「ハウスメーカーが提供する家とは違う家を求める生活者がいる」という仮説を立て、発売にこぎ着けたのでしょう。(家の写真は、無印良品ホームページからの転載です)
 
 「無印良品の商品はバラバラな製品ではありません。すべての製品の背景には究極のシ...
 前回のその3に続いて解説します。
 

3.ブランドが縛りに

 「ブランドが縛りになる」。これは、あまりいわれていない言葉だと思います。ルイ・ヴィトンがカラーバージョンを出したとき、「これって本当にヴィトンなの?」と思った人もいるのではないでしょうか。おそらくヴィトンも迷ったと思います。「無印」は一時、衣料品で迷走しました。衣料品は無印の稼ぎ頭。そこに「ユニクロ」などが「安い」を旗印に展開し、迎え撃つ「無印」は「色」を導入しました。それまで無印の衣料品は生成り、もしくは自然染料での色づけでした。そこに多色展開。……敗退です。なぜでしょう?カラフルな衣料品、それは需要者が「無印」に求めているものではなかったのです。需要者こそが「商品本来の“使用価値”を目指す」という「無印」の理念を理解していたのではないでしょうか。
 
 「ブランド」は、企業と需要者の「商品」を通したコミュニケーションの結果物です。需要者が抱くブランドイメージと異なる商品は、同じ「商標」を使っても売れないのです。このことは「ブランドづくり」を目指す企業において、肝に銘ずべき事実です。ブランドをつくるためには、企業理念に沿った商品「のみ」を、企業理念を理解する人に向けて提供することが大切です。
 

4.ファンの力

 「ムジラー」。無印良品の熱狂的なファンをこう呼ぶようです。上述したように、「無印」は理念に沿った商品を生活者に提供し、その結果として発生したのが「ムジラー」です。企業から見ると、最強のお客さまです。熱狂的なファンは種々のいわゆる「ブランド商品」にも存在します。しかし、「ヴィトン」と「家」、「ベンツ」と「家」はつながらないでしょう。「無印」では「家」が無理なくつながり、「家」が売れるのです。なぜでしょう?多くの「ブランド商品」の販売者は「商品」を売っている。他方、「無印」は「暮らし方」を売っている(提案している)という違いであると思います。「無印」は、商品本来の使用価値を備えた「これでいい」という商品を、その価値を前提とした「わけあって安い」価格で提供し、その商品を購入した生活者に「これでいい」という生活をしてほしい、そのための商品です。図1における「顧客のゴール」(おそらく「用事の解決」よりも先)を「企業のゴール」としているのです。今いわれている「DOのデザイン」です。「買った人は、その商品でどんな生活ができるか。そのための提案をしているか」。「これでいいという生活」のために商品を提供することを「無印良品」の責務として捉えれば、衣料品、食品、家具などの生活用品という多分野に展開すること、そして、「家」に行き着くことは自然の成り行きであったといえるでしょう。
 
                          知的資産
                                                 図1.企業と顧客、ゴールの違い
 
 中小企業が「自社商品」を持とうと考えるとき、自社の技術をベースに考えることが多いようですが、本連載において何度か提言しているように、技術ベースのみでは多くの中小企業で市場参入は難しいと思います。技術ではなく「知的資産」を掘り起こして、何が提案できるか、どのような提案をすれば生活者が豊かになるかを考えてほしいと思います。西友という、何も技術のない会社が、何も技術を利用しないで「こういう生活をしてほしい」という経営者の夢と、「生活者が喜ぶはず」という仮説と、ぶれのない「企業理念」で「無印」というブランドをつくり上げているのです(今では特許も取得していますが)普通、多分野展開をすると、分野ごとにぶれが生じます。すべての分野で統一した理念に基づいた商品を提供することが難しいからです。大企業であれば分野ごとに事業部をつくるので、事業部間の意思疎通は極めて困難になる場合が多いでしょう。
 
 「無印」の場合、ベースが流通業であって基礎となる事業分野が存在しなかったことが幸いしている面があります。しかし、それ以上に全商品をデザイナーが監修していることが重要です。たとえ売れそうであっても、理念に沿わないものは排除されます。このような強いブランド管理体制(堤社長は“ブランドではない!!”とおっしゃるでしょうが……)があったからこそ、「ムジラー」の強いサポートが得られているのだと思います。
 

5.知的資産無印の家

 さて、「家」です。今まで生活用品を販売してきた者が「家」を売った例はないでしょう。そこに「無印」が参入したのはなぜか? おそらく、「これでいい」という生活の場を提供するための自然な成り行きではないでしょうか。「無印」の家は、「これでいい」という「『無印』が提案する生活(無印の理念)」を支持する人たちの受け皿です。企業理念からみると、「無印の理念に共鳴した生活者」が満足できる生活環境を提供することが責務であると意識し、併せてファンの存在から、「ハウスメーカーが提供する家とは違う家を求める生活者がいる」という仮説を立て、発売にこぎ着けたのでしょう。(家の写真は、無印良品ホームページからの転載です)
 
 「無印良品の商品はバラバラな製品ではありません。すべての製品の背景には究極のシンプルを目指す明快な思想があります。従って、それらは単なる商品の集合ではなく、自由に選べる5,000アイテムとして編集された『暮らし』なのです。皿はスプーンやフォークと連携するのみならず、冷蔵庫やソファ、そして収納器具と連携しています。それらの組み合わせによって調和のとれた住まいの空間を構築していくことができるのです」
 

6.理念へのこだわり

 「無印」ほど理念にこだわった商品群(ブランド)はないと思います。理念へのこだわりがあって初めて、7000を超えるアイテムをそろえつつも統一感のある世界(ムジっぽさ)を提案し、「家」にまでつなげることができたのです。提案者である堤社長が使った知的資産は、「ブランドモノ」にしろ「PB商品」にしろ、どこか違うと感じている生活者がいるという仮説(「西友」や「西武百貨店」の経営情報と堤社長独自の着眼)、自分に見合った商品を選んでシンプルな生活ができる世界を提供したいという夢、そして優秀なデザイナーの知見だったと思います。堤社長が経営していた西武百貨店のキャッチコピーが、1980年「じぶん、新発見。」、1988年「ほしいものが、ほしいわ。」であること(1982 ~ 1983年に一世を風靡した「おいしい生活。」) も符合しているように思われます。
 

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この記事の著者

峯 唯夫

「知的財産の町医者」として、あらゆるジャンルの相談に応じ、必要により特定分野の専門家を紹介します。

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