意匠保護と特許・実用新案保護(保護の強化) 意匠法講座 (その5)

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1.意匠と発明・考案

 
(1)創作である点で共通する
 
 前回の第5回に続いて解説します。意匠の定義(2条1項)に創作の文字はありません。しかし、意匠法1条に「意匠の創作を奨励し」とあることから、意匠法が意匠を創作として位置づけていることは明かです。ちなみに広辞苑では「意匠」を「①工夫をめぐらすこと、②美術・工芸・工業品などの形・模様・色またはその構成について、工夫を凝らすこと。またその装飾的考案」と記されています。他方、特許法2条1項、実用新案法2条1項には「技術的思想の創作」とあります。
 
 すなわち、意匠法も特許法・実用新案法も「創作」を保護するものである点で共通しています。そして、意匠法は「物品」の形態に係る創作を保護し、実用新案法は「物品」の形状・構造・組合せに関する創作を保護し、特許法も「物品」を含む「物」に関する創作を保護対象としています。しかも、何れの法も「産業の発達に寄与することを目的」とするものです。そうすると、意匠法の保護対象と特許・実用新案法の保護対象とが重なり合うことは当然の理ということができます。第2回と重複しますが、再度説明することとします。
 
(2)開発課程
 
 開発者は新商品の開発において、以下のステップを踏んでいるはずです。まず、従来の商品の問題点(使いにくい点等)を拾い出し、この開発における中心的な問題点を決定し、その上で問題点を解決するための工夫をします。その工夫は、このような形状・構造(仕組み)にすればよい、という提案となるでしょう。この開発は、技術者がおこなうこともあれば、デザイナーがおこなうこともあります。技術者もデザイナーも、「既存品の問題点を解決したい」という気持ち・目的は同じです。違うのは基礎となる知識、感性と問題点を解決に導くための手法(アプローチ)です。
 
 技術者は主として技術の観点から従来技術の問題点を抽出して、その解決手段を追求するでしょう。その結果として得られた技術的な解決手段が「物品の形態」として把握することのできる場合は、「発明」として評価されると共に「意匠」としても評価されることとなります。新しい「仕組み」(発明)を創作すれば必ず新しい「形態」(意匠)が創作されます。他方デザイナーは主としてデザインの観点から従来デザインの問題点を抽出して、新たなデザインを提案します。そのデザインが単に「形」だけでなく「仕組み」も提案する(発明)ものである場合が多々あります。
 
(3)デザイン開発
 
 意匠法はデザインを保護する法律である、と言われることがあります。「デザイン」という言葉は非常に広い意味を持っており、最も広く解釈して「ものごとの計画を立てること」という意味合いでも用いられることもあります。意匠法の理解としてこれでは広すぎるでしょう。しかし、現在のインダストリアルデザインの位置付けを考えたとき、単にモノの色や形を作り上げる、という理解では狭すぎます。「生活に必要な製品を製作するにあたり、その材質・機能及び美的造形性などの諸要素と、技術・生産・消費面からの各種の要求を検討・調整する総合的造形計画」(広辞苑)程度の理解が適当だと思います。
 
 そして、意匠法における「意匠」の語は英語「デザイン」の翻訳として採用された経緯があるのですから、意匠法における意匠の語もこのような広がりのあるものとして捉えることが可能です。「デザイン」=「意匠」をこのように捉えると、意匠の創作が発明として評価できる、ということは当然のことであると理解できると思います。
 
 また、「デザイン」=「意匠」を上記のように捉えると、意匠の創作とは物品の形(造形)を通じて技術・生産・消費(需要者にとっての利便性、心地よさなど)をつなぐ作業であるということができます。すなわち、優れた意匠とは単に見た目が美しいということではなく、材料をうまく使い、新しい技術を取り込み、作りやすく、使いやすくそして需要者の美感を満足させるものということになります。意匠によって物品の価値が向上するのです。
 
 すなわち、意匠法が考える意匠の創作の奨励とは、物品の価値を向上させる物品の形態を創作することを奨励するという意味に捉えることができます。意匠を保護することにより、物品の価値を向上させる形態を持った製品が市場に流通するようになれば、需要者の満足度が高まり、「産業(製造業)」という側面を通じて国民生活を豊かにすることができるのです   (知的財産権標準テキスト「意匠編」参照)。
 

2.特許権の効力と意匠権の効力

 
 第2回に示したヘルメットの特許と意匠を再掲します。
 
                                        意匠法
特許第3586050号
 
【請求項1】
 頭部を覆うための帽体にその内部に通ずる通気孔を設け、前記帽体を着装体により頭部に着装する安全帽において、前記通気孔を封止するための栓部を有する封止部材と、該封止部材を保管するために前記着装体に設けた係止部と、該係止部に設け前記封止部材の栓部を嵌合する孔部とを備えたことを特徴とする安全帽。
 
                                        意匠法
意匠登録1015532号
 
(1)特許権の効力
 
 特許発明は「通気孔」や「封止部材」が要件となっています。したがって、中央部が隆起塩した態であっても、「通気孔」や「封止部材」を備えていないものは権利の対象になりません。他方、中央部を隆起させることは要件となっていないので、中央部が隆起していなくとも「通気孔」や「封止部材」を備えているものは権利の対象になるといえます。
 
(2)意匠権の効力
 
 登録意匠の図面には、「通気孔」や「封止部材」はありません。したがって、中央部が隆起した形態であれば、これらがなくとも権利の対象になり得ることになります。
 
(3)意匠権と特許権の相互補完
 
 以上のように、特許権・意匠権の効力の範囲を検討するならば、特許権と意匠権、何れが強く何れが弱い、という関係ではなく、それぞれ独自の守備範囲をもっているということが理解できるでしょう。意匠権と特許権との相互補完によって厚い保護を得ることができるのです。
 

3.技術的形態について

 
 意匠法5条3号は、「物品の機能を確保するために不可欠な形状のみからなる意匠」は意匠登録を受けることができない旨を規定しています。この規定があるために、「技術的形態」は意匠登録されないのではないか、と考える方が多数いらっしゃいます。しかしながら、この規定に該当するのは、「その形態以外に考えられない」ものだけであり、今までにこの規定が適用された例はないのではないか、と言われています。そして、日本の意匠審査は、世界でも有数の「技術的形態保護」を行っています。
 
 技術的形態だからと消極的に考えずに、意匠登録に挑戦してください。以下に「技術的形態」の意匠登録例「家具用支柱材用連結具用カバー」(図の三角形状のもの)を示します。
 
                    ...

1.意匠と発明・考案

 
(1)創作である点で共通する
 
 前回の第5回に続いて解説します。意匠の定義(2条1項)に創作の文字はありません。しかし、意匠法1条に「意匠の創作を奨励し」とあることから、意匠法が意匠を創作として位置づけていることは明かです。ちなみに広辞苑では「意匠」を「①工夫をめぐらすこと、②美術・工芸・工業品などの形・模様・色またはその構成について、工夫を凝らすこと。またその装飾的考案」と記されています。他方、特許法2条1項、実用新案法2条1項には「技術的思想の創作」とあります。
 
 すなわち、意匠法も特許法・実用新案法も「創作」を保護するものである点で共通しています。そして、意匠法は「物品」の形態に係る創作を保護し、実用新案法は「物品」の形状・構造・組合せに関する創作を保護し、特許法も「物品」を含む「物」に関する創作を保護対象としています。しかも、何れの法も「産業の発達に寄与することを目的」とするものです。そうすると、意匠法の保護対象と特許・実用新案法の保護対象とが重なり合うことは当然の理ということができます。第2回と重複しますが、再度説明することとします。
 
(2)開発課程
 
 開発者は新商品の開発において、以下のステップを踏んでいるはずです。まず、従来の商品の問題点(使いにくい点等)を拾い出し、この開発における中心的な問題点を決定し、その上で問題点を解決するための工夫をします。その工夫は、このような形状・構造(仕組み)にすればよい、という提案となるでしょう。この開発は、技術者がおこなうこともあれば、デザイナーがおこなうこともあります。技術者もデザイナーも、「既存品の問題点を解決したい」という気持ち・目的は同じです。違うのは基礎となる知識、感性と問題点を解決に導くための手法(アプローチ)です。
 
 技術者は主として技術の観点から従来技術の問題点を抽出して、その解決手段を追求するでしょう。その結果として得られた技術的な解決手段が「物品の形態」として把握することのできる場合は、「発明」として評価されると共に「意匠」としても評価されることとなります。新しい「仕組み」(発明)を創作すれば必ず新しい「形態」(意匠)が創作されます。他方デザイナーは主としてデザインの観点から従来デザインの問題点を抽出して、新たなデザインを提案します。そのデザインが単に「形」だけでなく「仕組み」も提案する(発明)ものである場合が多々あります。
 
(3)デザイン開発
 
 意匠法はデザインを保護する法律である、と言われることがあります。「デザイン」という言葉は非常に広い意味を持っており、最も広く解釈して「ものごとの計画を立てること」という意味合いでも用いられることもあります。意匠法の理解としてこれでは広すぎるでしょう。しかし、現在のインダストリアルデザインの位置付けを考えたとき、単にモノの色や形を作り上げる、という理解では狭すぎます。「生活に必要な製品を製作するにあたり、その材質・機能及び美的造形性などの諸要素と、技術・生産・消費面からの各種の要求を検討・調整する総合的造形計画」(広辞苑)程度の理解が適当だと思います。
 
 そして、意匠法における「意匠」の語は英語「デザイン」の翻訳として採用された経緯があるのですから、意匠法における意匠の語もこのような広がりのあるものとして捉えることが可能です。「デザイン」=「意匠」をこのように捉えると、意匠の創作が発明として評価できる、ということは当然のことであると理解できると思います。
 
 また、「デザイン」=「意匠」を上記のように捉えると、意匠の創作とは物品の形(造形)を通じて技術・生産・消費(需要者にとっての利便性、心地よさなど)をつなぐ作業であるということができます。すなわち、優れた意匠とは単に見た目が美しいということではなく、材料をうまく使い、新しい技術を取り込み、作りやすく、使いやすくそして需要者の美感を満足させるものということになります。意匠によって物品の価値が向上するのです。
 
 すなわち、意匠法が考える意匠の創作の奨励とは、物品の価値を向上させる物品の形態を創作することを奨励するという意味に捉えることができます。意匠を保護することにより、物品の価値を向上させる形態を持った製品が市場に流通するようになれば、需要者の満足度が高まり、「産業(製造業)」という側面を通じて国民生活を豊かにすることができるのです   (知的財産権標準テキスト「意匠編」参照)。
 

2.特許権の効力と意匠権の効力

 
 第2回に示したヘルメットの特許と意匠を再掲します。
 
                                        意匠法
特許第3586050号
 
【請求項1】
 頭部を覆うための帽体にその内部に通ずる通気孔を設け、前記帽体を着装体により頭部に着装する安全帽において、前記通気孔を封止するための栓部を有する封止部材と、該封止部材を保管するために前記着装体に設けた係止部と、該係止部に設け前記封止部材の栓部を嵌合する孔部とを備えたことを特徴とする安全帽。
 
                                        意匠法
意匠登録1015532号
 
(1)特許権の効力
 
 特許発明は「通気孔」や「封止部材」が要件となっています。したがって、中央部が隆起塩した態であっても、「通気孔」や「封止部材」を備えていないものは権利の対象になりません。他方、中央部を隆起させることは要件となっていないので、中央部が隆起していなくとも「通気孔」や「封止部材」を備えているものは権利の対象になるといえます。
 
(2)意匠権の効力
 
 登録意匠の図面には、「通気孔」や「封止部材」はありません。したがって、中央部が隆起した形態であれば、これらがなくとも権利の対象になり得ることになります。
 
(3)意匠権と特許権の相互補完
 
 以上のように、特許権・意匠権の効力の範囲を検討するならば、特許権と意匠権、何れが強く何れが弱い、という関係ではなく、それぞれ独自の守備範囲をもっているということが理解できるでしょう。意匠権と特許権との相互補完によって厚い保護を得ることができるのです。
 

3.技術的形態について

 
 意匠法5条3号は、「物品の機能を確保するために不可欠な形状のみからなる意匠」は意匠登録を受けることができない旨を規定しています。この規定があるために、「技術的形態」は意匠登録されないのではないか、と考える方が多数いらっしゃいます。しかしながら、この規定に該当するのは、「その形態以外に考えられない」ものだけであり、今までにこの規定が適用された例はないのではないか、と言われています。そして、日本の意匠審査は、世界でも有数の「技術的形態保護」を行っています。
 
 技術的形態だからと消極的に考えずに、意匠登録に挑戦してください。以下に「技術的形態」の意匠登録例「家具用支柱材用連結具用カバー」(図の三角形状のもの)を示します。
 
                                       意匠法
 意匠登録第1142033号
 
 

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この記事の著者

峯 唯夫

「知的財産の町医者」として、あらゆるジャンルの相談に応じ、必要により特定分野の専門家を紹介します。

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