「品質工学(タグチメソッド)」とは、キーワードからわかりやすく解説

 

1. 品質工学(タグチメソッド)とは

品質工学は、体系のほとんどを田口玄一博士が構築したためタグチメソッドとも呼ばれ、世界的にも高く認知されているものの、包含する内容が広大で全貌を理解するにはかなりの努力を必要とします。今だに新たな数理的提案もあるなど未完成の技法であるにも拘らず、トヨタ、パナソニックなど名だたる企業が活用している理由は、ひとえに「有効性がある」からと言えます。大きく分類すると、製造段階に適用される「オンライン品質工学」、開発/設計段階で適用される「オフライン品質工学」、分野に限定されず多変量データに適用される「MTシステム」の3つがあります。

 

2. 品質工学(タグチメソッド)の基本的な考え方

品質工学における品質は「ばらつきのない理想状態にどれだけ近いか」で評価されますが、必ずしも理想状態を実現しようとするわけではなく、ばらつきが大きくなる要因を求め、その要因による影響を許容範囲に抑えることに主眼があります。

 

また一般的な品質管理では品質を「顧客が求める特性との合致度」で考えるのに対して、品質工学では「品質活動は経済性とつながりを持たせるべき」という考え方に立ち、品質を「製造工程も含めた社会全体の損失金額」としてとらえます。

 

開発の上流段階でロバスト性の高い技術を確立することで、製品設計以降のフェーズでの手戻りを防止し、市場での不具合・故障も未然防止し、メーカーにとってもユーザーにとっても損失が少なく利益をもたらすことが、品質工学の目的となります。

 

このような基本的考え方に立脚していることで、品質工学は単なる手法としてだけでなくものづくりに関わる思想としても高く評価されているのです。

 

3. 品質工学(タグチメソッド)のメリット

技術開発や製品開発・設計、生産技術開発の各段階で品質工学を適用することで、QCDにわたる以下のような3つのメリットを得ることができます。

(1)クレームの低減

既に述べてきたように、品質工学では製造時および市場での使用時に発生するノイズの存在を前提に技術・製品の安定性を確保するパラメータ設計が基本となります。そのため市場におけるクレームを未然防止することができます。このことはリピート購入やブランドイメージの向上にもつながります。

(2)コストの削減

品質工学の適用で、まず製造工程の不良対策のコストを削減することができます。品質工学では製造工程でのノイズの存在を前提に不良品が出ないように設計を行うので、製造ロスや手直しのコスト、製造方法や設備、品質管理方法の変更のコストが発生しにくくなります。
また出荷後の不良発生による手直しや回収には製造工程での手直し以上に多額のコストが発生しますが、品質工学では市場でのノイズも前提としているため、こちらも削減することができます。

(3)開発期間の短縮

品質工学の適用によって上流段階で技術の安定性を確保することで、開発・設計段階での詳細検討や問題発生による手戻りを低減し、開発期間を⼤幅に短縮することができます。また開発された安定性の高い技術を類似製品の開発にも横展開できるので、ある製品だけでなく開発部門全体の⼯数も削減し、開発期間を短縮できます。

 

4. オフライン品質工学の主要な手法~パラメータ設計とSN比~

品質工学の核となる考え方を具体化する手法として、開発・設計段階で適用される「オフライン品質工学」は特に重要です。その中心となるのが、ロバスト性(頑健性)を追求するパラメータ設計です。ロバスト性とは、製品や技術が、使用環境の変動や製造時のばらつきといったノイズの影響を受けても、望ましい機能(理想機能)を安定して発揮できる能力を指します。

このパラメータ設計において、ロバスト性を定量的に評価するための指標が、SN比(Signal to Noise Ratio:信号対雑音比)です。SN比は、品質工学の大きな特徴の一つであり、古典的な統計学における分散分析などとは異なる、独自のアプローチを取ります。

SN比の考え方では、製品の持つべき信号(Signal)、すなわちユーザーの操作や設計意図に応じた機能的出力の変化と、品質を劣化させるノイズ(Noise)、すなわち制御できない変動要因の影響を分離して評価します。具体的には、SN比は望ましい機能の大きさと、望ましくないばらつきの大きさを対数で表現した値であり、この値が大きいほど、その製品・技術はノイズに対して強い、つまりロバスト性が高いと判断されます。

パラメータ設計の手順は、まず対象となる製品・技術の制御因子(設計者が変更できる要因)、ノイズ因子(制御できない要因)、および目的機能を明確化することから始まります。次に、直交表などの実験計画法を用いて効率的に実験を行い、ノイズの影響下で最もSN比が高くなる制御因子の最適な組み合わせ(最適条件)を見つけ出します。この最適条件は、コストをかけずにロバつきを最小化する設計解であり、これが品質工学が経済性と直結している所以です。

  

5. 品質工学の汎用的な応用~MTシステムによる多変量解析~

品質工学がもつもう一つの重要な技法が、多変量データ解析に特化したMTシステムです。これは、製造業の分野に留まらず、医療診断、市場予測、サービス業の品質評価など、多岐にわたる分野で応用されています。

MTシステムは、大量のデータから「正常な状態(単位空間)」を定義し、新たなデータがその正常な状態からどれだけかけ離れているかを測ることで、異常検知やパターン認識を行う手法です。その基本となるのが、正常なデータ群の相関を考慮して距離を定義するマハラノビスの距離(MD)です。

MTシステムは、データ間の相関を無視しがちな従来の多変量解析手法とは異なり、各データの持つ情報が重複しているか否かを考慮しながら、感度の高い指標を抽出できるのが特長です。これにより、製品の異常診断、設備の故障予知、さらには顧客の購買行動の変化の予測など、多種多様なデータの「パターン認識」を、少ないデータや少ない計算量で高精度に行うことが可能になります。

品質工学は、このように開発・設計の分野だけでなく、データ駆動型の問題解決においても強力な武器となり、幅広い領域で「社会の損失」を最小化し、「経済性の向上」に貢献する役割を担っています。

 


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