製品設計においてアレニウスの式を活用するには

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1.加速試験とアレニウスの式

 プラスチックやゴム、接着剤などの有機材料は熱や水分などにより少しずつ劣化します。しかも、その劣化の程度が大きいため、使用期間中にどの程度劣化するかを想定することが、製品設計を行う上で重要なポイントになります。ただ、実際の使用期間に渡って劣化を評価することは、数年~数十年の期間を必要とするため不可能なため、簡単に何らかの加速試験を行う必要があります。最も一般的な加速試験が、アレニウスの式を利用して計算する方法です。本稿ではアレニウスの式の考え方と利用する際の注意点について解説します。

◆関連解説『信頼性工学とは』

2.アレニウスの式の考え方と利用する際の注意点

 材料の劣化は分解や酸化、重合などの化学反応により進んでいきます。その化学反応は分子同士の衝突により起こりますが、分子が持つエネルギーが下記図の活性化エネルギーEaより大きい場合のみ、化学反応が起こります。
           アレニウスの式
図1.活性化エネルギー
 このような法則を元に、アレニウスは化学反応の速度を以下の式に記載しました。

K=A exp(-Ea/kT)

K:反応速度
A:定数
k:ボルツマン定数
T:絶対温度(K)
 
 活性化エネルギーEaはそれぞれの材料固有の値ですので、化学反応の速度は温度に依存することをアレニウスの式は表しています。反応がある一定のレベルまで進む時間(例:材料強度がしきい値以下となる/寿命)をLとすると、

L=A exp(Ea/kT)

 となります。両辺の対数を取ると、

ln L=A+Ea/kT

 となります。
 A、Ea/kは定数ですので、Lの対数と温度の逆数は一次関数(直線)となることが分かります。したがって、この式を利用すれば、以下のグラフのように数日から数か月程度の短期間で10年、20年といった長期の劣化の進み具合を予測することができます。
          アレニウス
図2.アレニウスの式を使った寿命の予測
 
 加速試験は製品設計を行うに当たっては必須です。私も実際に以下のような材料で、アレニウスの式を使って劣化を予測してきました。
<アレニウスの式を使った事例>
・熱可塑性プラスチックの物性値変化
・熱硬化性プラスチックの物性値変化
・エラストマーの物性値変化
・発泡プラスチックの物性値変化
・接着剤の接着強度低下
・ホットメルトの接着強度低下
・両面テープの接着強度低下
 
 プラスチックやゴムなどの材料メーカーが劣化のデータを持っていれば、設計者も楽になるのですが、大手も含めてほとんどの材料メーカーは、劣化のデータを持っていない、または出したがらないというのが現実です。製品メーカー各社が加速試験を重複して実施していると考えると、もっと効率的な方法はないかなといつも思ってしまいます。 

3.アレニウスの式を利用する場合の注意点

 アレニウスの式は適切に使わないと、正確なデータを取得することができません。特にプラスチックやゴムなど有機材料は、初期値の段階で物性値のバラツキが大きいため、試験の実施方法によって予測に大きな違いを生じます。不正確なデータで設計した製品は、長期間の使用後に不具合が発生し、大きな製品クレームの原因になってしまいます。また加速試験とはいえ、かなりの手間が掛かる評価試験であるため、効率的に実施することも重要です。私のこれまでの経験も踏まえて、考慮すべき事項について以下で述べます。
 
  • 製品の使われ方をしっかり検討し、材料にとって最悪の条件を明確にした上で実施する
  • 10℃2倍則(10℃半減則)や同種の材料のデータなどを用いて、当たりを付けた上で実施する(評価の効率化のため)
  • ガラス転移温度より低い温度で実施する(高温の方が早く試験が済むが、ガラス転移温度に近いと不正確なデータになることも多い)
  • 温度は3水準以上(できれば4水準以上)取る(直線の傾きの精度を上げるため)
  • 各温度で複数のデータを取得する(初期値のバラツキが大きいため)
  • 水分やガスなど他の劣...

1.加速試験とアレニウスの式

 プラスチックやゴム、接着剤などの有機材料は熱や水分などにより少しずつ劣化します。しかも、その劣化の程度が大きいため、使用期間中にどの程度劣化するかを想定することが、製品設計を行う上で重要なポイントになります。ただ、実際の使用期間に渡って劣化を評価することは、数年~数十年の期間を必要とするため不可能なため、簡単に何らかの加速試験を行う必要があります。最も一般的な加速試験が、アレニウスの式を利用して計算する方法です。本稿ではアレニウスの式の考え方と利用する際の注意点について解説します。

◆関連解説『信頼性工学とは』

2.アレニウスの式の考え方と利用する際の注意点

 材料の劣化は分解や酸化、重合などの化学反応により進んでいきます。その化学反応は分子同士の衝突により起こりますが、分子が持つエネルギーが下記図の活性化エネルギーEaより大きい場合のみ、化学反応が起こります。
           アレニウスの式
図1.活性化エネルギー
 このような法則を元に、アレニウスは化学反応の速度を以下の式に記載しました。

K=A exp(-Ea/kT)

K:反応速度
A:定数
k:ボルツマン定数
T:絶対温度(K)
 
 活性化エネルギーEaはそれぞれの材料固有の値ですので、化学反応の速度は温度に依存することをアレニウスの式は表しています。反応がある一定のレベルまで進む時間(例:材料強度がしきい値以下となる/寿命)をLとすると、

L=A exp(Ea/kT)

 となります。両辺の対数を取ると、

ln L=A+Ea/kT

 となります。
 A、Ea/kは定数ですので、Lの対数と温度の逆数は一次関数(直線)となることが分かります。したがって、この式を利用すれば、以下のグラフのように数日から数か月程度の短期間で10年、20年といった長期の劣化の進み具合を予測することができます。
          アレニウス
図2.アレニウスの式を使った寿命の予測
 
 加速試験は製品設計を行うに当たっては必須です。私も実際に以下のような材料で、アレニウスの式を使って劣化を予測してきました。
<アレニウスの式を使った事例>
・熱可塑性プラスチックの物性値変化
・熱硬化性プラスチックの物性値変化
・エラストマーの物性値変化
・発泡プラスチックの物性値変化
・接着剤の接着強度低下
・ホットメルトの接着強度低下
・両面テープの接着強度低下
 
 プラスチックやゴムなどの材料メーカーが劣化のデータを持っていれば、設計者も楽になるのですが、大手も含めてほとんどの材料メーカーは、劣化のデータを持っていない、または出したがらないというのが現実です。製品メーカー各社が加速試験を重複して実施していると考えると、もっと効率的な方法はないかなといつも思ってしまいます。 

3.アレニウスの式を利用する場合の注意点

 アレニウスの式は適切に使わないと、正確なデータを取得することができません。特にプラスチックやゴムなど有機材料は、初期値の段階で物性値のバラツキが大きいため、試験の実施方法によって予測に大きな違いを生じます。不正確なデータで設計した製品は、長期間の使用後に不具合が発生し、大きな製品クレームの原因になってしまいます。また加速試験とはいえ、かなりの手間が掛かる評価試験であるため、効率的に実施することも重要です。私のこれまでの経験も踏まえて、考慮すべき事項について以下で述べます。
 
  • 製品の使われ方をしっかり検討し、材料にとって最悪の条件を明確にした上で実施する
  • 10℃2倍則(10℃半減則)や同種の材料のデータなどを用いて、当たりを付けた上で実施する(評価の効率化のため)
  • ガラス転移温度より低い温度で実施する(高温の方が早く試験が済むが、ガラス転移温度に近いと不正確なデータになることも多い)
  • 温度は3水準以上(できれば4水準以上)取る(直線の傾きの精度を上げるため)
  • 各温度で複数のデータを取得する(初期値のバラツキが大きいため)
  • 水分やガスなど他の劣化要因が作用しないようにする

4.アレニウスの式の適用事例

 アレニウスの式は多くの企業で設計検討や寿命予測などの加速試験に活用されています。JISに規定があるアレニウスの式の適用事例だけでも以下のようにたくさんあります。
 
<JISに規定があるアレニウスの式の適用事例>アレニウス
 
  JISに規定されているもの以外にもコンデンサの寿命、原子の拡散、プラスチックの加水分解、色差、賞味期限など様々なものへの適用事例が書籍、論文等で紹介されています。アレニウスの式の適用範囲が非常に広いことが理解できると思います。
 
【参考資料】
JISK7226 「プラスチック-長期熱暴露後の時間-温度限界の求め方」
本間精一 『設計者のためのプラスチックの強度特性』 工業調査会
齋藤勝裕 『数学いらずの化学反応論―反応速度の基本概念を理解するために』 化学同人

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この記事の著者

田口 宏之

中小製造業の製品設計の仕組み作りをお手伝いします!これからの時代、製品設計力強化が中小製造業の勝ち残る数少ない選択肢の一つです。

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