SDV(ソフトウェア定義型自動車)時代における旧来のソフトウェア開発からの脱却と競争優位性確立のための戦略

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  SDV(ソフトウェア定義型自動車)時代における旧来のソフトウェア開発からの脱却と競争優位性確立のための戦略
【目次】

    自動車業界は電動化、ソフトウェア化、中国躍進、関税など、大きな変革期にあります。中でも「ソフトウェア定義型自動車(Software Defined Vehicle、以下 SDV)」に象徴される「ソフトウェア化」(ソフトウェアが製品価値を定義し、機能や性能を柔軟に追加・変更できるという変化)は、自動車業界だけでなく、多くの製品や業界にとっても避けては通れない大きな潮流になると考えられます。そこで車載機器を例にとって、ソフトウェア開発がどのような状況下にあり、どのように変化しなければならないかをお伝えしたいと思います。

     

    図1.のグラフは、ソフトウェア定義型自動車(SDV)の市場規模予測です。このグラフをご覧になって、どのような印象を持たれるでしょうか? SDVの市場規模予測は、自動車メーカーはもちろん、車載機器メーカーにとっても見逃せないビジネスのポテンシャルを示しています。車載機器メーカーにとっても、そして、新たに車載機器の開発を考えている組織にとっても大きなビジネスチャンスとなるでしょう。

     

    SDV(ソフトウェア定義型自動車)時代における旧来のソフトウェア開発からの脱却と競争優位性確立のための戦略

    図1 ソフトウェア定義型自動車(SDV)の市場規模予測

     

    実際、ソフトウェア定義型自動車(SDV)への本格的な移行は、自動車業界に未曽有の変革の波をもたらしています。この変革は、車載機器メーカーにとって、かつてない規模のビジネス拡大機会となる一方で、従来の成功モデルからの根本的な脱却が強く要求されるものとなっています。これまでの車載機器メーカーは、直接の顧客であるOEM(カーメーカー)の意向や要求を最上位に置き、それに忠実に応えることで事業を拡大することができました。しかし、SDV は OEM とサプライヤーの関係性だけでなく、業界全体の構造そのものが大きく変化しています。開発現場の多種多様なプレイヤーが、目まぐるしい速度で技術進化するビジネス環境への対応を前提としたソフトウェア開発をしなければならない、という新たな現実に直面しているのではないでしょうか?今回は、この SDV 時代の現状認識を深掘りし、車載機器メーカーがこの変化に戦略的に対応するための基本方針と、その具体的な開発改革の全体像を紹介します。

     

    1.  SDV ソフトウェア開発の新しい現実

    (1)複雑化するソフトウェア開発エコシステム

    前述のように、SDV 時代の到来は、車載機器メーカーのビジネス環境を一変させています。現状の SDV ソフトウェア開発エコシステムは、未成熟で不確定要素が多く、技術の進化スピードが極めて速いという特徴を持っています。そのため、従来の OEM 中心のビジネスモデルから脱却し、以下のような多角的な視点でのソフトウェア開発への対応が必要不可欠です。

     

    SDV(ソフトウェア定義型自動車)時代における旧来のソフトウェア開発からの脱却と競争優位性確立のための戦略

    図2 SDV ソフトウェア・アーキテクチャの特徴...

      SDV(ソフトウェア定義型自動車)時代における旧来のソフトウェア開発からの脱却と競争優位性確立のための戦略
    【目次】

      自動車業界は電動化、ソフトウェア化、中国躍進、関税など、大きな変革期にあります。中でも「ソフトウェア定義型自動車(Software Defined Vehicle、以下 SDV)」に象徴される「ソフトウェア化」(ソフトウェアが製品価値を定義し、機能や性能を柔軟に追加・変更できるという変化)は、自動車業界だけでなく、多くの製品や業界にとっても避けては通れない大きな潮流になると考えられます。そこで車載機器を例にとって、ソフトウェア開発がどのような状況下にあり、どのように変化しなければならないかをお伝えしたいと思います。

       

      図1.のグラフは、ソフトウェア定義型自動車(SDV)の市場規模予測です。このグラフをご覧になって、どのような印象を持たれるでしょうか? SDVの市場規模予測は、自動車メーカーはもちろん、車載機器メーカーにとっても見逃せないビジネスのポテンシャルを示しています。車載機器メーカーにとっても、そして、新たに車載機器の開発を考えている組織にとっても大きなビジネスチャンスとなるでしょう。

       

      SDV(ソフトウェア定義型自動車)時代における旧来のソフトウェア開発からの脱却と競争優位性確立のための戦略

      図1 ソフトウェア定義型自動車(SDV)の市場規模予測

       

      実際、ソフトウェア定義型自動車(SDV)への本格的な移行は、自動車業界に未曽有の変革の波をもたらしています。この変革は、車載機器メーカーにとって、かつてない規模のビジネス拡大機会となる一方で、従来の成功モデルからの根本的な脱却が強く要求されるものとなっています。これまでの車載機器メーカーは、直接の顧客であるOEM(カーメーカー)の意向や要求を最上位に置き、それに忠実に応えることで事業を拡大することができました。しかし、SDV は OEM とサプライヤーの関係性だけでなく、業界全体の構造そのものが大きく変化しています。開発現場の多種多様なプレイヤーが、目まぐるしい速度で技術進化するビジネス環境への対応を前提としたソフトウェア開発をしなければならない、という新たな現実に直面しているのではないでしょうか?今回は、この SDV 時代の現状認識を深掘りし、車載機器メーカーがこの変化に戦略的に対応するための基本方針と、その具体的な開発改革の全体像を紹介します。

       

      1.  SDV ソフトウェア開発の新しい現実

      (1)複雑化するソフトウェア開発エコシステム

      前述のように、SDV 時代の到来は、車載機器メーカーのビジネス環境を一変させています。現状の SDV ソフトウェア開発エコシステムは、未成熟で不確定要素が多く、技術の進化スピードが極めて速いという特徴を持っています。そのため、従来の OEM 中心のビジネスモデルから脱却し、以下のような多角的な視点でのソフトウェア開発への対応が必要不可欠です。

       

      SDV(ソフトウェア定義型自動車)時代における旧来のソフトウェア開発からの脱却と競争優位性確立のための戦略

      図2 SDV ソフトウェア・アーキテクチャの特徴

       

      (2)多種多様なプレイヤーとの複雑な連携

      SoC (System on Chip)  ベンダー、プラットフォームプロバイダー、ミドルウェアベンダー、フレームワーク・サプライヤーなど、SDV ソフトウェア開発を取り巻くプレイヤーはかつてなく多様化しています。

       

      SDV(ソフトウェア定義型自動車)時代における旧来のソフトウェア開発からの脱却と競争優位性確立のための戦略

       図3 SDVソフトウェア開発におけるプレイヤー相互の関係

       

      これらのプレイヤーが、それぞれ異なる技術ロードマップとビジネス戦略を持つ中で、車載機器メーカーは、誰と、どのように連携し、どこで自社の競争優位領域を確立するかを常に再定義し続けなければなりません。単に OEM の要求に応えるだけでなく、エコシステム全体の動向を読み解き、能動的に関係性を構築する必要があります。

       

      SDV(ソフトウェア定義型自動車)時代における旧来のソフトウェア開発からの脱却と競争優位性確立のための戦略

      図4 車載機器サプライヤーと各 SDV プレイヤーとの関係

       

      2.  従来のソフトウェア開発手法の限界

      そのため、SDV に車載機器を提供するためには、組み込みソフトウェア開発のプロセスや手法・技法が中心だった従来のソフトウェア開発の仕組みを大きく変えることが必要不可欠です。しかし、多くの車載機器メーカーでは、以下のような「レガシー」からの負債を抱えた文化・仕組みを前提としたソフトウェア開発からの脱却ができていないことを実感している開発現場が多いのも現実です。例えば、ある車載機器メーカーでは、過去 10 年間で3回の大きなプラットフォームを変更する必要に迫られ、その度に計画を超えるリソース投入となり大幅な利益減少を経験しました。

       

      a) 機器制御が中心のプログラム

      特定のハードウェアに最適化された組み込みソフトウェア開発が主流であり、再利用性や汎用性に欠けるケースが多く、SDV 時代に求められる柔軟な機能追加や変更に対応しきれない。

      b) 変更や拡張を積み重ねる流用開発

      過去の資産を流用し、その上に機能を追加していく開発手法は、短期的な効率性をもたらす一方で、システムの肥大化やアーキテクチャの陳腐化・複雑化を招き、中長期的な保守性や拡張性を著しく損ねる/損ねているリスクを抱えている。

      c) 多くの協力会社を抱えた開発体制

      コスト効率やリソース確保の観点から多数の協力会社が開発に参加しており、開発プロセスや手法が統一されていないため、進捗や品質をコントロールできないリスクを抱えている。これは実装工程の成果物の品質不安定にも直結しており、全体としての開発効率を低下させている。

      d) ハードウェア仕様確定後に開始するソフトウェア開発

      ソフトウェアはハードウェアの機能を実現するための「付帯物」と未だ見なされがちで、ハードウェアの設計が固まってからソフトウェア開発を始める傾向にある。これは、ソフトウェアとその開発方法の進化・深化を阻害し、市場投入までのリードタイムを長期化させる要因となっている。

       

      これらの課題から明らかなように、従来手法では SDV 時代の要求に応えることは困難なのです。このような劇的な変化に対応し、競合他社との差別化を図り競争優位性を確保することは、従来からの改善活動の延長では困難であり現実的ではありません。SDV への適応は、単なる技術導入に留まらず、新たな技術の導入と定着、そして、組織文化、意識改革が要求されます。SDV がもたらすビジネス拡大の機会を最大限に活かすためには、ソフトウェア開発体制を「ソフトウェア・ファースト」の視点で再構築することが、今、最も喫緊の課題であると認識することが重要です。

       

      3.  SDV ソフトウェアの開発方針

      (1)ボトムアップから戦略的アプローチへの転換

      前述のような SDV ソフトウェア開発を取り巻く複雑かつ急速な変化に対応・適応するには、従来の「できることから始める」「単発の取り組みを繰り返す」といったボトムアップのやり方では、もはや限界があることに加えて、このような場当たり的な対応では、SDV 時代に要求されるビジネススピードに対応することもできず、リソースの非効率な投入になる可能性が高いことに気づかされるでしょう。

       

      SDV 時代のソフトウェア開発においては、明確な基本方針・戦略を策定し、その基本方針に沿った取り組みをシステマティックに進めることが重要かつ必須です。それが、SDV エコシステムにおける立ち位置を明確にし、そこに向けた戦略を持つことで、開発リソースを最適に配分し、市場変化に先んじた価値提供を実現することが可能になるのです。

       

      (2)SDV ソフトウェア開発における基本方針

      SDV エコシステムにおいて競争優位性を確立し、持続的な成長を実現するためには、以下の5つの基本方針を SDV ソフトウェア開発の基盤とすべきと考えます。

       【SDVエコシステムにおける立ち位置の明確化】

      自社が SDV エコシステムのどの領域で独自の価値を発揮できるかを、車両の機能ドメイン(インフォテイメント、ADAS、セキュリティなど)と技術レイヤー(アプリケーション、ミドルウェア、ハードウェアなど)の2軸で明確に定義する。

      【特定サプライヤーへの依存リスクの低減】

      サービス共通 API によって自社サービスの利用を推進することと、アダプター層によって複数のサプライヤーから提供される技術・サービスを統合することで、特定のサプライヤーに依存しない柔軟なソリューションを設計する。

      【開発スピードの強化】

      アジャイル開発を基本として、DevOps、CI/CD などの最新手法を活用し、共通資産の効率的な運用と個別プロダクトの迅速な展開を両立させ、開発期間の短縮と品質向上を図る。

      【差別化領域となる独自技術の強化】

      SDV 業界の標準技術に追従するだけでなく、自社独自のハードウェアとソフトウェアの総合的な技術とノウハウを活かし、顧客に高い付加価値を提供する独自機能の開発を強化することで競争優位性を確立する。

      【主要サプライヤーとのパートナーシップ構築】

      主要サプライヤーやオープンソースのコミュニティとの連携を強化し、共同開発や標準化活動に積極的に参加することで、エコシステム全体での技術革新への早期追従と促進を図る。

       

      次回は、SDV ソフトウェア開発における基本方針の詳細を解説します。

       

       

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      この記事の著者

      石橋 良造

      組織のしくみと個人の意識を同時に改革・改善することで、パフォーマンス・エクセレンスを追求し、実現する開発組織に変えます!

      組織のしくみと個人の意識を同時に改革・改善することで、パフォーマンス・エクセレンスを追求し、実現する開発組織に変えます!


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