商品開発の成功率100%は、全然ダメである~技術企業の高収益化:実践的な技術戦略の立て方(その26)

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 商品開発の成功率100%は、全然ダメである~技術企業の高収益化:実践的な技術戦略の立て方(その26)

「当社の商品開発の上市率は100%です」商品開発の誇るべき数値について、A部長はきまり悪そうに答えました。A部長はとあるメーカー(以下A社)の開発責任者です。

 

上市とは、初めて市場に出すこと。発売することです。上市率とは、販売開始したテーマ数を開発開始したテーマ数で割ったものです。つまり、商品開発の成功率とも言うべきものです。その数字が100%ということは誇るべきもののはず。しかし、A部長はきまり悪そうにしていました。

 

「100%?すごいですね。」私が真顔でこう返すと、A部長はますます表情を曇らせました。「意地悪言わないでくださいよ」とそこには苦笑いのA部長がいました。私とA部長は商品開発のプロセスについて打ち合わせをしていました。話題の中心は、A社における商品開発テーマの創出について、です。A社の課題としては「大粒のテーマをもっと出せるようにしたい」ということがありました。

 

ところで上市率100%というのは、文句なしに素晴らしい数字です。始めたのは良いが商品化に至らないテーマが多い中で、各社が商品開発プロセスの改良にしのぎを削っています。それに反して、A社では狙った通りに商品化出来る訳ですからそれだけでも立派な数字と言えます。A部長としては私のことを「コンサルなのだから事情はわかっているだろう」と思っていたのだろうと思います。きまりの悪そうな表情のウラにはA社ならではの事情が隠されていたのです。

 

1. 上市率100%の裏側は?

「なるほど、そういうことですか」A部長のきまり悪そうな態度を察した私は頷きながらこう返しました。A部長は「やっとわかってくれた」と言わんばかりに身を乗り出して「うちの会社は客先の言うことを聞く会社ですからね」と相槌を打たれたのです。

 

「客先の言うことを聞く会社」というのは、A部長が自虐的に悪い意味で言われたことを私は理解しました。「確かに、客先の言うことばかりやれば失敗はないですよね?」と私が返すと、A部長は「そう、それが問題なんですよ!」と言われたのです。

 

読者の皆さんはもうお気づきかも知れません。あえて解説しますと、A社の開発のやり方は従来型の顧客要望対応型でした。顧客の要望に応じて開発を行うスタイルです。こういうやり方は一般的には「商品開発」とは言わず「下請け」と言うかも知れません。A社ではそう言ってはいませんでしたが。

 

A社にとって「商品開発に成功する」というのは、要望を出した顧客に対して販売していくという意味であり、その他の客先にたくさん売れることを必ずしも意味してはいませんでした。要望を出した客先に売れれば良いのです。厳密に言えば「上市」とは言えないかも知れませんが、そこはA社の管理方法に従います。そうすると、立派な「上市率100%」になるのです。

 

それだけに、A部長の悩みは深く「社員に染み付いてしまった業務のやり方を変えるにはどうすれば良いのだろうか?」というものでした。

 

「変革することはできますけど、上市率は100%から下がりますよ?」と私は言いました。そうすると、A部長はまたきまりが悪そうな表情になってしまいました。「もちろんです、私は理解しています。けど、うちの上はなんと言うか、、、」と続けられました。

 

「そういうことなんですね。」A部長の本当の悩みを共有した私は相槌をうち、A社の本当の課題は「失敗しないこと」に重きを置く経営にあることを理解しました。

 

2. 失敗しない経営とは?

「失敗してはいけない社風なのかな、と推察しますが、いかがですか?」私がこう聞くとA部長は答えました。「実は私もそうなのですけど、既存事業上がりなのですよ。自分で言うのもなんですけど、失敗しなかっただけなのですよね。同世代には色々チャレンジする人間もいたのですけど、失敗すれば左遷されるのはもちろん、一見成功に見えても外に出され(事業売却等)、とそういう人事をしてきているのです。」ともA部長は続けられました。

 

「それが上市率100%という数字に現れているという訳ですね?」私が聞くとA部長は「仰るとおりです」と答えました。そう、A社の失敗しない経営の中身は人事だったのです。A部長の言葉を借りると、チャレンジして成功した人物は去り、失敗した人も左遷され、チャレンジしなかったが故に失敗しなかったA部長が得をした人事になっているのです。

 

本筋からは外れますが、A部長の名誉のために書いておくと、A部長がこうした振り返りが出来ること自体、相当な自信がないとできないことです。仕事でも相当な成果を上げて評価されたことの現れだと思います。「お分かりかと思いますが、新規事業を始めて上市率100%などと言うことはないですよ。経営者の考え方が変わらないと、失敗のある新規事業は始めないほうが良いのではないでしょうか?」と私は提案しました。「コンサルタントの方にお願いすればなんとかなるかも知れないと思ったのですが、やはりそうですか」A部長は少し安堵したように、そう答えました。

 

「お役に立てず申し訳ありません。ただ、失敗があることは現実として受け止めて頂く必要があると思いますし、上市率100%維持などというのはどんなに腕のいいコンサルタントでも無理です。」と私は言いました。

 

3. うちの会社では新規事業は無理でしょうか?

「うちの会社で新規事業は無理でしょうか?」とA部長は聞かれましたので、私は「誤解を恐れずに言うと、今の経営の考え方では無理なのではないでしょうか?」と答えました。私はためらうことなくこう答えたのですが、それには理由があります。新規事業には経営の考え方が色濃く反映されるからです。A社のように失敗できない考え方や社風では、ほぼ必ず頓挫することが分かっています。

 

私には、A社がこのまま続ければ失敗していくメカニズムも大雑把には予想できます。新規事業部門を発足させて何人かの社員に検討させるまではいいものの、A社のような会社ではほとんど大きな投資をしないで終わるでしょう。なぜなら、失敗できない社風なので、検討の途上で重箱の隅を突かれ、完璧な説明のできないテーマには投資ができないというのがオチです。

 

「経営者が代わるまで待ったらどうですか?」私が提案すると、A部長は苦笑いされていました。「そうですね、、、」と答えられたのです。その後、私...

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「当社の商品開発の上市率は100%です」商品開発の誇るべき数値について、A部長はきまり悪そうに答えました。A部長はとあるメーカー(以下A社)の開発責任者です。

 

上市とは、初めて市場に出すこと。発売することです。上市率とは、販売開始したテーマ数を開発開始したテーマ数で割ったものです。つまり、商品開発の成功率とも言うべきものです。その数字が100%ということは誇るべきもののはず。しかし、A部長はきまり悪そうにしていました。

 

「100%?すごいですね。」私が真顔でこう返すと、A部長はますます表情を曇らせました。「意地悪言わないでくださいよ」とそこには苦笑いのA部長がいました。私とA部長は商品開発のプロセスについて打ち合わせをしていました。話題の中心は、A社における商品開発テーマの創出について、です。A社の課題としては「大粒のテーマをもっと出せるようにしたい」ということがありました。

 

ところで上市率100%というのは、文句なしに素晴らしい数字です。始めたのは良いが商品化に至らないテーマが多い中で、各社が商品開発プロセスの改良にしのぎを削っています。それに反して、A社では狙った通りに商品化出来る訳ですからそれだけでも立派な数字と言えます。A部長としては私のことを「コンサルなのだから事情はわかっているだろう」と思っていたのだろうと思います。きまりの悪そうな表情のウラにはA社ならではの事情が隠されていたのです。

 

1. 上市率100%の裏側は?

「なるほど、そういうことですか」A部長のきまり悪そうな態度を察した私は頷きながらこう返しました。A部長は「やっとわかってくれた」と言わんばかりに身を乗り出して「うちの会社は客先の言うことを聞く会社ですからね」と相槌を打たれたのです。

 

「客先の言うことを聞く会社」というのは、A部長が自虐的に悪い意味で言われたことを私は理解しました。「確かに、客先の言うことばかりやれば失敗はないですよね?」と私が返すと、A部長は「そう、それが問題なんですよ!」と言われたのです。

 

読者の皆さんはもうお気づきかも知れません。あえて解説しますと、A社の開発のやり方は従来型の顧客要望対応型でした。顧客の要望に応じて開発を行うスタイルです。こういうやり方は一般的には「商品開発」とは言わず「下請け」と言うかも知れません。A社ではそう言ってはいませんでしたが。

 

A社にとって「商品開発に成功する」というのは、要望を出した顧客に対して販売していくという意味であり、その他の客先にたくさん売れることを必ずしも意味してはいませんでした。要望を出した客先に売れれば良いのです。厳密に言えば「上市」とは言えないかも知れませんが、そこはA社の管理方法に従います。そうすると、立派な「上市率100%」になるのです。

 

それだけに、A部長の悩みは深く「社員に染み付いてしまった業務のやり方を変えるにはどうすれば良いのだろうか?」というものでした。

 

「変革することはできますけど、上市率は100%から下がりますよ?」と私は言いました。そうすると、A部長はまたきまりが悪そうな表情になってしまいました。「もちろんです、私は理解しています。けど、うちの上はなんと言うか、、、」と続けられました。

 

「そういうことなんですね。」A部長の本当の悩みを共有した私は相槌をうち、A社の本当の課題は「失敗しないこと」に重きを置く経営にあることを理解しました。

 

2. 失敗しない経営とは?

「失敗してはいけない社風なのかな、と推察しますが、いかがですか?」私がこう聞くとA部長は答えました。「実は私もそうなのですけど、既存事業上がりなのですよ。自分で言うのもなんですけど、失敗しなかっただけなのですよね。同世代には色々チャレンジする人間もいたのですけど、失敗すれば左遷されるのはもちろん、一見成功に見えても外に出され(事業売却等)、とそういう人事をしてきているのです。」ともA部長は続けられました。

 

「それが上市率100%という数字に現れているという訳ですね?」私が聞くとA部長は「仰るとおりです」と答えました。そう、A社の失敗しない経営の中身は人事だったのです。A部長の言葉を借りると、チャレンジして成功した人物は去り、失敗した人も左遷され、チャレンジしなかったが故に失敗しなかったA部長が得をした人事になっているのです。

 

本筋からは外れますが、A部長の名誉のために書いておくと、A部長がこうした振り返りが出来ること自体、相当な自信がないとできないことです。仕事でも相当な成果を上げて評価されたことの現れだと思います。「お分かりかと思いますが、新規事業を始めて上市率100%などと言うことはないですよ。経営者の考え方が変わらないと、失敗のある新規事業は始めないほうが良いのではないでしょうか?」と私は提案しました。「コンサルタントの方にお願いすればなんとかなるかも知れないと思ったのですが、やはりそうですか」A部長は少し安堵したように、そう答えました。

 

「お役に立てず申し訳ありません。ただ、失敗があることは現実として受け止めて頂く必要があると思いますし、上市率100%維持などというのはどんなに腕のいいコンサルタントでも無理です。」と私は言いました。

 

3. うちの会社では新規事業は無理でしょうか?

「うちの会社で新規事業は無理でしょうか?」とA部長は聞かれましたので、私は「誤解を恐れずに言うと、今の経営の考え方では無理なのではないでしょうか?」と答えました。私はためらうことなくこう答えたのですが、それには理由があります。新規事業には経営の考え方が色濃く反映されるからです。A社のように失敗できない考え方や社風では、ほぼ必ず頓挫することが分かっています。

 

私には、A社がこのまま続ければ失敗していくメカニズムも大雑把には予想できます。新規事業部門を発足させて何人かの社員に検討させるまではいいものの、A社のような会社ではほとんど大きな投資をしないで終わるでしょう。なぜなら、失敗できない社風なので、検討の途上で重箱の隅を突かれ、完璧な説明のできないテーマには投資ができないというのがオチです。

 

「経営者が代わるまで待ったらどうですか?」私が提案すると、A部長は苦笑いされていました。「そうですね、、、」と答えられたのです。その後、私とA部長は打ち合わせを繰り返し、A社では新規事業の準備段階を実施することとなりました。具体的には人材開発を通じて新規事業のテーマを提案できる人材を育成することになったのです。

 

さて、読者の皆さんの会社でもA社のようなことはないでしょうか?もし、A社と同じように経営者の考え方が新規事業にそぐわない状況であれば、A部長のように待ったり、準備をしたりすることをオススメします。なぜならば、今先に進めば頓挫するだろうからです。一人で頓挫するなら良いかも知れませんが、多くの関係者を巻き込んで頓挫するのは避けたいもの。ふさわしい経営者が来てから新規事業を試みる方がよほど成功確率も高いですし、精神的にも健全です。

 

新規事業は、支援者がいないような状態でも、がむしゃらにストレスを抱えてやるものだと思っているとすれば、それは大間違い。スマートに軽やかにやりきる、というのが21世紀のやり方というものです。無理をせずに、準備する時は準備に徹してくださいね。花開くときがきっと来ますので。

 

次回に続きます。

【出典】株式会社 如水 HPより、筆者のご承諾により編集して掲載

 

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この記事の著者

中村 大介

若手研究者の「教育」、研究開発テーマ創出の「実践」、「開発マネジメント法の導入」の3本立てを同時に実践する社内研修で、ものづくり企業を支援しています。

若手研究者の「教育」、研究開発テーマ創出の「実践」、「開発マネジメント法の導入」の3本立てを同時に実践する社内研修で、ものづくり企業を支援しています。


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