原子力発電の技術と事業運営の特徴(その1)

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♦ 原子力発電事業の特徴

 “良く分からないけれど、なんとなくおぞましい”という印象が付きまとう原子力発電事業の特徴について、かいつまんでお話してみたいと思います。

1. 物理からみた原子力

 1.1 原子力エネルギー、力の根源

 広島、長崎での不幸な歴史から、原子力というのは凄まじいエネルギーだということを日本人は皆知っています。日常身近に感じているのは、燃える(酸化する)ことによって発生する化学的エネルギーです。この化学的エネルギーはクーロン力(電荷を帯びた粒子に作用する引力や斥力)に起因しており、1回の反応についての定量的な例を挙げると、水素原子で基底状態にある軌道電子を原子核から引き離す(イオン化する)ために必要なエネルギーは13.6eV(イレクトロン・ボルト;ジュールやカロリーと同じエネルギーの単位)です。一方、原子力の力の源泉は核子(原子核の構成要素である陽子や中性子)同士に働く核力で、最も固く結合している鉄(原子番号26の元素)近傍の原子核では、一つの核子を引きはがすために必要なエネルギーはおよそ8.8MeV(メガ・イレクトロン・ボルト)ほどで、さきの水素原子のイオン化エネルギーに比べると6桁(百万倍)大きいのです。この核力が原子力の大きな力の源泉になっています。

 1.2 見えない放射線

図1. 日常生活と放射線(日本原子力文化財団・原子力エネルギー図面集6-2-1)

 原子力の利用は放射線を伴い、種類としては電磁波、電子線、中性子線などがありますが、いずれも直接見ることはできず、人の五感のいずれでも捉えられません。放射線はその量によっては生体への有害な影響があり、歴史の経験と併せて、これが不安感を誘うことになります。図に示すように、自然界には宇宙から降り、また地中から発生する放射線が常に存在し、私たちは日常的にその中に浸かって生活しているというのが現実なのですが、測定装置が無いとそれらの量を感じることができませんので、例えわずかな量であっても放射線を受けることは避けたいという意識が生じるのは無理もないかもしれません。

 1.3 直ぐに止まない放射能

図2. 放射能の減り方(日本原子力文化財団・原子力エネルギー図面集6-1-7)

 放射能とは、ある放射性の核種(原子核の種類)が、ある確率で無作為に放射線を発生させ、自らは崩壊して別の核種に変わるという能力なので、放射線の量は存在している放射性核種の数に比例します。時間の経過に従って崩壊が進むと数が減りますので、発生する放射線の数は徐々に(指数関数に従って)減り、それが二分の一になるまでの時間を半減期と呼びます。半減期が十分に短い(秒単位あるいはそれ以下)核種では、(人の活動の時間スパンで)しばらくすると実質的になくなってしまいますが、ある程度以上の半減期(時間、日、年単位あるいはそれ以上)になると、いつまでも存在し続けるという効果になります。原子炉を停止(核分裂連鎖反応を停止)した後も核分裂生成物(燃料のウラン原子核などの核分裂反応の結果残る、いわば灰)からの放射線の発生による熱の発生は減少しながらも継続し、これを残留熱あるいは余熱などと呼びます。停止後の残留熱も運転中と同様に炉心から除去する必要がありますが、これに失敗すると過熱によって炉心が損傷、崩壊することになります。これが2011年の福島第一原子力発電所事故(以下「福島事故」)のパターンでした。

 通常運転中の原子力発電所では、原子炉停止中も炉心や使用済燃料プールにある照射済燃料(使用経歴がある燃料)からの残留熱を除去し続ける必要があり、発電所が停止中であっても、安全管理は止まることがありません。この状況は火力発電所とは異なるものです。

 施設停止後にもエネルギーの発生が継続する効果を象徴しているのは、高レベル放射性廃棄物(主に核分裂生成物)で、何万年あるいはそれ以上の間直接管理しない状態にあっても後世の人類に悪影響を及ぼさないためには処分方法をどうするかが、原子力にまつわる最重要課題の一つです。

2. 日本のエネルギー事情と原子力

 2.1 国内自給率と供給安定性

図3. 主要国の一次エネルギー自給率比較(2017年・資源エネルギー庁ホームページ・日本のエネルギー2018)

 日本で使われているエネルギー源の大部分は、主に輸入されている石油、石炭、天然ガスで賄われており、各国との比較図に示すように、一次エネルギーの国内自給率はわずか9.6%(2017年、原子力を含む)でしかありません。原油の輸入元は中東産が中心で、地政学的リスクが高いことで有名なホルムズ海峡を通って輸送されています。火力発電の中心的な燃料であるLNG(液化天然ガス)は、オーストラリア、マレーシアなどのアジア・オセアニア、中東などに産地は分散しており、新たな北極海からのLNG(液化天然ガス)輸入のニュースもちょうど流れてきたところです。この多角化の事情を踏まえても中東、東南アジアからの輸送ルート上にある南シナ海を航行できなくなるような事態が万が一発生すると、迂回による輸送コストの上昇で国内のエネルギー価格が上昇し、国内工場の国際競争力が後退する方向となります。

 南方以外の方面を含めて、資源・エネルギー輸入の安定性を確保するのは政府の外交政策の最重要課題ではありますが、いずれの近隣国も国境線には断固たる態度で臨んでいることもあり、需要に合わせて海外から輸送する化石燃料によるエネルギー安全保障は国際情勢の影響を受けやすい状況です。

 原子力の場合はどうでしょうか。原子燃料の原料である天然ウランはやはり国内では十分な量を産出しておらず、世界各地で採掘、精錬されているものを使用していますが、産地はカナダ、オーストラリア、カザフスタンなど政情が比較的安定している国々が中心です。国内外で燃料集合体に加工された新燃料は原子炉に装荷されてから5サイクル(順調に稼働すればおよそ7年、沸騰水型軽水炉の例)ほど使用され、備蓄量が限定される化石燃料(原油で半年、最大の火力燃料源であるLNGで2週間)に比べてずっと長持ちしますので、供給が途絶えた時にだいぶ時間の余裕があります。また現在の軽水型原子炉(沸騰水型及び加圧水型)では原料である天然ウランの1%程度しか...

♦ 原子力発電事業の特徴

 “良く分からないけれど、なんとなくおぞましい”という印象が付きまとう原子力発電事業の特徴について、かいつまんでお話してみたいと思います。

1. 物理からみた原子力

 1.1 原子力エネルギー、力の根源

 広島、長崎での不幸な歴史から、原子力というのは凄まじいエネルギーだということを日本人は皆知っています。日常身近に感じているのは、燃える(酸化する)ことによって発生する化学的エネルギーです。この化学的エネルギーはクーロン力(電荷を帯びた粒子に作用する引力や斥力)に起因しており、1回の反応についての定量的な例を挙げると、水素原子で基底状態にある軌道電子を原子核から引き離す(イオン化する)ために必要なエネルギーは13.6eV(イレクトロン・ボルト;ジュールやカロリーと同じエネルギーの単位)です。一方、原子力の力の源泉は核子(原子核の構成要素である陽子や中性子)同士に働く核力で、最も固く結合している鉄(原子番号26の元素)近傍の原子核では、一つの核子を引きはがすために必要なエネルギーはおよそ8.8MeV(メガ・イレクトロン・ボルト)ほどで、さきの水素原子のイオン化エネルギーに比べると6桁(百万倍)大きいのです。この核力が原子力の大きな力の源泉になっています。

 1.2 見えない放射線

図1. 日常生活と放射線(日本原子力文化財団・原子力エネルギー図面集6-2-1)

 原子力の利用は放射線を伴い、種類としては電磁波、電子線、中性子線などがありますが、いずれも直接見ることはできず、人の五感のいずれでも捉えられません。放射線はその量によっては生体への有害な影響があり、歴史の経験と併せて、これが不安感を誘うことになります。図に示すように、自然界には宇宙から降り、また地中から発生する放射線が常に存在し、私たちは日常的にその中に浸かって生活しているというのが現実なのですが、測定装置が無いとそれらの量を感じることができませんので、例えわずかな量であっても放射線を受けることは避けたいという意識が生じるのは無理もないかもしれません。

 1.3 直ぐに止まない放射能

図2. 放射能の減り方(日本原子力文化財団・原子力エネルギー図面集6-1-7)

 放射能とは、ある放射性の核種(原子核の種類)が、ある確率で無作為に放射線を発生させ、自らは崩壊して別の核種に変わるという能力なので、放射線の量は存在している放射性核種の数に比例します。時間の経過に従って崩壊が進むと数が減りますので、発生する放射線の数は徐々に(指数関数に従って)減り、それが二分の一になるまでの時間を半減期と呼びます。半減期が十分に短い(秒単位あるいはそれ以下)核種では、(人の活動の時間スパンで)しばらくすると実質的になくなってしまいますが、ある程度以上の半減期(時間、日、年単位あるいはそれ以上)になると、いつまでも存在し続けるという効果になります。原子炉を停止(核分裂連鎖反応を停止)した後も核分裂生成物(燃料のウラン原子核などの核分裂反応の結果残る、いわば灰)からの放射線の発生による熱の発生は減少しながらも継続し、これを残留熱あるいは余熱などと呼びます。停止後の残留熱も運転中と同様に炉心から除去する必要がありますが、これに失敗すると過熱によって炉心が損傷、崩壊することになります。これが2011年の福島第一原子力発電所事故(以下「福島事故」)のパターンでした。

 通常運転中の原子力発電所では、原子炉停止中も炉心や使用済燃料プールにある照射済燃料(使用経歴がある燃料)からの残留熱を除去し続ける必要があり、発電所が停止中であっても、安全管理は止まることがありません。この状況は火力発電所とは異なるものです。

 施設停止後にもエネルギーの発生が継続する効果を象徴しているのは、高レベル放射性廃棄物(主に核分裂生成物)で、何万年あるいはそれ以上の間直接管理しない状態にあっても後世の人類に悪影響を及ぼさないためには処分方法をどうするかが、原子力にまつわる最重要課題の一つです。

2. 日本のエネルギー事情と原子力

 2.1 国内自給率と供給安定性

図3. 主要国の一次エネルギー自給率比較(2017年・資源エネルギー庁ホームページ・日本のエネルギー2018)

 日本で使われているエネルギー源の大部分は、主に輸入されている石油、石炭、天然ガスで賄われており、各国との比較図に示すように、一次エネルギーの国内自給率はわずか9.6%(2017年、原子力を含む)でしかありません。原油の輸入元は中東産が中心で、地政学的リスクが高いことで有名なホルムズ海峡を通って輸送されています。火力発電の中心的な燃料であるLNG(液化天然ガス)は、オーストラリア、マレーシアなどのアジア・オセアニア、中東などに産地は分散しており、新たな北極海からのLNG(液化天然ガス)輸入のニュースもちょうど流れてきたところです。この多角化の事情を踏まえても中東、東南アジアからの輸送ルート上にある南シナ海を航行できなくなるような事態が万が一発生すると、迂回による輸送コストの上昇で国内のエネルギー価格が上昇し、国内工場の国際競争力が後退する方向となります。

 南方以外の方面を含めて、資源・エネルギー輸入の安定性を確保するのは政府の外交政策の最重要課題ではありますが、いずれの近隣国も国境線には断固たる態度で臨んでいることもあり、需要に合わせて海外から輸送する化石燃料によるエネルギー安全保障は国際情勢の影響を受けやすい状況です。

 原子力の場合はどうでしょうか。原子燃料の原料である天然ウランはやはり国内では十分な量を産出しておらず、世界各地で採掘、精錬されているものを使用していますが、産地はカナダ、オーストラリア、カザフスタンなど政情が比較的安定している国々が中心です。国内外で燃料集合体に加工された新燃料は原子炉に装荷されてから5サイクル(順調に稼働すればおよそ7年、沸騰水型軽水炉の例)ほど使用され、備蓄量が限定される化石燃料(原油で半年、最大の火力燃料源であるLNGで2週間)に比べてずっと長持ちしますので、供給が途絶えた時にだいぶ時間の余裕があります。また現在の軽水型原子炉(沸騰水型及び加圧水型)では原料である天然ウランの1%程度しかエネルギーとして利用できませんが、国の方針として推進している核燃料サイクル(原子燃料リサイクルの仕組み)が完成すると、リサイクル時の損失を除いてウラン全量をエネルギーとして利用できるようになるという事情もあることから、この節の冒頭のデータに現れたように原子力は国内産のエネルギーとして政府統計で扱われています。

 2.2 再生可能エネルギーとエネルギーコスト

 水力、太陽光、風力といった再生可能エネルギーは、原子力同様に温暖化ガスの排出量が少なく、また国内で調達できますので是非とも拡大すべきエネルギー源です。特に福島事故以降の定額買上げ制度を含む推進政策の結果、電力供給に占める比率はおよそ8%(2017年実績、水力を除く)になりました。この間の目覚ましい技術の進歩によって、太陽光発電、風力発電のコストも順調に下がっています。自然エネルギーに特有の間欠性を補完するための蓄電池などの貯蔵手段との組み合わせが標準的な設備となれば、やがて主力電源になることが期待されています。省エネルギーの機運もあって、こうしたエネルギーは民生需要を満たせるようになるかもしれません。しかし再生可能エネルギー源がデータセンター、工場といった産業のエネルギー需要まで賄えるようになるのかはまだ分かりません。必要なエネルギーを国内産業に確実に、そして競争力を生める価格で供給できなければ、ものづくりの拠点が海外に流出する圧力となります。


 ※次回「原子力発電の技術と事業運営の特徴(その2)」に続きます

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この記事の著者

白柳 春信

 原子力発電事業を中心に、原子力と放射線をめぐる広範囲の懸案事項において、お考えをまとめるお手伝いをします。

 原子力発電事業を中心に、原子力と放射線をめぐる広範囲の懸案事項において、お考えをまとめるお手伝いをします。


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