ステージゲート法の課題と対応(ゲートキーパーはプロジェクトを中止する)

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1.ステージゲート法を展開する上での課題

 ステージゲート法は、ステージ(活動)とゲート(活動結果の評価の場と次の活動への関門)という大変シンプルな構造ですが、その運用は必ずしも簡単ではありません。様々な工夫や試行錯誤が必要となります。以下に典型的な課題とその対応策について述べます。

 

2.重大な課題1:技術者・研究者の抵抗

 ステージゲート法においては、技術者・研究者が事業マインドを持つことが絶対的な前提条件ですが、そうでないということは多いようです。またゲートでの評価に向けて資料作りにもかなりの時間が必要となり、それでなくても多くの仕事を抱え、忙しい人達です。

 このような技術者・研究者にとっては、それがステージゲート法であろうが、他の方法であろうが、自分達が経験したことの無いことをしなければならないこと、加えて仕事が増えることに対しては、当然強い抵抗を感じます。今までに、最終的にあまり効果の無かった、様々な取り組みが社内の管理部門や経営陣の主導で進めてこられたことは事実でしょうから無理もありません。

 この課題については、まずは腹を据えて取り組む強い姿勢を持つことが必要となります。ステージゲート法は「本質的」に正しいマネジメント手法ですので、安心して腹を据えてください。その上で、技術者・研究者の理解を得るために、ステージゲート法について単なるプロセスだけでなく、その思想・哲学から周知する機会を持つことが必要となります。その為に、説明会は必須です。対象は研究開発や技術開発のみならず、関連するマーケティング、販売、生産部門なども対象とします。なぜなら、彼らもステージゲートを推進する上で、正式なメンバーになる場合もあり、またそうでなくてもプロセス全体にわたり関与する立場になるからです。

 さらにステージゲート法の全体のプロセスにわたり、技術者・研究者や他のプロジェクトメンバーを支援する機能が求められます。そのために、プロセスマネジャーと呼ばれる、ステージゲートを推進・支援する黒子の機能を置くのが一般的です。プロセスマネジャーの役割としては、潜在顧客を含め内外の関係者を紹介・仲介したり、適切なアドバイス・資料の提供を行い、またオペレーションレベルから戦略レベルまで、様々なレベル・内容(精神的なバックアップも含め)が含まれます。またゲートでのミーティングの運営も重要な役割です。

 加えて、それ以前に、価値の高いプロジェクトに集中して資源投入を行うことで、プロジェクトの数を絞りこむこと(ゲートの重要なタスク)も重要です。そうすることで、技術者・研究者は数多くのプロジェクトに忙殺されず、数少ない魅力度・価値の高いプロジェクトに集中できるようになります。これはステージゲート法の重要な課題でもありますので、独立した課題として、後で議論します。

 必ず技術者・研究者の中には意識の高い人たちが存在しますので、このような活動を通じて、彼らがステージゲート法を学び、また会社がステージゲート導入に本気であることを理解する機会を提供すれば、間違いなくステージゲート法の賛同者になってもらえます。組織の中にそのような技術者・研究者の割合を増やすことで、効率的な組織全体での理解、定着を図ります。

 

3.重大な課題2:評価者間でのステージゲート法理解の不在

 評価者(ゲートキーパーと呼ばれます)は経営陣を含め、様々な組織機能を担当する部門の管理者・責任者で構成されます。経営陣を含め、これら評価者間でステージゲート法の理解を深めることは、ステージゲート法を成功させる大前提です。経営陣から不満が出るようであれば、ステージゲート法導入計画は崩壊する危険があります。これらゲートキーパーの中に、積極的な支援者が必要となります。もちろん全員が積極的な支援者となってもらうことが理想ですが、現実的に最初からは難しいでしょう。

 従って、技術者・研究者を対象とした説明会と同様に、評価者説明会を実施する必要があります。このような説明会では、合わせてステージゲート法の事業戦略や技術戦略との関係の説明も重要となります。評価者に戦略的な視点が無い場合には、そのような視点を持ってもらうことから始める必要があります。したがって、かなりの時間が掛かりますが、この点はステージゲート導入以前に重要な前提でもありますので、上でも述べましたが、腰を据えて長期的な取り組みとして推進する姿勢が大事です。

4.重大な課題3:アイデアの不在

 日本企業の場合、ステージゲート法で1つの前提となっている、多数のアイデアを対象とするということができず、この点が課題であると挙げる企業が多いのです。この点に関しては、まずアイデアが日々の活動の中から自然に湧き出るという前提を一度否定し、アイデア創出に「投資」するという姿勢が重要です。

 その為には、技術者・研究者の一定時間を市場とのコンタクトに費やすことが有効でしょう。まずは社内の事業部門との関係を密にし、既存の顧客の現場に足を運ぶなど、実際の現場での課題発見を継続的に行います。また、既存顧客だけでなく、内外の潜在顧客とも接点を持ち、実際に面会し議論し、更には実際に顧客の現場を観察する機会を持つことが有効です。

 これは、アイデアの創出段階だけではなく、ステージゲート全体のプロセスにおいて極めて重要な活動です。絶えず製品アイデア、製品コンセプト、試作品等を顧客に見せ、検証、進化をさせることが、ステージゲート法の重要なポイントです。アイデアの不在を問題視している企業は、この点もできていない可能性が高く、徹底して強化する必要があります。

 この点に関し、私は「打てば響く」を薦めています。これは、顧客が何も無い状態で、「何か困っていませんか?」と聞いても何も返ってこない場合が多いと思います。その場合、とにかく「何か」(つまり仮説)を顧客に提案(鐘を「打つ」)すると、何らかの反応(鐘が「響く」)をしてくれるというものです。それをプロセス全体にわたり、「連打」します。

 研究所の研究者は、従来の研究開発の活動と質的にかけ離れた上の活動に取り組むことに最初は躊躇するでしょうが、このような活動を研究開発活動の重要な一部と位置づけ、定着するまでは強制することを含め、行動を始めることを重視し、成果は長期で考える心構えが必要です。また、近年注目を集めているオープンイノベーションも、この延長と考えることができます。

 ただしこの点で1つ重要なのは、仮に多数のアイデアを対象しなくてもステージゲート法を採用する価値は大きいので、アイデアがないという理由でこの有効な手法の導入をやめるという判断をしないことです。

 

5.重大な課題4:プロジェクトを中止しない

 ゲートでの最大の目的は、そのプロジェクトを次のステージに進めるかどうか、すなわちGoかKillかを決めることです。しかし、これは「言うが易し行うは難し」で、多くの企業がこの点ができず、低価値のプロジェクトを延々と続け、それに技術者が忙殺されるという状況に陥っています。

 この点に対する対処の方法は、ゲートでの評価項目を明確に定め、評価に基づき厳格に運用する...

1.ステージゲート法を展開する上での課題

 ステージゲート法は、ステージ(活動)とゲート(活動結果の評価の場と次の活動への関門)という大変シンプルな構造ですが、その運用は必ずしも簡単ではありません。様々な工夫や試行錯誤が必要となります。以下に典型的な課題とその対応策について述べます。

 

2.重大な課題1:技術者・研究者の抵抗

 ステージゲート法においては、技術者・研究者が事業マインドを持つことが絶対的な前提条件ですが、そうでないということは多いようです。またゲートでの評価に向けて資料作りにもかなりの時間が必要となり、それでなくても多くの仕事を抱え、忙しい人達です。

 このような技術者・研究者にとっては、それがステージゲート法であろうが、他の方法であろうが、自分達が経験したことの無いことをしなければならないこと、加えて仕事が増えることに対しては、当然強い抵抗を感じます。今までに、最終的にあまり効果の無かった、様々な取り組みが社内の管理部門や経営陣の主導で進めてこられたことは事実でしょうから無理もありません。

 この課題については、まずは腹を据えて取り組む強い姿勢を持つことが必要となります。ステージゲート法は「本質的」に正しいマネジメント手法ですので、安心して腹を据えてください。その上で、技術者・研究者の理解を得るために、ステージゲート法について単なるプロセスだけでなく、その思想・哲学から周知する機会を持つことが必要となります。その為に、説明会は必須です。対象は研究開発や技術開発のみならず、関連するマーケティング、販売、生産部門なども対象とします。なぜなら、彼らもステージゲートを推進する上で、正式なメンバーになる場合もあり、またそうでなくてもプロセス全体にわたり関与する立場になるからです。

 さらにステージゲート法の全体のプロセスにわたり、技術者・研究者や他のプロジェクトメンバーを支援する機能が求められます。そのために、プロセスマネジャーと呼ばれる、ステージゲートを推進・支援する黒子の機能を置くのが一般的です。プロセスマネジャーの役割としては、潜在顧客を含め内外の関係者を紹介・仲介したり、適切なアドバイス・資料の提供を行い、またオペレーションレベルから戦略レベルまで、様々なレベル・内容(精神的なバックアップも含め)が含まれます。またゲートでのミーティングの運営も重要な役割です。

 加えて、それ以前に、価値の高いプロジェクトに集中して資源投入を行うことで、プロジェクトの数を絞りこむこと(ゲートの重要なタスク)も重要です。そうすることで、技術者・研究者は数多くのプロジェクトに忙殺されず、数少ない魅力度・価値の高いプロジェクトに集中できるようになります。これはステージゲート法の重要な課題でもありますので、独立した課題として、後で議論します。

 必ず技術者・研究者の中には意識の高い人たちが存在しますので、このような活動を通じて、彼らがステージゲート法を学び、また会社がステージゲート導入に本気であることを理解する機会を提供すれば、間違いなくステージゲート法の賛同者になってもらえます。組織の中にそのような技術者・研究者の割合を増やすことで、効率的な組織全体での理解、定着を図ります。

 

3.重大な課題2:評価者間でのステージゲート法理解の不在

 評価者(ゲートキーパーと呼ばれます)は経営陣を含め、様々な組織機能を担当する部門の管理者・責任者で構成されます。経営陣を含め、これら評価者間でステージゲート法の理解を深めることは、ステージゲート法を成功させる大前提です。経営陣から不満が出るようであれば、ステージゲート法導入計画は崩壊する危険があります。これらゲートキーパーの中に、積極的な支援者が必要となります。もちろん全員が積極的な支援者となってもらうことが理想ですが、現実的に最初からは難しいでしょう。

 従って、技術者・研究者を対象とした説明会と同様に、評価者説明会を実施する必要があります。このような説明会では、合わせてステージゲート法の事業戦略や技術戦略との関係の説明も重要となります。評価者に戦略的な視点が無い場合には、そのような視点を持ってもらうことから始める必要があります。したがって、かなりの時間が掛かりますが、この点はステージゲート導入以前に重要な前提でもありますので、上でも述べましたが、腰を据えて長期的な取り組みとして推進する姿勢が大事です。

4.重大な課題3:アイデアの不在

 日本企業の場合、ステージゲート法で1つの前提となっている、多数のアイデアを対象とするということができず、この点が課題であると挙げる企業が多いのです。この点に関しては、まずアイデアが日々の活動の中から自然に湧き出るという前提を一度否定し、アイデア創出に「投資」するという姿勢が重要です。

 その為には、技術者・研究者の一定時間を市場とのコンタクトに費やすことが有効でしょう。まずは社内の事業部門との関係を密にし、既存の顧客の現場に足を運ぶなど、実際の現場での課題発見を継続的に行います。また、既存顧客だけでなく、内外の潜在顧客とも接点を持ち、実際に面会し議論し、更には実際に顧客の現場を観察する機会を持つことが有効です。

 これは、アイデアの創出段階だけではなく、ステージゲート全体のプロセスにおいて極めて重要な活動です。絶えず製品アイデア、製品コンセプト、試作品等を顧客に見せ、検証、進化をさせることが、ステージゲート法の重要なポイントです。アイデアの不在を問題視している企業は、この点もできていない可能性が高く、徹底して強化する必要があります。

 この点に関し、私は「打てば響く」を薦めています。これは、顧客が何も無い状態で、「何か困っていませんか?」と聞いても何も返ってこない場合が多いと思います。その場合、とにかく「何か」(つまり仮説)を顧客に提案(鐘を「打つ」)すると、何らかの反応(鐘が「響く」)をしてくれるというものです。それをプロセス全体にわたり、「連打」します。

 研究所の研究者は、従来の研究開発の活動と質的にかけ離れた上の活動に取り組むことに最初は躊躇するでしょうが、このような活動を研究開発活動の重要な一部と位置づけ、定着するまでは強制することを含め、行動を始めることを重視し、成果は長期で考える心構えが必要です。また、近年注目を集めているオープンイノベーションも、この延長と考えることができます。

 ただしこの点で1つ重要なのは、仮に多数のアイデアを対象しなくてもステージゲート法を採用する価値は大きいので、アイデアがないという理由でこの有効な手法の導入をやめるという判断をしないことです。

 

5.重大な課題4:プロジェクトを中止しない

 ゲートでの最大の目的は、そのプロジェクトを次のステージに進めるかどうか、すなわちGoかKillかを決めることです。しかし、これは「言うが易し行うは難し」で、多くの企業がこの点ができず、低価値のプロジェクトを延々と続け、それに技術者が忙殺されるという状況に陥っています。

 この点に対する対処の方法は、ゲートでの評価項目を明確に定め、評価に基づき厳格に運用すること、また市場の声を広く収集する活動を行うこと、またプロセスの初期から「事業」の成功という視点を共有し、上市後の展開方法も考え、プロセスの後半ではきちんとした財務分析を行うことです。事業の魅力度が絶対的かつ相対的に低いプロジェクトは、当然中止にしなければなりません。

 加えて、プロジェクトが途中で中止することを、当然の事として受け入れる風土を作ることです。ステージゲート法は、不確実性を積極的な前提としているため、当然プロセスを進めるに従い実態が見えてくるわけで、結果は例えば想定したような規模の市場が無かったということは「当然」ありえます。また、より価値の高いプロジェクトに集中して経営資源を投入するためにも、「相対的に」価値の低いプロジェクトは、中止しなければなりません。

 「当然」起こることに対し、失敗やだめというレッテル貼ることは明らかに不適当です。この点誤ったマネジメントを行っている企業が、非常に多いのが実態です。むしろアイデアを多数出すために結果として中止になってしまうようなプロジェクトを進めることを、許容するどころか奨励するという姿勢が求められます。不確実性が高い状況下では、最初には石か玉かの判断をつけるのは困難ですから、ステージゲートの最初の段階では、質よりも量が必要なのです。

 更に、プロジェクトを中止することは、最初は誰でもいやなものですが、誰かが、つまりゲートキーパーが中止をする役目を負わなければならないという企業経営において本質的なことを認識することが必要です。ゲートキーパーはプロジェクトの中止をしなければなりません!

以上の課題および対応策については、機会を改めてより詳細に議論をしていきます。

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この記事の著者

浪江 一公

プロフェッショナリズムと豊富な経験をベースに、革新的な製品やサービスを創出するプロセスの構築のお手伝いをいたします。

プロフェッショナリズムと豊富な経験をベースに、革新的な製品やサービスを創出するプロセスの構築のお手伝いをいたします。


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