「技術・技能伝承」とは
技術・技能継承は、それまでに培ってきた技術を次の世代や社内の関係者に伝達し、時間的・組織的に引き継いで活用することです。 少子化・高齢化が社会的な課題となり、技術・技能伝承を進める場合は、全社レベルで技術や技能を引き上げるか、或いは固有ノウハウの継承かをまず明確にする必要があります。
全社レベルでの底上げを目指すのか、あるいは特定の熟練技術者が持つ固有ノウハウを次世代の担い手へ継承させるのか。この方向性の決定が、伝承プロジェクトの第一歩となります。前者の場合は、業務の標準化や基礎的なマニュアルの整備が中心となり、多数の従業員のスキルを一定水準まで引き上げることが目的です。一方、後者の場合は「匠の技」とも呼ばれる高度な専門技術を対象とし、選抜された人材に対して時間をかけて一対一で伝えていくような、より密度の濃いアプローチが求められます。
目的が明確になった後、直面する最大の壁が「暗黙知の形式知化」です。技術や技能には、数値や言語で容易に表現できる「形式知」と、長年の経験、勘、コツなど、個人の身体や感覚に染み付いていて言語化が難しい「暗黙知」が存在します。従来の日本の現場では、この暗黙知を「見て盗む」「背中を見て学ぶ」といった形で伝承してきましたが、人材不足で時間的猶予がない現代において、この方法は非効率的と言わざるを得ません。熟練技術者自身も無意識に行っている動作や独自の判断基準を、ヒアリングや観察を通して丁寧に洗い出し、誰もが理解できる客観的なデータや手順書へと変換していく根気強い作業が不可欠となります。
具体的な伝承のプロセスは、まず社内に存在する技術・技能の「棚卸し」から始まります。どの部門にどのような技術があり、それを誰が属人化して保有しているのかを可視化するのです。その上で、企業の将来戦略において核となる重要な技術や、熟練者の定年退職が迫っており消失の危機にある技術を特定し、優先順位をつけていきます。優先度が高いものから順に形式知化を進め、それを基にした育成計画を策定し、OJT(職場内訓練)等を通じて後継者に伝達します。さらに、伝達して終わりではなく、後継者が実際にその技能を習得し実践できているかを定期的に評価し、必要に応じて指導方法を改善していくPDCAサイクルを回すことが重要です。
近年、この暗黙知の抽出と伝承プロセスを劇的に効率化する手段として、デジタル技術の活用が急速に進んでいます。例えば、熟練技術者の作業風景を複数の角度から高画質な動画として記録し、文字では伝わりにくい微妙な手先の動きやタイミングを視覚的なマニュアルとして残す取り組みは一般的になりました。さらに高度な事例としては、モーションキャプチャ技術やAI(人工知能)を用いた動作解析が挙げられます。熟練者と初心者の動きのデータを比較することで、「重心の掛け方」や「視線の動かし方」といった言葉にしづらい違いを数値化し、的確なフィードバックを与えることが可能になっています。また、VR(仮想現実)技術を用いれば、危険を伴う作業や失敗が許されない高価な材料を使った作業であっても、安全な仮想空間内で後継者が何度でも反復練習を行うことができます。スマートグラスを活用した遠隔支援システムにより、離れた場所にいる熟練者が現場の若手にリアルタイムで指示を出す仕組みも、現代的なOJTの形として定着しつつあります。
しかし、どれほど優れたデジタルツールを導入し、精緻なマニュアルを作成したとしても、最終的に技術・技能を伝え、受け取るのは「人」です。そのため、技術・技能伝承を真に成功させるには、それを根底から支える組織風土の醸成と制度設計が欠かせません。教える側であるベテラン社員にとって、自身の通常業務を抱えながら後進の指導にあたることは大きな負担となります。指導に割いた時間や、後継者を育成したという実績を適正に評価し、処遇に反映する人事評価制度の構築が必要です。同時に、教わる側の若手社員に対しても、その技術を習得することが自身のキャリアにおいてどのような意味を持つのかを明確に示し、モチベーションを高く保ち続けられるよう精神的なサポートを提供することが求められます。
技術・技能伝承とは、単に過去の遺産をそのままの形で保存することではありません。先人たちが血の滲むような努力と経験の末に築き上げてきた技術という強固な土台を、次世代へと手渡すことです。受け取った次世代は、その土台の上に現代の新しい発想や最新のテクノロジーを掛け合わせ、さらなる改善と革新を加えていくことでしょう。少子高齢化という避けられない波の中で、企業が競争力を維持し持続的な成長を遂げていくためには、この「過去から未来へのバトンタッチ」を全社一丸となって、戦略的かつ絶え間なく実行し続けることが何よりも重要なのです。
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野中 帝二
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