戦略調達部門の理想像~経営と調達をつなぐ~

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   戦略調達部門の理想像~経営と調達をつなぐ~  
【目次】

    企業のコスト構造の6〜8割を握る調達購買部門は、本来、経営戦略の要となるべき機能です。しかし、日系企業の多くでは未だに「コストセンター」としての役割に留まり、経営との連携が弱いという構造的な課題を抱えています。欧米企業で調達が「企業の利益を守り、持続的な競争力を生み出す経営レバー」と捉えられる一方で、日本では調達が仕様決定の後工程となり、戦略ではなく事務として扱われがちです。今回は、この調達部門を「経営とつながる戦略部門」として再構築するための具体的な道筋を描きます。鍵となるのは、調達データを「経営判断の材料」に変える情報の柱、サプライヤーをパートナーとする関係性の柱、そして属人化を防ぐ仕組みの柱、そして現場の言葉を経営の言葉に翻訳する「翻訳者」としての調達人材の育成です。調達を単なるコスト削減の場ではなく「価値創出センター」へと転換させることが、企業成長と競争力向上に不可欠であると論じます。中堅・中小企業を含めた全ての日本企業が、この変革を通じて、経営と調達の距離をゼロにする文化を築くための実践的なアプローチを提案します。

     

    1. 経営に直結する「戦略調達」という考え方

    企業の成長を支える基盤として、調達購買部門の重要性が改めて見直されつつあります。しかし、日系企業の多くでは依然として調達が「コスト管理部門」として位置づけられ、経営戦略との結びつきが弱いのが現実です。

     

    一方で、欧米企業では「プロキュアメント(Procurement)」という言葉が、単なる購買業務ではなく、経営戦略の一角を担う機能として使われています。彼らにとって調達とは「企業の利益を守り、持続的な競争力を生み出す経営レバー」なのです。その違いは、単なる業務範囲の差ではなく「調達をどの視座で捉えているか」という思想の差にあります。

     

    2. 日系企業が抱える構造的課題

    私がこれまで日系・外資双方で調達業務に携わってきて感じるのは、日系企業では「調達が経営に語れない構造」が根強く残っているということです。多くの組織で調達部門は、設計や製造の後工程として位置づけられています。仕様が決まってから呼ばれ、見積を取り、価格交渉を行う。つまり、決定権を持たず、最終的な数字を調整する立場に留まっているのです。

     

    また、調達担当者がどれだけ優れた改善をしても、利益計画や経営KPIにその成果が明確に反映されない。これでは、調達が「戦略」ではなく、単なる「事務」になってしまいます。企業のコスト構造の6〜8割を握る部門が経営戦略に関与できない、この構造こそが、日系企業が長年抱える競争力低下の一因だと私は考えています。

     

    3. 戦略調達の3つの柱

    調達を「経営とつながる戦略部門」として再構築...

       戦略調達部門の理想像~経営と調達をつなぐ~  
    【目次】

      企業のコスト構造の6〜8割を握る調達購買部門は、本来、経営戦略の要となるべき機能です。しかし、日系企業の多くでは未だに「コストセンター」としての役割に留まり、経営との連携が弱いという構造的な課題を抱えています。欧米企業で調達が「企業の利益を守り、持続的な競争力を生み出す経営レバー」と捉えられる一方で、日本では調達が仕様決定の後工程となり、戦略ではなく事務として扱われがちです。今回は、この調達部門を「経営とつながる戦略部門」として再構築するための具体的な道筋を描きます。鍵となるのは、調達データを「経営判断の材料」に変える情報の柱、サプライヤーをパートナーとする関係性の柱、そして属人化を防ぐ仕組みの柱、そして現場の言葉を経営の言葉に翻訳する「翻訳者」としての調達人材の育成です。調達を単なるコスト削減の場ではなく「価値創出センター」へと転換させることが、企業成長と競争力向上に不可欠であると論じます。中堅・中小企業を含めた全ての日本企業が、この変革を通じて、経営と調達の距離をゼロにする文化を築くための実践的なアプローチを提案します。

       

      1. 経営に直結する「戦略調達」という考え方

      企業の成長を支える基盤として、調達購買部門の重要性が改めて見直されつつあります。しかし、日系企業の多くでは依然として調達が「コスト管理部門」として位置づけられ、経営戦略との結びつきが弱いのが現実です。

       

      一方で、欧米企業では「プロキュアメント(Procurement)」という言葉が、単なる購買業務ではなく、経営戦略の一角を担う機能として使われています。彼らにとって調達とは「企業の利益を守り、持続的な競争力を生み出す経営レバー」なのです。その違いは、単なる業務範囲の差ではなく「調達をどの視座で捉えているか」という思想の差にあります。

       

      2. 日系企業が抱える構造的課題

      私がこれまで日系・外資双方で調達業務に携わってきて感じるのは、日系企業では「調達が経営に語れない構造」が根強く残っているということです。多くの組織で調達部門は、設計や製造の後工程として位置づけられています。仕様が決まってから呼ばれ、見積を取り、価格交渉を行う。つまり、決定権を持たず、最終的な数字を調整する立場に留まっているのです。

       

      また、調達担当者がどれだけ優れた改善をしても、利益計画や経営KPIにその成果が明確に反映されない。これでは、調達が「戦略」ではなく、単なる「事務」になってしまいます。企業のコスト構造の6〜8割を握る部門が経営戦略に関与できない、この構造こそが、日系企業が長年抱える競争力低下の一因だと私は考えています。

       

      3. 戦略調達の3つの柱

      調達を「経営とつながる戦略部門」として再構築するには何が必要なのでしょうか。その鍵は、情報・関係・仕組みの3つの柱にあります。

       

      (1)情報 ~データに基づく意思決定~

      価格、納期、在庫、品質、為替、物流コスト、調達は多様なデータの集積点です。これらを分析・可視化し、経営にとって有益な指標に変換することが求められます。たとえば、サプライヤーごとの価格推移や購買集中度をグラフ化するだけでも 「どの取引先に依存しすぎているか」「どの領域に改善余地があるか」が瞬時に把握できる。 調達データを“管理”ではなく“経営判断の材料”に変えることが、戦略調達の第一歩です。

       

      (2)関係 ~サプライヤーをパートナーとして扱う~

      調達業務を「値下げ交渉の場」としてのみ捉える時代は終わりました。今求められるのは、サプライヤーと共に価値を創る関係性です。設計段階から仕入先を巻き込み、コスト構造や技術課題を共有しながら、双方に利益が生まれる仕組みをつくる。そうした協働的な姿勢が、サプライチェーン全体の競争力を高めます。

       

      (3)仕組み ~属人化しない業務プロセス~

      どんなに優秀な担当者がいても、その知識が属人的であれば組織の力にはなりません。標準化された購買ルールと明確な承認プロセス、そして透明性のあるデータ共有体制。これらが整ってこそ、調達は“個人の仕事”から“組織の機能”に変わります。

       

      4. 経営と調達をつなぐ「翻訳者」の存在

      私が外資企業で強く感じたのは「調達が経営と対等に議論できる文化」があるということです。購買部門は単にコストを報告するだけでなく、経営判断に必要なデータを提示し、投資やリスクの選択肢を提案します。

       

      そこでは、調達担当者が現場の言葉を経営の言葉に翻訳する役割を果たしています。たとえば、サプライヤーの価格上昇要因を単なる「値上げ要請」としてではなく 「原材料市況+為替変動+物流コストの組み合わせ」として説明する。それによって、経営層は意思決定を“感覚”ではなく“根拠”で行えるようになる。調達が経営のパートナーとして機能するためには、この“翻訳力”が欠かせません。

       

      5. 私が見た「変革が成功した組織」

      私が過去に携わったプロジェクトの中でも、特に印象的だったのは、外資企業の日本法人として60年以上続いた購買の慣習を刷新し、グローバル基準に基づく調達プロセスを導入した改革プロジェクトです。

       

      当時、各部門が独自の手法で購買を行っており、全社的な統制が効いていませんでした。私は調達購買スペシャリストとして参画し、まず社内10チームへのヒアリングを実施。現場の声を丁寧に拾いながら、グローバル本社のコンプライアンス要件を同時に満たすよう、 “現場実態とグローバル要請の両立”を軸にプロセスを再設計しました。結果として、購買統制が強化されただけでなく、承認プロセスが明確化し、さらに発注情報の一元化により、部門間のトラブルも激減しました。

       

      この経験から確信したのは「調達の改革は、制度ではなく“対話”から始まる」ということです。現場が納得できる仕組みを作るには、数字や規則だけではなく「なぜそれが必要なのか」を丁寧に説明し、理解を得ながら進めることが不可欠です。

       

      6. 戦略調達部門がもたらす3つの経営効果

      戦略的に機能する調達部門は、単なるコスト削減を超えて、企業にもたらす効果が明確です。

       

      (1)利益構造の改善

      調達コストを年間5%削減できれば、営業利益率が1〜2ポイント上がる企業も珍しくありません。原価率が高い製造業において、調達の改善は最もダイレクトに利益へ影響します。

       

      (2)キャッシュフローの健全化

      支払条件の見直しや在庫削減を通じて、資金繰りが安定します。調達KPIを「削減額」だけでなく「資金効率」「在庫回転率」などに広げることで、財務体質の改善にもつながります。

       

      (3)企業価値・ブランド力の向上

      サステナビリティやコンプライアンスに配慮したサプライヤー選定は、企業の信頼性を高め、取引先や投資家からの評価にも直結します。調達は“裏方”でありながら、企業ブランドの礎を支える存在でもあるのです。

       

      7. 中堅・中小企業にこそ「戦略調達」が必要

      「うちは規模が小さいから」「専任を置く余裕がないから」といって、調達を軽視することは大きな機会損失です。むしろ、限られたリソースで戦う中小企業こそ、調達を仕組み化し、効率と透明性を高めることで組織の力を最大化できます。外部パートナーを活用してまずは仮想的な調達部門を立ち上げ、成果を見ながら段階的に社内へ展開する。これは、今後の日本企業が取りうる最も現実的なアプローチだと考えます。

       

      8. 「調達購買」は経営の未来をデザインする仕事

      調達購買というと、まだ「モノを買う」仕事というイメージを持たれがちです。しかし、本質的には「企業の未来を設計する仕事」です。どのサプライヤーと組み、どんなコスト構造を築き、どんなリスクに備えるか。その一つひとつの選択が、企業の競争力と持続性を左右します。だからこそ、これからの調達人材には「価格交渉のプロ」ではなく「経営を語れるプロフェッショナル」であることが求められます。調達購買を“コストセンター”から“価値創出センター”へ。その転換をリードすることが、今後の企業成長の鍵になるはずです。

       

      9. 経営と調達の距離をゼロに

      調達は経営の分身であり、現場の延長でもある。経営目線と現場感覚、その両方を持つ調達購買部門こそが、企業の「中枢神経」としての役割を果たすことができます。変化の激しい時代において、経営と調達の距離をゼロにすること、それが次世代の競争力を生む。その先頭に立つのは、内部の担当者でも外部の専門家でも構いません。重要なのは、企業全体で「調達を経営戦略として捉える」文化を築くこと。その文化づくりこそ、私がこの活動を通じて最も伝えたいメッセージです。

       

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      この記事の著者

      栗田 彩人

      製造業の購買・調達・業務プロセス改革を「現場視点」で支援し、成果が定着する仕組みづくりを実践指導します。

      製造業の購買・調達・業務プロセス改革を「現場視点」で支援し、成果が定着する仕組みづくりを実践指導します。


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