技術企業の高収益化: 好業績こそ、危機感のある意思決定を

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技術マネジメント

 

◆ 技術戦略を「いつやるか」が経営者の危機感の現れだ

 「次の成長につながる基盤を作りたいのです」。私が技術戦略策定コンサルティングの依頼を受けるケースで、企業経営者のほとんどが、このような内容の要望を出します。ご相談を受けていて共通して感じるのは、経営者の危機感です。

 もちろん企業によって背景は異なりますが、中国や台湾などの企業の攻勢にさらされているケースもあれば、顧客・市場が海外に行ってしまい業績が右肩下がりだというものもあります。そのような背景の場合「技術戦略によって業績を回復させたい」というのが相談の趣旨です。

 一方今日お伝えしたいのは、そういうV字回復的なものではありません。業績が悪い会社の話ではなくむしろ逆です。業績の良い会社の話です。業績が悪い会社の経営者に危機感があるのは当然ですが、業績の良い会社の経営者でも危機感があるという話をお伝えしたいと思います。

 業績の良い会社とは、高収益企業です。一般的に「高収益」とされるのは、営業利益率で10~15%あるいはそれ以上の会社です。技術戦略の策定コンサルティングは、そうした高収益企業からの依頼も多いのです。なぜ高収益企業が?と思われるかも知れませんが、これからご紹介する事例を読んでいただければ「なるほどな」と感じていただけると思います。

 

 「10年後の当社の成長の種を明確にしたいのです」と言う経営者、A社長の事例をご紹介しましょう。

 A社長は、メーカーA社の2代目経営者です。依頼の際に調査させていただいたのですが、A社の足元の業績は盤石でした。「超」とは言えないまでも、立派な高収益企業と言っていい状態でした。

1、業績は偶然か必然か

 海外メーカーの競合がありそうな業種でありながら、業績が安定して高収益というのは珍しいのですが、その業績の源泉はA社長の手腕なのだろうと思っていました。

 しかしA社長によれば現在の好業績は「偶然の産物」だったのです。どういうことかといえば、顧客からの受注が得られている理由は「たまたま競合にない装置を持っていたから」と言われていました。

 「たまたま」というのは謙遜し過ぎかとは私は思いましたが、とはいえ、強く意図したものではなかったというところでしょう。どんな経営者でも必然的に好業績にしたいものですから、必然がなく偶然であるというのは経営者としては怖い状態でしょう。

 

 ご依頼時にA社長と話をしていて印象的なことが2つありました。

 一つ目は、A社長の「幕府は滅んだ」という言葉でした。先行きの業績を見通したものでしたが、社長の目が真剣そのものだったことが印象に残っています。

 A社長は、江戸時代末期~明治維新のことを引きながら、トップが外部環境の変化を察知して変化させなければ滅んでしまう。幕府が外部環境に適応出来ないまま運営を続ける体質になってしまったことが江戸幕府の崩壊を招いたという事例を引きました。

 この話を聞いてパッと理解する人と、しない人にハッキリ分かれそうな話ですが、要するにA社長が示したかったのは「外部環境に適応できるように組織を変化させるのがトップの仕事であり、A社を適応できずになくなるような会社にしたくない」というハッキリした態度でした。

 A社長はオーナー経営者ですが、一般的にオーナー経営者だから必ず危機感が強い訳ではありません。様々なクライアントに接する中で、経営者がオーナーであるとか、雇われであるとかの立場には関係がないものだと感じています。

 技術戦略策定を依頼するようなトップには、オーナーであろうとなかろうと、サラリーマン的気質の経営者にありがちな「自分の任期だけは何事もなく過ごす」というような感覚はありません。

 

2、自分が何者であるかを知っているか

 2つ目。「A社長は経営者だな」と感じたことの最たるものですが「それが一番理想的な姿になる」と言われたことが印象に残っています。

 技術戦略を策定して他社がどの様になっているかということに関して説明した時のことです。技術戦略は経営者の完全なトップダウンではなく、社員によって情報を編集・解釈させて立案させていき、経営者が決定するスタイル、ミドルアップ+トップダウン的なものであることを説明したところ、こう言われたのです。

 A社長は、進め方に関する細かなところを確認するのではなく、技術戦略策定のステップを大まかに把握したあとは私に委ねました。そして毎回の会合には必ず出て要所を締めるというスタンスを徹底しました(要所を締めるとは、社員が既存業務のために技術戦略の策定をないがしろにしてしまう傾向が出た時に、一喝するなどです)。

 このようなスタンスは、自らが経営者であって実務家ではないというスタンス・立ち位置から来るものです。経営者でない読者のために補足すると、実務家は実務を遂行する専門家や社員を指します。一方、A社長のような高収益経営者は、実務家を採用してくることで物事を組み立てようとします。実務には立ち入りません。

 技術戦略策定を初めとして「自分が何者であるか」という認識は高収益技術経営を実現する上で極めて重要です。コンサルタントとして多くの経営者と接しますが「経営者」という肩書の方でも、実務家の延長線で仕事をしていることが多く、上記のような意味での経営者になりきれていないという感想を持っています。

 

3、責任は自覚するもの、負わされるものではない

 しかし、A社長はそうではありませんでした。自分は経営者である、つまり、資源調達者であるという明確な認識のもと、実務家(コンサルの私)を調達したのです。

 「あくまでも自分は社長であって、判断を下すのみ。判断に至る...

技術マネジメント

 

◆ 技術戦略を「いつやるか」が経営者の危機感の現れだ

 「次の成長につながる基盤を作りたいのです」。私が技術戦略策定コンサルティングの依頼を受けるケースで、企業経営者のほとんどが、このような内容の要望を出します。ご相談を受けていて共通して感じるのは、経営者の危機感です。

 もちろん企業によって背景は異なりますが、中国や台湾などの企業の攻勢にさらされているケースもあれば、顧客・市場が海外に行ってしまい業績が右肩下がりだというものもあります。そのような背景の場合「技術戦略によって業績を回復させたい」というのが相談の趣旨です。

 一方今日お伝えしたいのは、そういうV字回復的なものではありません。業績が悪い会社の話ではなくむしろ逆です。業績の良い会社の話です。業績が悪い会社の経営者に危機感があるのは当然ですが、業績の良い会社の経営者でも危機感があるという話をお伝えしたいと思います。

 業績の良い会社とは、高収益企業です。一般的に「高収益」とされるのは、営業利益率で10~15%あるいはそれ以上の会社です。技術戦略の策定コンサルティングは、そうした高収益企業からの依頼も多いのです。なぜ高収益企業が?と思われるかも知れませんが、これからご紹介する事例を読んでいただければ「なるほどな」と感じていただけると思います。

 

 「10年後の当社の成長の種を明確にしたいのです」と言う経営者、A社長の事例をご紹介しましょう。

 A社長は、メーカーA社の2代目経営者です。依頼の際に調査させていただいたのですが、A社の足元の業績は盤石でした。「超」とは言えないまでも、立派な高収益企業と言っていい状態でした。

1、業績は偶然か必然か

 海外メーカーの競合がありそうな業種でありながら、業績が安定して高収益というのは珍しいのですが、その業績の源泉はA社長の手腕なのだろうと思っていました。

 しかしA社長によれば現在の好業績は「偶然の産物」だったのです。どういうことかといえば、顧客からの受注が得られている理由は「たまたま競合にない装置を持っていたから」と言われていました。

 「たまたま」というのは謙遜し過ぎかとは私は思いましたが、とはいえ、強く意図したものではなかったというところでしょう。どんな経営者でも必然的に好業績にしたいものですから、必然がなく偶然であるというのは経営者としては怖い状態でしょう。

 

 ご依頼時にA社長と話をしていて印象的なことが2つありました。

 一つ目は、A社長の「幕府は滅んだ」という言葉でした。先行きの業績を見通したものでしたが、社長の目が真剣そのものだったことが印象に残っています。

 A社長は、江戸時代末期~明治維新のことを引きながら、トップが外部環境の変化を察知して変化させなければ滅んでしまう。幕府が外部環境に適応出来ないまま運営を続ける体質になってしまったことが江戸幕府の崩壊を招いたという事例を引きました。

 この話を聞いてパッと理解する人と、しない人にハッキリ分かれそうな話ですが、要するにA社長が示したかったのは「外部環境に適応できるように組織を変化させるのがトップの仕事であり、A社を適応できずになくなるような会社にしたくない」というハッキリした態度でした。

 A社長はオーナー経営者ですが、一般的にオーナー経営者だから必ず危機感が強い訳ではありません。様々なクライアントに接する中で、経営者がオーナーであるとか、雇われであるとかの立場には関係がないものだと感じています。

 技術戦略策定を依頼するようなトップには、オーナーであろうとなかろうと、サラリーマン的気質の経営者にありがちな「自分の任期だけは何事もなく過ごす」というような感覚はありません。

 

2、自分が何者であるかを知っているか

 2つ目。「A社長は経営者だな」と感じたことの最たるものですが「それが一番理想的な姿になる」と言われたことが印象に残っています。

 技術戦略を策定して他社がどの様になっているかということに関して説明した時のことです。技術戦略は経営者の完全なトップダウンではなく、社員によって情報を編集・解釈させて立案させていき、経営者が決定するスタイル、ミドルアップ+トップダウン的なものであることを説明したところ、こう言われたのです。

 A社長は、進め方に関する細かなところを確認するのではなく、技術戦略策定のステップを大まかに把握したあとは私に委ねました。そして毎回の会合には必ず出て要所を締めるというスタンスを徹底しました(要所を締めるとは、社員が既存業務のために技術戦略の策定をないがしろにしてしまう傾向が出た時に、一喝するなどです)。

 このようなスタンスは、自らが経営者であって実務家ではないというスタンス・立ち位置から来るものです。経営者でない読者のために補足すると、実務家は実務を遂行する専門家や社員を指します。一方、A社長のような高収益経営者は、実務家を採用してくることで物事を組み立てようとします。実務には立ち入りません。

 技術戦略策定を初めとして「自分が何者であるか」という認識は高収益技術経営を実現する上で極めて重要です。コンサルタントとして多くの経営者と接しますが「経営者」という肩書の方でも、実務家の延長線で仕事をしていることが多く、上記のような意味での経営者になりきれていないという感想を持っています。

 

3、責任は自覚するもの、負わされるものではない

 しかし、A社長はそうではありませんでした。自分は経営者である、つまり、資源調達者であるという明確な認識のもと、実務家(コンサルの私)を調達したのです。

 「あくまでも自分は社長であって、判断を下すのみ。判断に至るまでの情報の整理は実務家に任せる。実務家が足りない場合は調達する」。A社長は、言いはしませんでしたが、そうした観点で仕事を捉えていたように思います。

 言うまでもないことですが、こうした経営者の仕事感には責任が伴います。そうして果実が刈り取れるか刈り取れないかは、経営者の采配次第です。こうした責任感を回避しようと、経営の仕事を実務家的に捉えて経営を矮小化し、サラリーマン的に自分の任期中の高収益を謳歌(おうか)するのもいいでしょう。

 しかしA社長は違いました。足元の高収益を「たまたま」と捉えて危機感をあらわにし、実務家を調達して技術戦略を策定させ、自分は判断に徹しました。

 私は、こうした企業経営に経営者としての仕事の醍醐味があると思います。不作為とか先送り主義で苦しむのは次の世代であることは間違いありません。次世代社員にプラスの資産を残すことこそ、経営者の仕事だと思うのです。「金を残すのは下、事業を残すのは中、人を残すのは上」という明治の言葉はそれを如実に言っているように思います。

 さて、あなたが経営者なら、好業績でも危機感のある意思決定ができるでしょうか?高収益経営者になるのは、次はあなたの番です。

 

 【出典】株式会社 如水 HPより、筆者のご承諾により編集して掲載

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この記事の著者

中村 大介

若手研究者の「教育」、研究開発テーマ創出の「実践」、「開発マネジメント法の導入」の3本立てを同時に実践する社内研修で、ものづくり企業を支援しています。

若手研究者の「教育」、研究開発テーマ創出の「実践」、「開発マネジメント法の導入」の3本立てを同時に実践する社内研修で、ものづくり企業を支援しています。


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