現場数学(その7)マランゴニ対流~宇宙でもきれいに混ざらない合金の不思議

 

1.  理想的な環境?

 国際宇宙ステーションなどで行われている宇宙実験は、無重力下での理想的な環境を様々な科学技術の応用に活用しようとするものです。日本人初の宇宙飛行士・毛利衛さんが実際にNASAの仕事として多くの実験を実施し、ホームページで動画も紹介しておりましたので、ご覧になられた方もいらっしゃると思います。

 例えば、水を無重力空間に置くと、表面張力が効いて表面積を小さくしようとするために、球になることを見せてくれる実験がありました(実は、地上で落ちている雨粒は、普通に描かれているような涙型ではなく、空気の抵抗が効いておまんじゅう型をしています。こういうことさえ理解していないのも不思議ですが…)。また、この環境を活用して新材料を開発しようとする試みも多く公開されていました。特に、地上で合金を作ろうとする際「熱対流の影響で一様に混ざらない」という問題を一挙に解決できる可能性があったため、実際に実験を行ったのですが、驚くべき結果が待っていました。つまり、予測に反して、対流が発生したのです。無重力とはいっても、地球の周りを回っている宇宙船の中ですから完全に無重力ではなく、厳密に言うと“微小重力”と呼ぶべき状態で10~10-5G程度の値があるからでしょうか?いえいえ、そうではないのです。

2. これまで効かなかった効果の顕在化

 地上では熱対流が主で全くといって良いほど見えない表面張力の不均一によって誘起されるマランゴニ対流が、微小重力下で優位になったのです。マランゴニ対流の原因である表面張力の不均一は、温度差や化学組成差などであり、ほぼ定常な流れが継続的に発生するのです(表面張力は低温側で大きく高温側で小さく、表面張力差が粘性力以上になればマランゴニ対流が発生)。
 初期の宇宙実験の重要項目に、地上では熱対流のために出来ない欠陥の無い結晶成長がありました。しかし、実際に宇宙実験を始めてみると、全く異なる状況が発生したのです。つまり、熱対流はなくなったのですが、加熱しているため表面に温度差があり、マランゴニ対流が発生したのです。さらに、地上でもシリコンなどの単結晶を作成する場合、従来は熱対流の問題だけを考慮していましたが最近、磁場を印加するなどして熱対流を止める技法が発達し、宇宙実験と同様にマランゴニ対流が問題となっているのです。
 このようなことがどうして最近になって分かったのでしょうか?昔から流体の大事な無次元数の一つとしてマランゴニ数は知られていました。つまり、δを表面張力、ρを密度、νを動粘性係数、を熱拡散率とすると、

 

 となります。また

 

 と、粘性を表すむ無次元数であるプランドル数の比で定義されるMもマランゴニ数と呼ばれますが、マランゴニ対流が発生するMの値を臨界マランゴニ数Mcと定義します。つい最近まで、熱対流のある環境下では、マランゴニ対流という概念が忘れられていたということになります。近似的に扱わなくとも良い効果が、改良によって必須になるというケースは沢山あるのです。そのような場合には、従来から使っている数式を抜本的に変更する必要があります。

 

3. 新幹線の高速走行によってレールの減り方が変わる?

 他にも、同様にコリオリ力の問題があります。北半球で左回りの台風の渦のパターンがコリオリ力によるこ...

 

1.  理想的な環境?

 国際宇宙ステーションなどで行われている宇宙実験は、無重力下での理想的な環境を様々な科学技術の応用に活用しようとするものです。日本人初の宇宙飛行士・毛利衛さんが実際にNASAの仕事として多くの実験を実施し、ホームページで動画も紹介しておりましたので、ご覧になられた方もいらっしゃると思います。

 例えば、水を無重力空間に置くと、表面張力が効いて表面積を小さくしようとするために、球になることを見せてくれる実験がありました(実は、地上で落ちている雨粒は、普通に描かれているような涙型ではなく、空気の抵抗が効いておまんじゅう型をしています。こういうことさえ理解していないのも不思議ですが…)。また、この環境を活用して新材料を開発しようとする試みも多く公開されていました。特に、地上で合金を作ろうとする際「熱対流の影響で一様に混ざらない」という問題を一挙に解決できる可能性があったため、実際に実験を行ったのですが、驚くべき結果が待っていました。つまり、予測に反して、対流が発生したのです。無重力とはいっても、地球の周りを回っている宇宙船の中ですから完全に無重力ではなく、厳密に言うと“微小重力”と呼ぶべき状態で10~10-5G程度の値があるからでしょうか?いえいえ、そうではないのです。

2. これまで効かなかった効果の顕在化

 地上では熱対流が主で全くといって良いほど見えない表面張力の不均一によって誘起されるマランゴニ対流が、微小重力下で優位になったのです。マランゴニ対流の原因である表面張力の不均一は、温度差や化学組成差などであり、ほぼ定常な流れが継続的に発生するのです(表面張力は低温側で大きく高温側で小さく、表面張力差が粘性力以上になればマランゴニ対流が発生)。
 初期の宇宙実験の重要項目に、地上では熱対流のために出来ない欠陥の無い結晶成長がありました。しかし、実際に宇宙実験を始めてみると、全く異なる状況が発生したのです。つまり、熱対流はなくなったのですが、加熱しているため表面に温度差があり、マランゴニ対流が発生したのです。さらに、地上でもシリコンなどの単結晶を作成する場合、従来は熱対流の問題だけを考慮していましたが最近、磁場を印加するなどして熱対流を止める技法が発達し、宇宙実験と同様にマランゴニ対流が問題となっているのです。
 このようなことがどうして最近になって分かったのでしょうか?昔から流体の大事な無次元数の一つとしてマランゴニ数は知られていました。つまり、δを表面張力、ρを密度、νを動粘性係数、を熱拡散率とすると、

 

 となります。また

 

 と、粘性を表すむ無次元数であるプランドル数の比で定義されるMもマランゴニ数と呼ばれますが、マランゴニ対流が発生するMの値を臨界マランゴニ数Mcと定義します。つい最近まで、熱対流のある環境下では、マランゴニ対流という概念が忘れられていたということになります。近似的に扱わなくとも良い効果が、改良によって必須になるというケースは沢山あるのです。そのような場合には、従来から使っている数式を抜本的に変更する必要があります。

 

3. 新幹線の高速走行によってレールの減り方が変わる?

 他にも、同様にコリオリ力の問題があります。北半球で左回りの台風の渦のパターンがコリオリ力によることはよく知られています。コリオリ力は、質量をm、速度をv、回転ベクトルをω(緯度φではsinφ)とすると、

 

 なので、簡単に計算できます。さて、新幹線のレベルになると、時速250km位で走行するため、カーブでは線路に傾きが付けてあることを良く見掛けます。では、直線なら問題はないのでしょうか?実は、コリオリ力で片側に車体が寄るため、東海道新幹線なら南側の線路に力が加わるのです。
 このように、最近の科学技術の進歩により、従来から知られてはいたのですが応用上は無視できた効果が、実験精度の向上や車両の運行速度の高速化で顕在化してきました。今後とも、現場数学では目が離せない勉強項目なのです。

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この記事の著者

川添 良幸

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