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特許出願及び権利化の戦略について -京都大学iPS細胞研究所の事例


1.はじめに

 2012年のノーベル医学生理学賞が京都大学iPS細胞研究所長の山中伸弥教授に授与されたことがニュースになりました。 

 このiPS細胞は、その学術的価値もさることながら、各国において実用化の研究開発がなされ、特許権の取得競争が始まっていることでも注目されています。 

 ここでは、この京都大学iPS細胞研究所のケースから、特許出願及び権利化の戦略について考えたいと思います。

 

2.事例分析

 iPS細胞の特許出願経過については、京都大学 iPS細胞研究所ホームページ[URL: http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/news/120918-180000.html]に詳しく記載されています。

iPS細胞特許出願プロセス

図1.iPS細胞特許出願の経緯 (出典:京都大学 iPS細胞研究所ホームページ[URL: http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/news/120918-180000.html に一部加筆)

 

 図1.からわかるように、特願2005-359537(2005.12.13出願)を基礎出願として、少々複雑な出願経過を辿り、4件については特許権が成立しています。 

 本ケースに特徴的な出願手続きとしては、(1)国内優先権制度の利用、(2)PCT出願の利用、及び、(3)出願分割の利用があります。

 ここでは、上記(1)~(3)の各制度の説明、及び、各制度のメリットについて解説いたします。

 

3.各制度の説明、及び、各制度のメリットについて

(1)国内優先権について

 国内優先権制度とは、すでに出願した自己の特許出願(先の出願)の発明を含めて包括的な発明として優先権を主張して特許出願(後の出願)をする場合には、その包括的な特許出願に係る発明のうち、先の出願の出願当初の明細書等に記載されている発明について、新規性、進歩性等の判断に関し出願の時を先の出願の時とする規定です(特許法第41条)。 

 本事例では、特願2005-359537が[先の出願]となり、PCT/JP2006/324881が[後の出願]となります。

iPS細胞特許の国内優先権

図2.iPS細胞特許の国内優先権

 本制度を利用するメリットとしては以下のようなものがあります。

①論文発表前の出願日の確保

 iPS細胞のように、論文発表と特許出願とが同時並行的に進行するプロジェクトでは、技術情報の公開の時期のコントロールが必要です。 

 なぜなら、論文発表によって公知となった内容については新規性を喪失し、もはや特許を受けることができないからです。 

 したがって、論文発表の前に特許出願を行うことが好ましいです。しかし、論文発表前に明細書作成に十分なデータが集まらず、また、明細書作成の時間が取れない場合もあります。 

 その場合には、国内優先権制度を使用して、論文発表前に、手持ちのデータでとりあえず先の出願を行い、その後、先の出願から1年以内にデータを充実させた後の出願を行うことが考えられます。

 これにより、論文発表前の出願日を確保できますので、新規性等の特許要件について不利に扱われる可能性が低くなります。 

 上記ケースにおいては、マウスiPS細胞の論文発表日(2006年8月)の前に、先の出願(特願2005-359537)が完了しておりますので、出願日の確保ができていることになります。 

 なお、日本の特許法には新規性喪失の例外規定(特許法第30条)があり、論文発表後でも特許出願を行うことは可能です。 

 しかし、本救済規定が存在しない国(ヨーロッパ、中国等)がありますので、世界各国に出願する場合には論文発表前に特許出願を行うことが必須です。 

②権利範囲の拡大

 先の出願(特願2005-359537)の内容は、マウスiPS細胞の論文発表日の前であることから、マウスiPS細胞に関する内容であると仮定します。 

 この場合には、「マウス」に関して権利化されてしまいますので、より大きな市場が見込まれる「ヒト」については権利がとれません。 

 そこで、先の出願(特願2005-359537)について、国内優先権制度を使用し、後の出願(PCT/JP2006/324881)に「ヒトiPS細胞」の実施例を加えることにより、より一般化された「生物全般」に対するiPS細胞の特許権を取得できます。 

 このように、国内優先権制度を利用することにより、権利範囲の拡大を図ることが可能となります。

  ただし、国内優先権制度は万能ではありませんので(ex:人工乳首事件[平成14年(行ケ)539号])、先の出願についても、可能な限り明細書の内容の完成度を高めて出願を行う必要があります。

 

(2)PCT出願について

 特許協力条約(PCT : Patent Cooperation Treaty)に基づく国際出願とは、ひとつの出願願書を条約に従って提出することによって、PCT加盟国であるすべての国に同時に出願したことと同じ効果を与える出願制度です。 

 外国への出願は、市場のある国や生産を行う国へ行うことが一般的です。しかし、「iPS細胞」のように、技術開発が進行中の技術については、出願時に出願を行う国を決定することが難しい場合もあります。 

 PCT出願では、優先日から30ヶ月以内に出願を行う国を決定すればよいため、出願国の選択の時間の余裕が得られます。 

 これにより、不要な外国出願をすることがなくなり、出願コストを低減することが可能となります。

 

(3)分割出願

 分割出願とは、二つ以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願に分割することをいいます(特許法第44条)。 

 本ケースでは特願2007-550210について、6件の分割出願が行われており、本制度を積極的に利用していることがわかります。

iPS細胞特許の分割出願

図3.IPS細胞特許の分割出願

 本制度を利用する局面やメリットとしては以下のようなものがあります。

 ①拒絶理由に対する対応

 特許出願について拒絶査定が確定すると、もはや権利化は不可能となります。そこで、分割出願を行い、他の出願が特許庁に係属した状態を維持することにより、権利化の可能性を残します。 

②権利範囲を拡張する努力

 拒絶理由を解消するために、特許請求の範囲を狭く補正することがあります。しかし、同時に権利範囲が狭くなりますので、使い勝手の悪い権利となる可能性もあります。 

 したがって、分割出願により、権利化できる部分については保険的に権利を確保してゆくとともに、その一方で、他の出願で、広い権利取得にチャレンジする場合があります。 

 本件については、以下のコメントがあり、分割出願を利用することにより広い権利を実現したことがわかります。 

【新たに成立した日本特許1件の意義について】

過去に成立していた日本特許3件では、いずれも導入遺伝子がOct3/4, Sox2, Klf4またはOct3/4, Sox2, Klf4, c-Mycに限定されていました。今回成立した特許では、導入遺伝子が特定のファミリー遺伝子まで広く認められました。

 更に、その特定の初期化遺伝子が体細胞において発現している場合は、その遺伝子を除く初期化遺伝子を導入する方法も含めて成立しました。例えば、体細胞が既にSox2,Klf4およびc-Mycの3遺伝子を発現している場合、iPS細胞を作製するためにOct3/4遺伝子のみを導入することがあり、これも本特許の範囲内に含まれます。

 本特許は、上記で挙げたファミリー遺伝子を用いたiPS細胞の作製方法に加え、iPS細胞の作製および分化誘導の一連の工程により作製された分化細胞を用いた薬剤候補物質スクリーニング等まで、広範囲に権利が及ぶもので、日本国内でのiPS細胞技術を用いた医療応用の研究開発に拍車がかかることが期待できます。

(出典:京都大学 iPS細胞研究所ホームページ[URL: http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/news/120918-180000.html   )

 

③実施の態様に合わせた権利の獲得

 権利行使を考えれば、特許請求の範囲の記載は、最終的な実施の態様に即した記載とすることが望ましいです。 

 しかし、技術開発が進行中の技術については、最終的な実施の態様の予測が難しい場合もあります。 

 したがって、最終的な実施の態様が明らかになるまで請求項の補正の機会を残すために、分割出願を行い、出願を特許庁に係属させた状態にする場合があります。 

 本ケースにつきましても、薬剤候補物質スクリーニング等の応用技術まで権利範囲が及ぶよう後日補正するために、分割出願を行うことも考えられます。

 

4.まとめ

 技術的に確立していない分野の出願については、その技術に即した特許出願及び権利化の戦略を用いることが重要となります。 

 御社でも、本事例をご参考に、特許出願及び権利化の戦略について、ぜひご検討ください。

 

 

 


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川上 成年(かわかみ なりとし) / 株式会社知財デザイン
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