
日立が取り組む現場の「暗黙知」をAIで再現する最新事例
株式会社 日立製作所 AI CoE HMAX & AI推進センター 本部長 兼 Chief AI Transformation Officer 吉田順氏
このほど、ホテル椿山荘東京で、日本を牽引するリーダーや専門家から実務に活きる最新知見を学ぶとともに、業界の垣根を越えた交流を通じて、次なるビジネスの起爆剤となる有意義な人脈の構築などを目的とした「Manufacturing Japan Summit 2026」(マーカス・エバンズ・イベント・ジャパン・リミティッド主催)が開かれた。当日は、株式会社日立製作所の吉田順氏が、システム開発の生産性を3割向上させたAIエージェント活用や、正答率90%を実現した設備保守におけるAI活用の舞台裏など、さまざまな取り組みを紹介した。
生成AIからフィジカルAIへ新たなトレンド
日立は大きく4つの事業がある。一つはデジタルシステム&サービス。いわゆるSI、システム開発の事業で、国内だけでも5万人以上のシステムエンジニア(以下SE)がいる。また、エナジー事業では、発電設備や変圧器を提供している。グローバルでは今、データセンターの建設が増えているが、その中で日立エナジーの製品の製品も使われている。次に鉄道だが、イギリスやイタリアなどグローバルで日立製が導入されており、地域によっては現地生産も行っている。さらには、エレベーターやエスカレーター、家電も製造するなど、幅広い事業を展開している。
現在、日立では全事業においてAIを活用している。AIのトレンドは「生成AI」から「AIエージェント」へと進化し、現在は「フィジカルAI」※1が、ものづくりにおける最重要テーマとなっている。今日はこのAIとからめて、日立が行っていることについて紹介する。
われわれの取り組みには大きく2段階あり、一つ目は、日立の中で徹底的に活用することだ。日立の中で試行錯誤を重ね、成功したものを顧客に提供することを目的に、顧客向けのソリューションを開発している。
日立グループには28万人が勤務し、さまざまな事業があるため、それだけでもいろいろな効率化が図れる。うまくいったものは、日立の中でROI(Return On Investment・投資利益率)※2の説明もできるものになっているため、実績があるものを顧客に提供し、日本国内の人手不足などの課題を一緒に解消していければと考え、顧客との協創活動を進めている。

図.AIブームの歴史とビジネスインパクト(株式会社 日立製作所提供)
一般業務、間接部門、事業ラインにおけるAI活用の3レイヤー
日立では、大きく3つのレイヤーに分けてAI活用を進めている。
まず一番下の「一般業務」(下図参照)。緑色の部分は、全従業員が誰でも使うものであり、文書の要約や翻訳、検索などになる。中央の『代替・事務・間接部門』は、企画や営業、人事、法務など、どの会社にもある業務が該当するが、その中でもAI活用が盛んに進められている。
間接部門では何百個というユースケースがあり、検索したりAIに聞いたりすればたくさん出てくる。
一番上の「事業ライン業務」は、会社によってまちまちであるため、日立の例で書いている。たとえば日立にはシステムエンジニアが多数いるため、システム開発の中での生産性向上は重要な取り組みになる。さらに電力・鉄道事業があるため、B2B向けのコンタクトセンターでの適用や製品サイクルが長いことから、保守にAIを使用することが多い。この青い部分については、各社の事業にあわせて内容は変わるが、一緒にまずPoC(Proof of Concept・概念実証)※3から始めて価値を出し、そこから本番に進めるというプロセスになる。
本日は日立の取り組み(青色の部分)を中心に説明する。

表.AIエージェントによる業務改革(同社提供)
生産性を3割向上させた生成AIとAIエージェントによる自動化
システム開発では、AIの活用により生産性が飛躍的に向上している。生成AIによるソースコードの自動生成は、コーディングやテスト工程を効率化するというのが定説だ。
昨年からはAIエージェントが注目されている。AIエージェントは設定された目標を、人の代わりに作業をするソフトだ。たとえば、生成AIがソースコードを出力し、テストコードもAIが作り、テスト自体の実行もAIが行う。そこからバグが出てくることもあるが、バグを見つけてもう一度ソースコードを直す作業も、AIが確認する時代になっている。これら一連の作業を繰り返し行ってくれるため、品質の高いソースコードやテストが可能となったうえ、生産性も3割程度上がった。要件定義から最後のテストまで全工程でAIを使うことで、システム開発の現場は、ここ数年で大きく変わってきた。
また、製造業においてもAIの活用は進んでいるが、課題は各社固有の知識をいかにAIに学習させるかだ。日立では、設計ドキュメントのような「形式知」(文章化された知識)をAIに学習させ、熟練者の知見を再現しようとしている。しかし、知識の3〜4割は、熟練者の頭の中にしかない「暗黙知」(文章化されていない知識)。この暗黙知をいかに引き出すかが、AIを真の熟練者へと進化させるための重要な鍵となる。

図.生成AIを用いたシステム開発における生産性向上事例(同社提供)
図面解析と熟練者の思考プロセスによる正答率90%の実現
この暗黙知を引き出す方法だが、設備保守を例に紹介する。
これは、保守員が故障につ...

日立が取り組む現場の「暗黙知」をAIで再現する最新事例
株式会社 日立製作所 AI CoE HMAX & AI推進センター 本部長 兼 Chief AI Transformation Officer 吉田順氏
このほど、ホテル椿山荘東京で、日本を牽引するリーダーや専門家から実務に活きる最新知見を学ぶとともに、業界の垣根を越えた交流を通じて、次なるビジネスの起爆剤となる有意義な人脈の構築などを目的とした「Manufacturing Japan Summit 2026」(マーカス・エバンズ・イベント・ジャパン・リミティッド主催)が開かれた。当日は、株式会社日立製作所の吉田順氏が、システム開発の生産性を3割向上させたAIエージェント活用や、正答率90%を実現した設備保守におけるAI活用の舞台裏など、さまざまな取り組みを紹介した。
生成AIからフィジカルAIへ新たなトレンド
日立は大きく4つの事業がある。一つはデジタルシステム&サービス。いわゆるSI、システム開発の事業で、国内だけでも5万人以上のシステムエンジニア(以下SE)がいる。また、エナジー事業では、発電設備や変圧器を提供している。グローバルでは今、データセンターの建設が増えているが、その中で日立エナジーの製品の製品も使われている。次に鉄道だが、イギリスやイタリアなどグローバルで日立製が導入されており、地域によっては現地生産も行っている。さらには、エレベーターやエスカレーター、家電も製造するなど、幅広い事業を展開している。
現在、日立では全事業においてAIを活用している。AIのトレンドは「生成AI」から「AIエージェント」へと進化し、現在は「フィジカルAI」※1が、ものづくりにおける最重要テーマとなっている。今日はこのAIとからめて、日立が行っていることについて紹介する。
われわれの取り組みには大きく2段階あり、一つ目は、日立の中で徹底的に活用することだ。日立の中で試行錯誤を重ね、成功したものを顧客に提供することを目的に、顧客向けのソリューションを開発している。
日立グループには28万人が勤務し、さまざまな事業があるため、それだけでもいろいろな効率化が図れる。うまくいったものは、日立の中でROI(Return On Investment・投資利益率)※2の説明もできるものになっているため、実績があるものを顧客に提供し、日本国内の人手不足などの課題を一緒に解消していければと考え、顧客との協創活動を進めている。

図.AIブームの歴史とビジネスインパクト(株式会社 日立製作所提供)
一般業務、間接部門、事業ラインにおけるAI活用の3レイヤー
日立では、大きく3つのレイヤーに分けてAI活用を進めている。
まず一番下の「一般業務」(下図参照)。緑色の部分は、全従業員が誰でも使うものであり、文書の要約や翻訳、検索などになる。中央の『代替・事務・間接部門』は、企画や営業、人事、法務など、どの会社にもある業務が該当するが、その中でもAI活用が盛んに進められている。
間接部門では何百個というユースケースがあり、検索したりAIに聞いたりすればたくさん出てくる。
一番上の「事業ライン業務」は、会社によってまちまちであるため、日立の例で書いている。たとえば日立にはシステムエンジニアが多数いるため、システム開発の中での生産性向上は重要な取り組みになる。さらに電力・鉄道事業があるため、B2B向けのコンタクトセンターでの適用や製品サイクルが長いことから、保守にAIを使用することが多い。この青い部分については、各社の事業にあわせて内容は変わるが、一緒にまずPoC(Proof of Concept・概念実証)※3から始めて価値を出し、そこから本番に進めるというプロセスになる。
本日は日立の取り組み(青色の部分)を中心に説明する。

表.AIエージェントによる業務改革(同社提供)
生産性を3割向上させた生成AIとAIエージェントによる自動化
システム開発では、AIの活用により生産性が飛躍的に向上している。生成AIによるソースコードの自動生成は、コーディングやテスト工程を効率化するというのが定説だ。
昨年からはAIエージェントが注目されている。AIエージェントは設定された目標を、人の代わりに作業をするソフトだ。たとえば、生成AIがソースコードを出力し、テストコードもAIが作り、テスト自体の実行もAIが行う。そこからバグが出てくることもあるが、バグを見つけてもう一度ソースコードを直す作業も、AIが確認する時代になっている。これら一連の作業を繰り返し行ってくれるため、品質の高いソースコードやテストが可能となったうえ、生産性も3割程度上がった。要件定義から最後のテストまで全工程でAIを使うことで、システム開発の現場は、ここ数年で大きく変わってきた。
また、製造業においてもAIの活用は進んでいるが、課題は各社固有の知識をいかにAIに学習させるかだ。日立では、設計ドキュメントのような「形式知」(文章化された知識)をAIに学習させ、熟練者の知見を再現しようとしている。しかし、知識の3〜4割は、熟練者の頭の中にしかない「暗黙知」(文章化されていない知識)。この暗黙知をいかに引き出すかが、AIを真の熟練者へと進化させるための重要な鍵となる。

図.生成AIを用いたシステム開発における生産性向上事例(同社提供)
図面解析と熟練者の思考プロセスによる正答率90%の実現
この暗黙知を引き出す方法だが、設備保守を例に紹介する。
これは、保守員が故障について自然言語で質問すると、10秒以内に90%の精度で答えが返ってくるAIエージェントの取り組み事例。
当初、取扱説明書や過去の保守履歴といった「形式知」のみをAIに学習させたが、この方法では回答の正答率が6割程度にとどまった。既知の故障には対応できるものの、類似または新規の故障に対しては、「現場で使いにくい」不十分な回答が3〜4割発生したためだ。
そこで、熟練者が故障にどう対処するかを分析し、その思考プロセスをAIに実装することに挑戦した。熟練者は、故障部品を特定すると、図面で部品を確認し、周辺部品から原因を推測した上で、点検を指示する。このプロセスを再現するため、部品同士の関係性をAIに直接学習させる「ナレッジグラフ※4」の活用と、「状況把握→構造分析→欠陥特定→対策立案」という思考の流れを自然言語でAIに指示する、という2つの手法を取り入れた。
これらの工夫により、AIは熟練者と同様の思考で回答を生成できるようになり、正答率は目標であった9割へと大幅に向上した。この事例から、単にデータを与えるだけでなく、専門家の「思考のプロセス」をいかにAIに組み込むかが、「現場で使えるAI」を実現する上で極めて重要であると実感した。


図.IT×OTの領域で形式知・暗黙知の両方を学習させた事例(図上)と設備保全の効率化に向け、着目した課題(同社提供)
暗黙知を引き出すエスノグラフィー、AIインタビュー、動画解析の活用
熟練者の頭の中にしかない「暗黙知」をいかに引き出すかも、非常に重要な課題だ。「AIのために」と頼んでもなかなか現場の協力は得にくいが、「後世の若手へのナレッジ継承」を目的とすることで、心を開いてもらえるようになると感じる。日立では、この暗黙知を引き出すために、主に3つの手法を用いている。
・「エスノグラフィー」アナログな手法で作業観察
まず一つ目は「エスノグラフィー※5」だ。これはAI以前からある手法で、かなりアナログな社会科学的手法である。エスノグラファーと呼ばれる専門家が熟練者の現場に入り込み観察を行う。「参与観察」というが、熟練者の動き方や工夫の仕方、現場の文化や習慣を見て「なぜあの人はこのような動き方をしたのか」という疑問を理解し記録に残したあとでインタビューを行い、その時に取った行動について柔らかくヒアリングし、深掘っていく。熟練者も「あの時はこうだった」と思い出しながら話してくれるため、それを次々と出していけば、頭の中にある暗黙のうちに前提としている価値観などが吐き出される。今であれば、そのインタビュー結果をAIに入れれば要約や整理をしてくれるため、このようなアナログ手法も一つのパターンとして効果的だ。
ここで注意しなければならないのが、エスノグラファーの人選だ。エスノグラフィーの専門性を持ったメンバーだが、ドメイン経験があるメンバーでもある。まっさらな目で現場を見るが、行動に現れる理由を理解する引き出しが多いからだ。ただし、深すぎる知識ではない人、要は幅広い領域の経験を持っている人を入れている。あまりにも深い知識を持っていると、その人が熟練者になってしまい「いや、あのやり方は違う」と結論付け、それ以上疑問に思わなくなってしまう。

図.同社で行われたエスノグラフィ―の手順(同社提供)
・AIインタビュアーによる深掘りと動画解析によるナレッジ化
もう一つの手法は、インタビューのAI化だ。対面調査では「同行されるのは業務の妨げになる」、「午後いっぱいの時間は取れない」といった心理的・時間的な拒絶が課題だった。そこで、AIをインタビュアーに起用し、PCを通じて場所や時間を問わず対話できる仕組みを導入した。
具体的な仕組みとしては、あらかじめ設定した質問事項に加え、AIが「なぜあの時、このような対応をしたのか」をテキストで問い掛けるように設定した。これにより、AIが「なぜなぜ分析」のような深い掘り下げを行い、個人の経験を組織の「形式知」として蓄積することができる。
熟練者の答え方はさまざまなので、その場でAIに考えさせて次の質問を選んだり、質問を打ち切ったりといった調整を行っている。熟練者からすれば、AI相手なので朝でも昼でもタバコ休憩でも、空いた時間にいつでも話すことができる。ここで大事なことは、熟練者をわずらわせないことだ。このような進め方を行うと、熟練者も「AIってこんなものか」と分かってもらえるので、AIに慣れる意味でも良い手法と考えている。
ここまでは、言語化できる知識を引き出す話だったが、現場によっては言語化できない知識もある。手の動き方や身体的な動作は、なかなか言葉では見えにくい。そういう時は動画で撮影を行っている。たとえば溶接の場合、手の動きを動画で撮り、熟練者とそうでない方を比較する。最近のAIは非常に賢いので、動画を入れれば映画やYouTubeの解説と同じように、熟練者の動きも解説してくれる。動画解析もコストが下がっているため、この取り組みも有効だと思う。
ただ工夫も必要で、たとえば溶接なら光の加減が大きいため、フィルターをかけることもあれば、どのようなナレッジを引き出すかという「プロンプト」(AIへの指示)に工夫を加えると、取り出しやすい知識が出てくる。そうすることで暗黙知まで引き出せるため、ぜひ活用してほしい。

図.AIインタビュアーを使った聞き取りの手順(同社提供)
全社展開を成功させた「サンドイッチ施策」とは
これまでは、特定の業務に絞ったAIの活用法を説明してきたが、ここからは全従業員に向けたAIの展開法について話をしたい。DX部門がAIを全社展開する際、利用率が導入から数週間で2割程度に落ち込むことは珍しくない。しかし、AIを日常的に使う社員とそうでない社員とでは業務効率に大きな差が生まれる。例えば、データ分析において、以前は3ヶ月かかっていた作業が数日で完了するようになった事例もあり、この差は無視できない。
この課題を解決し、全社的な活用を促進するには、経営層が「AIによる変革」のビジョンを明確に打ち出し、投資を行う「トップダウン施策」と、若手社員が主体となって勉強会やコミュニティを形成する「ボトムアップ施策」を組み合わせた、いわゆる「サンドイッチ施策」が極めて重要だ。
この施策の成功事例を2つ紹介する。
このような成功事例を社内で積極的に共有することで、「AI活用は本社や専門部署だけのものではない」という意識を醸成し、組織全体の裾野を広げていくことが可能になった。

図.トップダウンとボトムアップで展開された生成AIの社内展開(同社提供)
・営業トップの徹底活用と若手によるボトムアップ
それでは、当社における2つの事例を紹介する。
一つ目は、AIへの抵抗感が強かった営業部門での事例。ある営業トップの幹部に、業務からプライベートまでAIを徹底的に活用してもらい、その経験を社内外に発信した。これにより、「トップが使っているなら自分も」という意識が多くの営業メンバーに広がり、利用率が向上した。
もう一つは日立の北海道支社全体がAIを日常的に活用している事例だ。これは、AIに関心の高い支社長の支援のもと、AIに魅了された文系出身の若手社員が独学で知識を習得し、自らコミュニティを立ち上げて周囲を巻き込んでいった、まさに「サンドイッチ」の成功例だ。支社に所属する若手男性は、AIとは無縁だったが、個人的にAIが大好きになり、毎日使っている。彼は土日も図書館に通い詰めて独学に励み、北海道で自らコミュニティを立ち上げ、ついには街の人々に教えるほどの実力を身につけた。現在は支社を巻き込んだプロジェクトを力強く牽引してくれている。
私はこの成功事例を、あえて他拠点でも積極的に共有するようにしている。時には「うちだって実施している」と反発を受けることもあるが、そこが狙いで、AI活用はDX部門や本社だけの特権ではなく、どこの拠点でも実現できると考えているからだ。組織全体の裾野を広げる上で、適切な規模の拠点で成功事例を作ることは重要だ。

図.北海道支社における取り組み(同社提供)
現場の従業員が挑む、AIアプリの自作
時代は変わり、AIは使うだけでなく「作れる」時代になってきている。専門的なAIは専門家やベンダーに任せるだろうが、自然言語だけで作れるAIも出てきている。自分たちで作ることも大切な時代となってきているわけで、当社もそこにチャレンジしている。ただ「作ってくれ」と言われても困るので、今はAIエージェント統括部門を作り、まずはそこに依頼を投げてもらう。そして、そこで作りつつ、徐々に作り方を教えて、現場で実装するところ、人に一任するところを増やして行こうと考えている。
一つ、Googleと一緒に展開している例がある。Gemini Enterpriseを使って保守の現場でトライアルを行っている。これまでは人が目視で確認していたるが、これをAIで自動判定させようというものだ。当初は専門チームがアプリを開発したが、現場のメンバーと何度も研修を重ね、実践的なアイデアを出し合いながら「ゆくゆくは自分たちの手で内製化していこう」と呼び掛けている。
保守員はAIから遠いと思っていたが実際、研修を開いてみると「個人的に使っているから研修は必要ない」という人も多い。このように、現場と議論しながらユースケースを作っていく大切さを実感すると同時に、日立グループ全体で、使うだけではなく作るところまで全員で取り組んでいきたいと考えている。
物理アセットと先端テクノロジーを組み合わせた新しい価値の創造、日立の「HMAX」
現在の日立の方向性について話したい。
日立は、AIを現実世界へと応用していく「フィジカルAI」に注力している。
自動運転やロボット技術がその代表例だが、日立が持つ発電所や鉄道車両、製造設備といった物理的なアセットと、AIをはじめとする先端テクノロジーを組み合わせることで、新たな価値を創造できると考えている。この事業を、私たちは「HMAX(エイチマックス)」と呼んでいる。「HMAX」は、鉄道事業者向けに列車や信号、インフラ管理を最適化する用途から始まっているため、その中から一つ事例を紹介したい。具体的には、車載したNVIDIAサーバーを用いて車両の状態を「エッジ」でリアルタイムに処理し、オペレーションセンターに送るデータを最小限に絞り込むことで、通信コストと電力消費の両方を抑制している。また、センサー技術により、走行しながら線路の状態などを検査することも可能になってきている。このように、最新テクノロジーと、日立が長年培ってきた現場の知見(ドメインナレッジ)を融合させることで、これまでにない価値を提供していく。
最後に、日立が描く「人とロボットが協調して問題解決にあたる『近い将来の現場』」について、熟練作業者が複数の工場設備を管理する中で、最新技術がどのように活用されるのか、そのプロセスを整理して紹介する。
1. 異常検知とロボットによる状況確認
工場のセンサーが異常を検知すると、巡回中のロボットが現場へ向かい状況を確認する。管理者はロボットから送られた写真を確認し、対応を判断する。
2. ロボットの派遣と遠隔操作
本来は2人体制で対応すべき事案に対し、現場に一人しかいない場合は、遠隔操作で犬型ロボットを派遣して補完する。ロボットと遠隔サポートを活用することで、現地一人での作業実施を可能にする。
3. 非言語ノウハウのデータ蓄積
作業の様子は、ロボットのセンサーや作業員が着用する作業着のセンサーを通じて、常時メタバース上に蓄積される。熟練者によるロボット操作データや作業員の動作データは集約され、非言語の作業ノウハウとしてナレッジ化されていく。
4. 実作業を起点としたロボット学習
日立の技術により、バーチャルなシミュレーションではなく、日々の実作業からロボットが学習を行う。蓄積された作業データは、自律行動ロボットが学習するためのデータとして活用される。
5.今後の展望
将来的な目的は、ロボットとの業務分担や代替を通じて人の負荷を軽減し、効率的な業務推進を実現することにある。今後、深刻化する人手不足とロボットのコスト低下を見据え、日立は研究開発および日立グループ内での適用、お客さまとの協創活動を積極的に進めていく。
【用語説明】
※1.フィジカルAI:「AIが現実世界(物理世界)で物体を認識・理解し、自律的に操作・移動する技術」
※2. ROI:Return On Investment:投資した費用に対して得られた利益の割合。
※3. PoC:Proof of Concept:新しい概念や理論の実用可能性を検証する試作工程。
※4. ナレッジグラフ:情報を網羅した知識のネットワーク。データ間の関係性を構造化して表現する技術。
※5. エスノグラフィー:調査員が対象者の生活空間やコミュニティに長期間入り込み、参与観察やインタビューを通じて文化、行動、心理を深く記録・分析する定性調査手法