IPランドスケープとは(その1)

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知的財産マネジメント

【目次】

 1、企業の知財活動について

  • (1) IPランドスケープとパテントマップ、技術戦略
  • (2) IPランドスケープは誰の活動なのか?
  • (3) IPランドスケープの活動主体
  • (4) IPランドスケープに取り組む知財部の実施事項
  • (5) 最初は、需要の喚起(ニーズを起こすこと)です
  • (6) 次は、特許情報等の分析の標準化・リエゾン育成です
  • (7) その次は、高度な意思決定の支援です

1、企業の知財活動について

 以下では、特に知財部門が「IPランドスケープ」に取り組む際の注意事項をまとめています。IPランドスケープという用語の意味については、IPランドスケープとは(その2)をご覧ください。

(1) IPランドスケープとパテントマップ、技術戦略

 「IP」、「IP」というと、知財情報が先に立ってしまいがちですが、IPランドスケープという言葉を、企業経営者にしっくり来るように理解していただくため、企業経営の目的から振り返りましょう。企業経営の目的は顧客価値の創造です。顧客価値を創造した会社は、独自の商品やサービスを提供しているので儲かるようになります。難しくいうと競争優位になります。

 競争優位を維持する条件の一つに知財の取得があります。また、独自の顧客価値となるかどうかは、競合との差異化に成功するかに懸かっており、これには知財情報の活用が必要です。

 「IPランドスケープ」と書くと「IP」が先にくるため、知財部門が前面に立ちそうですが、要するに経営者にとっては、これから投資しようとするテーマに競争優位性があるかの見通し(ランドスケープ)を持ちたいということです。

 見通しには、知財情報は重要であることが多いですが、それが十分条件ではない場合もあるし、必要条件でない場合もあります。ケースバイケースであることを、バズワードの「IPランドスケープ」で捉えると、理解が困難になります。

 見通しを持つ手段として、高収益企業では技術戦略を立てます。技術戦略についてはこちらをご覧ください。
 技術戦略は、10年、20年の中長期的な将来に渡って、技術による顧客価値と競争優位性を作ろうとする活動です(※「技術による」、と書くと技術的極限ばかりでトレンド無視という誤解を与えそうですが、そうではありません)。技術戦略を立案する過程で、従来からパテントマップというものが使われていました。

 まともな技術戦略(※)を作る場合には、知財情報は不可欠であることがほとんどです。技術戦略策定に役立つ資料をパテントマップ呼ばれていました。

※「まともな技術戦略」の対義語として、企業内には次のような言葉があります。

  • ①「絵に描いた餅」・「夢ばかりで現実性がない絵」…社員の研修等で、将来のあるべき姿・夢を提案させてまとめた資料
  • ②「上に説明するためにとりあえず今のテーマをまとめた資料」…代替わりした社長等の新任経営者に技術部門について説明するために、現在の研究開発テーマをとりあえずまとめて、市場データを寄せ集めた資料、根拠が薄弱で関係者に自信が持てない。

 ここでIPランドスケープと技術戦略、パテントマップという言葉をおさらいしておきましょう。「IPランドスケープ」とは、競争優位をつくるために知財情報を有効活用することです。企業内の活動という意味です。競争優位をつくるための方法として、「技術戦略」を立てることがあります。戦略は文書であることが多いです。技術戦略を立てるために知財情報をまとめたものが「パテントマップ」というわけです。

 上記で、IPランドスケープは「競争優位を作るための知財情報有効活用」であることを明確にしました。次の項目では、IPランドスケープの目的をどのように設定するか、もう少し詳しく見ていきましょう。

(2) IPランドスケープは誰の活動なのか?

 IPランドスケープは「競争優位を作るための知財情報有効活用」ですが、注意しなければならないのは、意思決定の主体が技術部門・技術者や経営者であることです。知財情報が重要な役割を果たすのに、意思決定の主体は殆どの場合、知財部ではないのです。ここがIPランドスケープを難しくする理由の一つです。「IPランドスケープ」は知財部の活動でありながら知財部が主体ではないという、一見難しそうな課題を生じます。

(3) IPランドスケープの活動主体

 考えてみますと、特許の出願も技術部門が主体で、知財部門は主体ではありません。IPランドスケープも同様です。IPランドスケープの活動主体は、あくまでも技術部門です。知財部門はその支援ができる立場に過ぎないことを明記する必要があります。ただし支援者である知財部が黙っていればいいというわけではないことも、以下に記載してありますので、ご関心があればお読みください。

(4) IPランドスケープに取り組む知財部の実施事項

 知財部が主体ではない。技術部門が主体なのに、IPランドスケープを促進しなければならない知財部門が何をしなければならないかといえば、非常に簡単です。

(5) 最初は、需要の喚起(ニーズを起こすこと)です。

 どういうことかといえば、経営者や技術部門が「どんなことができるか」を分かっていないのに、需要を喚起することはできないということです。メニューのないレストランでは注文ができないのと同じです。もしあなたの会社でIPランドスケープができていないとすれば、あなたの会社の知財部には、出願・中間処理・年金管理などのメニューしか並んでおらず、技術部門や経営者は注文ができない状態であることを銘記しなければなりません。例えると、技術部門からは知財部はこういう風に見えるのです。

 回らない・メニューのない寿司屋で、満席で大将が忙しそうにしている状態。あなたはカウンターに座った一人のお客様です。食べたくても、頼みづらいでしょ。「こんなことができますよ」という提案型の仕事のスタイルをイメージしなければなりません。意思決定のイメージを提示することで、技術者や経営者は要望を出せるようになってきます。寿司屋でも「今日はいいヒラメが入ってるよ」と言われれば頼んでみようかな、と思いますよね。一般的に需要の喚起には、IPランドスケープのサービスメニュー化と説明会が必要です。そして次のステップに進みます。

(6) 次は、特許情報等の分析の標準化・リエゾン育成です

 パテントマップを作ることはソフトウェア等のツールで、一昔前ほど難しい技術ではありません。しかし作りなれないマップをオーダーメイドで作るのは容易ではありません。技術戦略を企業単位で作る場合、事業部ごとに作る場合、研究開発テーマごとに作る場合もあります。どのようなマップを作れば、どのように意思決定に役立つのか、きちんとデザインをしなければなりませんし。そして、知財部のリエゾンがそれをできなければならないのです。当然、...

知的財産マネジメント

【目次】

 1、企業の知財活動について

  • (1) IPランドスケープとパテントマップ、技術戦略
  • (2) IPランドスケープは誰の活動なのか?
  • (3) IPランドスケープの活動主体
  • (4) IPランドスケープに取り組む知財部の実施事項
  • (5) 最初は、需要の喚起(ニーズを起こすこと)です
  • (6) 次は、特許情報等の分析の標準化・リエゾン育成です
  • (7) その次は、高度な意思決定の支援です

1、企業の知財活動について

 以下では、特に知財部門が「IPランドスケープ」に取り組む際の注意事項をまとめています。IPランドスケープという用語の意味については、IPランドスケープとは(その2)をご覧ください。

(1) IPランドスケープとパテントマップ、技術戦略

 「IP」、「IP」というと、知財情報が先に立ってしまいがちですが、IPランドスケープという言葉を、企業経営者にしっくり来るように理解していただくため、企業経営の目的から振り返りましょう。企業経営の目的は顧客価値の創造です。顧客価値を創造した会社は、独自の商品やサービスを提供しているので儲かるようになります。難しくいうと競争優位になります。

 競争優位を維持する条件の一つに知財の取得があります。また、独自の顧客価値となるかどうかは、競合との差異化に成功するかに懸かっており、これには知財情報の活用が必要です。

 「IPランドスケープ」と書くと「IP」が先にくるため、知財部門が前面に立ちそうですが、要するに経営者にとっては、これから投資しようとするテーマに競争優位性があるかの見通し(ランドスケープ)を持ちたいということです。

 見通しには、知財情報は重要であることが多いですが、それが十分条件ではない場合もあるし、必要条件でない場合もあります。ケースバイケースであることを、バズワードの「IPランドスケープ」で捉えると、理解が困難になります。

 見通しを持つ手段として、高収益企業では技術戦略を立てます。技術戦略についてはこちらをご覧ください。
 技術戦略は、10年、20年の中長期的な将来に渡って、技術による顧客価値と競争優位性を作ろうとする活動です(※「技術による」、と書くと技術的極限ばかりでトレンド無視という誤解を与えそうですが、そうではありません)。技術戦略を立案する過程で、従来からパテントマップというものが使われていました。

 まともな技術戦略(※)を作る場合には、知財情報は不可欠であることがほとんどです。技術戦略策定に役立つ資料をパテントマップ呼ばれていました。

※「まともな技術戦略」の対義語として、企業内には次のような言葉があります。

  • ①「絵に描いた餅」・「夢ばかりで現実性がない絵」…社員の研修等で、将来のあるべき姿・夢を提案させてまとめた資料
  • ②「上に説明するためにとりあえず今のテーマをまとめた資料」…代替わりした社長等の新任経営者に技術部門について説明するために、現在の研究開発テーマをとりあえずまとめて、市場データを寄せ集めた資料、根拠が薄弱で関係者に自信が持てない。

 ここでIPランドスケープと技術戦略、パテントマップという言葉をおさらいしておきましょう。「IPランドスケープ」とは、競争優位をつくるために知財情報を有効活用することです。企業内の活動という意味です。競争優位をつくるための方法として、「技術戦略」を立てることがあります。戦略は文書であることが多いです。技術戦略を立てるために知財情報をまとめたものが「パテントマップ」というわけです。

 上記で、IPランドスケープは「競争優位を作るための知財情報有効活用」であることを明確にしました。次の項目では、IPランドスケープの目的をどのように設定するか、もう少し詳しく見ていきましょう。

(2) IPランドスケープは誰の活動なのか?

 IPランドスケープは「競争優位を作るための知財情報有効活用」ですが、注意しなければならないのは、意思決定の主体が技術部門・技術者や経営者であることです。知財情報が重要な役割を果たすのに、意思決定の主体は殆どの場合、知財部ではないのです。ここがIPランドスケープを難しくする理由の一つです。「IPランドスケープ」は知財部の活動でありながら知財部が主体ではないという、一見難しそうな課題を生じます。

(3) IPランドスケープの活動主体

 考えてみますと、特許の出願も技術部門が主体で、知財部門は主体ではありません。IPランドスケープも同様です。IPランドスケープの活動主体は、あくまでも技術部門です。知財部門はその支援ができる立場に過ぎないことを明記する必要があります。ただし支援者である知財部が黙っていればいいというわけではないことも、以下に記載してありますので、ご関心があればお読みください。

(4) IPランドスケープに取り組む知財部の実施事項

 知財部が主体ではない。技術部門が主体なのに、IPランドスケープを促進しなければならない知財部門が何をしなければならないかといえば、非常に簡単です。

(5) 最初は、需要の喚起(ニーズを起こすこと)です。

 どういうことかといえば、経営者や技術部門が「どんなことができるか」を分かっていないのに、需要を喚起することはできないということです。メニューのないレストランでは注文ができないのと同じです。もしあなたの会社でIPランドスケープができていないとすれば、あなたの会社の知財部には、出願・中間処理・年金管理などのメニューしか並んでおらず、技術部門や経営者は注文ができない状態であることを銘記しなければなりません。例えると、技術部門からは知財部はこういう風に見えるのです。

 回らない・メニューのない寿司屋で、満席で大将が忙しそうにしている状態。あなたはカウンターに座った一人のお客様です。食べたくても、頼みづらいでしょ。「こんなことができますよ」という提案型の仕事のスタイルをイメージしなければなりません。意思決定のイメージを提示することで、技術者や経営者は要望を出せるようになってきます。寿司屋でも「今日はいいヒラメが入ってるよ」と言われれば頼んでみようかな、と思いますよね。一般的に需要の喚起には、IPランドスケープのサービスメニュー化と説明会が必要です。そして次のステップに進みます。

(6) 次は、特許情報等の分析の標準化・リエゾン育成です

 パテントマップを作ることはソフトウェア等のツールで、一昔前ほど難しい技術ではありません。しかし作りなれないマップをオーダーメイドで作るのは容易ではありません。技術戦略を企業単位で作る場合、事業部ごとに作る場合、研究開発テーマごとに作る場合もあります。どのようなマップを作れば、どのように意思決定に役立つのか、きちんとデザインをしなければなりませんし。そして、知財部のリエゾンがそれをできなければならないのです。当然、マップや作業の標準化のほかリエゾンの育成も必要になります。

 このことを、またお寿司屋さんに例えると、大将が板場に立てる板前さんを育てることに例えられます。標準化の項目としては以下のものがあります。

  • ブランクスライドの考え方と意思決定標準
  • 特許のデータベースの作り方(検索式、母集団)
  • マップの作り方(ニーズマップ、潜在課題マップ、用途マップ)
  • 知財以外の情報ソースと提示方法
  • 知財部のリードの仕方

(7) その次は、高度な意思決定の支援です

 IPランドスケープは、最初は、個別の研究開発テーマの支援からスタートします。個別支援ならば、気の利いた知財リエゾンは自分の付加価値として実施している場合があります。話が事業レベルになってくるとレベルが上がります。当然国内だけではなく海外も対象になってきます。事業レベルの技術戦略を支援できるようにレベルアップが必要です。最終的には、事業レベルから企業レベルの技術戦略の支援にレベルアップする必要があります。

 技術戦略全体をリードできるように、知財面から支援するというスタイルが求められます。こうなると、知財部の視点は劇的に変わります。経営者と同じ視点に立って、情報を編集する専門家という視点です。競争優位を作るという目的に対して必要な情報は、ケースバイケースで判断ができるようになるし、そういう情報を入手する方法についても、経験で分かるようになってくるということです。

 次回は、2、IPランドスケープという用語についてから解説を続けます。

 【出典】株式会社 如水 HPより、筆者のご承諾により編集して掲載

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この記事の著者

中村 大介

若手研究者の「教育」、研究開発テーマ創出の「実践」、「開発マネジメント法の導入」の3本立てを同時に実践する社内研修で、ものづくり企業を支援しています。

若手研究者の「教育」、研究開発テーマ創出の「実践」、「開発マネジメント法の導入」の3本立てを同時に実践する社内研修で、ものづくり企業を支援しています。


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