グリーン水素とは?なぜグリーン水素が注目されるのか、知っておきたいグリーン水素のすべて

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グリーン水素とは?なぜグリーン水素が注目されるのか、知っておきたい!グリーン水素のすべて

【目次】

    地球温暖化の進行と化石燃料への依存からの脱却は、現代社会が直面する最も喫緊の課題の一つです。世界各国が持続可能な社会の実現に向けて、二酸化炭素排出量の削減目標を掲げ、再生可能エネルギーの導入を加速させています。しかし、太陽光や風力といった再生可能エネルギーは、その発電量が天候に左右され、安定供給が難しいという課題を抱えています。この不安定性を補い、エネルギー供給の安定化を図る上で、次世代のクリーンエネルギーとして大きな期待が寄せられているのが「水素」です。水素は燃焼時に水しか生成せず、二酸化炭素を排出しない究極のクリーン燃料として注目されています。中でも、製造過程においても二酸化炭素を排出しない「グリーン水素」は、真に持続可能なエネルギーシステムを構築する上で不可欠な存在として、その研究開発と社会実装が世界中で加速しています。今回は、このグリーン水素に焦点を当て、その定義、生成方法、他の水素との違い、そして将来性について詳しく解説し、グリーン水素が拓く持続可能な未来への道筋を探ります。

     

    1.  グリーン水素とは?定義、生成方法、その重要性

    (1)グリーン水素の定義

    グリーン水素とは、再生可能エネルギーを電力源として、水を電気分解することで製造される水素を指します。この製造プロセスにおいて、温室効果ガスである二酸化炭素を一切排出しないことが、グリーン水素の最大の特徴であり、他の方法で製造される水素と明確に区別される点です。つまり、風力発電、太陽光発電、水力発電、地熱発電といったクリーンな電力を使って水を水素と酸素に分離するため、製造から利用に至るまで、サプライチェーン全体を通して環境負荷が極めて低いと言えます。この「製造過程におけるCO2排出ゼロ」という点が、地球温暖化対策に貢献する上で極めて重要な意味を持つのです。

     

    (2)グリーン水素の生成方法

    グリーン水素の主要な生成方法は、水の電気分解(水電解)です。水(H2O)に電気を流すことで、水素(H2)と酸素(O2)に分解する化学反応を利用します。このプロセスには、主に以下の3つの技術が用いられます。下図は、アルカリ水電解法と固体高分子形水電解法のしくみです。

     

    グリーン水素とは?なぜグリーン水素が注目されるのか、知っておきたいグリーン水素のすべて

    【出典】資源エネルギー庁(次世代エネルギー「水素」、そもそもどうやってつくる?)
        https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suiso_tukurikata.html 

     

    • アルカリ水電解(AEL)
      最も歴史が長く、成熟した技術です。水酸化カリウム(KOH)などのアルカリ水溶液を電解質として使用します。大規模化に適しており、比較的低コストで水素を製造できる点が強みですが、高い純度の水素を得るためには追加の精製プロセスが必要となる場合があります。
    • 固体高分子形水電解(PEMEL)
      プロトン交換膜(PEM)を電解質として使用します。小型化が可能で、急速な起動・停止、電力変動への高い追従性が特徴です。再生可能エネルギーの変動性に対応しやすいため、グリーン水素製造の有力な選択肢として注目されています。高純度の水素を直接生成できる利点もありますが、触媒に白金などの貴金属を用いるため、コストが高いという課題があります。
    • 固体酸化物形水電解(SOEC)
      高温(700~900℃)で動作するセラミックスを電解質として使用します。高温の蒸気を利用することで、電気エネルギーだけでなく熱エネルギーも効率的に活用できるため、エネルギー効率が高いことが特徴です。製鉄所や化学プラントなど、大量の排熱を有効活用できる場所での導入が期待されていますが、高温での運転が難しく、耐久性やコストが課題とされています。

     

    グリーン水素の主要な生成方法技術は、再生可能エネルギー由来の電力をいかに効率的かつ低コストで利用し、水素を安定的に供給できるかが開発競争の焦点となっています。

     

    (3)グリーン水素の重要性

    グリーン水素がこれほどまでに注目されるのは、地球規模のエネルギー転換において、その役割が極めて大きいからです。

    • 脱炭素社会の実現
      製造から利用までCO2を排出しないグリーン水素は、化石燃料に代わる究極のクリーンエネルギーとして、産業、運輸、電力などあらゆる分野での脱炭素化に貢献します。特に、電化が難しい重工業(鉄鋼、化学、セメントなど)や長距離輸送(航空、海運、大型トラック)において、グリーン水素は代替燃料として不可欠な存在となります。特に、EUが「Fit for 55」で再生可能エネルギー由来水素の利用を義務付けたり、米国が「インフレ抑制法(IRA)」でグリーン水素製造に巨額の税額控除を設けたりするなど、世界各国が政策を総動員して導入を後押ししています。
    • 再生可能エネルギーの導入拡大と安定化
      再生可能エネルギーは天候に左右されるため、発電量が不安定です。余剰電力をグリーン水素の製造に利用することで、エネルギーを貯蔵し、必要な時に燃料電池などで電力に戻すことが可能になります。これにより、再生可能エネルギーの変動性を吸収し、電力系統の安定化に貢献するとともに、再エネ導入の拡大を後押しします。季節変動や時間帯変動による余剰電力を有効活用することで、再エネの廃棄ロスを減らし、総合的なエネルギー利用効率を高めることができます。
    • エネルギー安全保障の強化
      特定の国や地域に偏在する化石燃料とは異なり、水は地球上に豊富に存在します。グリーン水素の製造技術が確立されれば、各国が自国内でエネルギーを生産できる可能性が高まり、エネルギー供給の安定性向上と地政学的リスクの低減に寄与します。これは、国際情勢の不安定化が進む中で、各国にとって非常に魅力的な要素です。2022年以降の国際情勢の緊迫化を受け、欧州ではロシア産天然ガスへの依存度を低減させる切り札として、グリーン水素への期待が急速に高まっています。
    • 新たな産業の創出と経済成長
      グリーン水素に関連する技術開発、設備製造、インフラ整備、サプライチェーン構築などは、新たな産業と雇用を生み出す可能性を秘めています。各国政府が巨額の投資を行い...

    グリーン水素とは?なぜグリーン水素が注目されるのか、知っておきたい!グリーン水素のすべて

    【目次】

      地球温暖化の進行と化石燃料への依存からの脱却は、現代社会が直面する最も喫緊の課題の一つです。世界各国が持続可能な社会の実現に向けて、二酸化炭素排出量の削減目標を掲げ、再生可能エネルギーの導入を加速させています。しかし、太陽光や風力といった再生可能エネルギーは、その発電量が天候に左右され、安定供給が難しいという課題を抱えています。この不安定性を補い、エネルギー供給の安定化を図る上で、次世代のクリーンエネルギーとして大きな期待が寄せられているのが「水素」です。水素は燃焼時に水しか生成せず、二酸化炭素を排出しない究極のクリーン燃料として注目されています。中でも、製造過程においても二酸化炭素を排出しない「グリーン水素」は、真に持続可能なエネルギーシステムを構築する上で不可欠な存在として、その研究開発と社会実装が世界中で加速しています。今回は、このグリーン水素に焦点を当て、その定義、生成方法、他の水素との違い、そして将来性について詳しく解説し、グリーン水素が拓く持続可能な未来への道筋を探ります。

       

      1.  グリーン水素とは?定義、生成方法、その重要性

      (1)グリーン水素の定義

      グリーン水素とは、再生可能エネルギーを電力源として、水を電気分解することで製造される水素を指します。この製造プロセスにおいて、温室効果ガスである二酸化炭素を一切排出しないことが、グリーン水素の最大の特徴であり、他の方法で製造される水素と明確に区別される点です。つまり、風力発電、太陽光発電、水力発電、地熱発電といったクリーンな電力を使って水を水素と酸素に分離するため、製造から利用に至るまで、サプライチェーン全体を通して環境負荷が極めて低いと言えます。この「製造過程におけるCO2排出ゼロ」という点が、地球温暖化対策に貢献する上で極めて重要な意味を持つのです。

       

      (2)グリーン水素の生成方法

      グリーン水素の主要な生成方法は、水の電気分解(水電解)です。水(H2O)に電気を流すことで、水素(H2)と酸素(O2)に分解する化学反応を利用します。このプロセスには、主に以下の3つの技術が用いられます。下図は、アルカリ水電解法と固体高分子形水電解法のしくみです。

       

      グリーン水素とは?なぜグリーン水素が注目されるのか、知っておきたいグリーン水素のすべて

      【出典】資源エネルギー庁(次世代エネルギー「水素」、そもそもどうやってつくる?)
          https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suiso_tukurikata.html 

       

      • アルカリ水電解(AEL)
        最も歴史が長く、成熟した技術です。水酸化カリウム(KOH)などのアルカリ水溶液を電解質として使用します。大規模化に適しており、比較的低コストで水素を製造できる点が強みですが、高い純度の水素を得るためには追加の精製プロセスが必要となる場合があります。
      • 固体高分子形水電解(PEMEL)
        プロトン交換膜(PEM)を電解質として使用します。小型化が可能で、急速な起動・停止、電力変動への高い追従性が特徴です。再生可能エネルギーの変動性に対応しやすいため、グリーン水素製造の有力な選択肢として注目されています。高純度の水素を直接生成できる利点もありますが、触媒に白金などの貴金属を用いるため、コストが高いという課題があります。
      • 固体酸化物形水電解(SOEC)
        高温(700~900℃)で動作するセラミックスを電解質として使用します。高温の蒸気を利用することで、電気エネルギーだけでなく熱エネルギーも効率的に活用できるため、エネルギー効率が高いことが特徴です。製鉄所や化学プラントなど、大量の排熱を有効活用できる場所での導入が期待されていますが、高温での運転が難しく、耐久性やコストが課題とされています。

       

      グリーン水素の主要な生成方法技術は、再生可能エネルギー由来の電力をいかに効率的かつ低コストで利用し、水素を安定的に供給できるかが開発競争の焦点となっています。

       

      (3)グリーン水素の重要性

      グリーン水素がこれほどまでに注目されるのは、地球規模のエネルギー転換において、その役割が極めて大きいからです。

      • 脱炭素社会の実現
        製造から利用までCO2を排出しないグリーン水素は、化石燃料に代わる究極のクリーンエネルギーとして、産業、運輸、電力などあらゆる分野での脱炭素化に貢献します。特に、電化が難しい重工業(鉄鋼、化学、セメントなど)や長距離輸送(航空、海運、大型トラック)において、グリーン水素は代替燃料として不可欠な存在となります。特に、EUが「Fit for 55」で再生可能エネルギー由来水素の利用を義務付けたり、米国が「インフレ抑制法(IRA)」でグリーン水素製造に巨額の税額控除を設けたりするなど、世界各国が政策を総動員して導入を後押ししています。
      • 再生可能エネルギーの導入拡大と安定化
        再生可能エネルギーは天候に左右されるため、発電量が不安定です。余剰電力をグリーン水素の製造に利用することで、エネルギーを貯蔵し、必要な時に燃料電池などで電力に戻すことが可能になります。これにより、再生可能エネルギーの変動性を吸収し、電力系統の安定化に貢献するとともに、再エネ導入の拡大を後押しします。季節変動や時間帯変動による余剰電力を有効活用することで、再エネの廃棄ロスを減らし、総合的なエネルギー利用効率を高めることができます。
      • エネルギー安全保障の強化
        特定の国や地域に偏在する化石燃料とは異なり、水は地球上に豊富に存在します。グリーン水素の製造技術が確立されれば、各国が自国内でエネルギーを生産できる可能性が高まり、エネルギー供給の安定性向上と地政学的リスクの低減に寄与します。これは、国際情勢の不安定化が進む中で、各国にとって非常に魅力的な要素です。2022年以降の国際情勢の緊迫化を受け、欧州ではロシア産天然ガスへの依存度を低減させる切り札として、グリーン水素への期待が急速に高まっています。
      • 新たな産業の創出と経済成長
        グリーン水素に関連する技術開発、設備製造、インフラ整備、サプライチェーン構築などは、新たな産業と雇用を生み出す可能性を秘めています。各国政府が巨額の投資を行い、技術革新を加速させることで、新たな経済成長の原動力となることが期待されています。

       

      これらの理由から、グリーン水素は単なる代替燃料にとどまらず、持続可能な社会を築くための基盤となる戦略的エネルギー源として、その重要性が日増しに高まっているのです。

       

      2.  水素のグレード比較、色で区別される水素の多様性

      水素は、製造方法によってCO2排出量が大きく異なります。このためにその区分を「色」を用いた分類が一般的に用いられています。これは公式な国際基準ではありませんが、水素の環境負荷を視覚的に理解しやすくするための便利な呼称として広く普及しています。ここでは、主要な水素のグレードと、それぞれの特徴について解説します。下図は、グレー・ブルー・グリーン水素の概念図です。

       

      グリーン水素とは?なぜグリーン水素が注目されるのか、知っておきたいグリーン水素のすべて

      【出典】資源エネルギー庁(次世代エネルギー「水素」、そもそもどうやってつくる?)
          https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suiso_tukurikata.html 

       

      (1)グリーン水素 (Green Hydrogen)

      • 定義
        前述の通り、再生可能エネルギー(太陽光、風力、水力など)を電力源とした水の電気分解によって製造される水素です。
      • CO2排出
        製造プロセスにおけるCO2排出量はゼロ、またはそれに極めて近いとされます。
      • 特徴
        環境負荷が最も低く、真にクリーンなエネルギーキャリアとして期待されています。しかし、再生可能エネルギーのコストや電気分解装置の効率性、初期投資の大きさなどから、現時点では製造コストが高い傾向にあります。将来的な技術革新と規模拡大により、コストダウンが期待されています。現在、グリーン水素の製造コストは1kgあたり約1,000円〜2,000円程度とされていますが、日本政府は「グリーン成長戦略」において、2030年までに約330円/kg、2050年までに化石燃料由来の水素と同等の約220円/kgまでコストを下げるという野心的な目標を掲げています。

       

      (2)ブルー水素 (Blue Hydrogen) 

      • 定義
        天然ガスを原料とし、水蒸気改質などの方法で製造される水素です。この際、発生するCO2を炭素回収・貯留(CCS: Carbon Capture and Storage)技術によって回収し、地中深くに貯留するか、有効利用(CCU: Carbon Capture and Utilization)します。
      • CO2排出
        CCS技術の効率に依存しますが、製造プロセスにおけるCO2排出量は大幅に削減されます。完全にゼロではないものの、従来のグレー水素に比べて環境負荷は格段に低いとされます。
      • 特徴
        天然ガスを主要なエネルギー源とする地域で、比較的低コストで大量生産が可能です。CCS技術の普及と成熟が鍵となりますが、グリーン水素への移行期間における現実的な脱炭素ソリューションとして期待されています。

       

      (3)グレー水素 (Grey Hydrogen)

      • 定義
        化石燃料(主に天然ガスや石炭)を原料とし、水蒸気改質などの方法で製造される水素です。
      • CO2排出
        製造プロセスで発生するCO2は大気中に放出されます。水素1kgの製造あたり、約9~10kgのCO2が排出されると言われています。
      • 特徴
        現在、世界の水素生産量の大部分を占めており、最もコストの低い製造方法です。しかし、製造過程で大量のCO2を排出するため、脱炭素社会の実現には逆行する存在です。

       

      (4)ブラック水素/ブラウン水素 (Black/Brown Hydrogen) 

      • 定義
        石炭を原料とし、ガス化によって製造される水素です。ブラック水素は瀝青炭、ブラウン水素は褐炭を使用します。
      • CO2排出
        グレー水素と同様に、製造プロセスで大量のCO2が排出され、大気中に放出されます。石炭は天然ガスよりも炭素含有量が高いため、同じ量の水素を製造する際に排出されるCO2の量はより多くなります。
      • 特徴
        石炭が豊富な地域で生産されることが多く、コストは低いですが、最も環境負荷の高い水素製造方法です。

       

      (5)その他の水素(ピンク水素、イエロー水素、ターコイズ水素など)

      上記以外にも、以下のような分類が存在します。

      • ピンク水素 (Pink Hydrogen)
        原子力発電の電気を使って水を電気分解して作られます。製造過程ではCO2を排出しませんが、原子力発電自体が持つ放射性廃棄物や安全性に関する課題があるため、議論の対象となることがあります。
      • イエロー水素 (Yellow Hydrogen)
        特定の再生可能エネルギー源に限定せず、電力網(グリッド)から供給される電気を使って作られる水素を指します。この電力網には、再生可能エネルギーだけでなく、化石燃料由来の電気も含まれるため、その時の電力ミックスによってCO2排出量は変動します。電力網全体の脱炭素化が進めば進むほど、イエロー水素の環境負荷も低減していくことになります。
      • ターコイズ水素 (Turquoise Hydrogen)
        比較的新しい概念で、メタンの熱分解によって作られます。従来の製造方法ではCO2が大気中に放出されるのに対し、ターコイズ水素の製造では固体炭素が生成されます。この固体炭素は、タイヤの材料や建材などに利用することも可能であり、CO2排出を抑えることができる点が注目されています。

       

      (6)日本の位置づけと「クリーン水素」

      日本政府は、グリーン水素だけでなく、CO2を回収するブルー水素も含めて「クリーン水素」と定義し、多様な選択肢で水素社会の実現を目指す戦略をとっています。これは、再生可能エネルギーの導入ポテンシャルやコストを考慮した、現実的なアプローチと言えます。将来的にはグリーン水素を主力としつつ、当面はブルー水素も活用していく方針です。

       

      これらの「色」による分類は、水素の製造過程における環境負荷の違いを明確にするためのものです。脱炭素社会を目指す上で、グレー水素やブラック水素から、ブルー水素、そして究極的にはグリーン水素へとシフトしていくことが、喫緊の課題となっています。特に、再生可能エネルギーの普及拡大と相まって、製造過程で全くCO2を排出しないグリーン水素が、最も持続可能な選択肢として世界中で注目されているのです。

       

      3.  グリーン水素の将来展望、社会実装への課題と可能性

      グリーン水素は、持続可能な社会の実現に向けた重要な鍵を握っています。その将来展望は明るいものの、社会実装にはまだいくつかの課題が存在します。ここでは、グリーン水素がどのような未来を描き、そしてその実現に向けてどのようなハードルを越える必要があるのかを探ります。

       

      (1)グリーン水素の将来展望

      グリーン水素は、多岐にわたる分野で私たちの生活と産業を大きく変革する可能性を秘めています。

      • 産業の脱炭素化
        鉄鋼、化学、セメント、アンモニアといったCO2排出量の多い重工業分野において、グリーン水素は化石燃料の代替として不可欠です。例えば、鉄鋼業では、日本製鉄やJFEスチールなどが、高炉での石炭の代わりに水素を使う「水素還元製鉄」の技術開発を国家プロジェクトとして進めています。化学産業では、アンモニアやメタノールの製造において、グリーン水素を原料とすることで、クリーンな製品生産が可能になります。これにより、産業全体のサプライチェーンにおける脱炭素化が加速し、環境負荷の低い製品が市場に供給されるようになります。
      • 電力系統の安定化とエネルギー貯蔵
        再生可能エネルギーの導入が進む中で、その変動性への対応は喫緊の課題です。余剰電力を利用してグリーン水素を製造し、貯蔵することで、電力需要のピーク時や再生可能エネルギーの発電量が少ない時に、燃料電池などで電力に戻すことが可能になります。これにより、大規模なエネルギー貯蔵システムとして機能し、電力系統の安定化に大きく貢献します。また、長距離・長期間のエネルギー輸送・貯蔵が可能になるため、エネルギーの地産地消だけでなく、国際的なエネルギー流通の選択肢も広がります。
      • モビリティ分野の多様化
        自動車、鉄道、船舶、航空機など、幅広いモビリティ分野での燃料としての利用が期待されています。特に、長距離を走行する大型トラックやバス、排出ガス規制が厳しい船舶や航空機においては、バッテリー駆動では困難な航続距離や積載量を確保できるため、グリーン水素燃料電池や水素エンジンが有力な選択肢となります。水素ステーションなどのインフラ整備が進めば、クリーンな交通手段が普及し、都市部の大気汚染改善にも寄与します。日本では、トヨタ自動車が水素で走るエンジン車をモータースポーツで実証実験しているほか、川崎重工は世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」を建造し、オーストラリアから日本への水素輸送に成功しています。
      • 地域分散型エネルギーシステムの構築
        再生可能エネルギー源が豊富な地域でグリーン水素を製造し、地元の需要を賄うことで、地域ごとのエネルギー自立度を高めることができます。これにより、大規模集中型電源に依存しない、災害に強いレジリエントなエネルギーシステムの構築にも貢献します。

       

      (2)グリーン水素、社会実装への課題

      グリーン水素の可能性は大きいものの、社会実装には克服すべき複数の課題が存在します。

      • 製造コストの高さとサプライチェーンの構築
        最も大きな課題はコストです。現状、グリーン水素の製造コストは1kgあたり約1,000円〜2,000円と、グレー水素(約100円〜200円)の数倍から10倍以上も高価です。日本政府は2030年までに約330円/kgまでコストを下げる目標を掲げていますが、その実現には水電解装置の劇的なコストダウンと、安価な再生可能エネルギーの大量導入が不可欠です。また、水素を海外から輸送するためのサプライチェーン構築も大きな課題であり、現在、ENEOSや岩谷産業などが、再生可能エネルギーが豊富なオーストラリアや中東諸国と連携し、その構築を急いでいます。
      • インフラ整備の遅れ
        水素の製造、貯蔵、輸送、供給に関わるインフラ(製造プラント、貯蔵タンク、パイプライン、水素ステーションなど)の整備が、現状では十分ではありません。特に、高圧ガスとしての貯蔵・輸送には高い技術と安全対策が求められ、多額の初期投資が必要です。既存のインフラ(天然ガスパイプラインなど)を水素用に転用する研究も進められていますが、安全性と適合性の検証が求められます。
      • 安全性への懸念と社会受容
        水素は可燃性のガスであり、過去の事故例などから、一般の人々の間で安全性への懸念が根強く残っています。しかし、適切な技術と安全管理を徹底することで、ガソリンなど他の燃料と同等以上の安全性を確保することは可能です。安全基準の策定、規制の整備、そして一般市民への正確な情報提供と啓発活動を通じて、社会的な受容性を高めることが重要です。
      • 法規制・標準化の整備
        水素の製造、貯蔵、輸送、利用に関する国際的な法規制や標準化が、まだ十分に整備されていません。これにより、国際的なサプライチェーンの構築や、技術の輸出入、設備導入が円滑に進まない可能性があります。国際協力の下で、統一された基準の策定が急務です。
      • 技術的課題
        大規模な水素貯蔵技術、高効率な燃料電池技術、より安価で耐久性のある触媒の開発など、さらなる技術革新が求められています。特に、長期間・大量の水素を安全かつ効率的に貯蔵・輸送する技術は、今後の普及に不可欠です。

       

      (3)グリーン水素の可能性

      前述の課題を乗り越えることで、グリーン水素は計り知れない可能性を秘めています。

       

      • 技術革新と規模の経済
        世界中の企業や研究機関がグリーン水素技術の開発に巨額の投資を行っており、ブレークスルーが期待されています。水電解装置の効率向上、耐久性向上、そして製造コストの劇的な低減が進めば、グリーン水素は経済的に競争力のあるエネルギー源となるでしょう。大規模なプロジェクトが世界中で稼働し始めれば、規模の経済が働き、さらなるコストダウンが期待できます。
      • 国際協力とグローバルなサプライチェーン
        再生可能エネルギー資源が豊富な地域(例えば、オーストラリア、中東、南米の一部など)でグリーン水素を製造し、エネルギー資源が乏しい消費国へ輸出するグローバルなサプライチェーンの構築が進んでいます。これにより、エネルギーの安定供給と脱炭素化を同時に実現する新たな国際協力の形が生まれるでしょう。
      • 多様なアプリケーションの拡大
        現在は研究段階にあるものの、グリーン水素は合成燃料(e-fuel)の原料としても期待されています。e-fuelは、グリーン水素とCO2を合成して作られる燃料で、既存の輸送インフラをそのまま利用できるため、特に航空・海運分野での脱炭素化に貢献します。

       

      グリーン水素の社会実装は容易ではありませんが、各国政府の強力な支援、民間企業の積極的な投資、そして技術革新の加速により、その未来は確実に拓かれていくと期待されています。

       

      4.  まとめ、グリーン水素が拓く持続可能な未来への道

      今回見てきたように、グリーン水素は再エネ由来の電力で水を分解して作られ、その全工程でCO2を排出しない究極のクリーンエネルギーです。製造コストは1kgあたり1,000円以上とまだ高価ですが、政府が掲げる「2030年330円/kg」という目標達成に向け、国内外で技術革新が加速しています。水素還元製鉄や合成燃料(e-fuel)による産業・運輸部門の脱炭素化、そして再生可能エネルギーの安定供給に貢献する「エネルギーキャリア」としての役割は、まさに未来社会の基盤です。課題は多いものの、欧州のグリーンディール政策や日本のグリーン成長戦略といった強力な後押しを受け、川崎重工の液化水素運搬船や世界各地で計画される巨大な製造プラントなど、その未来はすでに形になり始めています。

       

      ◆関連解説記事<燃料電池自動車開発 水素エネルギー社会(その1)

       

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      この記事の著者

      高原 忠良

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      【SDGs取組み事例】事業性質にとらわれず、“SDGsに貢献可能なものは何か”を皆で考える エスティーティー株式会社(神奈川県秦野市)

      【目次】 国内製造業のSDGs取り組み事例一覧へ戻る 1. 従業員の意識改革や職場環境の整備などに取り組む エスティーティー株式...

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