日本の「ものづくりの心」

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 ものづくり私が会社に入ったのは、1971年でした。当時は今よりも業種は少なかったですが、主柱事業である時計の組み立て工場に配属になりました。水晶腕時計が開発、発売された直後でしたが、まだまだ機械式腕時計が中心で、高い技能を持ち合わせた女性ばかりのラインでした。
 
 機械式腕時計とは、ゼンマイ駆動の時計のことですが、配属先は中でも最高級品の組み立て工場でした。時計の中のあの小さな部品たちが光を放ちながら時を刻んでいくことに感動したものでした。今でもその感動は鮮明に覚えています。その作業を夢中で習得している時、ある女性作業者が、上司に、「この油溜まりの油の形は少し歪んでいる。これでいいのか」と言っているのを聞きました。
 
 油溜まりとは、歯車の軸とそれを受けているルビーなどの人工石との接触部分の摩擦を和らげるための油を溜めておくところです。このルビーの石は、1つの時計でおよそ20~25個くらい使われており、その数で23石とか25石などと言われています。直径1~2ミリ程度で、その中心に穴が開いていて、そこで歯車の軸を受けます。中央は凹レンズのようにさらってあり、その部分に油を溜めておきます。
 
 そこにキズ見や顕微鏡で確認しながらある適量の透明な油を差します。この作業を注油と言います。中心の穴を取り巻くように均等に注油するわけですが、その作業の仕方によってわずかに変形することもあります。その変形の量を見た女性作業者が、これでいいのか、このまま次工程に流動して良いかについての上司とのやり取りでした。
 
 上司は、「規格に入っているからOKです」と言ったのですが、どうもその女性は気が済まないようで、「規格に入っていればそれで良いのですか。もう一度その油を除去し、やり直したい。私だったらこれは買いません!」というやり取りでした。
 
 私も色々わかるようになってからですが、この時のことを思い出すと、すごいプロ意識だと思います。気持ちが満足しないんですね。常に最高を目指す心が許さない。当時は、お客様に心を込めて作り込むという品質意識も高かったですから、規格に対してOK、NGという機械的な品質の作り込みではなく、そこに心が存在したんですね。自分たちで品質を作り込むんだという意識は本当に高かったと思います。
 
 昔から、日本のものづくり品質の強さは、①工程で品質を作り込む ②作業者の質の高さ だと言われてきましたが、自分が満足して作り込んだ良い品質のものを自信を持ってお客様に提供し、お客様に喜んでいただく、それがものづくりの誇りでもあります。ここに日本のオペレータの優秀さやものづくりの心を感じます。製品の品質を考える時、昔のこの出来事を思い出します。商品は売るのではなく、買っていただくという考えが底辺にはあります。
 
 一方、当時の米国では、こんな話もありました。ある自動車会社の女性オペレータが、前工程から流動されて来るタイヤのホイルを磨くという作業。油で黒く汚れたボロ布で拭いていたとのことで、これでは綺麗になるどころか、黒い汚れが付着するばかりです。
 
 たまたま通りかかった管理職が、その作業を見て、なぜこんなに汚れた布で拭いているのかとその作業者に聞いたところ、「私は上司からこの布を与えられ、ホイルを拭きなさいと言う指示を受けています。流動されてきたものを拭くことが仕事です。布が汚れているとかきれいだとかは関係ありません。上司の言いつけを守っているんです」との返答があったと言います。
 
 今では、こんなことはないでしょうが、物を作る、あるいはその一部を担当する時にお客様を意識したり、どうしてこんな作業をするのだろうかと考えてみるとか、もっと良いものを作ろうという心があるかないかで、こんな風になってしまうんですね。恐らく当時の企業体質やまだまだ未熟だった人財育成の仕組み、あるいはもっと深い理由、例えば国民性や風土、ものを作ることになった経緯、歴史の中にも原因があるかもしれません。
 
 日本は資源のない国ですから、資源を輸入し製品加工して輸出するという加工貿易が盛んでした。その中には原材料を無駄にせず大切にするような意識の違いがあったのかもしれません。その中で長い時間をかけて高い作り込み品質が築かれてきたのかもしれません。
 
 お...
 ものづくり私が会社に入ったのは、1971年でした。当時は今よりも業種は少なかったですが、主柱事業である時計の組み立て工場に配属になりました。水晶腕時計が開発、発売された直後でしたが、まだまだ機械式腕時計が中心で、高い技能を持ち合わせた女性ばかりのラインでした。
 
 機械式腕時計とは、ゼンマイ駆動の時計のことですが、配属先は中でも最高級品の組み立て工場でした。時計の中のあの小さな部品たちが光を放ちながら時を刻んでいくことに感動したものでした。今でもその感動は鮮明に覚えています。その作業を夢中で習得している時、ある女性作業者が、上司に、「この油溜まりの油の形は少し歪んでいる。これでいいのか」と言っているのを聞きました。
 
 油溜まりとは、歯車の軸とそれを受けているルビーなどの人工石との接触部分の摩擦を和らげるための油を溜めておくところです。このルビーの石は、1つの時計でおよそ20~25個くらい使われており、その数で23石とか25石などと言われています。直径1~2ミリ程度で、その中心に穴が開いていて、そこで歯車の軸を受けます。中央は凹レンズのようにさらってあり、その部分に油を溜めておきます。
 
 そこにキズ見や顕微鏡で確認しながらある適量の透明な油を差します。この作業を注油と言います。中心の穴を取り巻くように均等に注油するわけですが、その作業の仕方によってわずかに変形することもあります。その変形の量を見た女性作業者が、これでいいのか、このまま次工程に流動して良いかについての上司とのやり取りでした。
 
 上司は、「規格に入っているからOKです」と言ったのですが、どうもその女性は気が済まないようで、「規格に入っていればそれで良いのですか。もう一度その油を除去し、やり直したい。私だったらこれは買いません!」というやり取りでした。
 
 私も色々わかるようになってからですが、この時のことを思い出すと、すごいプロ意識だと思います。気持ちが満足しないんですね。常に最高を目指す心が許さない。当時は、お客様に心を込めて作り込むという品質意識も高かったですから、規格に対してOK、NGという機械的な品質の作り込みではなく、そこに心が存在したんですね。自分たちで品質を作り込むんだという意識は本当に高かったと思います。
 
 昔から、日本のものづくり品質の強さは、①工程で品質を作り込む ②作業者の質の高さ だと言われてきましたが、自分が満足して作り込んだ良い品質のものを自信を持ってお客様に提供し、お客様に喜んでいただく、それがものづくりの誇りでもあります。ここに日本のオペレータの優秀さやものづくりの心を感じます。製品の品質を考える時、昔のこの出来事を思い出します。商品は売るのではなく、買っていただくという考えが底辺にはあります。
 
 一方、当時の米国では、こんな話もありました。ある自動車会社の女性オペレータが、前工程から流動されて来るタイヤのホイルを磨くという作業。油で黒く汚れたボロ布で拭いていたとのことで、これでは綺麗になるどころか、黒い汚れが付着するばかりです。
 
 たまたま通りかかった管理職が、その作業を見て、なぜこんなに汚れた布で拭いているのかとその作業者に聞いたところ、「私は上司からこの布を与えられ、ホイルを拭きなさいと言う指示を受けています。流動されてきたものを拭くことが仕事です。布が汚れているとかきれいだとかは関係ありません。上司の言いつけを守っているんです」との返答があったと言います。
 
 今では、こんなことはないでしょうが、物を作る、あるいはその一部を担当する時にお客様を意識したり、どうしてこんな作業をするのだろうかと考えてみるとか、もっと良いものを作ろうという心があるかないかで、こんな風になってしまうんですね。恐らく当時の企業体質やまだまだ未熟だった人財育成の仕組み、あるいはもっと深い理由、例えば国民性や風土、ものを作ることになった経緯、歴史の中にも原因があるかもしれません。
 
 日本は資源のない国ですから、資源を輸入し製品加工して輸出するという加工貿易が盛んでした。その中には原材料を無駄にせず大切にするような意識の違いがあったのかもしれません。その中で長い時間をかけて高い作り込み品質が築かれてきたのかもしれません。
 
 お客様を意識した品質の作り込みとは、自分が満足のいく作業、つまりより自分を高める心の成長であり、この程度で良いとか規格に入っていれば良いということではなく、少しでもより良い品質を追求する日本の「ものづくりの心」です。ここのところが、日本企業の強さだと考えています。
 
 国内空洞化が進み、東南アジアに現場が出て行ってしまう今日ですが、この日本のものづくりの心も同時に薄れてきたように感じます。一方で製造現場の国内回帰の動きも出てきていますが、薄れてしまったものづくりの心は取り戻せないかもしれません。
 
 このような数字やデータでは測れない見えないところに、ものづくり企業の基盤の強さがあったのでしょう。これが水面下で延々、脈々と受け継がれていくことで、企業の強い体質も伝承されると思いますが、今日のように成果主義が強調されすぎたり、表面だけの実績、業績を追い求めるような動きも見え、気になります。ものづくり現場を日本に保有している企業、そして回帰する企業にとって、もう一度考えてみたいテーマです。
 

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この記事の著者

清水 英範

在社中、クリーン化25年の経験、国内海外のクリーン化教育、現場診断・指導多数。ゴミによる品質問題への対応(クリーン化活動)を中心に、安全、人財育成等も含め多面的、総合的なアドバイス。クリーンルームの有無に限らず現場中心に体質改善、強化のお手伝いをいたします。

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