【SDGs取組み事例】「働く喜びを」障がい者雇用続けて半世紀  日本理化学工業株式会社(神奈川県川崎市)

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日本理化学工業の社員のみなさん

神奈川県川崎市で文具や事務用品の製造・販売などを行う日本理化学工業株式会社(代表取締役社長 大山 隆久氏)では、廃棄されるホタテ貝殻(かいがら)の粉末を利用した「ダストレスチョーク」の生産・販売をはじめ、窓ガラスに描いて消すことが可能な「キットパス」などを開発。世界ブランドを目指しています。一方、1959(昭和34)年から知的障がい者雇用を続け、現在では全従業員の7割を占める67人が従事しています。同社の取り組みを紹介します。

【目次】

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    従業員の7割が障がい者 チョークメーカーの挑戦

    日本理化学工業株式会社は1937(昭和12)年、東京都大田区に雑貨商として創業しましたが、取引先の学校から「アメリカから目や呼吸器に刺激とならない炭酸カルシウム製のチョークを取り寄せてほしい」との依頼を受けことが、のちの粉の飛散が少ないダストレスチョーク誕生のキッカケとなります。
    一方、同社事業を語るうえで欠かすことのできないものに、1959(同34)年から始まった知的障がい者(以下、障がい者)雇用があります。同年、女子生徒2人を連れた養護学校(現在の特別支援学校)の教諭が前会長・大山泰弘氏のもとを訪れ「卒業予定の生徒を採用していただけないでしょうか」と嘆願。当時は障がい者雇用に対する知識や経験もなかったため、断っています。
    しかし、その後も熱心な訪問は続き、3度目の際「就職は諦めましたが、職業体験だけでもお願いできないでしょうか」との熱意に押され、2週間の受け入れを承諾しました。背景には、卒業してしまうと、地方の施設で暮らすようになり、働く喜びを知ることなく一生を過ごしてしまうため、どうしても、生徒たちに体験させたいという教諭の強い思いがありました。
    職業訓練を続ける中、動作の遅さやコミュニケーションの難しさなど諸問題はありましたが、ほめられた覚えたての作業を、昼休憩になっても手を休めることなく取り組む姿に心打たれた従業員の強い要望から、2人の受け入れが決まりました。
    その後は年々、同校からの採用も増え続け、半世紀以上を経た今、川崎工場は「もにす認定制度」[1]において、もにす認定を取得。また、障がい者雇用に力を入れる北海道美唄市の声掛けから美唄工場も建設され、同工場では白チョークの生産が行われています。
    また、2008(平成20)年に『日本でいちばん大切にしたい会社』(坂本光司著・あさ出版)で、障がい者雇用に対する取り組みが紹介されたことをキッカケに多くのメディアで取り上げられたほか、2023年には、同書を基にノンフィクションで描かれた『虹色のチョーク 知的障がい者と歩んだ町工場のキセキ』(小松成美著・幻冬舎)がドラマ化され、大きな反響を呼びました。現在は川崎・美唄工場含め93人の従業員のうち、障がい者67人(1月末時点)が従事。4月1日からは3人(障がい者雇用は1人)の入社が決まっています。

    ホタテ貝がらの微粉末を使うことで、粉の飛散も少ない「ダストレスチョーク」(同社提供)

    写真説明】ホタテ貝がらの微粉末を使うことで、粉の飛散も少ない「ダストレスチョーク」(同社提供)

    初めての給料日を迎えた従業員(左)と大山隆久社長(同社提供)

    写真説明】初めての給料日を迎えた従業員(左)と大山隆久社長(同社提供)

     

    従業員個々の能力に合わせた作業基準

    ダストレスチョークやキットパスの生産に当たっては製造から箱詰めやシール貼り、出荷までのラインすべてを障がいを持つ従業員が担っています。ひとことに障がいと言っても文字の読み取りや言葉を使ったコミュニケーションが苦手な従業員もいれば、周囲に対する気配りや業務に関する提案も可能など、個々の能力や機能はさまざまです。
    雇用については「軽度の障がい者のみ採用」という考えもありますが、同社では①障がいの分類(軽度~重度)に関係なく『60歳まで働きたい』という強い意志をもっていること②自身の生活環境において、身の回りのことができる③学校や家族のサポートがあり、両者が日本理化学工業で働くことを受け止め、応援してくれることを重視しています。
    いざ、働き始めると「時計の見方が分からない」、「数字が読めず重さを量ることができない」といった問題も出てきましたが、砂時計を使い「砂が無くなったら3分が経過したため作業は終了」、「おもりを重さ別に色分けし、対象の製品と比較する」など、それぞれの能力に合わせた同社独自の作業基準を設けています。

    製造から箱詰めやシール貼り、出荷までのラインすべてを障がいを持つ従業員が担う(同社提供)

    写真説明】製造から箱詰めやシール貼り、出荷までのラインすべてを障がいを持つ従業員が担う(同社提供)

     

    人にも環境にもやさしい“価値”を国内外に

    同社にとって2005年に大きな転機が訪れます。それまで年間約18万トンが廃棄され、社会問題となっていたホタテ貝殻の活用法を、北海道立総合研究機構と共同で研究を進めた結果、微粉末を使った「ダストレスチョーク」の開発に成功。製造・販売が始まりました。ダストレスチョークは環境面に対する取り組みのほか、黒板への色乗り具合や強度、粉末が飛散しにくいといった品質面も向上し、教育現場を中心に広く利用されています。また、同年には窓ガラスや平滑面に描けるうえ、水を使えば何度でも消すことが可能なキットパスの販売も始まっています。
    キットパスは、クレヨンを使って紙に絵を描くという、これまでとは異なる手法や透明なものに描くことで表現力の向上も見込めるなど、画期的な商品として期待されましたが、発売当初の販売数は伸びなかったといいます。「水で消すことができるという意味が浸透しなかったことや、誤って壁紙に描いてしまうと消すことが難しいうえ、日本国内は海外と違い、壁紙を貼り替えるといった文化もなければ、費用も高額となるため、国内市場のハードルは高かった」と振り返ります。その後は、国内やドイツの展示会で周知に努めた結果、環境配慮や機能面、障がい者雇用といった多様性な事業が高く評価され、2009(平成21)年のISOT(国際文具・紙製品展)では「キットパス キッズ」が日本文具大賞の機能部門でグランプリを受賞。これを機に広く知られることとなり、現在は国内や欧米、中国など十数カ国で販売されています。

    窓ガラスや平滑面に描け、水を使えば何度でも消すことが可能なキットパス(同社提供)

    写真説明】窓ガラスや平滑面に描け、水を使えば何度でも消すことが可能なキットパス(同社提供)


    また、2019年から始まった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)では、各国で「ステイホーム」が叫ばれる中、ディストリビューターを通じ「窓ガラスに虹を描こう」と銘打ったキャンペーンを実施。人通りがない中、窓ガラスを通したコミュニケーションなどにキットパスが使われ、2020年は過去最高の売上を記録。同社は「“虹”という世界共通の象徴的なアイコンに、各国で異なる虹の色を描きたいという気持ちや、さまざまな思いから受け入れられたのではないか」とみています。
    このほか、同社では色覚対応の「ダストレスeyeチョーク」の製造・販売も行っています。これは、一般のチョークと比べ、色の明度と彩度に差をつけた4色(朱赤、黄、青、緑)を使用。色の識別がしやすくなっており「せっかく入学したのに色が分からないことから、学校がつまらない場所となってしまう。チョークのメーカーとして、何とかしなければならないという思いで改良を重ねてきた製品」と話します。

    「窓ガラスに虹を描こう」と銘打ち、国内外で行われたキャンペーン(同社提供)

    写真説明】「窓ガラスに虹を描こう」と銘打ち、国内外で行われたキャンペーン(同社提供)

     

    キットパス号で遊びの場を提供、全国に描く楽しさ発信

    同社では2021年9月からSDGs推進チームを設け、活動しています。内容は①月に1度開かれる全体会議の中で、SDGsに関する話題を共有②SDGsの話題を障がいを持つ従業員にも分かりやすい表現を使ったニュースレターを発行③外部講師を招いた講演会の開催です。
    このほか、地域貢献活動では「かわさきSDGsパートナー」主催のイベントに参加。社内活動報告のほか、子どもたちが自由に“楽描き(らくが)”できる「キットパス号」を持ち込み、遊びの場を提供するなど、積極的な取り組みを行っています。キットパス号は、軽自動車の保冷車を改造したもので、2022年11月から関東を中心に全国キャンペーンを実施。北は北海道の網走市から南は広島県まで出向き、学校やイベント会場で楽描きの楽しさを発信しています。

    大人から子どもまでが自由に楽描き(らくが)”できる「キットパス号」

    写真説明】大人から子どもまでが自由に“楽描き(らくがき)”できる「キットパス号」(2023年かわさきSDGsパートナーまつりの様子・同社提供)

    SDGs推進チーム発足当時は、古くから「人にやさしく、地球にやさしく」をモットーに、人体や環境に配慮した製品製造や障害者雇用など、独自に積み上げてきた基盤があったことから、SDGsの潮流に合わせる必要性を疑問視する声も挙がったといいます。ただ「社内が良ければそれでいいという考えではこれ以上、何も発信できない」という考えから、改めて従業員に対し、内容の周知に努めるとともに、身の回りの「無駄なものを買わない」、「ごみの分別」など、自身に落とし込んだ活動を通じて、従業員全員が内容を把握し、誰に対しても答えられる環境づくりを目指した取り組みを続けています。
    その結果「マイ箸(はし)の使用」や「ごみの分別」のほか「有料の袋を使用する事業用ゴミ袋は一杯になったら捨てよう」など、従業員の意識にも変化がみられるようになりました。また、対外的にも「かわさきSDGsパートナー」に登録・認証されたことで、これら取り組み以外に、同社の古くからの活動を周知するきっかけともなり、知名度の向上に繋(つな)がっています。

     

    法定雇用率ではなく、戦力としての障がい者雇用を

    今後について「環境に配慮した製品づくりや、人にやさしいサステナブルな社会を目指すといった点では、日本理化学工業らしい視点で継続していきたい」と、これまでの取り組みを続けると共に、FSC認証[2]を受けた紙などの使用を進める予定です。
    このほか、同社は「キットパスを世界ブランドに」、「すべての世代に楽描き文化を」といった2つの目標を掲げています。これは、キットパスを「世界中の大人から子どもまで、楽しく描くための筆記具として利用してもらうと同時に、学校や絵画コンクールといった“評価される世界”とは関係のない場で自由に描いてもらう“楽描き文化”を広めたい」との考えに基づき、世界に発信していきます。
    加えて「日本理化学工業を目指さない」。これは現在も同社の取り組みを学ぼうと、多くの企業や障がいを持つ子の親たちが全国各地から訪れています。障がい者雇用のノウハウの習得や入社についてなど、理由はさまざまですが「理化学はチョークのメーカーであり、重度障がい者を含めれば100%以上の雇用率となるが、法定雇用率を目指しているのではなく、戦力になるから採用している。このような考えが広く浸透していくことを願っているが、働くチャンスを作るのは経営陣の方々であって、当社を目指したらそこで終わってしまう。学びだけではなく、自身の会社で新たなモデルケースを作り上げ、全国に広めてほしい」と話しています。同社の障がい者雇用と環境に配慮した製品づくりや地域貢献活動はこれからも続きます。

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    記事:産業革新研究所 編集部 深澤茂


    【用語解説】

    [1] もにす認定制度:障がい者雇用促進のほか、雇用安定に関する取り組みの実施状況などが優良な中小事業主に対し、厚生労働大臣が認定する制度。
    [2] FSC認証:FSC(Forest Stewardship Council:森林管理協議会)
    環境団体、林業者、木材取引企業、先住民団体、地域林業組合等の代表者から構成されるNPO。適切な森林管理の推進が目的。森林の生物多様性や先住民族、労働者の権利などを守り、森林管理の認証を受けた森林から生産された製品であることを認めたもの。環境省:環境ラベル等データベースから引用。


    会社概要
    名称:日本理化学工業株式会社
    所在地:神奈川県川崎市
    HP:https://www.rikagaku.co.jp/


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