マーケティングは芸術(その1)

【マーケティングは芸術、連載目次】

1.芸術とは

 「マーケティングは科学であり芸術である。」というマーケティングについての有名な言葉があります。今回はこの文章の後半の「マーケティングは芸術である。」の部分について考えます。

 それを考えるに当り、そもそも芸術とは何なのかをちょっと考えてみましょう。芸術の成立要件は、「感動」を生み出すことと、そしてその生成物の芸術作品が「ユニークさ」を持っていることの2つを実現することです。感動を与えることが芸術の要件であることに対しては、意義がないでしょう。また、その感動がなんらかの模倣であれば、いくらすばらしくても、それは芸術とは言いません。

 つまり芸術は、感動とユニークさを創出する活動と言えるのです。

◆関連解説『事業戦略とは』

 

2.「感動とユニークさ」は「顧客価値と差別化」

 この芸術における2つの要件をマーケティングに当てはめてみると、感動は、文字通り顧客に感動を生み出し「高い顧客価値」を実現することであり、そしてユニークさは、他社の製品や販売法にはない、「差別性」であると思います。

つまり、マーケティングにおける芸術は、顧客に関わる「高い顧客価値」と他社に対する「差別性」を同時に実現することであり、マーケティングの目的の本質とぴったり合っているのです。

 

3.ユニークでかつ感動を創出する難しさ

 これだけでもマーケティングは芸術であると言うに十分な理由があることになりますが、もう1つ、これを突き詰めた所に両者の重要な共通点があります。

 ユニークでありかつ感動を実現するという作業は、当然ながら簡単な作業ではありません。だからこそ、芸術やその活動は皆から賞賛されるわけです。芸術家はユニークでありながら、感動を創出するために、全人格を掛けて七転八倒の努力をする訳です。

 マーケティングも同様です。他社とは異なる展開により、高い顧客価値を実現することは、容易でありません。何しろ手本がありませんので、自社でその方法を考えなければなりません。その方法を考えた企業だけが、高い収益という対価を得ることができるのです。

 欧米企業を追いかけていた高度成長期には高い業績を挙げていた企業で、現在は低い業績に甘んじている企業は多いのが現状です。まさにこの点は、多くの日本企業のマーケティング力が弱い証左と言えるのではないでしょうか。欧米企業の模倣は、マーケティングではないのです。

 

4.「市場を芸術する」方法とは?

 イノベーティブな粗アイデアを創出する仕組みを作ることが重要です。ここで『粗アイデア』というのは、最初はそのアイデアが本当にイノベーティブであるか良く分からないものの、イノベーティブなアイデア候補もしくは将来イノベーティブなアイデアに進化する可能性があるアイデアです。

 イノベーティブな粗アイデアを創出するには、まずさまざまな情報を集めることから始めなければなりません。シリコンバレーの様々なイノベーションの背景には、組織の枠を超えての頻繁で公式・非公式の情報の流通があげられています。シリコンバレーでは、企業間、企業と大学(スタンフォード大学やUCバークレイ校)、そして競合企業の社員間でも頻繁な情報の交換が行われてきました。

 イノベーティブなアイデアはここから生まれているのです。従って、アイデアの素となる情報を集める活動が重要です。ここで難しいのは、イノベーションは思わぬ事がきっかけになることが多いため、良い情報がありそうな場所だけ探していては、なかなか「市場を芸術する」に足る情報には行き当たらないということです。良い情報がありそうな場所は自社だけでなく、競合他社も探索しており、差別化には結びつきにくいということがあります...

 したがって、あまり対象を絞り過ぎることなく、ある程度の遊びや余裕、つまり冗長性を持って情報を収集するということが必要となり、企業の経営の視点から言うと積極的に冗長性を持った仕組み・価値観を作ることが大切となってきます。但し、無駄を廃し合理性を求める企業経営において、冗長性は悪ですので、冗長性を経営に組み込むという判断は、極めて難しいのが現状なのです。

 その意味で、サムスン社員の「地域専門家」育成制度は、先進的な取組みです。同社は20年近くも前からこの制度を導入し、同社の社員を日常の仕事からはずして、その地域の専門家として世界の主要市場に派遣し、現地語を学び、仕事を超えて地元の人間とネットワークを造るための自由な時間を与え、まさにその地域に溶け込み、その地域の人財に育てきました。まさに情報収集や情報収集の基盤づくりに、冗長性を積極的に活用してきている例です。次回は、その2です

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