デザインによる知的資産経営:企業理念の具体化(その4)

更新日

投稿日

 経営具体性のある企業理念の策定(見直し)と、企業理念を具体的な規範に落とし込むについて解説します。最終回は、その4、事例です。
 

4.具体的事例

 
 企業理念の具体化の事例です。この企業(K社)は、先代の社長が合成樹脂を取り扱う商店として創業し、その後、原料としての合成樹脂の製造販売、野菜や果物の包装用容器、食品の容器などに業態を拡大してきました。
 
 K社の社是は「大いなる飛躍より着実なる前進を」。企業理念は「人間性尊重の経営を行い社員にとって魅力ある会社になります/社会的責任を果たしお客様に信頼される会社になります/これらを実現するために正しい利益を追求する会社になります」であり、事業ドメインは、「工業製品から食品関連まで、広範囲にお客様の業務領域をカバーしています」というもので、いずれも具体性に欠けています。
 
 K社の業態は受注産業であり、業界内においてそれなりの地位は確立しているものの、自社商品として積極的に売り込める商材は乏しいものでした。そこで、「商社からメーカーへ」という意識転換を考えていた二代目社長の下、商品開発のプロジェクトチームが立ち上がり、商品開発の指導を得意とするデザイナーB氏と筆者がこれに参画しました。
 
 初めにテーマに上がったのは、K社の強み・弱みです。K社から出てくる強みは、設備の優秀性、原材料(樹脂)から製品(容器)までの一貫生産、需要者との緊密なつながりなど、社内にいれば誰でも分かることのみでした。ミーティングを続けるうちに、「需要者は誰か」という問いかけになり、K社からは「農産物の産地」という答え。ならば、「農産物の産地をよく知っているのか」と問うと、「そうだ」という回答。
 
 これをつなげると、「K社は農産物の産地をよく知っている」ということになります。このことこそがSWOT分析の強みに書かれなければならない事項です。「需要者と緊密なつながりがある」という表の情報の裏にある、企業経営に役立つ情報(知的資産)です。さらにいうと、「農産物の産地をよく知っている」ということは「農産物をよく知っている」ことにもなります。これも非常に重要な情報です。
 
 次に、農産物、特に「果物の容器はどのような視点で作られるのか」と問いかけると、「傷つかず、鮮度を保持した状態で小売店に行き、小売店で見栄え良く陳列できること。イチゴ容器のような場合には購買者(生活者)が持ち帰りやすいことも考える」との回答。ここで、B氏も筆者も、企業理念の落とし込みの回答を得ました。「容器(と農産物)を通して生産者と生活者を結ぶ」です。このコンセプト(規範)に基づき、「四季折々の果物をカットフルーツと...
 経営具体性のある企業理念の策定(見直し)と、企業理念を具体的な規範に落とし込むについて解説します。最終回は、その4、事例です。
 

4.具体的事例

 
 企業理念の具体化の事例です。この企業(K社)は、先代の社長が合成樹脂を取り扱う商店として創業し、その後、原料としての合成樹脂の製造販売、野菜や果物の包装用容器、食品の容器などに業態を拡大してきました。
 
 K社の社是は「大いなる飛躍より着実なる前進を」。企業理念は「人間性尊重の経営を行い社員にとって魅力ある会社になります/社会的責任を果たしお客様に信頼される会社になります/これらを実現するために正しい利益を追求する会社になります」であり、事業ドメインは、「工業製品から食品関連まで、広範囲にお客様の業務領域をカバーしています」というもので、いずれも具体性に欠けています。
 
 K社の業態は受注産業であり、業界内においてそれなりの地位は確立しているものの、自社商品として積極的に売り込める商材は乏しいものでした。そこで、「商社からメーカーへ」という意識転換を考えていた二代目社長の下、商品開発のプロジェクトチームが立ち上がり、商品開発の指導を得意とするデザイナーB氏と筆者がこれに参画しました。
 
 初めにテーマに上がったのは、K社の強み・弱みです。K社から出てくる強みは、設備の優秀性、原材料(樹脂)から製品(容器)までの一貫生産、需要者との緊密なつながりなど、社内にいれば誰でも分かることのみでした。ミーティングを続けるうちに、「需要者は誰か」という問いかけになり、K社からは「農産物の産地」という答え。ならば、「農産物の産地をよく知っているのか」と問うと、「そうだ」という回答。
 
 これをつなげると、「K社は農産物の産地をよく知っている」ということになります。このことこそがSWOT分析の強みに書かれなければならない事項です。「需要者と緊密なつながりがある」という表の情報の裏にある、企業経営に役立つ情報(知的資産)です。さらにいうと、「農産物の産地をよく知っている」ということは「農産物をよく知っている」ことにもなります。これも非常に重要な情報です。
 
 次に、農産物、特に「果物の容器はどのような視点で作られるのか」と問いかけると、「傷つかず、鮮度を保持した状態で小売店に行き、小売店で見栄え良く陳列できること。イチゴ容器のような場合には購買者(生活者)が持ち帰りやすいことも考える」との回答。ここで、B氏も筆者も、企業理念の落とし込みの回答を得ました。「容器(と農産物)を通して生産者と生活者を結ぶ」です。このコンセプト(規範)に基づき、「四季折々の果物をカットフルーツとしてコンビニで販売する」企画が立ち上がりました。需要者調査、コンビニ調査などを行い、商標登録もしましたが、残念ながら実現しませんでした。
 
 上記の具体的な規範がK社のスローガンとなるまでには至りませんでしたが、その後のK社は生活者に目を向けるようになり、店頭で見栄えが良く、かつ、持ち帰りやすい揚げ物の容器など、新しい商材を開発しています。
 
 今回で、デザインによる知的資産経営:企業理念の具体化を終了します。
 
 

   続きを読むには・・・


この記事の著者

峯 唯夫

「知的財産の町医者」として、あらゆるジャンルの相談に応じ、必要により特定分野の専門家を紹介します。

「知的財産の町医者」として、あらゆるジャンルの相談に応じ、必要により特定分野の専門家を紹介します。


「事業戦略」の他のキーワード解説記事

もっと見る
世界一の品質はなぜ生まれたか 中小製造業の課題と解決への道筋(その1)

  【中小製造業の課題と解決への道筋 連載目次】 1. 世界一の品質はなぜ生まれたか 2. 相次ぐ品質問題 3. モグラ叩きの品...

  【中小製造業の課題と解決への道筋 連載目次】 1. 世界一の品質はなぜ生まれたか 2. 相次ぐ品質問題 3. モグラ叩きの品...


選び方 【知って得するものづくり補助金】(その2)

【ものづくり補助金 連載目次】 1. 【知って得するものづくり補助金】(その1)採択について 2. 【知って得するものづくり補助金】(その2)選び...

【ものづくり補助金 連載目次】 1. 【知って得するものづくり補助金】(その1)採択について 2. 【知って得するものづくり補助金】(その2)選び...


事業アイディアの企画を後押しする要素、新規事業・新商品を生み出す技術戦略(その96)

  【この連載の前回、新規事業・新商品を生み出す技術戦略(その95)へのリンク】 【目次】 ▼さらに深く学ぶなら!「技術マ...

  【この連載の前回、新規事業・新商品を生み出す技術戦略(その95)へのリンク】 【目次】 ▼さらに深く学ぶなら!「技術マ...


「事業戦略」の活用事例

もっと見る
中小製造業の売上増加術(その2)

  【中小製造業の売上増加術 連載目次】 1.販路開拓の進め方 2.自社の特徴と価格情報を生かす 3.販路開拓活動で価格情報を生かす...

  【中小製造業の売上増加術 連載目次】 1.販路開拓の進め方 2.自社の特徴と価格情報を生かす 3.販路開拓活動で価格情報を生かす...


‐経営計画立案の手順 製品・技術開発力強化策の事例(その37)

この項、経営計画立案の手順、第1回からの続きです。    (8)部門が複数存在する場合    企業内に部門が複数あるときには、次のような手順を踏み...

この項、経営計画立案の手順、第1回からの続きです。    (8)部門が複数存在する場合    企業内に部門が複数あるときには、次のような手順を踏み...


‐顧客満足の水準‐ 製品・技術開発力強化策の事例(その41)

 前回の事例その40に続いて解説します。顧客満足の水準として、顧客満足の段階レベルを考えてみると次の5分類になります。   ◆顧客満足の水準、顧客満足...

 前回の事例その40に続いて解説します。顧客満足の水準として、顧客満足の段階レベルを考えてみると次の5分類になります。   ◆顧客満足の水準、顧客満足...