「MBD」、低コスト・短時間で成果を出すための実験・解析のしかたとは
1. MBDとは
MBD(Model Based Development:モデルベース開発)とは、制御対象と、制御装置を仮想環境でモデル化してコンピューター上の共通表現で記述し、シミュレーションを用いて事前に設計と検証を繰り返しながら、最終製品まで開発していく手法です。 従来の製品設計・開発は、試作品を作っては評価するトライアンドエラープロセスでしたが、1990年代中頃に普通のデスクトップPCを使って、開発に必要なシミュレーションができる環境が整ったことから普及が進み、それによって開発工数を劇的に減らすと共に、従来仕様に囚われない全体最適の製品作りや、開発後半での手戻りの抑制などが実現しました。
2. 実験とコンピュータ・シミュレーション、どちらがいいのか?
MBDのプロセスでは、シミュレーションと実験は相互に補完し合う関係にあります。初期段階ではシミュレーションを用いてアイデアを検証し、その後、実験を通じてモデルの妥当性を確認するというアプローチが一般的です。最終的には、目的やリソースに応じて、どちらを重視するかを決定することが重要です。実験とコンピュータ・シミュレーションのどちらが良いかは、目的や状況によって異なりますが、それぞれの利点を次に整理します。
(1) コンピュータ・シミュレーションの利点
- コスト効率・・・実験に比べて、シミュレーションはコストが低く抑えられることが多いです。特に高価な材料や設備が必要な場合、シミュレーションは経済的です。
- 時間の節約・・・シミュレーションは迅速に結果を得ることができ、複数のシナリオを短時間で試すことができます。
- リスクの低減・・・危険な状況や条件下での実験を行う必要がないため、安全性が高まります。
- 詳細な分析・・・シミュレーションでは、システムの挙動を詳細に分析できるため、微細なパラメータの影響を観察しやすいです。
(2)実験の利点
- 現実のデータ・・・実験は実際のデータを提供し、シミュレーションモデルの妥当性を確認するために重要です。
- 予測の検証・・・シミュレーション結果が正しいかどうかを確認するためには、実験による検証が不可欠です。
- 複雑な現象の理解・・・一部の現象はシミュレーションでは再現が難しい場合があり、実験によってのみ理解できることがあります。
3. MBDが真価を発揮する「実験・解析」の最適戦略
MBDの導入目的は、単にシミュレーションを行うことではなく、開発全体の「品質向上」と「コスト・時間」の最適化です。そのためには、シミュレーションと実機実験の役割を明確にし、相互のフィードバックループを最適に回す戦略が必要となります。
従来の開発手法では、設計の検証を実機テストに大きく依存していました。しかし、MBDでは、設計初期段階から高精度なモデルを用いたシミュレーションによって、設計の不備を早期に摘み取ります。この「フロントローディング」こそが、MBDによる低コスト・短時間化の最大の鍵です。
【モデルの「成長」と実験の役割シフト】
MBDにおけるモデルは、開発の進行と共にその精度を高め、「成長」していきます。
概念設計段階 (S-in-the-Loop: SIL)
この段階では、制御アルゴリズムやシステムの基本特性を数式モデルで表現し、シミュレーションで検証します。この時点での実験の役割は、基本的な物理法則や既知のパラメータをモデルに入力するための「初期データ取得」です。
詳細設計段階 (M-in-the-Loop: MIL & H-in-the-Loop: HIL)
制御ロジックの複雑化に伴い、モデルもより詳細になります。この段階でのHIL(Hardware-in-the-Loop)シミュレーションは、実物の制御装置(ハードウェア)を接続し、残りのプラントモデルをコンピュータ上で動かすことで、実機に近い環境での検証を可能にします。ここで必要となる実験は、HIL検証で発見できない「実環境特有のノイズや非線形性の確認」そしてモデルの精度を「キャリブレーション(校正)」するための「限定的な実機テスト」となります。
統合・検証段階 (P-in-the-Loop: PIL)
最終的な実機(プロトタイプ)での検証です。MBDが機能していれば、この段階での実機テストは「モデルが正しく機能することの最終的な確認」に特化されます。従来の試行錯誤的なテストではなく、シミュレーションで既に高い確度で検証済みの結果を、現実環境で一回でパスすることを目指します。
この流れの中で、実験の役割は「試行錯誤」から「モデルの精度を高めるための情報収集」へとシフトし、その回数と規模を最小化できるため、低コスト・短時間での成果が達成されるのです。
【データ駆動型開発と解析手法の連携】
MBDの効果を最大化するには、実験で得られた貴重なデータを最大限に活用する解析手法との連携が不可欠です。
感度分析とロバスト性評価
シミュレーションモデルを使って、設計パラメータのわずかな変動が製品性能に与える影響(感度)を詳細に解析します。これにより、実機実験を行う前に、「重要なパラメータ」と「ばらつきに強い(ロバストな)設計領域」を特定できます。実験は、この特定された重要パラメータ周辺のみに絞り込むことができ、効率が大幅に向上します。
デザイン・オブ・エクスペリメンツ(DOE)
限られた実験回数で最大の情報を得るための統計的手法です。シミュレーションとDOEを組み合わせることで、バーチャルな試行の中で最適な実験条件を抽出し、それを基に現実の実機実験計画を立てることで、ムダな実験を徹底的に削減できます。
機械学習の応用
実機実験で得られた大量のデータ、特にシミュレーションモデルでは表現しきれない複雑な環境要因や経年変化のデータを、機械学習モデルに学習させます。この「データ駆動型」の知見をシミュレーションモデルに組み込むことで、モデルの「現実への対応力」が向上し、開発後半での手戻りをさらに抑えることができます。
MBDは、単なるツールの話ではなく、開発プロセス全体の思想変革です。実験を「結果を得るため」ではなく「モデルを賢くするため」に利用し、シミュレーションを「試行錯誤を肩代わりさせる」ために活用することで、初めて「低コスト・短時間で成果を出す」という目標が現実のものとなるのです。