HVDC(高圧直流送電)とは?HVDCが描く未来、再エネ社会を繋ぐ革新送電

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HVDC(高圧直流送電)とは?HVDCが描く未来、再エネ社会を繋ぐ革新送電

【目次】

    現代社会において、電力は私たちの生活を支える不可欠なインフラです。しかし、その電力供給のあり方は、気候変動問題への対応やエネルギーの安定供給といった課題に直面していて、大きな転換期を迎えています。特に、再生可能エネルギーの導入拡大は喫緊の課題であり、そのカギを握る技術の一つがHVDC(高圧直流送電)です。今回は、HVDCの概念、市場規模、そして再生可能エネルギーとの親和性を軸に、この革新的な技術が私たちの未来にどのような影響を与えるのかを解説します。

     

    1.  HVDC(高圧直流送電)の概念とその優位性

    送電方式には大きく分けて、交流(AC)送電と直流(DC)送電があります。現在、私たちの身の回りやほとんどの電力系統で主流となっているのは交流送電です。しかし、長距離送電や大規模な電力融通を行う際には、交流送電にはいくつかの課題があります。これに対してHVDCは、交流の電力を直流に変換して送電し、受電端で再び交流に変換して供給する送電方式です。HVDCの主な優位性は次の4点です。

    (1)送電損失の低減

    交流送電では、送電距離が長くなるほど、電圧の位相ずれによる無効電力の発生や、送電線の抵抗による電力損失(ジュール熱)が増加します。特に、ケーブル送電では静電容量の影響が大きくなり、損失が顕著になります。HVDCでは、これらの損失要因が大幅に低減されるため、特に長距離送電において効率的な電力輸送が可能です。具体的な損失率は条件により変動しますが、一例として500kVの架空送電線の場合、交流送電が1000kmあたり約6〜7%とされるのに対して、HVDCは約3%程度に送電損失の低減が抑えられるそうです。

     

    (2)安定性の向上

    交流系統は、系統全体の周波数と位相が同期している必要があり、系統が広域化するほど、事故発生時の波及リスクが高まります。HVDCは、複数の交流系統間を非同期で連系できるため、一方の系統で事故が発生しても他方の系統への影響を最小限に抑えることができます。これにより、系統全体の安定性が向上し、大規模停電のリスクを低減します。

     

    (3)送電容量の増大

    同じ太さの送電線でも、HVDCは交流送電に比べてより多くの電力を送ることができます。これは、交流送電で発生する無効電力が直流には存在せず、送電線に流れる電流のすべてを有効電力の輸送に使えるためです。結果として、同じ断面積の導体であれば、交流よりも多くの有効電力を送ることが可能になります。

     

    (4)環境負荷の低減

    交流送電線から発生する電磁界(特に低周波磁界)については、健康への影響に関する議論がありますが、HVDC(直流)では時間的に変動しない「静電界」「静磁界」が発生し、これは交流の電磁界とは性質が異なります。一般的に、直流送電の方が送電線直下での磁界は小さいとされています。

     

    これらの特徴から、HVDCは、遠隔地で発電された電力を消費地まで効率的に輸送する、複数の電力系統を連系して融通性を高める、あるいは海底ケーブルを通じて離島や他国へ電力を供給するといった用途において、非常に有効な手段として注目されています。

     

    2.  HVDC市場規模の現状と将来予測

    HVDC技術の優位性は、世界の電力インフラ開発において強く認識されており、その市場は着実に拡大しています。

     

    (1)市場の現状

    現在、世界のHVDC市場は、既存の送電...

    HVDC(高圧直流送電)とは?HVDCが描く未来、再エネ社会を繋ぐ革新送電

    【目次】

      現代社会において、電力は私たちの生活を支える不可欠なインフラです。しかし、その電力供給のあり方は、気候変動問題への対応やエネルギーの安定供給といった課題に直面していて、大きな転換期を迎えています。特に、再生可能エネルギーの導入拡大は喫緊の課題であり、そのカギを握る技術の一つがHVDC(高圧直流送電)です。今回は、HVDCの概念、市場規模、そして再生可能エネルギーとの親和性を軸に、この革新的な技術が私たちの未来にどのような影響を与えるのかを解説します。

       

      1.  HVDC(高圧直流送電)の概念とその優位性

      送電方式には大きく分けて、交流(AC)送電と直流(DC)送電があります。現在、私たちの身の回りやほとんどの電力系統で主流となっているのは交流送電です。しかし、長距離送電や大規模な電力融通を行う際には、交流送電にはいくつかの課題があります。これに対してHVDCは、交流の電力を直流に変換して送電し、受電端で再び交流に変換して供給する送電方式です。HVDCの主な優位性は次の4点です。

      (1)送電損失の低減

      交流送電では、送電距離が長くなるほど、電圧の位相ずれによる無効電力の発生や、送電線の抵抗による電力損失(ジュール熱)が増加します。特に、ケーブル送電では静電容量の影響が大きくなり、損失が顕著になります。HVDCでは、これらの損失要因が大幅に低減されるため、特に長距離送電において効率的な電力輸送が可能です。具体的な損失率は条件により変動しますが、一例として500kVの架空送電線の場合、交流送電が1000kmあたり約6〜7%とされるのに対して、HVDCは約3%程度に送電損失の低減が抑えられるそうです。

       

      (2)安定性の向上

      交流系統は、系統全体の周波数と位相が同期している必要があり、系統が広域化するほど、事故発生時の波及リスクが高まります。HVDCは、複数の交流系統間を非同期で連系できるため、一方の系統で事故が発生しても他方の系統への影響を最小限に抑えることができます。これにより、系統全体の安定性が向上し、大規模停電のリスクを低減します。

       

      (3)送電容量の増大

      同じ太さの送電線でも、HVDCは交流送電に比べてより多くの電力を送ることができます。これは、交流送電で発生する無効電力が直流には存在せず、送電線に流れる電流のすべてを有効電力の輸送に使えるためです。結果として、同じ断面積の導体であれば、交流よりも多くの有効電力を送ることが可能になります。

       

      (4)環境負荷の低減

      交流送電線から発生する電磁界(特に低周波磁界)については、健康への影響に関する議論がありますが、HVDC(直流)では時間的に変動しない「静電界」「静磁界」が発生し、これは交流の電磁界とは性質が異なります。一般的に、直流送電の方が送電線直下での磁界は小さいとされています。

       

      これらの特徴から、HVDCは、遠隔地で発電された電力を消費地まで効率的に輸送する、複数の電力系統を連系して融通性を高める、あるいは海底ケーブルを通じて離島や他国へ電力を供給するといった用途において、非常に有効な手段として注目されています。

       

      2.  HVDC市場規模の現状と将来予測

      HVDC技術の優位性は、世界の電力インフラ開発において強く認識されており、その市場は着実に拡大しています。

       

      (1)市場の現状

      現在、世界のHVDC市場は、既存の送電インフラの老朽化対策、送電容量の増強、そして再生可能エネルギーの大量導入といった要因に牽引されています。特に、中国、インドなどの新興国では、急速な経済成長に伴う電力需要の増加に対応するため、大規模なHVDCプロジェクトが推進されています。また、欧州では、洋上風力発電で得られた電力を陸上へ送電するためのHVDCケーブル敷設が進んでいます。

       

      (2)市場規模と将来予測

      調査会社Grand View Researchの報告(1)によると、世界のHVDC送電システム市場規模は、2023年に105億米ドルと評価され、2024年から2030年にかけて年平均成長率(CAGR)9.0%で拡大すると予測されています。この成長は、前述の要因に加えて、スマートグリッド技術との融合や、国際的な電力系統連系の強化といったトレンドによってさらに加速されると見込まれています。2030年には、市場規模が約200億ドルに達すると予測されており、HVDCが電力インフラの主要な柱の一つとして確立されることが示唆されています。(1)出典: Grand View Research, "High-voltage Direct Current (HVDC) Transmission System Market Size, Share & Trends Analysis Report By Technology, By Component, By Region, And Segment Forecasts, 2024 - 2030" (2024年2月発表)

       

      (3)市場を牽引する主要プレイヤー

      シーメンス・エナジー(Siemens Energy)、ABB(Hitachi Energy)、GEグリッドソリューションズ(GE Grid Solutions)、NRエレクトリック(NR Electric)、そして東芝など、世界中の主要な重電メーカーがHVDC技術の開発と導入を主導しています。これらの企業は、高電圧・大容量化、変換効率の向上、システムの小型化・軽量化など、技術革新を継続的に進めています。

       

      3.  再生可能エネルギーとの親和性

      HVDCがこれほどまでに注目される最大の理由の一つは、再生可能エネルギーとの極めて高い親和性にあります。再生可能エネルギーの導入拡大は、HVDCの需要を飛躍的に高める原動力となっています。

       

      (1)遠隔地からの電力輸送

      太陽光発電は日照条件の良い地域、風力発電は風況の良い地域に大規模に設置される傾向があります。これらの適地は、多くの場合、電力消費地から離れた場所に位置しています。HVDCは、長距離送電における損失を最小限に抑えることができるため、遠隔地の再生可能エネルギー発電所から大都市などの消費地へ効率的に電力を輸送する最適な手段となります。例えば、中国では、ゴビ砂漠に設置された大規模太陽光発電所や内モンゴル自治区の風力発電所から、東部の電力需要地へ超高圧HVDC送電線が建設されています。

       

      (2)系統安定化への貢献

      太陽光発電や風力発電は、天候に左右されるため、出力が不安定という特性があります。再生可能エネルギーの導入量が増加すると、電力系統の安定性に影響を与える可能性があります。HVDCは、異なる系統を非同期で連系できるため、再生可能エネルギーの出力変動を吸収し、系統全体を安定化させる役割を果たすことができます。例えば、複数の洋上風力発電所をHVDCで連系し、それらを陸上の広域系統に接続することで、個々の発電所の出力変動を平準化し、安定した電力供給を実現します。

       

      (3)洋上風力発電との組み合わせ

      洋上風力発電は、陸上よりも安定した風況が得られ、大規模な発電容量を確保しやすいという利点があります。しかし、陸上への送電には、長距離の海底ケーブルが必要となります。交流海底ケーブルは、静電容量の影響が大きく、長距離になるほど送電可能な電力が減少します。これに対し、HVDC海底ケーブルは、その特性上、静電容量の影響を受けにくく、長距離・大容量の洋上風力発電の電力を効率的に陸上へ送電する上で不可欠な技術となっています。北海やバルト海では、数ギガワット級の洋上風力発電所と陸上系統を結ぶHVDCリンクの建設が盛んに行われています。

       

      (4)国際的な電力融通

      再生可能エネルギーの導入目標を達成するためには、国境を越えた電力融通が有効な手段となります。例えば、日照時間が異なる地域や風況が異なる地域間で電力を融通することで、再生可能エネルギーの利用率を最大限に高めることができます。HVDCは、異なる周波数の電力系統間でも連系が可能なため、国際間の電力グリッド構築に貢献し、再生可能エネルギー由来の電力の有効活用を促進します。

       

      4.  HVDCの課題と日本の現状

       

      (1)技術的・経済的課題

      HVDCは多くの利点を持つ一方、課題も存在します。交流から直流へ、また直流から交流へと変換するための「変換所」は、高度な電力エレクトロニクス技術が必要であり、建設コストが高額になる傾向があります。また、直流のまま多点で分岐させる「多端子直流システム」の技術的難易度や、直流用の遮断器の開発などが課題として挙げられます。このため、送電距離が短い場合は、変換所のコストが送電損失の低減メリットを上回ってしまい、交流送電の方が経済的に有利となる場合があります。

       

      (2)日本国内での導入事例と今後の計画

      日本では、周波数の異なる北海道(50Hz)と本州(60Hz)を結ぶ「北海道・本州間電力連系設備(新北本連系)」や、紀伊水道を横断して本州と四国を結ぶ連系線などでHVDCが採用されています。特に新北本連系は、北海道の豊富な再生可能エネルギーを本州へ供給する上で重要な役割を担っています。 今後、さらなる再生可能エネルギーの導入拡大に向け、政府は2030年度までに全国の地域間連系線の容量を現在の約2倍に増強する方針を示しており、この中でHVDC技術の活用がさらに進むと期待されています。

       

      5.  まとめと展望

      HVDCは、その高い送電効率、系統安定性への貢献、そして再生可能エネルギーとの親和性から、持続可能な社会を実現するための重要なキーテクノロジーであると言えます。電力需要が増大し、再生可能エネルギーの導入が加速する現代において、HVDCの果たす役割はますます大きくなるでしょう。将来的には、次のような展望が考えられます。

      • グローバルなスーパーグリッドの構築
        HVDC技術の進化と普及により、国境を越えた電力系統の広域連系、すなわち「スーパーグリッド」の構築が現実味を帯びてきます。これにより、地理的に異なる場所で発電された再生可能エネルギーを効率的に利用し、世界規模でのエネルギー供給の安定化と最適化が期待されます。
      • 直流給電の普及
        現状では交流が主流ですが、デジタル機器の普及やデータセンターの増加に伴い、直流電力の需要は高まっています。HVDC技術の進展は、建物内やデータセンターにおける直流給電システムの効率化を促進し、将来的にはより広範な直流社会への移行を後押しする可能性があります。
      • 技術革新の継続
        より高電圧・大容量化、変換効率のさらなる向上、システムの小型化、そしてデジタル技術との融合によるスマートな運用など、HVDC技術は今後も進化を続けるでしょう。これにより、より経済的で信頼性の高い電力供給が実現されると期待されます。

      HVDCは単なる送電技術に留まらず、再生可能エネルギーの最大限の活用を可能にし、安定した電力供給を確保し、ひいては地球規模での気候変動対策に貢献する、まさに「未来を拓く技術」と言えるでしょう。この技術のさらなる発展と普及が、持続可能で豊かな社会の実現に向けた大きな一歩となることを期待します。

       

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      この記事の著者

      鈴木 崇司

      IoT機構設計コンサルタント ~一気通貫:企画から設計・開発、そして品質管理、製造まで一貫した開発を~

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