「AHP」とは、キーワードからわかりやすく解説

 

1. 「AHP」とは

AHP(Analytical Hierarchy Process・階層分析法)は、主観に基づく意思決定を構造的・数値的に扱うことで、人々の合意形成や意図の伝達に寄与する手法です。1970年代からトーマス・サーティが政策科学の分野で提唱し、その後多くの方面で応用されてきました。AHPは、複数項目の序列を決定するにあたって、比較的容易なふたつずつの比較を重ねることで実現する方法です。 この時に単に「良い、悪い」の2値比較ではなく「若干、かなり、絶対的に」などのウェイトを加える事で、感性的ではありながら、細かな定量比較が可能となります。

 

2. 「AHP」の問題点

AHPは、複雑な意思決定を階層的に整理し、評価するための有用な手法ですが、いくつかの問題点もあります。

  • 主観性・・・AHPでは、判断基準や選択肢の優先順位を決定する際に、専門家や意思決定者の主観が大きく影響します。このため、異なる人が評価を行うと結果が変わることがあります。
  •  一貫性の欠如・・・AHPでは、ペアワイズ比較を行いますが、判断の一貫性が保たれないことがあります。例えば、AがBよりも優れていると判断した場合、AとC、BとCの比較でも一貫した判断が求められますが、これが難しいことがあります。
  • 計算の複雑さ・・・階層が深くなると、比較の数が急増し、計算が複雑になります。特に多くの選択肢や基準がある場合、負担が大きくなることがあります。
  • スケールの選択・・・AHPでは、評価のためのスケール(例えば、1から9の尺度)を使用しますが、このスケールの選択が結果に影響を与えることがあります。適切なスケールを選ぶことが難しい場合もあります。

これらの問題点を理解し、適切に対処することで、AHPをより効果的に活用することができます。

 

3. 「AHP」の具体的な適用手順

AHPを意思決定の現場で適用するには、いくつかの段階を踏む必要があります。これらの段階を順序立てて実行することで、複雑な問題を構造化し、数値に基づいた合理的な結論を導き出すことができます。

 

3.1. 意思決定問題の構造化(階層モデルの構築)
 

まず、解決したい意思決定問題を明確にし、それを階層構造に落とし込みます。最上位には目標(例:最適な投資先の選択、新製品開発の優先順位決定)を置き、その下に評価基準(例:収益性、市場性、技術的実現性など)を配置します。さらにその下に具体的な代替案または選択肢(例:選択肢A、B、C)を配置します。この階層モデルの設計が、後の評価の妥当性を大きく左右するため、問題の本質を捉えた適切な構造化が求められます。

 

3.2. ペアワイズ比較の実施
 

階層モデルが構築されたら、各階層内の要素間でペアワイズ比較(一対比較)を実施します。この比較は、上位の要素(親ノード)に対する重要度や優先度を、下位の要素(子ノード)間で相対的に評価するものです。例えば、「収益性」と「市場性」を比較し、目標達成においてどちらがどれだけ重要かを判断します。この際、AHPで一般的に用いられるサティの尺度(1から9の奇数とその逆数)を使用して、「若干重要である(3)」や「非常に強く重要である(7)」といった形で主観的な判断を数値化します。この比較作業は、意思決定者や専門家の知識・経験に基づいて行われるため、その主観性が結果に反映されます。

 

3.3. 優先度の計算(重み付け)
 

ペアワイズ比較の結果得られた数値を行列として整理し、固有値問題を解くことで、各要素の相対的な優先度(重み)を算出します。この重みは、その要素が上位の目標に対してどれだけ貢献するかを示す指標となります。例えば、基準の階層で算出された重みは、各基準の相対的な重要度を表します。

 

3.4. 整合性の検証(CI値、CR値のチェック)
 

ペアワイズ比較では、人間の主観的な判断が入るため、論理的な一貫性の欠如(非整合性)が生じる可能性があります。例えば、「A > B」「B > C」と判断したにも関わらず、「C > A」と判断してしまうような状況です。AHPでは、この非整合性の度合いを測る整合性指標(CI:Consistency Index)を計算し、さらに整合性比率(CR:Consistency Ratio)を用いて許容範囲内であるかを確認します。一般的にCR値が0.10以下であれば、判断は許容できる整合性を持っているとされます。CR値がこの基準を超える場合は、ペアワイズ比較の判断を見直し、再評価を行う必要があります。

 

3.5. 総合評価と感度分析
 

最終的に、階層モデル全体を通して、各代替案の重みを統合し、目標に対する総合的な優先度を算出します。この総合優先度が最も高い代替案が、現在の基準と判断に基づいた最適な選択肢となります。さらに、AHPでは感度分析を行うことが有効です。これは、特定の基準の重みを意図的に変化させた場合に、最終的な代替案の優先順位がどのように変動するかを確認する分析です。感度分析を行うことで、どの基準の判断が最終結果に最も大きな影響を与えるかを把握でき、意思決定の頑健性(ロバストネス)を検証することができます。

 
 

4. 「AHP」の適用が特に有効な場面

AHPは、その特性から、特に以下のような意思決定の場面で大きな力を発揮します。

定性的な評価が中心となる場合: 市場の魅力、ブランドイメージ、技術革新の可能性など、数値化が難しく、専門家の主観的な判断が不可欠な要素を含む評価。

コンセンサス形成が求められる場合: 複数のステークホルダー(関係者)が関与し、それぞれの異なる視点や価値観を考慮に入れながら、合意を形成する必要がある意思決定。AHPは、個々の主観的な判断を客観的な数値に変換し、議論の透明性を高めるツールとなります。

トレードオフの関係にある基準を扱う場合: 性能は高いがコストも高い、環境負荷は低いが利便性が低いなど、相反する評価基準を同時に考慮し、バランスの取れた決定を下す必要がある場合。 


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