今さら聞けない「軸受(ベアリング)」の基本~転がり軸受の歴史から原理、意外な活用事例まで~

New

今さら聞けない「軸受(ベアリング)」の基本|歴史から原理、意外な活用事例まで

【目次】

    機械装置をかたちづくる機械要素の中で、回転運動の中心となる「軸」を保持し、荷重を受けながら円滑に回転させる役割を担うのが「軸受(ベアリング)」です。軸受の歴史は、軸と軸穴の間の「滑り」を利用した滑り軸受(スライドベアリング・平軸受・メタル軸受)に始まり、より回転抵抗を減らすために転がり軸受(ボールベアリング、ローラーベアリング、ニードルベアリングなど)が考案されました。今ではベアリングといえば転がり軸受を指すことも多くなり、機械装置のさまざまな場所に広く組み込まれて「機械産業の米」とも称されています。さて、そんな転がり軸受ですが、具体的にどのような仕組みで摩擦を減らしているのか、正確に説明できるでしょうか。普段は製品の内部に隠れて見えませんが、自動車からスマートフォンを製造するロボットまで、現代文明の「動き」はすべてこの小さな部品が支えています。本稿では、レオナルド・ダ・ヴィンチも挑んだ軸受の歴史から、誰にでもわかる動作原理、そして戦艦大和や最新デバイスにまつわる意外な事実までを解説します。この記事を読むことで、軸受の基本的な構造と種類、世界的な主要メーカーの強みを把握でき、技術的な教養としてだけでなく、製品設計や設備管理の視点を養う一助となります。

     

    第1章:軸受が利用された歴史、レオナルドダヴィンチと軸受

    軸受の歴史を紐解くと、人類が「重いものをいかに楽に、効率よく運ぶか」という課題に直面した古代の知恵にまで遡ることができます。最も原始的な軸受のアイデアは、古代エジプトのピラミッド建設や、各地の巨石記念物の造営現場で見ることができます。当時の人々は、何トン、何十トンもある巨大な石材を移動させる際、地面と石材の間に何本もの丸太を敷き詰め、その上を転がすようにして運搬していました。これが現代の「転がり軸受」の根本的なルーツです。地面をそのまま引きずるよりも、丸い丸太を挟んで転がした方が、必要な力が大幅に少なくて済むことに、古代の人々は経験的に気づいていたのです。しかし、この方法には「石が移動するたびに、後ろに取り残された丸太を拾って、また前方に敷き直さなければならない」という大きな課題がありました。連続して回り続ける機械を支えるには、まだ大きな技術的飛躍が必要だったのです。

     

    中世からルネサンス期へと時代が進み、時計や水車、大砲といった複雑な機械が作られるようになると、軸受も大きな進化の時を迎えます。ここで決定的な役割を果たしたのが、芸術家であり高名な科学者・技術者でもあった天才、レオナルド・ダ・ヴィンチです。彼は1500年頃、ヘリコプターの原型とされる飛行機械や自動三輪車など、数多くの先進的な機械のスケッチを遺していますが、そのノートの中に、現代の「球軸受(ボールベアリング)」の構造と驚くほどそっくりな図面が描かれています。ダ・ヴィンチが優れていたのは、単に「丸い玉を入れれば滑らかに回る」と考えただけでなく、その弱点をも見抜いていた点にあります。回転する軸のまわりにただ球体を敷き詰めると、球体同士が隣り合って接触したとき、それぞれの接触面では互いに逆方向に擦れ合うことになります。これでは、せっかくの転がり運動の中に新たな摩擦が生まれてしまい、効率が落ちてしまいます。そこでダ・ヴィンチは、球体同士が直接触れ合わないように、それぞれの球を一定の間隔で個別に保持するための「仕切り(現代で言う『保持器(ほじき)』)」を設けるという保持器の原理を考案したのです。

     

    この保持器の概念は、現代の最先端ベアリングにおいても摩擦を極限まで減らすために不可欠な基本構造となっており、彼の先見の明には驚かされるばかりです。その後、18世紀後半に幕を開けた産業革命によって、蒸気機関や紡績機、鉄道などの高速・高荷重で動き続ける機械が爆発的に普及すると、軸受の需要は一気に高まりました。19世紀には自転車が大流行したことで、より軽快に、かつ大量に生産できる精密なボールベアリングの技術が確立されます。そして20世紀の自動車や航空機の発展とともに、激しい熱や衝撃にも耐えうる頑丈な鋼鉄製の軸受へと進化を遂げ、現代の私たちの生活を支える形へとつながっていったのです。

     

    【会員様限定】 この先に、軸受の「動作原理」「社会的な役割」「業界の勢力図」があります

    ここから先は、軸受の動作原理、自動車1台に100個以上使われる実例、世界シェアを競う日本と海外の巨大メーカー各社の強み(コアコンピタンス)、そして「戦艦大和の主砲」を支えた日本の超精密技術のエピソードについて解説します。

    この記事で得られる具体的ベネフィット

    • 洗濯機から新幹線、高級自転車まで、身近な製品の性能を軸受がいかに支えているかがわかります
    • 日本精工(NSK)やSKFなど、国内外の主要メーカーがどのような独自技術で差別化を図っているかが掴めます
    • スマートフォン製造に不可欠な「ナノレベルの回転精度」が、現代のデジタル社会をどう形作っているかが理解できます

     

    第2章:誰でも分かる軸受の動作原理とその種類

    (1)軸受の動作原理

    軸受の役割を極めてシンプルに表現するならば、「回転する部分の摩擦を極限まで減らし、動きを滑らかにすること」と「回転する軸を正しい位置にしっかりと支えること」の2点に尽きます。では、なぜ軸受を使うと摩擦が減るのでしょうか。その秘密は「滑り(すべり)」から「転がり(ころがり)」への転換にあります。

     

    例えば、重いタンスを部屋の床の上でそのまま横に引きずって動かそうとすると、床とタンスの底面が激しく擦れ合い、ものすごく強い力が必要です。これが「滑り摩擦」です。しかし、もしそのタンスの下に、何玉もの丸いビー玉やピンポン玉を敷き詰めてみたらどうでしょうか。タンスは指先で軽く押すだけでも、するすると面白いくらいに動かすことができるはずです。これが「転がり摩擦」の原理です。物質が擦れ合うときの抵抗に比べ、球体が転がるときの抵抗は数十倍から数百倍も小さくなります。軸受はこのマジックのような物理現象を、頑丈な金属の輪の中に閉じ込めた部品なのです。私たちが普段よく目にする代表的な軸受である「転がり軸受(ボールベアリングなど)」は、主に以下の4つの部品によって構成されています。数式を使わずに、それぞれの役割を順番に見ていきましょう。

     

    ・ 外輪(がいりん)

    軸受の最も外側にある円環状(リング状)の部品です。機械の本体やケース(固定されている側)にぴったりと固定され、軸受全体を外側からしっかりと保持します。

    ・ 内輪(ないりん)

    外輪の内側に配置される、一回り小さなリング状の部品です。ここには、モーターなどで回転するシャフト(軸)が差し込まれ、軸と一体になって一緒に回転します。

    ・転動体(てんどうたい)

    外輪と内輪の間に挟まれている、実際に転がる主役たちです。完全な球体である「玉(ボール)」を用いるものや、より重い力を支えるために円柱や円すいの形をした「ころ(ローラー)」を用いるものがあります。これらが内輪と外輪の間を滑らかに転がることで、回転の抵抗を極限まで減らします。また、ベアリングの回転を支える「転動体」は、その形状により用途が大きく異なります。点接触で摩擦が少ないボールベアリング(玉)は、モーターや家電など、主に高速回転が求められる機器に適しています。一方、線接触で負荷能力に優れるローラーベアリング(...

    今さら聞けない「軸受(ベアリング)」の基本|歴史から原理、意外な活用事例まで

    【目次】

      機械装置をかたちづくる機械要素の中で、回転運動の中心となる「軸」を保持し、荷重を受けながら円滑に回転させる役割を担うのが「軸受(ベアリング)」です。軸受の歴史は、軸と軸穴の間の「滑り」を利用した滑り軸受(スライドベアリング・平軸受・メタル軸受)に始まり、より回転抵抗を減らすために転がり軸受(ボールベアリング、ローラーベアリング、ニードルベアリングなど)が考案されました。今ではベアリングといえば転がり軸受を指すことも多くなり、機械装置のさまざまな場所に広く組み込まれて「機械産業の米」とも称されています。さて、そんな転がり軸受ですが、具体的にどのような仕組みで摩擦を減らしているのか、正確に説明できるでしょうか。普段は製品の内部に隠れて見えませんが、自動車からスマートフォンを製造するロボットまで、現代文明の「動き」はすべてこの小さな部品が支えています。本稿では、レオナルド・ダ・ヴィンチも挑んだ軸受の歴史から、誰にでもわかる動作原理、そして戦艦大和や最新デバイスにまつわる意外な事実までを解説します。この記事を読むことで、軸受の基本的な構造と種類、世界的な主要メーカーの強みを把握でき、技術的な教養としてだけでなく、製品設計や設備管理の視点を養う一助となります。

       

      第1章:軸受が利用された歴史、レオナルドダヴィンチと軸受

      軸受の歴史を紐解くと、人類が「重いものをいかに楽に、効率よく運ぶか」という課題に直面した古代の知恵にまで遡ることができます。最も原始的な軸受のアイデアは、古代エジプトのピラミッド建設や、各地の巨石記念物の造営現場で見ることができます。当時の人々は、何トン、何十トンもある巨大な石材を移動させる際、地面と石材の間に何本もの丸太を敷き詰め、その上を転がすようにして運搬していました。これが現代の「転がり軸受」の根本的なルーツです。地面をそのまま引きずるよりも、丸い丸太を挟んで転がした方が、必要な力が大幅に少なくて済むことに、古代の人々は経験的に気づいていたのです。しかし、この方法には「石が移動するたびに、後ろに取り残された丸太を拾って、また前方に敷き直さなければならない」という大きな課題がありました。連続して回り続ける機械を支えるには、まだ大きな技術的飛躍が必要だったのです。

       

      中世からルネサンス期へと時代が進み、時計や水車、大砲といった複雑な機械が作られるようになると、軸受も大きな進化の時を迎えます。ここで決定的な役割を果たしたのが、芸術家であり高名な科学者・技術者でもあった天才、レオナルド・ダ・ヴィンチです。彼は1500年頃、ヘリコプターの原型とされる飛行機械や自動三輪車など、数多くの先進的な機械のスケッチを遺していますが、そのノートの中に、現代の「球軸受(ボールベアリング)」の構造と驚くほどそっくりな図面が描かれています。ダ・ヴィンチが優れていたのは、単に「丸い玉を入れれば滑らかに回る」と考えただけでなく、その弱点をも見抜いていた点にあります。回転する軸のまわりにただ球体を敷き詰めると、球体同士が隣り合って接触したとき、それぞれの接触面では互いに逆方向に擦れ合うことになります。これでは、せっかくの転がり運動の中に新たな摩擦が生まれてしまい、効率が落ちてしまいます。そこでダ・ヴィンチは、球体同士が直接触れ合わないように、それぞれの球を一定の間隔で個別に保持するための「仕切り(現代で言う『保持器(ほじき)』)」を設けるという保持器の原理を考案したのです。

       

      この保持器の概念は、現代の最先端ベアリングにおいても摩擦を極限まで減らすために不可欠な基本構造となっており、彼の先見の明には驚かされるばかりです。その後、18世紀後半に幕を開けた産業革命によって、蒸気機関や紡績機、鉄道などの高速・高荷重で動き続ける機械が爆発的に普及すると、軸受の需要は一気に高まりました。19世紀には自転車が大流行したことで、より軽快に、かつ大量に生産できる精密なボールベアリングの技術が確立されます。そして20世紀の自動車や航空機の発展とともに、激しい熱や衝撃にも耐えうる頑丈な鋼鉄製の軸受へと進化を遂げ、現代の私たちの生活を支える形へとつながっていったのです。

       

      【会員様限定】 この先に、軸受の「動作原理」「社会的な役割」「業界の勢力図」があります

      ここから先は、軸受の動作原理、自動車1台に100個以上使われる実例、世界シェアを競う日本と海外の巨大メーカー各社の強み(コアコンピタンス)、そして「戦艦大和の主砲」を支えた日本の超精密技術のエピソードについて解説します。

      この記事で得られる具体的ベネフィット

      • 洗濯機から新幹線、高級自転車まで、身近な製品の性能を軸受がいかに支えているかがわかります
      • 日本精工(NSK)やSKFなど、国内外の主要メーカーがどのような独自技術で差別化を図っているかが掴めます
      • スマートフォン製造に不可欠な「ナノレベルの回転精度」が、現代のデジタル社会をどう形作っているかが理解できます

       

      第2章:誰でも分かる軸受の動作原理とその種類

      (1)軸受の動作原理

      軸受の役割を極めてシンプルに表現するならば、「回転する部分の摩擦を極限まで減らし、動きを滑らかにすること」と「回転する軸を正しい位置にしっかりと支えること」の2点に尽きます。では、なぜ軸受を使うと摩擦が減るのでしょうか。その秘密は「滑り(すべり)」から「転がり(ころがり)」への転換にあります。

       

      例えば、重いタンスを部屋の床の上でそのまま横に引きずって動かそうとすると、床とタンスの底面が激しく擦れ合い、ものすごく強い力が必要です。これが「滑り摩擦」です。しかし、もしそのタンスの下に、何玉もの丸いビー玉やピンポン玉を敷き詰めてみたらどうでしょうか。タンスは指先で軽く押すだけでも、するすると面白いくらいに動かすことができるはずです。これが「転がり摩擦」の原理です。物質が擦れ合うときの抵抗に比べ、球体が転がるときの抵抗は数十倍から数百倍も小さくなります。軸受はこのマジックのような物理現象を、頑丈な金属の輪の中に閉じ込めた部品なのです。私たちが普段よく目にする代表的な軸受である「転がり軸受(ボールベアリングなど)」は、主に以下の4つの部品によって構成されています。数式を使わずに、それぞれの役割を順番に見ていきましょう。

       

      ・ 外輪(がいりん)

      軸受の最も外側にある円環状(リング状)の部品です。機械の本体やケース(固定されている側)にぴったりと固定され、軸受全体を外側からしっかりと保持します。

      ・ 内輪(ないりん)

      外輪の内側に配置される、一回り小さなリング状の部品です。ここには、モーターなどで回転するシャフト(軸)が差し込まれ、軸と一体になって一緒に回転します。

      ・転動体(てんどうたい)

      外輪と内輪の間に挟まれている、実際に転がる主役たちです。完全な球体である「玉(ボール)」を用いるものや、より重い力を支えるために円柱や円すいの形をした「ころ(ローラー)」を用いるものがあります。これらが内輪と外輪の間を滑らかに転がることで、回転の抵抗を極限まで減らします。また、ベアリングの回転を支える「転動体」は、その形状により用途が大きく異なります。点接触で摩擦が少ないボールベアリング(玉)は、モーターや家電など、主に高速回転が求められる機器に適しています。一方、線接触で負荷能力に優れるローラーベアリング(ころ)は、大きな力に耐えられるため、鉄道車両や建設機械といった重荷重が加わる産業用機器に用いられます。このように、速度と荷重の条件に応じて使い分けられます。

      ・ 保持器(ほじき)

      前章でご紹介したレオナルド・ダ・ヴィンチのアイデアそのものです。転動体(玉やころ)が互いにぶつかり合って傷ついたり、一箇所に片寄ったりしないように、すべての転動体を等間隔に並べておくための軽量なフレームです。これにより、軸にかかる重みがすべての玉に均等に分散されます。保持器は、転動体同士の接触を防ぎ、円滑な回転を維持する部品です。

       

      (2)軸受の種類

      ・滑り軸受

      現在でも全ての軸受が転がり軸受に置き換えられたわけではなく、玉やころを内蔵していない「滑り軸受」も、極めて小さい軸受や簡易な軸受、逆に大きな荷重がかかる軸受などに使われています。特殊な油(オイル)やガスの膜だけで軸を浮かせて支える新しい世代の滑り軸受も供給されており、非常に大きな荷重がかかる大型エンジンの根元や、逆にわずかな振動や音さえも許さいパソコンのハードディスクの回転モーターなどで使われています。金属同士が直接触れ合わず、油の膜の上を軸が滑るように回るため、極めて静かで、かつ摩耗が少ないという特性を持っています。このように、回転の滑らかさや耐荷重、静粛性といった要求スペックに合わせ、最適な軸受の方式が選択されています。

       

      ・転がり軸受

      転がり軸受(ベアリング)とは、機械の中で回転する軸をなめらかに支えるための重要な部品です。私たちが普段乗っている自動車や自転車、さらには家の中にある洗濯機など、身の回りのあらゆる機械に使われています。その構造は、外側と内側にある金属の輪の間に、小さな玉やコロを挟み込んだものです。軸が回転する際、この玉やコロが一緒に転がることで、接触面の摩擦を劇的に減らしています。もし転がり軸受がなければ、機械は摩擦によってすぐに熱を持ち、部品がすり減って動かなくなってしまうでしょう。

       

      普段は目に見えない場所で働いていますが、機械の性能を高め、エネルギーの無駄を省くための「縁の下の力持ち」といえる存在です。

       

      第3章:身近な軸受~こんな所でも使われている実例~

      軸受は、そのほとんどが機械の内部の奥深くに隠されているため、私たちが普段の生活の中で直接目にすることは滅多にありません。しかし、もしも今この瞬間に、世の中にあるすべての軸受が魔法のように消え去ってしまったら、私たちの文明社会は一瞬で停止してしまいます。なぜなら、家の中の家電製品から、街を走る乗り物、そして電気を作る発電所にいたるまで、動くものすべてが使い物にならなくなってしまうからです。ここでは、私たちの身近な生活の中で軸受がどのように活躍しているのか、具体的な実例をご紹介します。

       

      まず、家庭の中を見渡してみましょう。家の中で「モーター」が使われている電化製品には、例外なく軸受が組み込まれています。例えば「全自動洗濯機」です。衣服と大量の水を入れ、凄まじい勢いでグルグルと回転する洗濯槽の根元には、非常に頑丈な軸受が使われています。脱水時のアンバランスな激しい振動や、水の重さに耐えながら、何年も壊れずに静かに回り続けるタフさが求められます。また、「エアコン」や「扇風機」の内部で風を送っているファンモーターにも軸受が入っています。こちらには、リビングや寝室で使っても音が気にならないような「究極の静けさ」と、長期間メンテナンスをしなくても滑らかに回り続ける「長寿命」が何より重要視されます。

       

      一歩外に出ると、軸受の活躍のスケールはさらに大きくなります。身近な乗り物である「自転車」には、前後の車輪の軸(ハブ)や、ペダルを取り付けるクランクの根元(ボトムブラケット)、さらにはハンドルをスムーズに切るための首の部分など、およそ数十個ものベアリングが使われています。高級な自転車に乗ったときに感じる「どこまでも軽く進む感覚」は、まさにこのベアリングの品質の高さによるものです。そして、現代社会の足である「自動車」にいたっては、一般的な乗用車1台におよそ100個から150個もの軸受が搭載されています。エンジンの内部、ギヤを切り替えるトランスミッション、そして4つのタイヤを支える車軸部分(ハブユニット)など、過酷な熱や泥水、路面からの強い衝撃にさらされる場所で、一歩も引かずに回り続けています。もし自動車の軸受の性能が悪ければ、摩擦による熱で部品が溶けて走れなくなったり、燃費が著しく悪化したりしてしまいます。さらに、日本の技術が誇る「新幹線」の車輪を支える軸受には、時速300キロメートルを超える高速回転と、乗客を乗せた巨大な車両の重量を同時に支えるため、最高峰の安全性と信頼性を持った特殊な大型ころ軸受が使われています。

       

      少し意外なところでは、数年前に世界中で大流行した玩具「ハンドスピナー」があります。指先で中心を挟んで羽を回すと、いつまでも回り続けるあの不思議な心地よさは、中心部に埋め込まれたボールベアリングの極めて低い摩擦抵抗によって実現されたものです。軸受が持つ「摩擦を減らす力」を、最も純粋に、かつ直感的に体感できる素晴らしい実例と言えるでしょう。

       

      第4章:世界の軸受メーカとそのコアコンピタンス

      軸受の製造には、気が遠くなるほどの精密さが求められます。例えば、ボールベアリングに使われる鋼鉄の球は、顕微鏡で見ても歪みが分からないほどの「完全な球体」に近づけなければなりません。もし球の大きさに100万分の1ミリメートル単位のバラつきがあるだけで、回転させたときに微細な振動や騒音が発生し、機械の寿命を著しく縮めてしまうからです。そのため、世界の軸受市場は、高度な材料技術と超精密加工技術を併せ持つ、一握りのグローバルメーカーによって牽引されています。ここでは、世界のトップメーカーとその企業ならではのコアコンピタンス(他社に真似できない核となる強み)を見ていきましょう。

       

      まず驚くべきことに、日本は世界屈指の「軸受王国」です。世界市場で圧倒的な存在感を放つ、日本の三大メーカーがこちらです。

       

      ・日本精工(NSK)

      大正時代に日本で初めて軸受の国産化に成功した歴史あるパイオニアです。同社の最大の強みは、「トライボロジー技術」にあります。これは、物質同士の摩擦や摩耗、そしてそれを滑らかにする潤滑(オイルやグリース)の働きを科学的にコントロールする技術です。自動車用から宇宙開発、半導体製造装置にいたるまで、摩擦を徹底的に排除する技術力で世界トップクラスのシェアを誇ります。

      ・NTN

      自動車の車輪部分に使用される「ハブベアリング」や、エンジンの動力を滑らかに曲げてタイヤに伝える「等速ジョイント」という部品において、世界最高峰のシェアを持っています。同社のコアコンピタンスは、回転時のエネルギーロスを極限まで抑える「低フリクション(低摩擦)技術」です。地球環境に優しいエコカーや電気自動車(EV)の航続距離を伸ばすために、同社の超低摩擦技術が世界中から引っ張りだこになっています。

      ・ジェイテクト(JTEKT)

      トヨタグループの主要企業であり、老舗の軸受メーカーであった「光洋精工(Koyo)」などが統合して誕生しました。軸受だけでなく、自動車の「曲がる」機能を司るステアリングシステムでも世界トップシェアを誇ります。そのコアコンピタンスは、自動車のシステム全体を熟知した上での「最適な軸受の開発力」です。過酷な状況下でも絶対に焼き付かない耐久性の高い軸受を強みとしています。

       

      一方、海外にも目を向けると、それぞれ異なる強みを持った巨大な競合企業がそびえ立っています。

      ・SKF(スウェーデン)

      世界最大のシェアを誇る、軸受業界の主要なグローバル企業です。1907年の創業以来、世界の軸受の標準規格を作ってきた歴史を持ちます。SKFの驚くべきコアコンピタンスは、単にベアリングという製品を売るだけでなく、世界中の工場の機械にセンサーを取り付け、その回転振動のデータから「機械がいつ壊れるか」を予兆管理する「資産管理ソリューション」というサービス力にあります。モノ売りからコト売りへと脱皮した、デジタル時代のリーダーです。

      ・シェフラー(ドイツ)

      ヨーロッパの強力な自動車産業を影で支える、ドイツの巨大な同族企業です。「INA」や「FAG」といった世界的に高名な軸受ブランドを傘下に持ちます。同社の強みは、ドイツのものづくりを象徴するような、緻密なエンジニアリング力とイノベーションです。エンジンの効率を限界まで高めるための特殊なころ軸受や、自動車のトランスミッションを一体で開発する高度なシステム提案力を武器にしています。

      ・ティムケン(アメリカ)

      「円すいころ軸受」という、傾いたローラーを使って縦と横の両方からの強い力を支える軸受を考案した、アメリカの老舗メーカーです。同社のコアコンピタンスは、大型トラックや建設機械、鉄道車両、さらには巨大な風力発電の風車など、激しい荷重と衝撃がかかる重工業向けの「超頑丈な軸受を作る材料・熱処理技術」です。過酷な環境で真価を発揮するタフなブランドとして、世界中で高い信頼を得ています。

       

      現在、これらの世界的なメーカーは、自動車の急速な電気自動車(EV)へのシフトに対応するため、さらなる技術競争を繰り広げています。ガソリンエンジンに比べて圧倒的な高速で回転するEV用モーターに対応するため、鋼鉄ではなく「セラミック製の玉」を採用した超高速軸受や、モーターの電気の漏れによって軸受の内部が火花で傷ついてしまう現象を防ぐための「絶縁コーティング技術」など、次世代のハイテク軸受の開発にしのぎを削っているのです。

       

      第5章:誰かに話したくなる「軸受」の話

      ここまで軸受の歴史や原理、メーカーの強みについて解説してきましたが、最後に、学校や職場の雑談、あるいは飲み会の席などで思わず誰かに話したくなるような、軸受にまつわる面白いエピソードを2つご紹介します。

       

      (1)戦艦大和の主砲台座と軸受の関係とは?

      太平洋戦争中、日本の造船技術の粋を集めて建造された史上最大の超弩級戦艦「大和」。大和の最大の武器は、当時の世界の常識を遥かに凌駕した「46センチ主砲」でした。この巨大な大砲は、3本の砲身がひとつの塊となった「砲塔(ほうとう)」という形で甲板に据え付けられていましたが、この砲塔1基あたりの総重量は、なんと約2,700トンにも達しました。数字が大きすぎてピンとこないかもしれませんが、これは現代の日本の一般的な大型通勤電車(1両およそ30トン)に換算すると、なんと「約90両分」の重さがひとつの場所に集まった計算になります。あるいは、日本の一般的な駆逐艦(軽快な軍艦)が丸ごと1隻、甲板の上に載っているようなものと言えば、その異常なスケールが想像できるでしょう。

       

      これほどまでに常軌を逸した重量を持つ主砲塔を、敵の船の動きに合わせて正確に、かつ滑らかに旋回(回転)させるためには、その台座の部分、それまでに誰も見たことがないような巨大で超精密な軸受が必要不可欠でした。もし回転が途中で引っかかったり、わずかでも傾いたりすれば、
      何十キロメートルも先の敵艦を狙う砲撃の照準はガタガタになり、戦闘になりません。この大和の主砲塔を支えるために日本の技術者たちが開発したのが、直径が約11.5メートルという、家が一軒丸ごと載るような大きさの特製ベアリング(球軸受)でした。そして、この巨大なリングの中に敷き詰められた鋼鉄の球(鋼球)の大きさは、なんと「直径18センチメートル」もありました。これは、大人の頭のサイズや、ボウリングの球、あるいはバレーボールより一回り小さいくらいの巨大な鉄の塊です。このような大質量の球が、何十個も円状に並べられていたのです。

       

      今さら聞けない「軸受(ベアリング)」の基本|歴史から原理、意外な活用事例まで

       

      当時の技術者たちに課された試練は、この巨大な鋼球たちの大きさに、ほんのわずかな誤差も許されないという極限の精度でした。もし、1個でも他の球より大きな球が混ざっていれば、2,700トンの荷重がその1個の球だけに集中してしまい、球が潰れるかリングがへこんで、砲塔が完全にロックされてしまいます。職人たちは、すべての球の大きさを100分の1ミリメートル以下の精度で均一に磨き上げました。その結果、大和の主砲塔は、あれほどの巨体でありながら、動力による駆動はもちろんのこと、万が一の停電時には、なんと「人力による補助ハンドル」でも静かに、滑らかにグルグルと回すことができるほどの驚異的な回転性能を実現したのです。戦艦大和の圧倒的な威力を陰で支えていたのは、実は日本の職人たちが血と汗で生み出した、世界最高峰の軸受技術だったのです。

       

      (2)スマフォ1台に、ベアリングが幾つ使われているのか?

      現代人の生活に片時も欠かせない精密機械の代表格、スマートフォン。自動車に100個以上のベアリングが使われているのであれば、このハイテクの塊であるスマートフォンの中にも、さぞかし多くのベアリングが使われているのだろう、と思いませんか?しかし、意外なことにその答えは、「基本的には0個(ゼロ)、特殊な機種でも数個程度」という、驚くほど少ないものです。これには、スマートフォンの極限の「薄さ」が関係しています。一般的なボールベアリングは、外側の輪、内側の輪、そして中に球を入れるという構造上、どうしてもある程度の厚み(ミリメートル単位)が必要です。1ミリメートル以下の薄さを競い合っているスマートフォンの内部には、そのような立体的な部品を組み込むスペースがほとんど残されていないのです。

       

      例えば、スマートフォンが震えて着信を知らせる「バイブレーション機能」には、かつては小さなモーターが使われていました。しかし、現代のスマートフォンの多くは、回転するモーターではなく、リニアモーターカーのように金属の重りを磁石の力で直線的に超高速往復させる「リニアアクチュエータ(線形共振振動器)」という仕組みを採用しています。回転運動自体がないため、軸を支えるベアリングも不要になったのです。また、一部の安価な回転式モーターが使われている場合でも、その軸受には厚みの出るボールベアリングではなく、金属の筒の隙間にわずかな油を染み込ませた、スペースを取らない超薄型の「滑り軸受」が使われることが大半です。

       

      ただし、最近の最先端スマートフォンの中には、例外的に超小型ベアリングが使われているケースもあります。ひとつは、画面を真ん中でパタンと折りたたむことができる「折りたたみスマートフォン(フォルダブルスマホ)」です。滑らかに、かつ何度も画面を傷つけずに折り曲げるための複雑な「ヒンジ(蝶番)」機構の内部には、外径がわずか1ミリメートル強しかない、顕微鏡で見るような世界最小クラスのマイクロベアリングが数個組み込まれていることがあります。また、一部の高級なカメラスマホにおいて、レンズを前後に物理的に動かして光学ズームを行ったり、強力な手ぶれ補正を行ったりするカメラモジュールの内部にも、極小のボールベアリングが忍ばされていることがあります。

       

      しかし、スマートフォンの世界における軸受の真の役割は、スマートフォンの中ではなく、「スマートフォンが作られる場所」に隠されています。スマートフォンに搭載される超微細な半導体チップを作るための露光装置、髪の毛よりも細い配線をミリ秒単位のスピードで基板に植え付けていく表面実装機、そしてそれらの部品を24時間体制で組み立てる超高速の産業用ロボットたち。これらの製造装置の内部には、1台あたり数百個から数千個もの、世界最高精度の超精密ベアリングが組み込まれています。ベアリングという究極の回転支え技術がなければ、私たちはスマートフォンというハイテク製品をこの世に大量生産することすらできないのです。本体の薄いガラスと金属の奥には入っていなくても、デジタル社会を物質的に誕生させるために、軸受は陰の主役として今もどこかの工場で超高速で回り続けています。

       

      おわりに

      いかがでしたでしょうか。今回は「軸受(ベアリング)」をテーマに、古代の歴史から、レオナルド・ダ・ヴィンチの知恵、動作の基本、世界の名だたるメーカー、そして戦艦大和やスマートフォンにまつわる意外な雑学までをご紹介しました。普段の生活で私たちがベアリングを直接意識することはほとんどありませんが、彼らはいつでも、私たちの乗る乗り物を安全に走らせ、家電製品を静かに動かし、ハイテク製品を工場で生み出すために、常に摩擦という課題に対応し続けています。もし今度、身の回りの機械が滑らかに動いているのを感じたら、その内部で健気に回り続けている小さな隠れた主役、「軸受」の存在に少しだけ思いを馳せてみてください。そして、ここで得たお話をぜひ、誰かに話してみてください。

       

      本記事を執筆した専門家「森内 眞」が講師のセミナー 一覧

       【ものづくり セミナーサーチ】 セミナー紹介:国内最大級のセミナー掲載数 〈ものづくりセミナーサーチ〉 はこちら!

       

         続きを読むには・・・


      「機械技術」の他のキーワード解説記事

      もっと見る
      油圧ポンプとは?種類と特徴、仕組みを分かりやすく解説

      【目次】 エレベータ、自動車のブレーキなど、さまざまな装置、機械で利用されている油圧は、加圧した油を介して動力の伝達を行う技術です。...

      【目次】 エレベータ、自動車のブレーキなど、さまざまな装置、機械で利用されている油圧は、加圧した油を介して動力の伝達を行う技術です。...


      トポロジー最適化は機械設計をどう変えるのか、第2回 「性能から形が生まれる」設計という発想

      【目次】 1.設計の出発点が変わる 前回の記事では、従来の機械設計が「設計者が形を考え、その形で性能を満たす」という流れで進められ...

      【目次】 1.設計の出発点が変わる 前回の記事では、従来の機械設計が「設計者が形を考え、その形で性能を満たす」という流れで進められ...


      銀色の電車が増えた!?進化を続けるステンレス車両のメリットとは

        私たちの身の回りにある電車ですが、実は銀色の車両が増えてきています。この記事では、銀色の電車が増えた理由を素材や環境問題の観点から解説...

        私たちの身の回りにある電車ですが、実は銀色の車両が増えてきています。この記事では、銀色の電車が増えた理由を素材や環境問題の観点から解説...


      「機械技術」の活用事例

      もっと見る
      「運ぶ」をテーマにムダを削減!工場の最適化・省人化に貢献

        ヤマハ発動機が「運ぶ」未来 ~ μ to km(ミクロン・トゥ・キロメーター)~  ヤマハ発動機株式会社 執行役員 ...

        ヤマハ発動機が「運ぶ」未来 ~ μ to km(ミクロン・トゥ・キロメーター)~  ヤマハ発動機株式会社 執行役員 ...


      生成AIでロボットとヒトが共に暮らし、共に働く世界を創る

        ロボットに生成AIを搭載するのではなく、生成AIをロボティクスでリアル世界に召喚する 岐阜大学客員教授  株式会社デンソー...

        ロボットに生成AIを搭載するのではなく、生成AIをロボティクスでリアル世界に召喚する 岐阜大学客員教授  株式会社デンソー...


      プラスチックと成形加工の世界 ~身近な製品から学ぶ基礎知識~ <ものづくりドットコムおすすめセミナー>

      ものづくりドットコム編集部講師:株式会社Tech-T 代表取締役 高原忠良氏   私たちの生活は、プラスチック製品なしには成り立たないと...

      ものづくりドットコム編集部講師:株式会社Tech-T 代表取締役 高原忠良氏   私たちの生活は、プラスチック製品なしには成り立たないと...