未来を経験・体験する 普通の組織をイノベーティブにする処方箋 (その56)

 
  
 
 現在イノベーションに必要な要素を表したKETICモデルの2つ目、Experience(経験)の解説しています。今回は前回に引き続き、市場を知るための3つの軸:TADの内「時間軸(Time)」、更にその中の「未来を経験・体験する」ための3つの方法の内の1つ、「現状での最も未来に近い最先端を経験する」の中の「両極端の環境下での人の営みを経験・観察する」を解説していますので、今回もその解説を続けたいと思います。
 
 前回のその55に続いて解説します。
 

2. 「なぜ両極端を経験する」なのか

 
 未来を経験する議論をしているので、これまでに何度か触れたライトハウスカスタマーを、彼らの現場を体感するなど何らかの形で経験するということは理に適っています。ライトハウスカスタマーは、先端のニーズを自ら持つ顧客やユーザーであり、それらプレーヤーの中で最も知識を持ち進んでいるからです。
 
 しかし、一方でライトハウスカスタマーを経験することにも大きな欠点があります。それは、彼らが最も知識を持ち、様々な経験をしていて、それら知識や経験そのものが、未来を予測する上で制約になるからです。彼らの知識や経験は、多くの場合現在の経験に加えて、過去の環境、技術そして知識を前提として、それらを踏まえて徐々に修得されたり経験されたものです。
 
 また資金力がそれらの習得・利用を可能としてきました。それらの過去から現在までの環境、技術、知識の延長線上に、必ずしも未来がある保証はありません。なぜなら、それらが制約を従来からある手段や知識でねじ伏せてきたともいえるからです。
 
 その延長線上に未来があるかもしれないし(だからこそライトハウスカスタマーを経験する価値があるのですが)、その延長線上には未来はないかもしれないということです。つまり、彼らの知識や経験が、むしろ未来を想定する上で、障害や制約になる可能性もかなりあるということです。
 

(1) ラガードを経験する価値:素のニーズや環境を知る

 
 過去から現在までの延長線上ではない未来を想定する方法は何か。それがラガードを経験することです。ラガードとはライトハウスカスタマーとは真逆の最も遅れた顧客やその他のプレーヤーです。なぜ遅れたプレーヤーの事を経験することが、未来を想定することにつながるのか。彼らのニーズや置かれた環境は、その本質を示している可能性が高いということです。
 
 ライトハウスカスタマーは彼らの英知や過去の経験そして資金力をフルに活用された結果、未来を想定するような先端のニーズを持っている訳ですが、それらの英知、経験そして資金力があることから、本来的なニーズや制約が相当緩和、克服されていて、もともとあった本質的なニーズや制約が明確に認識されていない可能性があるのです。であれば、英知や経験のない素のままの顧客やユーザーであるラガードを経験することで、それらの本質のニーズやそれを生み出している背景の環境そして本来的に存在する制約がより明確になるということです。
 

(2) リニア新幹線のニーズ

 
 例えば、鉄道のライトハウスカスタマーである、日々東奔西走する忙しいビジネスマンは、東京大阪間1時間での移動というニーズを持っているかもしれません。これらライトハウスカスタマーを経験すると「より速く」がニーズと勘違いしてしまうかもしれません。しかし、ラガードを経験すると、違うニーズが見えてくるかもしれません。例えばラガードとは、現在、東京大阪間の移動に新幹線や航空機ではなく、長距離バスを使っているような人達です。
 
 彼らのニーズは、時間通りに目的地に到着することです。一方で資金的な余裕はないので、長距離移動の不快感は甘受しても良いと考えています。つまり本質ニーズは、時間通りに目的地に到着すること。快適に目的地に到着することです。決して...
短時間で目的地に到着することではありません。
 
 そうであれば、鉄道会社としては既存の鉄道インフラを使って、より快適なスペースを持ち、従来利用されていない夜間の鉄道網を使って、移動させるという手段があります。リニア新幹線に何兆円の予算を使うより、車両や駅に工夫を行い、快適に目的地に求める時間に到着するというニーズを満たすことが可能でしょう。
 
 ここでの重要な点が、ラガードのニーズは実は、ライトハウスカスタマーの本質のニーズでもあるかもしれないということです。決してラガードだけのニーズを求めてラガードを経験する活動をする訳ではありません。
 
 次回に続きます。
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