安全表示のあれこれ

1.表示の国際ルール

  私たちは朝の起床から就寝するまで、必ず何らかの製品やサービスの恩恵を受けて生活しています。安全を楽しんで生活するために設けられたルールは、多くの人たちが知恵を絞った結果であり社会のインフラでもあります。そのインフラのひとつが都市の取扱い説明書ともいうべき、公共表示です。一歩室外に出れば、交通標識、施設内の誘導標識、そして製品の取扱説明書の警告表示など、私たちの生活は、安全を楽しむために守るべき表示に満たされているといって良いでしょう。この表示を品質安全のための運用に当たっては国際ルールがあり、スリーステップ・メソッドと呼ばれています。ISO/IECガイド51から続く基準であり、その主旨は、製品の表示に至るまでには、①製品の本質安全化、②使用ルールと防具の指示、そして最後に③表示によって使用者の注意を促すこと、この①→②→③の順序を守ることが国際ルールです。 

2.本質安全の4つの資源

  表示は製品の使用者に向けた最後の手段であり、最初の手段ではない。これを無視して製品を市場に流通させ、製品の欠陥で事故が起きた場合、製造者のPL責任を社会から糾弾されることになります。特に表示は本体である製品の一部とされ、表示の欠陥は製品の欠陥とされます。PL裁判の盛んなアメリカで、この表示欠陥の依拠による裁判では、被告となった製造者が負ける判例が多くなっています。前述のスリーステップ・メソッドを守っていないかったことから敗訴になるのです。  製品の本質安全は大きな事業で、人、技術、金、時間の4つの経営資源を投入する必要があります。それに比べて表示は極めて安価に短時間で済ますことができます。1枚は数円の警告ラベルを製品に貼るか取説に警告表示を追加して安全対策を施したと思っている企業はまだまだたくさんあります。それに本質安全は見えにくいですが表示は眼で見え、いかにも対策をしたという達成感があることから、企業が好む一因でもあるようです。

3.アメリカのPL裁判は社会構造のはけ口

  しかしながら、そこが両刃の剣で、本質安全をしないで取説、警告ラベルに表示したことが主因で事故が起きた場合、今度は表示そのもので自らが糾弾される事態になります。裁判を提起され、敗訴した場合の判決文。『被告は製品に危険性があることを認識していながら、安全化を怠り、この危険性は表示によって使用者の注意喚起を促すことで足れりとして製造を続けた。』アメリカではこの場合懲罰賠償となり巨額の賠償金を言い渡されることになります。但し、日本ではこの制度はないし、これまでに提起されたPL裁判もわずかであるのでご安心願います。 アメリカがPL訴訟のメッカである土壌は複雑で、裁判のシステムが陪審員制度であること、賠償保険の普及率の低いこと、アメリカの企業経営者がWASPとよばれる一握りの富裕層であることに対する反感など、安全施策以前のインフラに問題があります。しかし、不況により企業のPLDとしての賠償保険の加入率が減るにつれ、いずれ日本もアメリカナイズされると思われます。いまは暫時の安心に過ぎないということを企業は忘れないことが重要です。

4.表示は人の行動心理の表れ

  表示の対象となる使用者は老若男女、国籍を問いません。日本で流通する製品は日本語主体ですが、最近は中国語を併記している表示も多くなっています。多言語で表示する煩雑さを避けるため、ピクトデザインとして絵表示を制定する傾向があります。表示にもジェンダー(性差)が表現されないのは女性差別の表れであると、ジェンダー表現を試みた都市があります(図1)。諸般の状況から実施されることはありませんでしたが、福祉に重きを置く国の試みとして評価したい...

ものです。

図1. 表示にジェンダーを表現したウイーン市の試み2種 

  表示は人の行動を指示する手段として有効です。そのためには人の行動心理に基づいた表現が不可欠です。消防法で施設に表示を義務付けられている非常口のピクトは誰でも知っていますが、あのデザインが日本によるものであることを知っている人は少ないでしょう。旧ソ連と日本が争い1982年、ISOロンドン会議の満場一致で日本が勝利した成果です。

 右の図2でお分かりのように、デザイン的にも日本版はシンプルで視認性が高いのですが、何といっても人の行動心理、特に災害発生時の心理、「明るい方向に逃げたい」ということを左足の影で表現しているところが秀逸です。しかしこれには、「足が長く見える」という旧ソ連の反論があることを添えておきましょう。

図2.国際標準である非常口の表示  

左がお馴染みの日本のデザイン、右は旧ソ連の案

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