『坂の上の雲』に学ぶ先人の知恵(その13)

  
 『坂の上の雲』は司馬遼太郎が残した多くの作品の中で、最もビジネス関係者が愛読しているものの一つでしょう。これには企業がビジネスと言う戦場で勝利をおさめる為のヒントが豊富に隠されています。『坂の上の雲』に学ぶマネジメント、前々回から、『論理的思考を強化せよ』で、解説を進めています。
 

◆「三現主義」の誤解

 
 時代が変わってくると、「三現主義ではうまくいかない」という誤解が出てくるようです。まず、基本的なところで、三現主義には現場を見る側に観察眼がなければ、いくら現場に行っても駄目であることを説明しておきます。
 

1. 見る目がなければ

 
 幕末の黒船は観察眼がなくても、実物を目の前に見れば誰でも圧倒されるでしょう。今までまったく想像していなかった黒船を目の当たりにしたのだから、誰でもびっくりしてそれだけでも世界が変わってしまうくらいです。黒船を見ていない人にとっては、黒船の姿かたちやその巨大さ、迫力も何も実感できないのです。
 
 現場や現物を見た人と見ない人とでは、現実の受け止め方がまったく違ってしまうことになる一方、黒船を見た人でも、ただ黒船の大きさに不気味さや恐ろしさを感じた人と、何となくではあっても事の重大性を読み取った人とがいるのです。現場で現物を見た人でも、「現実」の受け止め方が違っていたことになるのです。見ても現実が見えていない人と、見ればすぐに現実がわかる人とがいるのです。後者は現実を見る目、見る力がある人のことです。
 

2. 現実を把握せよ

 
 最近は見えない物が出てきました。コンピュータのシステムとかソフトウエアは具体的な姿が見えないので、今までの三現主義だけでは対応できないでしょう。
 
 住友家の大精神を表現した大番頭、伊庭貞剛の言葉があります。筆者はこれを三現主義の誤解を防ぐために、次のように解釈しています。ひとつは「現実を把握せよ」「現実的に処理せよ」。これは三現主義そのものです。筆者はその次に、「現実に拘泥するな」を追加します。
 
 論理で言えは、現実の上にエッセンスがあるのです。抽象化した概念と言ってもいいでしょう。この抽象化した概念で考える場合、現実のレベルはいろいろ違うので、抽象化概念ではAだったとしても、現実にはAの格好をしていたり、Bの格好をしていたりする。したがって、現実に拘泥するなということが必要となるのです。現在まで300年の歴史を持っている住友はさすがだなと思います。「現実に拘泥するな」が三現主義の中で最も誤解されているところで、あらためて主張したいところです。
 
 現在の情報化社会におけるシステムとかソフトウエアなどの目に見えないものばかりの中で、現物だとか「見える化」はなかなか難しい課題です。新しい三現主義が出てくることを期待します。
 
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 『坂の上の雲』の中に、二〇三高地向けの攻城砲(大砲)があり、司令部の近くに据え付けてありました。もともと司令部は現場から遠く、音は威圧的でも実効性が低いのです。それを児玉が見て現場の近くに移動しろと言いました。専門家は、攻城砲の移動はビルを移設するようなもので簡単にはでき...
ない、まずコンクリートを打つだけで1か月かかる、と反対しました。児玉の観察としては、大変なのはわかるができないことではない、1か月というならそれを1週間以内でやれと命令しました。現実的には全員総出で引っ張り、おそらく1週間もかからなかったでしょう。それで命中率が極端によくなり、攻城砲と名のつく大砲だから要塞を破壊してしまったのです。
 
【出典】
 津曲公二 著「坂の上の雲」に学ぶ、勝てるマネジメント 総合法令出版株式会社発行
 筆者のご承諾により、抜粋を連載。
 
  
◆関連解説『人的資源マネジメントとは』

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