道路を広げずに渋滞をなくす?「モビリティ・マネジメント」とトヨタ・ウーブン・シティが描く未来

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道路を広げずに渋滞をなくす?「モビリティ・マネジメント」とトヨタ・ウーブン・シティが描く未来

【目次】

    現代社会が抱える環境問題、都市部の交通渋滞、そしてエネルギー消費の増大は、持続可能な発展を妨げる深刻な課題です。これらの問題の根源にあるのは、「移動」という人間の基本的な活動とその非効率性です。単に道路を増やしたり、公共交通機関を整備するだけでは根本的な解決には至りません。ここで注目されるのが、人々の移動行動そのものに働きかけ、より効率的で環境に優しい手段への転換を促す「モビリティ・マネジメント(MM)」です。MMは、物理的なインフラの限界を超え、人間の意識と選択に焦点を当てた、ソフトで持続可能な交通政策の中核を成します。今回は、このモビリティ・マネジメントの基本概念から具体的な施策、そして未来の交通システムを具現化する最先端の取り組みであるトヨタの「ウーブン・シティ」構想までを深掘りし、渋滞解消という短期的な目標を超え、持続可能な社会の実現にMMが果たす役割と、その未来像について考察します。

     

    1. モビリティ・マネジメント(MM)とは何か?

    (1) 人の心理を「ナッジ」する? モビリティ・マネジメントの正体

    モビリティ・マネジメント(MM)は、交通需要管理(TDM: Transportation Demand Management)の一環として、個々の交通利用者の行動変容を促すことを目的とした非物理的な施策の総称です。従来の交通政策が道路や鉄道といった物理的なインフラ整備(供給側対策)を中心としていたのに対し、MMは「移動」に対する人々の意識や選択(需要側対策)に焦点を当てます。その定義は「自動車利用者の過度な依存や不適切な利用を抑制し、公共交通機関、自転車、徒歩など、環境負荷の低い移動手段への転換を促すための、コミュニケーションを基軸とした活動」とされます。これは、単なる利用規制ではなく、情報提供やインセンティブ付与を通じて、利用者が自発的かつ賢明な移動手段を選択できるようにサポートする手法です。MMの根底にあるのは「移動の自由」を制限することなく、移動の「質」と「効率」を高め、その結果として都市全体の交通環境を改善するという哲学です。このアプローチは、人々の行動が交通需要を生み出すという構造を逆手に取り、望ましい行動を誘導することで、既存の交通インフラのポテンシャルを最大限に引き出すことを目指します。MMの活動は、一過性のものではなく、継続的な対話と評価を通じて、社会全体として持続可能な移動文化を醸成することを究極の目標としています。この手法の根底には、行動経済学の「ナッジ(Nudge:そっと後押しする)」理論があります。強制するのではなく、情報提供によって「つい環境に良い移動手段を選びたくなる」ように仕向ける。これがMMの本質です。

     

    (2) モビリティ・マネジメントの基礎知識

    MMは、主に次の3つのステップで構成されます。

    【情報の収集と分析】

    第1に「情報の収集と分析」です。対象地域や対象者の現在の移動実態(トリップパターン、利用手段、時間帯など)を詳細に把握します。この初期段階で重要なのは、自動車利用者がなぜその手段を選んでいるのか、その背景にある心理的な要因や物理的な制約を理解することです。

    【働きかけ(コミュニケーション)】

    第2に「働きかけ(コミュニケーション)」です。この段階で、個々の利用者に対して、彼らの現在の移動がもたらす社会的・個人的なコスト(渋滞、環境負荷、健康面のリスクなど)を伝え、代替手段(バス、鉄道、自転車、相乗りなど)の利便性やメリットに関するパーソナルな情報を提供します。重要なのは、一方的な指示ではなく、対話を通じて行動変容への動機付けを行うことです。例えば、通勤者に対して、公共交通を利用した場合の正確な所要時間や、自転車通勤による健康効果を具体的に提示します。

    【施策の実施と評価】

    第3に「施策の実施と評価」です。単に施策を実行するだけでなく、行動変容が実際に起こったかどうかを継続的にモニタリングし、客観的なデータに基づいて施策の改善を繰り返します。このPDCAサイクルを回すことで、MMの効果を最大化し、長期的な定着を図ります。MMの成功は、強制力に頼るのではなく、利用者の「気づき」と「納得感」に基づいている点に特徴があります。このアプローチにより、特定の区間や時間帯の交通需要を平準化・分散させ、既存の交通インフラの効率を最大化することを目指すのです。

     

    2. モビリティ・マネジメントの目的と期待される効果

    (1) MMが解決を目指す具体的な課題

    モビリティ・マネジメントの最大の目的は、過度な自動車利用に起因する様々な社会的・経済的損失を最小限に抑え、都市の活力を維持・向上させることです。MMが解決を目指す具体的な課題は多岐にわたります。最も顕著なのは「交通渋滞の緩和」です。渋滞は、単に通勤時間を延ばすだけでなく、時間の浪費、物流コストの増大、企業の生産性低下、ひいては経済活動の停滞を招きます。MMは、自動車の利用総量自体を減らしたり、利用時間を分散させる(時差通勤など)ことで、この問題を直接的に解消します。次に「環境負荷の低減」です。自動車の排出ガスによる大気汚染や、二酸化炭素排出による地球温暖化への影響を抑制するため、環境に優しい移動手段への転換を促します。公共交通機関や自転車、徒歩といった移動手段の利用を奨励することは、都市の空気質改善に直結します。

     

    さらに「公共交通機関の利用促進と維持」も重要な課題です。特に地方都市では、自動車への依存が進むと公共交通の利用者が減少し、路線の維持が困難になり、交通弱者への影響が拡大します。MMは、公共交通の利便性を訴求し利用者を増やすことで、その収益性を改善し、サービスの維持・向上を支援します。また「健康の増進」という側面も見逃せません。徒歩や自転車利用を推奨することは、人々の運動量を増やし、生活習慣病の予防など、健康的な生活習慣の形成に寄与します。このように、MMは単なる交通問題の解決に留まらず、環境、経済、社会、健康という多角的な側面から、持続可能な都市システムを構築するための基盤となるのです。その効果は、個人の生活の質の向上から、地域経済の活性化に至るまで、広範囲に及びます。

     

    3. なぜ今、モビリティ・マネジメントが必要なのか? 

    (1) 社会構造の変化とMMの必然性

    モビリティ・マネジメントが現代において不可欠となっている背景には、2つの大きな社会構造の変化があります。

    【都市化の進展と交通需要の集中】

    1つは「都市化の進展と交通需要の集中」です。世界的に都市部への人口集中が進み、限られた道路空間に交通需要が過度に集中しています。過去の交通政策では、道路建設による供給力の増強が主流でしたが、都市部での用地確保は困難かつ非効率であり、建設後もすぐに需要増に追いつかれ、効果が頭打ちになることが証明されました。つまり、物理的な解決策には限界があり、需要そのものを管理するMMのようなアプローチが必然的に求められるようになったのです。

    【持続可能性(サステナビリティ)への意識の高まり】

    もう1つは「持続可能性(サステナビリティ)への意識の高まり」です。地球温暖化対策は喫緊の課題であり、運輸部門におけるCO2排出量削減は...

    道路を広げずに渋滞をなくす?「モビリティ・マネジメント」とトヨタ・ウーブン・シティが描く未来

    【目次】

      現代社会が抱える環境問題、都市部の交通渋滞、そしてエネルギー消費の増大は、持続可能な発展を妨げる深刻な課題です。これらの問題の根源にあるのは、「移動」という人間の基本的な活動とその非効率性です。単に道路を増やしたり、公共交通機関を整備するだけでは根本的な解決には至りません。ここで注目されるのが、人々の移動行動そのものに働きかけ、より効率的で環境に優しい手段への転換を促す「モビリティ・マネジメント(MM)」です。MMは、物理的なインフラの限界を超え、人間の意識と選択に焦点を当てた、ソフトで持続可能な交通政策の中核を成します。今回は、このモビリティ・マネジメントの基本概念から具体的な施策、そして未来の交通システムを具現化する最先端の取り組みであるトヨタの「ウーブン・シティ」構想までを深掘りし、渋滞解消という短期的な目標を超え、持続可能な社会の実現にMMが果たす役割と、その未来像について考察します。

       

      1. モビリティ・マネジメント(MM)とは何か?

      (1) 人の心理を「ナッジ」する? モビリティ・マネジメントの正体

      モビリティ・マネジメント(MM)は、交通需要管理(TDM: Transportation Demand Management)の一環として、個々の交通利用者の行動変容を促すことを目的とした非物理的な施策の総称です。従来の交通政策が道路や鉄道といった物理的なインフラ整備(供給側対策)を中心としていたのに対し、MMは「移動」に対する人々の意識や選択(需要側対策)に焦点を当てます。その定義は「自動車利用者の過度な依存や不適切な利用を抑制し、公共交通機関、自転車、徒歩など、環境負荷の低い移動手段への転換を促すための、コミュニケーションを基軸とした活動」とされます。これは、単なる利用規制ではなく、情報提供やインセンティブ付与を通じて、利用者が自発的かつ賢明な移動手段を選択できるようにサポートする手法です。MMの根底にあるのは「移動の自由」を制限することなく、移動の「質」と「効率」を高め、その結果として都市全体の交通環境を改善するという哲学です。このアプローチは、人々の行動が交通需要を生み出すという構造を逆手に取り、望ましい行動を誘導することで、既存の交通インフラのポテンシャルを最大限に引き出すことを目指します。MMの活動は、一過性のものではなく、継続的な対話と評価を通じて、社会全体として持続可能な移動文化を醸成することを究極の目標としています。この手法の根底には、行動経済学の「ナッジ(Nudge:そっと後押しする)」理論があります。強制するのではなく、情報提供によって「つい環境に良い移動手段を選びたくなる」ように仕向ける。これがMMの本質です。

       

      (2) モビリティ・マネジメントの基礎知識

      MMは、主に次の3つのステップで構成されます。

      【情報の収集と分析】

      第1に「情報の収集と分析」です。対象地域や対象者の現在の移動実態(トリップパターン、利用手段、時間帯など)を詳細に把握します。この初期段階で重要なのは、自動車利用者がなぜその手段を選んでいるのか、その背景にある心理的な要因や物理的な制約を理解することです。

      【働きかけ(コミュニケーション)】

      第2に「働きかけ(コミュニケーション)」です。この段階で、個々の利用者に対して、彼らの現在の移動がもたらす社会的・個人的なコスト(渋滞、環境負荷、健康面のリスクなど)を伝え、代替手段(バス、鉄道、自転車、相乗りなど)の利便性やメリットに関するパーソナルな情報を提供します。重要なのは、一方的な指示ではなく、対話を通じて行動変容への動機付けを行うことです。例えば、通勤者に対して、公共交通を利用した場合の正確な所要時間や、自転車通勤による健康効果を具体的に提示します。

      【施策の実施と評価】

      第3に「施策の実施と評価」です。単に施策を実行するだけでなく、行動変容が実際に起こったかどうかを継続的にモニタリングし、客観的なデータに基づいて施策の改善を繰り返します。このPDCAサイクルを回すことで、MMの効果を最大化し、長期的な定着を図ります。MMの成功は、強制力に頼るのではなく、利用者の「気づき」と「納得感」に基づいている点に特徴があります。このアプローチにより、特定の区間や時間帯の交通需要を平準化・分散させ、既存の交通インフラの効率を最大化することを目指すのです。

       

      2. モビリティ・マネジメントの目的と期待される効果

      (1) MMが解決を目指す具体的な課題

      モビリティ・マネジメントの最大の目的は、過度な自動車利用に起因する様々な社会的・経済的損失を最小限に抑え、都市の活力を維持・向上させることです。MMが解決を目指す具体的な課題は多岐にわたります。最も顕著なのは「交通渋滞の緩和」です。渋滞は、単に通勤時間を延ばすだけでなく、時間の浪費、物流コストの増大、企業の生産性低下、ひいては経済活動の停滞を招きます。MMは、自動車の利用総量自体を減らしたり、利用時間を分散させる(時差通勤など)ことで、この問題を直接的に解消します。次に「環境負荷の低減」です。自動車の排出ガスによる大気汚染や、二酸化炭素排出による地球温暖化への影響を抑制するため、環境に優しい移動手段への転換を促します。公共交通機関や自転車、徒歩といった移動手段の利用を奨励することは、都市の空気質改善に直結します。

       

      さらに「公共交通機関の利用促進と維持」も重要な課題です。特に地方都市では、自動車への依存が進むと公共交通の利用者が減少し、路線の維持が困難になり、交通弱者への影響が拡大します。MMは、公共交通の利便性を訴求し利用者を増やすことで、その収益性を改善し、サービスの維持・向上を支援します。また「健康の増進」という側面も見逃せません。徒歩や自転車利用を推奨することは、人々の運動量を増やし、生活習慣病の予防など、健康的な生活習慣の形成に寄与します。このように、MMは単なる交通問題の解決に留まらず、環境、経済、社会、健康という多角的な側面から、持続可能な都市システムを構築するための基盤となるのです。その効果は、個人の生活の質の向上から、地域経済の活性化に至るまで、広範囲に及びます。

       

      3. なぜ今、モビリティ・マネジメントが必要なのか? 

      (1) 社会構造の変化とMMの必然性

      モビリティ・マネジメントが現代において不可欠となっている背景には、2つの大きな社会構造の変化があります。

      【都市化の進展と交通需要の集中】

      1つは「都市化の進展と交通需要の集中」です。世界的に都市部への人口集中が進み、限られた道路空間に交通需要が過度に集中しています。過去の交通政策では、道路建設による供給力の増強が主流でしたが、都市部での用地確保は困難かつ非効率であり、建設後もすぐに需要増に追いつかれ、効果が頭打ちになることが証明されました。つまり、物理的な解決策には限界があり、需要そのものを管理するMMのようなアプローチが必然的に求められるようになったのです。

      【持続可能性(サステナビリティ)への意識の高まり】

      もう1つは「持続可能性(サステナビリティ)への意識の高まり」です。地球温暖化対策は喫緊の課題であり、運輸部門におけるCO2排出量削減は国際的な責務となっています。自動車に依存した社会モデルからの脱却は、もはや選択肢ではなく、必須の変革です。MMは、環境に配慮した移動手段を奨励することで、この大きな社会的な要請に応える最も有効な手段の一つです。また、情報通信技術(ICT)の進化、特にスマートフォンやAIの普及は、個別最適化された情報提供を可能にし、MM施策の精度と効果を劇的に向上させました。ビッグデータを活用して、誰に、いつ、どのような情報を提供すれば最も行動変容が起こりやすいかを予測できるようになったことも、MMの必然性を高めています。

       

      (2) 日本の固有の課題とMM

      日本は、少子高齢化と地方の過疎化という特有の構造的課題を抱えており、これがMMの必要性をさらに高めています。地方では、公共交通の担い手や利用者が減少し、路線の維持が困難になる「交通空白地帯」が拡大しています。高齢化が進む地域では、自動車運転免許の返納に伴う「交通弱者」の問題が深刻化しており、病院や買い物といった日常生活に必要な移動の自由と生活の質の維持が大きな社会問題となっています。MMは、単に自動車利用を抑制するだけでなく、地域住民のニーズに合わせたオンデマンド交通やデマンド交通、地域内での相乗り(ライドシェア)といった多様な選択肢を提示し、利用を促すことで、公共交通の維持と交通弱者の移動手段確保の両立を目指します。

       

      これは「持続可能な地域公共交通の再構築」に直結する課題です。また、都市部では、朝夕のラッシュアワーにおける満員電車による非効率性や、ネット通販の普及による物流の「ラストワンマイル」問題など、複雑化した交通課題が山積しています。これらの課題に対し、MMは、個人の意識改革とテクノロジーを組み合わせることで、経済性と社会性を両立させた、きめ細やかな交通システムの最適解を提供するための鍵となるのです。

       

      次の写真で事例として紹介するのは、時刻表ベースで定時運行している福井県永平寺町のZen Driveです。ヤマハの電動ゴルフカートベースの自動運転車両です。最高速度が時速20km未満で、グリーンスローモビリティの分類されます。高齢者など交通手段弱者の足として期待されます。筆者取材時はレベル2での運行でしたが、現在は、国内初のレベル4での運行です。

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      次の写真で事例として紹介するのは、国内で初めて、時刻表ベースで定時運行を開始した茨城県境町の自動運転バス(レベル2)です。取材時には、通院のために利用している方が同乗してました。

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      4. モビリティ・マネジメント施策の種類と具体例

      モビリティ・マネジメントの施策は、その対象者や目的に応じて多岐にわたりますが、中心となるのは「情報提供」と「インセンティブ」を組み合わせたソフトなアプローチです。

       

      (1) 対象者別に見るMM施策

      • 通勤・通学MM: 企業や学校を対象に行われるもので、MMの最も一般的な形態です。企業が主導し、従業員に対し自家用車通勤の代わりに公共交通機関や自転車通勤、あるいは時差通勤を推奨します。その利用者に対しては、経済的な補助(交通費の全額支給、自転車購入補助など)や、非経済的なインセンティブ(駐輪場の優先利用、シャワー設備の提供、健康手当の付与など)を提供します。また、個人の通勤ルートに基づいた最適解(所要時間、コスト、カロリー消費量など)を提案するパーソナル・トラベル・プラン(PTP)の実施も重要な要素です。
      • イベントMM: 大規模なイベント(コンサート、スポーツ大会、展示会など)での交通集中を避けるために実施されます。開催地周辺の駐車場利用を制限したり、公共交通機関の臨時便運行情報を事前に周知し、来場者の移動手段の分散を図ります。具体的には、特定駅からのシャトルバス利用やパークアンドライドの利用を促すための割引券をチケットとセットで配布するなど、来場者が自家用車以外の手段を選択するよう、強く働きかけることが中心となります。
      • 地域・観光MM: 特定の地域全体や観光地を対象とし、住民や来訪者の移動行動を変容させ、交通の円滑化や観光客の満足度向上を目指します。観光地におけるマイカー規制や、周遊バスの充実、レンタサイクルサービスの拡充と情報提供が典型的です。地域住民に対しては、地域の交通課題を認識させるための対話型ワークショップ(コミュナル・モビリティ・プランニング: CMP)を実施し、住民参加による解決策を導き出すことも、施策の定着のために非常に重要です。

       

      カーシェアサービスは、従来のレンタカーとは異なった利便性があります。使用や返却の際に対面手続きが不要で、アプリ操作での開錠、乗車利用、最後はまたアプリ操作でのロックします。事前登録のクレジットカード等で自動決済され、また返却の際の満タン給油も不要です。アプリで空き状況や残りの燃料も確認できるので、気軽に借りることができます。新たな都市型移動手段となるでしょう。写真は、豊田市で借りた、トヨタの2人乗りの超小型EV C+podです。

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      (2) 具体的な施策の手法

      MM施策は、主に以下の手法を組み合わせて実行されます。

      • 情報提供(Information Provision): 自動車利用の社会的コスト(環境負荷、渋滞発生確率など)や、代替手段の利便性(所要時間、運行頻度、コスト)に関するパーソナルで具体的な情報を提供します。この情報は、デジタルサイネージ、スマートフォンアプリ、あるいは個別の対話を通じて提供されます。
      • インセンティブ(Incentives): 公共交通機関利用者にポイントを付与する、特定の時間帯に自転車通勤者にボーナスを与えるなど、望ましい行動を選択した者に対して、金銭的または非金銭的な報酬を与え、行動を強化します。
      • ディスインセンティブ(Disincentives): 自動車利用を抑制するための施策で、都心部への自動車乗り入れ規制(ロードプライシング)や、駐車料金の値上げ、駐車場の削減などが含まれます。ただし、この手法は抵抗感が大きいため、代替手段の充実とセットで、社会的な合意を得ながら慎重に導入されます。
      • ハード対策との連携(Integration with Hard Measures): バス優先レーン(BRT)の設置、乗り換え結節点の整備、自転車専用道の整備といった物理的なインフラ改善とMMを連携させることで、公共交通や自転車の利便性を高め、MMの効果を相乗的に増幅させます。

       

      5. モビリティマネジメント取組の最先端事例 ~ ウーブン・シティ ~

      (1) ウーブン・シティ構想の概要

      トヨタ自動車が静岡県裾野市で現在建設が進めている「ウーブン・シティ(Woven City)」は「人々の暮らしを支えるあらゆるモノやサービスが情報でつながる実証都市」として、未来の交通・社会システムを構想する最先端の事例です。この構想の核にあるのは、単なるスマートシティの建設ではなく「人中心」の価値創造と、現実世界とデジタル世界が融合した「コネクテッド・シティ」の実現です。2025年9月に開業しました。

       

      トヨタが目指すコネクテッド・シティの全体像 ウーブン・シティは、物理的なインフラとデジタルな情報インフラが緻密に織り込まれた(Woven)都市を目指しています。すべてのヒト、モノ、情報が繋がり、都市全体が「オペレーティングシステム(OS)」のように機能します。このOSを通じて、住宅、オフィス、商業施設、そして交通インフラすべてからリアルタイムでデータが収集・分析されます。この膨大なデータは、都市機能を最適化するためのAIモデルの学習に用いられ、住民の生活の利便性向上、環境負荷の低減、そして新しいサービスの創出に活用されます。具体的には、自動運転車両の運行管理、ロボットによる配送、電力消費の最適化などが、このコネクテッド・プラットフォーム上で実現されます。この都市は、絶えずデータを学習し、成長し続ける「生き物」のような存在として設計されています。

       

      ウーブン・シティにおけるモビリティマネジメントの設計思想 ウーブン・シティのモビリティマネジメントの設計思想は「移動手段の徹底的な分離と多様化」にあります。地上には以下の3つの道が網の目のように入り組んで(Woven)配置され、地下には物流専用の道が通ります。

      • <道1> 自動運転モビリティ専用道: 「e-Palette」などが走行
      • <道2> 歩行者とパーソナルモビリティの共存道: 低速で移動
      • <道3> 歩行者専用の道: 公園のような遊歩道

      この構造により、速度域の異なるモビリティ間の接触リスクを根本的に排除し、安全で効率的な移動を実現します。MMの視点から見ると、これは物理的なインフラ設計自体が、住民の望ましい移動行動(自動車への過度な依存を避け、環境負荷の低い手段を選ぶこと)を自然に誘導する、究極のプレコミットメント戦略と言えます。住民は、意識せずとも環境負荷の低い安全な移動手段を選択するよう促されるのです。

       

      自動運転やMaaSとMMがどのように融合するか ウーブン・シティでは、自動運転技術とMaaS(Mobility as a Service)がMMを極限まで進化させます。

      • MaaSによる最適化: 住民の移動ニーズはリアルタイムでデータ化され、AIがそれを解析します。例えば、ある住民が特定の時間帯に移動したいというニーズが発生した場合、AIは自動運転シャトル、オンデマンドの小型モビリティ、あるいはシェアサイクルの中から、その時の交通状況、天候、個人の好みを考慮した「最も効率的かつ環境負荷の低い移動手段」を提案し、シームレスに予約・決済まで完了させます。これは、従来のMMが情報提供で「選択肢を促す」のに対し、MaaSが「最適解を自動で提供する」レベルに進化したものです。
      • 自動運転の役割: 都市内の移動はすべて自動運転モビリティによって行われるため、人間の運転による非効率性や事故リスクが排除されます。自動運転モビリティは、都市のOSと連携して最適な経路で運行され、無駄な走行(空車走行など)を最小限に抑えることで、交通システムの効率を最大化します。これにより、渋滞の発生そのものを都市全体で予測し、未然に防ぐことが可能になります。

       

      (2) ウーブン・シティが示す未来のモビリティ像

      ウーブン・シティが示す未来のモビリティ像は「移動のストレスからの解放」と「都市生活の質の向上」が両立した社会です。移動は、単なるA地点からB地点への手段ではなく、生活の一部としてシームレスに組み込まれます。住民は、移動手段の選択に頭を悩ませる必要がなくなり、自動的に最適化されたモビリティサービスを享受できます。さらに、歩行者専用の道が確保されることで、都市空間は人間中心の憩いの場となり、健康増進やコミュニティ形成にも寄与します。

       

      また、都市OSが持つリアルタイムデータは、交通だけでなく、エネルギー、健康、セキュリティといったすべての都市機能と連携するため、移動データがそのまま健康増進プログラムや、地域サービス改善のためのインプットとなる可能性があります。ウーブン・シティは、MMが目指す「持続可能で効率的、かつ人間的な移動」が、高度なテクノロジーと緻密な都市設計によってどこまで実現できるかを示す、世界へのモデルケースとなるでしょう。これは、自動車会社が提唱する「モビリティ」の概念が、単なる車両の製造販売を超え「街づくり」と「社会システム」の創造へと進化していることを示しています。

       

      写真は開業から3週間ほどたったトヨタ ウーブンシティです。近未来的な建屋が印象的です。公道からの観察でしたが、いくつかの自動走行モビリティの実験状況を垣間見ることができ、すでに本格稼働しているようでした。トヨタは、未来に対する実験都市と位置付けており、モビリティの周辺都市空間へ、さらには都市空間に居住する生活者に向けてのチャレンジを始めています。クルマとは関係のない、食料・飲料や教育サービスの企業なども参画している点も、大きな注目点です。

      道路を広げずに渋滞をなくす?「モビリティ・マネジメント」とトヨタ・ウーブン・シティが描く未来

      道路を広げずに渋滞をなくす?「モビリティ・マネジメント」とトヨタ・ウーブン・シティが描く未来

      写真のガラス張りの建屋は、カケザン・インベンションハブです。ウーブンシティでの実証試験内容を紹介する場となります。

      道路を広げずに渋滞をなくす?「モビリティ・マネジメント」とトヨタ・ウーブン・シティが描く未来

      記事内の写真は筆者撮影(著作者)

      6. モビリティ・マネジメントの課題と展望

      (1) MM施策導入における障壁

      モビリティ・マネジメントの導入には、依然としていくつかの大きな障壁が存在します。

      【行動変容の難しさ】

      第1に「行動変容の難しさ」です。自動車は利便性が高く、長年の習慣として根付いているため、インセンティブや情報提供だけでは、特に地方や郊外においてその利用を抑制するのは容易ではありません。個々のドライバーが、自分の移動行動が社会全体に与える影響を実感しにくいという構造的な問題もあります。

      【最大の壁は「信用」? データプライバシーの問題】

      第2にウーブン・シティのようなスマートシティにおいて、最も懸念されるのが「監視社会化」への不安です。個人の移動履歴は究極のプライバシー情報であり、これをプラットフォーマー(運営者)に預けるだけの「信用(トラスト)」をどう構築するか。技術以上に、この社会的合意形成こそがMM普及の鍵を握ります。

      【代替交通手段の確保】

      第3に「代替交通手段の確保」です。MMは、望ましい代替手段があることを前提としていますが、地方や夜間など、公共交通の供給が十分でない地域では、自動車からの転換を物理的に強いることはできません。このため、オンデマンド交通などの多様な代替手段をコスト効率よく提供するための技術的・経済的課題が残ります。最後に「継続的な財源の確保」です。MM施策の多くは、情報提供やインセンティブに依存しており、その効果を維持するためには継続的な投資が必要ですが、公共事業としての予算化が難しいケースも少なくありません。

       

      (2) MMの未来~よりスマートで持続可能な移動へ~

      MMの未来は、AI、ビッグデータ、そして自動運転技術との融合によって、劇的に進化するでしょう。将来のMMは、単なる「行動の推奨」から「行動の予測と誘導」へと移行します。リアルタイムな交通データと個人の移動パターンをAIが解析し、渋滞が発生する前に、パーソナライズされたインセンティブ(例:この時間に出発すれば公共交通ポイントが通常の3倍、など)を個人のスマートフォンに直接配信することで、需要を動的にコントロールすることが可能になります。MaaSの進展は、複数の移動手段(電車、シェアサイクル、自動運転タクシーなど)を一つのプラットフォームでシームレスに統合し、利用者にとっての利便性を最大化します。

       

      これにより、自動車を所有する必要性が薄れ、都市空間のあり方自体が変わっていく可能性があります。自動運転技術が普及すれば、運転というタスクから解放され、車内での時間を仕事やレジャーに充てることが可能になり、移動の価値そのものが変容します。最終的にMMは、都市設計、エネルギー管理、そして市民生活の質向上を統合する「スマート・シティ・マネジメント」の中核機能となり、持続可能な社会の実現に不可欠な役割を担うことになります。

       

      7. まとめ

      今回は、モビリティ・マネジメント(MM)が、従来の交通インフラ整備中心の対策とは一線を画し、人々の移動行動に働きかけることで、交通渋滞、環境負荷、都市の非効率性といった現代社会の根源的な課題を解決するための鍵であることを確認しました。MMは、情報提供とインセンティブを主軸に、通勤、イベント、地域といった多様な対象に対して適用され、その効果は経済活動の円滑化から住民の健康増進に至るまで広範囲に及びます。そして、このMMの思想が、最先端のテクノロジーと融合した具体的な未来像として、トヨタの「ウーブン・シティ」構想に結実していることが明らかになりました。

       

      ウーブン・シティでは、自動運転やMaaSが、都市OSのリアルタイムデータに基づいて移動を最適化し、物理的なインフラ設計自体が望ましい行動を誘導するという、次世代のMMモデルが構築されています。しかし、行動変容の難しさや、データプライバシーの課題といった障壁も存在します。MMの未来は、これらの課題を克服し、AIとMaaSによって実現される動的な交通制御へと進化し、単なる渋滞解消を超えて、環境、経済、社会の持続可能性を統合的に高める「スマート・シティ・マネジメント」の中核へと位置づけられるでしょう。モビリティ・マネジメントは、より良い未来の交通と、人間中心の豊かな都市生活を実現するための、不可欠な戦略であると言えます。

       

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      この記事の著者

      高原 忠良

      トヨタ式の ” ち密さ ” をサムスン流の ” スピード ” で! 自動車業界 × 樹脂部品を中心に開発から製造までのコンサルティング

      トヨタ式の ” ち密さ ” をサムスン流の ” スピード ” で! 自動車業界 × 樹脂部品を中心に開発から製造までのコンサルティング