
LiDAR(ライダー)とは"Light Detection and Ranging"の頭文字を取った略称で、日本語では「光による検出と測距」を意味します。その名の通りレーザー光を対象物に照射し、その反射光が戻ってくるまでの時間を高精度に計測することで、対象物までの距離や形状を三次元的に把握するリモートセンシング技術です。これは電波を使うレーダー(Radar)の光版とも言え、「光のレーダー」として産業や日常を変える可能性を秘めています。今回はこのLiDARについて解説します。
1. LiDAR(Light Detection and Ranging)の基本原理
LiDARの基本原理はシンプルですが、高い精度を実現しています。レーザー光は既知の速度(光速)で進むため、発射から受光までの往復時間を測定すれば、「距離 = 速度 × 時間 ÷ 2」というシンプルな計算式で瞬時に正確な距離を割り出すことができます。この単純な計算を1秒間に数十万〜数百万回行うことで、世界を「点の集合(点群)」としてコピーするようにデジタル化できるのです。この点群は、従来のカメラ画像では得られない奥行きや正確な形状情報を提供します。
2. なぜ今、LiDARが注目されるのか、自動運転と産業革命
LiDAR技術は以前から航空測量や地形マッピングに利用されてきましたが、近年その注目度が高まった最大の要因は「自動運転」技術の進化です。LiDARはカメラが苦手とする夜間や強い逆光の環境下でも安定して距離を測定でき、レーダーよりもはるかに高精細な空間認識能力を持ちます。これにより車両が周囲の環境を正確かつリアルタイムに理解し、安全な運行判断を下すための「目」として不可欠な存在となりました。また自動運転以外にも、製造業における自律移動ロボット(AMR)のナビゲーションや建設分野での高精度3D測量など、広範な産業でデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させるキーテクノロジーとして期待されています。
3. LiDAR技術の基礎構造
3.1. 測距の核心 ~LiDARを構成する主要要素~
LiDARシステムは高精度な距離計測と環境認識を実現するために、いくつかの不可欠な主要要素で構成されています。
- レーザー発光部: 距離測定の基となる光パルスを生成する部分です。一般的に半導体レーザー(LD)が用いられ、測定対象や環境に応じてパルス幅や出力が調整されます。
- 受光部: 対象物から反射して戻ってきた光(反射光)を捉えるセンサーです。非常に微弱な光を検出する必要があるため、アバランシェ・フォトダイオード(APD)や、さらに高感度なシングルフォトン・アバランシェ・ダイオード(SPAD)などが使用されます。受光部の感度はLiDARの最大測距可能距離を決定する重要な要因となります。
- スキャン機構: 空間を立体的にスキャンし、点群データを生成するための機構です。初期のLiDARでは物理的な回転ミラーやプリズムが使用されましたが、後述するMEMSミラーやOPAといったソリッドステート技術への移行が進んでいます。
- 信号処理系: 受光部で捉えられた電気信号を発光時のタイムスタンプと照合し、距離データへと変換する電子回路(TDC: Time-to-Digital Converterなど)と、ノイズ除去、点群データの統合を行うプロセッサで構成されます。
3.2. 測距精度を決定づける要因
LiDARの測距精度は、主に以下の要因によって決定されます。
- 時間分解能: 発光から受光までの時間をどれだけ細かく測定できるか(TDCの性能)。
- レーザー光の品質: パルス幅やビーム径の均一性。
- 反射光の信号対雑音比(SNR): 環境光やノイズに対して反射光信号がどれだけ明確であるか。特に太陽光は大きなノイズ源となります。
LiDARの測距方式は、主に「パルス方式」と「連続波方式」に大別されます。
【パルス方式】
パルス方式 (ToF方式: Time-of-Flight) は、最も一般的で広く普及しているLiDARの基本技術です。
原理と特徴:長距離測距、シンプルさ ToFはレーザーを短いパルスとして発射し、それが対象物に当たって反射し、受光部に戻ってくるまでの「飛行時間(Time-of-Flight)」を直接計測することで距離を求めます。この方式は構造が比較的シンプルで、高速なパルスの発光と受光に対応できるため、数百メートルに及ぶ長距離測距に適しています。特に車載用LiDARの多くはこのToF方式を採用しています。
【連続波方式】
連続波方式 (CW: Continuous Wave) - FMCWは、光をパルスではなく連続的な波として照射する方式で、中でもFMCW(Frequency Modulated Continuous Wave:周波数変調連続波)が注目されています。
原理と特徴:高精度、コヒーレンス検出、ドップラー効果による速度測定 FMCW方式は、発射するレーザーの周波数を時間とともに連続的に変化させます。反射光が戻ってきたときに発射光との間で生じる周波数差(ビート周波数)を干渉計で検出し、この周波数差から距離を高精度に算出します。この方式の最大の利点は、光のコヒーレンス(位相情報)を利用するため、ToFよりも高い距離分解能とノイズ耐性を持つ点です。さらにドップラー効果を利用して、対象物までの距離だけでなく、相対速度を同時に、かつ瞬時に測定できるという大きな特徴があり、自動運転において重要な機能として期待されています。
3.3. エネルギー源(レーザー光源)の種類
LiDARに使用されるレーザー光源は、その波長によって特性や応用分野が異なります。
半導体レーザー (LD) とファイバーレーザー 光源は主に、低コストで大量生産が容易な半導体レーザー(LD:Laser Diode)が用いられます。より高出力が必要な場合や特定の波長帯域を用いる場合には、ファイバーレーザーも使用されます。
使用される波長帯域と安全性(905nm vs. 1550nm) 現在主流となっている波長帯域は主に905nmと1550nmの2種類です。
- 905nm:低コスト、小型化、ただし安全性に配慮が必要 905nm(近赤外光)はシリコンベースの安価な受光器(Si-APDなど)を利用できるため、LiDARシステムの低コスト化と小型化に最も貢献しています。しかしこの波長帯の光は角膜を通過して網膜に到達するため、高出力で使用すると目に損傷を与える可能性があります。このため安全基準(IEC 60825-1など)に準拠した厳しい出力制限が課せられます。
- 1550nm:目の安全性(アイセーフ)の高さ、高出力化の可能性 1550nm(中赤外光)は人間の目において網膜に到達する前に角膜や水晶体で吸収されるため、...

LiDAR(ライダー)とは"Light Detection and Ranging"の頭文字を取った略称で、日本語では「光による検出と測距」を意味します。その名の通りレーザー光を対象物に照射し、その反射光が戻ってくるまでの時間を高精度に計測することで、対象物までの距離や形状を三次元的に把握するリモートセンシング技術です。これは電波を使うレーダー(Radar)の光版とも言え、「光のレーダー」として産業や日常を変える可能性を秘めています。今回はこのLiDARについて解説します。
1. LiDAR(Light Detection and Ranging)の基本原理
LiDARの基本原理はシンプルですが、高い精度を実現しています。レーザー光は既知の速度(光速)で進むため、発射から受光までの往復時間を測定すれば、「距離 = 速度 × 時間 ÷ 2」というシンプルな計算式で瞬時に正確な距離を割り出すことができます。この単純な計算を1秒間に数十万〜数百万回行うことで、世界を「点の集合(点群)」としてコピーするようにデジタル化できるのです。この点群は、従来のカメラ画像では得られない奥行きや正確な形状情報を提供します。
2. なぜ今、LiDARが注目されるのか、自動運転と産業革命
LiDAR技術は以前から航空測量や地形マッピングに利用されてきましたが、近年その注目度が高まった最大の要因は「自動運転」技術の進化です。LiDARはカメラが苦手とする夜間や強い逆光の環境下でも安定して距離を測定でき、レーダーよりもはるかに高精細な空間認識能力を持ちます。これにより車両が周囲の環境を正確かつリアルタイムに理解し、安全な運行判断を下すための「目」として不可欠な存在となりました。また自動運転以外にも、製造業における自律移動ロボット(AMR)のナビゲーションや建設分野での高精度3D測量など、広範な産業でデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させるキーテクノロジーとして期待されています。
3. LiDAR技術の基礎構造
3.1. 測距の核心 ~LiDARを構成する主要要素~
LiDARシステムは高精度な距離計測と環境認識を実現するために、いくつかの不可欠な主要要素で構成されています。
- レーザー発光部: 距離測定の基となる光パルスを生成する部分です。一般的に半導体レーザー(LD)が用いられ、測定対象や環境に応じてパルス幅や出力が調整されます。
- 受光部: 対象物から反射して戻ってきた光(反射光)を捉えるセンサーです。非常に微弱な光を検出する必要があるため、アバランシェ・フォトダイオード(APD)や、さらに高感度なシングルフォトン・アバランシェ・ダイオード(SPAD)などが使用されます。受光部の感度はLiDARの最大測距可能距離を決定する重要な要因となります。
- スキャン機構: 空間を立体的にスキャンし、点群データを生成するための機構です。初期のLiDARでは物理的な回転ミラーやプリズムが使用されましたが、後述するMEMSミラーやOPAといったソリッドステート技術への移行が進んでいます。
- 信号処理系: 受光部で捉えられた電気信号を発光時のタイムスタンプと照合し、距離データへと変換する電子回路(TDC: Time-to-Digital Converterなど)と、ノイズ除去、点群データの統合を行うプロセッサで構成されます。
3.2. 測距精度を決定づける要因
LiDARの測距精度は、主に以下の要因によって決定されます。
- 時間分解能: 発光から受光までの時間をどれだけ細かく測定できるか(TDCの性能)。
- レーザー光の品質: パルス幅やビーム径の均一性。
- 反射光の信号対雑音比(SNR): 環境光やノイズに対して反射光信号がどれだけ明確であるか。特に太陽光は大きなノイズ源となります。
LiDARの測距方式は、主に「パルス方式」と「連続波方式」に大別されます。
【パルス方式】
パルス方式 (ToF方式: Time-of-Flight) は、最も一般的で広く普及しているLiDARの基本技術です。
原理と特徴:長距離測距、シンプルさ ToFはレーザーを短いパルスとして発射し、それが対象物に当たって反射し、受光部に戻ってくるまでの「飛行時間(Time-of-Flight)」を直接計測することで距離を求めます。この方式は構造が比較的シンプルで、高速なパルスの発光と受光に対応できるため、数百メートルに及ぶ長距離測距に適しています。特に車載用LiDARの多くはこのToF方式を採用しています。
【連続波方式】
連続波方式 (CW: Continuous Wave) - FMCWは、光をパルスではなく連続的な波として照射する方式で、中でもFMCW(Frequency Modulated Continuous Wave:周波数変調連続波)が注目されています。
原理と特徴:高精度、コヒーレンス検出、ドップラー効果による速度測定 FMCW方式は、発射するレーザーの周波数を時間とともに連続的に変化させます。反射光が戻ってきたときに発射光との間で生じる周波数差(ビート周波数)を干渉計で検出し、この周波数差から距離を高精度に算出します。この方式の最大の利点は、光のコヒーレンス(位相情報)を利用するため、ToFよりも高い距離分解能とノイズ耐性を持つ点です。さらにドップラー効果を利用して、対象物までの距離だけでなく、相対速度を同時に、かつ瞬時に測定できるという大きな特徴があり、自動運転において重要な機能として期待されています。
3.3. エネルギー源(レーザー光源)の種類
LiDARに使用されるレーザー光源は、その波長によって特性や応用分野が異なります。
半導体レーザー (LD) とファイバーレーザー 光源は主に、低コストで大量生産が容易な半導体レーザー(LD:Laser Diode)が用いられます。より高出力が必要な場合や特定の波長帯域を用いる場合には、ファイバーレーザーも使用されます。
使用される波長帯域と安全性(905nm vs. 1550nm) 現在主流となっている波長帯域は主に905nmと1550nmの2種類です。
- 905nm:低コスト、小型化、ただし安全性に配慮が必要 905nm(近赤外光)はシリコンベースの安価な受光器(Si-APDなど)を利用できるため、LiDARシステムの低コスト化と小型化に最も貢献しています。しかしこの波長帯の光は角膜を通過して網膜に到達するため、高出力で使用すると目に損傷を与える可能性があります。このため安全基準(IEC 60825-1など)に準拠した厳しい出力制限が課せられます。
- 1550nm:目の安全性(アイセーフ)の高さ、高出力化の可能性 1550nm(中赤外光)は人間の目において網膜に到達する前に角膜や水晶体で吸収されるため、905nm帯域よりもはるかに高い出力でも安全性が確保しやすい(アイセーフ)という大きな利点があります。高出力化できるため遠方にある対象物からの微弱な反射光も捉えやすく、長距離測距において高い性能を発揮します。ただしSiではなくInGaAs(インジウム・ガリウム・ヒ素)などの高価な受光器が必要となるため、システム全体のコストは高くなる傾向にあります。
4. LiDARの次元と測距範囲
4.1. 次元によるLiDARの分類と機能
LiDARは計測する情報の次元によって1D、2D、3Dに分類され、それぞれ異なる用途と機能を持っています。
【1D LiDAR】:距離センサー 最もシンプルな構造を持ち、一点の距離のみを測定します。
用途: シンプルな距離計測、高さ検知(ドローンのホバリング)、衝突防止(産業機械の安全センサー)など。非常に安価で小型であり、産業用途の安全センシングや特定の近接検知に使用されます。
【2D LiDAR】:平面スキャナー レーザーを一定の平面内でスキャンし、その平面内の対象物の距離情報を取得します。断面図のような二次元のプロファイルデータが得られます。
用途: SLAM(Simultaneous Localization and Mapping:自己位置推定と環境地図作成)における地図生成の基礎、屋内の自律移動ロボット(AGV/AMR)の経路計画、工場のセキュリティエリアの侵入検知など。
【3D LiDAR】:点群生成による三次元認識 レーザー光を水平方向と垂直方向の両方でスキャンすることで、空間全体の三次元的な点群データ(Point Cloud)を生成します。最も高度な環境認識能力を提供します。
用途: 自動運転車、高度なロボットビジョン、地形測量、建物・インフラのデジタルツイン作成など、複雑な環境を完全にデジタル化するために不可欠です。
測距範囲:長距離 vs. 短距離 LiDARの性能は、その最大測距範囲によっても分類されます。
- 長距離(200m超):高速道路での自動運転、インフラ監視 高速道路での自動運転や鉄道、長距離のインフラ監視では、数百メートル先の障害物や車両を正確に検出する能力が不可欠です。アイセーフな1550nmレーザーを用いた高出力システムや、FMCW方式がこの領域で競合しています。
- 短距離・近距離:駐車支援、ロボットアーム制御 車両周辺の近距離(数メートル〜数十メートル)をカバーするLiDARは、駐車支援システムや工場・倉庫内のロボットアーム制御、衝突防止に用いられます。905nmレーザーを用いた小型かつ広視野角のシステムが適しています。
4.2. 回転する「機械式」から、チップ化する「ソリッドステート」へ
LiDARの性能とコスト、信頼性を決定づける最も重要な要素の一つが、レーザー光をスキャンする機構です。初期の自動運転実験車でよく見られた、屋根の上で回転する「バケツ」のようなセンサーが機械式です。現在はスマートフォンや新型車に搭載しやすいよう、可動部をなくし半導体チップのように小型化したソリッドステート式への移行が急速に進んでいます。
【機械式(回転式)LiDAR】
初期から現在まで広く使用されてきたのが、モーターで駆動される物理的な回転機構を持つ機械式(回転式)LiDARです。高い信頼性、性能を有しますが、大型で高コストです。
特徴: レーザーモジュール全体またはミラーを高速で回転させることで、360度の広視野角と高密度な点群を生成できます。信頼性と性能は高いものの、可動部品が多く、振動や衝撃に弱い、サイズが大きく車体への統合が難しい、そして非常に高コストであるという課題があります。
【ソリッドステート(非機械式)LiDAR】
機械的な駆動部分を最小限、あるいはゼロに抑えることでこれらの課題を解決しようとするのが、ソリッドステート(Solid-State:非機械式)LiDARです。
【MEMSミラー方式 】
MEMS(Micro-Electro-Mechanical System)ミラー方式は、シリコン基板上に微細なミラーを搭載し、電気的に傾きを制御することでレーザービームの方向を高速に変えます。
特徴: 従来の機械式と比較して、劇的な小型化と低コスト化を実現できます。可動部品は微細なミラーのみであり、信頼性や耐久性も向上します。しかしMEMSミラーの最大傾斜角には限界があるため、広範囲な視野角を確保するには複数のモジュールが必要になることがあります。
【OPA (Optical Phased Array) 方式 】
OPA方式は、完全に機械的な可動部品を持たない真のソリッドステートLiDARとして研究開発が進んでいます。これはアンテナの位相を制御して電波の指向性を変えるフェーズドアレイ技術を光(レーザー)に応用したものです。
特徴: 構造がシンプルで、究極の小型化と耐久性が期待されます。スキャン速度も非常に高速であり、製造プロセスの確立が進めば、半導体チップのような超低コストでの大量生産が可能になると見られています。ただしビームの指向性を正確に制御する技術的な難易度が非常に高いのが現状の課題です。
5. LiDARと自動運転技術の未来
5.1. 自動運転におけるLiDARの役割
自動運転システムにおいて、LiDARは環境認識の中核を担うセンサーとして位置づけられています。自動運転の安全性は、単一のセンサーではなくそれぞれの弱点を補い合う「センサーフュージョン」によって確立されます。
- カメラ(目): 色や文字(標識・信号)を識別。悪天候や逆光に弱い。
- ミリ波レーダー(耳): 距離と速度計測に優れ、悪天候に強い。形状認識が苦手。
- LiDAR(触覚): 正確な形状と距離を把握。悪天候は苦手だが、夜間に強い。
LiDARの役割は、カメラとレーダーの弱点を補完してシステム全体に冗長性と信頼性の向上をもたらすことです。3つのセンサーがお互いの情報を照合することで、誤認識のリスクを大幅に低減し、安全性を確立します。
高精度な3Dマッピング(点群データ)の重要性 LiDARが生成する点群データは、自動運転車の「自己位置推定」と「環境モデリング」において決定的な役割を果たします。
- 自己位置推定: あらかじめ作成された高精度地図(HDマップ)の点群データと、リアルタイムにLiDARが取得した点群データを照合することで、車両の現在位置をセンチメートル単位で正確に特定します。GPSだけでは不可能な高精度なナビゲーションを実現します。
- 環境認識: 障害物の検出、分類、追跡を行います。歩行者、自転車、他の車両といった動的な対象物を、正確なサイズと位置で認識し、その動きを予測するための基礎データとなります。
5.2. 自動運転レベル別におけるLiDARの要件
自動運転技術は、SAE Internationalによってレベル0からレベル5まで分類されています。LiDARは、システムが車両制御の責任を負い始める高レベルの自動運転で必須となります。
【レベル3(条件付き自動運転)とレベル4(特定条件下での完全自動運転)】
- レベル3 (L3): システムが運転を担い、緊急時のみドライバーが介入する段階です。LiDARは、ドライバーがシステムに運転を委ねられるだけの高い信頼性と環境認識能力をシステムに提供するために必要不可欠です。全天候下で長距離・広範囲を安定して監視できる性能が求められます。
- レベル4 (L4): 特定のエリアや条件下(例:高速道路、特定の都市)で、システムが全てを担う段階です。L4車両はLiDARの点群データに大きく依存して環境認識を行います。このレベルではLiDAR故障時のバックアップセンサーの存在など、システムのフェイルセーフ(安全停止)機能を確保するための高い冗長性がLiDARシステム自体に求められます。
5.3. 車載LiDARに求められる課題
自動運転車にLiDARを搭載し、市場に普及させるためには、いくつかの大きな課題を克服する必要があります。
- 耐環境性(雨、霧、雪): レーザー光は雨粒、雪、濃霧といった空気中の水滴や粒子によって散乱・吸収されやすく、測距精度が大幅に低下するという弱点があります。このため悪天候下でも安定した点群データを提供できるよう、ソフトウェアによるノイズ除去技術や、特定の波長帯(例:1550nm)での性能最適化が継続的に進められています。
- コスト:小型化 従来の機械式LiDARは数万ドルと非常に高価であり、消費者向けの量産車に搭載するのは非現実的でした。ソリッドステート技術の進化はこのコストを数千ドル、将来的には数百ドル以下に抑えることを目指しており、これが実現すればL3以上の自動運転車の普及が一気に加速します。またセンサーを車体に目立たずに統合するための小型化も重要な要件です。
例えばVolvoの新型EV「EX90」や、中国のNIO、Xpengといったメーカーは、ルーフにLiDARを標準搭載したモデルを既に市場投入しています。一方Teslaのように「カメラのみ(LiDAR不要論)」を掲げるメーカーも存在し、市場のアプローチは二分されています。
6. 応用分野の拡大~産業向けLiDARとスマートフォンLiDAR~
6.1. 産業向けLiDAR(Industrial LiDAR)
LiDAR技術は自動運転車以外にも多岐にわたる産業分野で活用が進んでおり、その高精度な3D認識能力が、業務の効率化と安全性の向上に貢献しています。
工場・物流:AGV(無人搬送車)/ AMR(自律移動ロボット) 工場や倉庫内では、AGV(Automated Guided Vehicle)や、より柔軟な経路を自律的に判断できるAMR(Autonomous Mobile Robot)が導入されています。
- 用途: 2Dおよび3D LiDARは、ロボットのナビゲーション(SLAM)、人や障害物の検知、衝突防止に不可欠です。特に3D LiDARは棚やパレットといった立体的な障害物を正確に認識し、狭い空間での安全かつ効率的な移動を実現します。
建設・インフラ:3D測量、地形マッピング、建築物の維持管理 従来の測量手法に比べ、LiDARを用いた測量は大幅に時間とコストを削減し、高精度なデータ取得を可能にします。
- 用途: 地上型LiDARスキャナーやドローン搭載LiDARは、大規模な地形や建設現場の3D測量に用いられます。点群データは、建築物の正確なデジタルツイン(仮想空間上の双子)を作成し、進捗管理、出来形(完成形状)検査、そして老朽化したインフラ(橋梁、トンネルなど)の維持管理やひび割れ検知に活用されています。
セキュリティ・監視:侵入検知、空間認識 高精度な3D空間認識は、監視・セキュリティ分野でも役立っています。
- 用途: 空港や発電所などの重要施設の境界線監視において、LiDARは監視エリア内の侵入者を正確に検知し、その動きを追跡します。カメラのようにプライバシーの問題が少なく、夜間でも安定して動作するため、従来の監視カメラシステムを補完または置き換えるセンサーとして期待されています。
6.2. スマートフォン LiDAR:身近なテクノロジーへの組み込み
LiDAR技術が最も身近な存在となったのが、AppleのiPhone Proモデルに搭載されたLiDARスキャナーです。これは、短距離・近距離の3D認識に特化した、小型・低コストのLiDARモジュールです。
【Apple iPhone Proモデルへの搭載】
- 用途:AR(拡張現実)の精度向上 LiDARスキャナーは現実の空間の奥行き情報を瞬時に取得し、仮想オブジェクトを現実の環境に違和感なく配置するための基盤データを提供します。これにより、ARアプリケーションにおける仮想オブジェクトの配置、遮蔽(オクルージョン)、スケール感が飛躍的に向上し、より没入感のある体験が可能になりました。
- 用途:暗所でのオートフォーカス高速化 LiDARはカメラのオートフォーカス(AF)を補助する役割も果たします。特に暗い環境下では、従来のコントラスト検出方式や位相差検出方式のAFが機能しにくいことがありますが、LiDARが正確な被写体までの距離を測定することでカメラは瞬時に正確な焦点位置を合わせることができ、AF速度が大幅に向上します。
スマートフォン向けのLiDAR(dToF方式)は、主にAR(拡張現実)アプリや暗所でのポートレート撮影で威力を発揮します。例えばIKEAのアプリで家具を部屋に試し置きしたりプロ級の夜景写真を撮ったりする裏側で、LiDARが活躍しています。
6.3. ドローン・UAVにおけるLiDAR応用
ドローン(UAV:Unmanned Aerial Vehicle)はLiDARの機動性を高め、応用範囲を空中へと拡大しました。
森林調査、災害状況把握 ドローン搭載LiDARは、森林の上空から地表面に到達したレーザー光を分析することで樹木の葉の下の地形情報(DSM: Digital Surface ModelやDTM: Digital Terrain Model)を正確に把握できます。これは森林資源管理や違法伐採の監視に有用です。また災害発生時には、倒壊した建物の立体的な状況を迅速に把握するための測量データを提供します。
インフラ点検 橋梁、送電線、風力発電のブレードといった巨大なインフラ設備の点検において、ドローンLiDARは近接することなく高精度な3D点群データを取得し、構造的な欠陥や変位を自動で検出・解析することを可能にしています。
7. LiDARが切り拓く未来社会と展望
7.1. LiDAR市場の今後の展望と技術革新
LiDAR市場は今後数年間で飛躍的な成長が見込まれています。この成長の鍵は、間違いなくソリッドステート技術の成熟にあります。現在の主流である機械式からMEMSやOPAといったソリッドステート(非機械式)LiDARへの移行が進むことで、LiDARは劇的に小型化、高耐久化、そして低コスト化し、自動車以外のロボティクス、セキュリティ、医療、民生機器など、幅広い分野への組み込みが加速します。また、FMCW方式のLiDARが普及すれば速度情報も同時に取得できるため、自動運転システムの安全性はさらに高まるでしょう。
7.2. データ処理・AIとの連携 ~点群データの活用~
LiDARの真価は、その生の点群データにAI(人工知能)技術を適用することで発揮されます。点群データは従来のカメラ画像とは異なり三次元的な空間座標情報そのものであるため、これをニューラルネットワークで処理することで、物体の形状、種類、動きを極めて正確に認識・分類することが可能です。例えば自動運転における「セグメンテーション(点群内の領域分割)」や、都市計画における「デジタルツイン」の生成と解析は、高度なAIモデルとの連携によって初めて実現します。
7.3. LiDAR技術の進化がもたらす生活と産業への影響
LiDAR技術は光の速度と性質を利用して世界をデジタル化し、私たちの生活と産業のあり方をも変えようとしています。自動運転車はより安全で信頼性の高いものになり、工場や倉庫は自律移動ロボットによって効率化され、そしてスマートフォンを通して誰もが高度なAR体験を日常的に享受できるようになります。測距の精度を高め、小型化と低コスト化を進めるLiDARの進化は、「光のレーダー」として社会における役割を拡大していくでしょう。