ユニバーサルデザインの本質とは

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1. バリアフリーとユニバーサルデザインの違い

 東京でのオリンピック・パラリンピック開催決定以来、会場建設や都市整備の話題とともに、バリアフリー・ユニバーサルデザインという言葉を見聞きする機会がますます増えてきました。エンジニアリングの世界でも、例えば技術士国家試験では一次試験で、「ユニバーサルデザインの7原則」について繰り返し出題され、二次試験でも一部の部門でユニバーサルデザインについて説明するよう問われるなど、技術課題としての重要性が認識されつつあることがうかがえます。

 我が国の公共空間におけるバリアフリー・ユニバーサルデザインは、1990年代後半の「ハートビル法」と「交通バリアフリー法」の制定を契機として促進され、各事業者の積極的対応と、その後の「バリアフリー法」への統合をはじめとする法令・ガイドライン等の高度化によって、現在では世界でもトップグループの一角を占めるところまで来ています。

 ここでバリアフリーとは、製品や社会システムを利用するうえで困難を伴う障がい者や高齢者などの人々に着目し、その障壁(バリア)となる事象を取り除く対策を取ることです。一方ユニバーサルデザインとは、対象を障がい者や高齢者などだけに限定せず、どのような人でも使いやすいように製品や社会システムを設計することです。

 しかしながら冒頭に記した「オリンピック・パラリンピックでユニバーサルデザインが注目されている」という現象からも分かるように、「ユニバーサルデザイン=障がい者・高齢者のために特に配慮した設計」と認識している人もまだまだ多いのではないかと思います。

2. ノンステップバス ≠「障がい者・高齢者のため」

 このユニバーサルデザインに対する認識について、私の経験をお話ししたいと思います。1990年代半ば、私はバスメーカーで、当時各メーカーと公営バス事業者が共同で取り組んでいた本格的ノンステップ(低床)バスの開発に関わっていました。

 車いす乗降に配慮したリフト付バスやスロープ付ワンステップバスなど、従来開発・生産していた「バリアフリーなバス」の流れから、私のまわりの関係者の間では「ノンステップバスもそれらと同様の、障がい者対応の特殊用途のバス」という認識が強くありました。私自身は先行していた欧州の事情を聞いていたので「特殊用途」ではなく広く普及していくものとは考えていましたが、それでも「障がい者・高齢者のために乗降しやすくしたバス」と、どこかで思っていたのもまた事実です。

 さて、各社で競作となったノンステップバスのうちA社のものが先陣を切って運行を開始することになり、私もライバル社のお手並みに興味津々でしたので、運行開始当日に現地に出向きました。

 やってきたおろしたてのノンステップバスに乗り込み、あちこちを見回していると、スーツ姿に腕章を付けたバス事業者の職員さんが「関係者の方ですか?」と話しかけてきました。名刺を交換して「具合はどうですか?」と聞くと、「ノンステップバスって思っていた以上にすごいですよ。高齢者だけでなく一般のお客さんでも乗り降りが早いから、ラッシュアワーでも運行の遅れが少なくて済むんです」とのこと。確かに話している目の前でも、乗客たちは次々と軽やかな足取りで乗降口を通り過ぎていきます。

 私は「障がい者・高齢者のため」という自分の考えが偏っていたことを思い知り、「すべての人にとって使いやすい設計」というユニバーサルデザイン本来の意味を実感しました。そしてノンステップバスがこれからのバスの主流になっていくことを確信したのでした。

3. 真のユニバーサルデザイン実現に向けて

 その後国土交通省による強力な導入誘導政策などもあり、20年以上経った今では、首都圏はじめ大都市圏ではノンステップでない路線バスに乗るのが難しいまでに普及が進みました。ノンステップバスは、誰もが日々当たり前のものとして利用する、本当の意味でのユニバーサルデザインとして定着しています。

 しかし、当時メーカー各社がノンステップバス早期普及のための便法として開発した、従来のバスの駆動系を流用したノンステップバス(前中扉間のみノンステップでその後方には段差があるもの)がすっかり定着してしまい、そこからの進展があまり見られないのは大変残念なことです。

 今後EV・FCVへの移行が進み、インホイールモーターなど分散型のコンパク...

1. バリアフリーとユニバーサルデザインの違い

 東京でのオリンピック・パラリンピック開催決定以来、会場建設や都市整備の話題とともに、バリアフリー・ユニバーサルデザインという言葉を見聞きする機会がますます増えてきました。エンジニアリングの世界でも、例えば技術士国家試験では一次試験で、「ユニバーサルデザインの7原則」について繰り返し出題され、二次試験でも一部の部門でユニバーサルデザインについて説明するよう問われるなど、技術課題としての重要性が認識されつつあることがうかがえます。

 我が国の公共空間におけるバリアフリー・ユニバーサルデザインは、1990年代後半の「ハートビル法」と「交通バリアフリー法」の制定を契機として促進され、各事業者の積極的対応と、その後の「バリアフリー法」への統合をはじめとする法令・ガイドライン等の高度化によって、現在では世界でもトップグループの一角を占めるところまで来ています。

 ここでバリアフリーとは、製品や社会システムを利用するうえで困難を伴う障がい者や高齢者などの人々に着目し、その障壁(バリア)となる事象を取り除く対策を取ることです。一方ユニバーサルデザインとは、対象を障がい者や高齢者などだけに限定せず、どのような人でも使いやすいように製品や社会システムを設計することです。

 しかしながら冒頭に記した「オリンピック・パラリンピックでユニバーサルデザインが注目されている」という現象からも分かるように、「ユニバーサルデザイン=障がい者・高齢者のために特に配慮した設計」と認識している人もまだまだ多いのではないかと思います。

2. ノンステップバス ≠「障がい者・高齢者のため」

 このユニバーサルデザインに対する認識について、私の経験をお話ししたいと思います。1990年代半ば、私はバスメーカーで、当時各メーカーと公営バス事業者が共同で取り組んでいた本格的ノンステップ(低床)バスの開発に関わっていました。

 車いす乗降に配慮したリフト付バスやスロープ付ワンステップバスなど、従来開発・生産していた「バリアフリーなバス」の流れから、私のまわりの関係者の間では「ノンステップバスもそれらと同様の、障がい者対応の特殊用途のバス」という認識が強くありました。私自身は先行していた欧州の事情を聞いていたので「特殊用途」ではなく広く普及していくものとは考えていましたが、それでも「障がい者・高齢者のために乗降しやすくしたバス」と、どこかで思っていたのもまた事実です。

 さて、各社で競作となったノンステップバスのうちA社のものが先陣を切って運行を開始することになり、私もライバル社のお手並みに興味津々でしたので、運行開始当日に現地に出向きました。

 やってきたおろしたてのノンステップバスに乗り込み、あちこちを見回していると、スーツ姿に腕章を付けたバス事業者の職員さんが「関係者の方ですか?」と話しかけてきました。名刺を交換して「具合はどうですか?」と聞くと、「ノンステップバスって思っていた以上にすごいですよ。高齢者だけでなく一般のお客さんでも乗り降りが早いから、ラッシュアワーでも運行の遅れが少なくて済むんです」とのこと。確かに話している目の前でも、乗客たちは次々と軽やかな足取りで乗降口を通り過ぎていきます。

 私は「障がい者・高齢者のため」という自分の考えが偏っていたことを思い知り、「すべての人にとって使いやすい設計」というユニバーサルデザイン本来の意味を実感しました。そしてノンステップバスがこれからのバスの主流になっていくことを確信したのでした。

3. 真のユニバーサルデザイン実現に向けて

 その後国土交通省による強力な導入誘導政策などもあり、20年以上経った今では、首都圏はじめ大都市圏ではノンステップでない路線バスに乗るのが難しいまでに普及が進みました。ノンステップバスは、誰もが日々当たり前のものとして利用する、本当の意味でのユニバーサルデザインとして定着しています。

 しかし、当時メーカー各社がノンステップバス早期普及のための便法として開発した、従来のバスの駆動系を流用したノンステップバス(前中扉間のみノンステップでその後方には段差があるもの)がすっかり定着してしまい、そこからの進展があまり見られないのは大変残念なことです。

 今後EV・FCVへの移行が進み、インホイールモーターなど分散型のコンパクトな原動機が一般化すると、自動車の設計はエンジンと車軸を結ぶ駆動系レイアウトの束縛から解放されます。その時こそ真のユニバーサルデザインを実現したバスが普及し、社会の各分野でのユニバーサルデザインの進展をリードしていくことを期待しています。

 

※ユニバーサルデザインの7原則:アメリカ・ノースカロライナ州立大学のロナルド・メイスらが提唱したユニバーサルデザインの指針で、以下の7項目。

  1. どんな人でも公平に使えること
  2. 使う上での柔軟性があること
  3. 使い方が簡単で自明であること
  4. 必要な情報がすぐに分かること
  5. 簡単なミスが危険につながらないこと
  6. 身体への過度な負担を必要としないこと
  7. 利用のための十分な大きさと空間が確保されていること

※ノンステップバス:乗降口に階段(ステップ)がなく、路面から車内フロア(地上高300mm程度)に直接乗降できるバス。国内では1990年代後半から実用化が始まり、現在では大都市圏のほとんどの路線バスがノンステップバスとなっている。

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この記事の著者

嶋村 良太

商品企画・デザインとエンジニアリングの両方の視点を統合し、顧客満足度の高い商品開発を実現していきます。

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