『坂の上の雲』に学ぶ先人の知恵(その12)

  
 『坂の上の雲』は司馬遼太郎が残した多くの作品の中で、最もビジネス関係者が愛読しているものの一つでしょう。これには企業がビジネスと言う戦場で勝利をおさめる為のヒントが豊富に隠されています。『坂の上の雲』に学ぶマネジメント、前回から、『論理的思考を強化せよ』で、解説を進めています。
 

3. シナリオを描く

 
 『坂の上の雲』の中に、児玉源太郎が陸戦のシナリオを何回も書いてみたというエピソードが出てきます。シナリオを何通りも書いてみて、それをどうひっくり返してみてもロシアに勝てる勝算が出てこない、引き分けに持っていくのが精いっぱいだとの結論になります。前任者の田村怡与造が心労のために急死して児玉が引き継いだのですが、シナリオを何通りもつくって、やり換えやり換えしてみたけれども、勝つシナリオは出てこないという結論になりました。このことから児玉をはじめ当時の日本陸軍が、筋道立てたシナリオを持って戦争を考えていたことがわかります。最終のありたい姿、理想形から逆算するやり方がお勧めです。全体のシナリオを考えるためには、最終的にはこういうことが理想的な姿を目指す。そのためには、これとその前にはこれ、と順序立てて考えていくのが的確なやり方です。
 
 企業内研修で英会話を習っているときに、「あなたは将来、どういう目標を持っているか」ということを聞かれました。みんないろいろなことを言いましたが、私は「大金持ちになりたい」と答えました。その時、先生は「大金持ちになる、それはたいへんいい目標だ。では、そのために今何をやっていますか」と質問されました。自己啓発の研修でも「ありたい姿」が出てきますが、ここに出てくる最終のありたい姿と同じです。全体像を描くことの大切さはどこでも共通しています。
 

4. 現場を把握する

 
 たとえばトラブルが発生したとき、現場確認は必須です。聞いただけ、また聞きでは非常に危ないのです。何をおいてもとにかく現場の把握が優先です。現場主義とか、三現主義などと呼ばれています。『坂の上の雲』の中では陸戦の場面に典型的な例があります。旅順要塞攻略の司令部が、実際の戦場から非常に離れたところにありました。戦場での砲声が聞こえないくらい遠くにあり、戦場からの報告だけを頼りにして地図上で現在はこうなっていると把握していたのです、戦場の実態をまったく反映されていなかったのです。児玉源太郎が2回目にここに来たとき、叱責したのはそこでした。「なんで現場を自分の目で見ないのか」と、すぐに参謀を引き連れて現場を見に行くのです。「なぜ現場を見ないのか」と聞かれて参謀は、現場の混乱した状況の中にいると、かえって冷静な判断ができなくなるから離れたところにいると答えました。児玉はこれを「奇妙な理屈」だとして、「現場を見なければ、現実的なやり方は出てこない」と怒るのでした。
 
 もう一つは、終盤の黒溝台の大会戦にあたって、ロシア軍が大攻勢を行ったときのこと。大攻勢をかけるのだから、現場にいればいろいろな兆候が見えてきます。その兆候を探るのが秋山好古の騎兵部隊でした。偵察報告でもロシア軍の動きが盛んなことが現場から伝えられてきました。ほかにも、戦場から遠く離れたイギリスからもロシア軍の増援物資の輸送が頻繁に行われているという情報が来ていました。にもかかわらず、陸軍参謀本部はこの情報を握りつぶしてしまったのです。秋山好古のところへ「どういうことなん...
だ」と聞きにも行かず。その結果、黒溝台の大会戦において、日本軍は不意打ちを食らって大混乱を起こし、危うく負けそうになりました。
 
 実際に現場に行かず、現場を見ず、現場を把握することを怠り、しかも現場からの偵察報告を握りつぶすと言う二重のミスを犯していました。まずは、三現主義の実行です。三現主義とは、現地で現物を見て現実的な対応をすべしということです。現場を把握することは、論理的思考のための基本的な前提です。
 
【出典】
 津曲公二 著「坂の上の雲」に学ぶ、勝てるマネジメント 総合法令出版株式会社発行
 筆者のご承諾により、抜粋を連載。
 
  
◆関連解説『人的資源マネジメントとは』

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