イノベーションの創造 普通の組織をイノベーティブにする処方箋 (その138)

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技術マネジメント

 

前々回から「心理的コスト(その1):(イノベーションより)やるべきより重要なことが他にもあると考える」について解説しています。今回も引き続き本テーマについて考え、対応策(その2)の解説をしたいと思います。

【この連載の前回:普通の組織をイノベーティブにする処方箋 (その137)へのリンク】

 

1.「踏み出すこと・踏み出そうとすることで発生する直接的コスト」×「心理的コスト」

これまで、イノベーション創出活動に踏み出すことの金銭的コストと時間的コストについて、それを低減する方策について解説してきました。しかし、コストも問題ではない、また時間もあるという状況の中であっても、それでも人間はイノベーションのための活動に踏み出せないものです。そこに存在するのは心理的な壁です。それをここでは、心理的コストと呼びたいと思います。

 

(1)心理的コスト(その1):やるべきより重要なことが他にもあると考える

金銭的余裕、時間的余裕があっても、やっても良い活動や、やるべき活動は、人間が生き、働く環境の中では、次々に生まれてくるもので、そのような環境の中で、イノベーションに向けての活動に、資金と時間を優先的に配分するということは、現実にはなかなか難しいものです。

 

(1- 1)心理的コスト(その1)への対応策1

次から次へ、やっても良いこと、やるべきことが起こりますので、イノベーションのための活動を優先させるには、イノベーションの重要度の認識を向上させるしか手はありません。それにはどのような方法があるのでしょうか?

 

・実は、社内でイノベーションを起こす活動とはどのような活動なのかが、明確になっていない

 

多くの企業は、イノベーションの重要性を強調しながらも、日々の活動の中でイノベーションの重要性を「常に」伝えるという活動にはあまり熱心にしてきていません。

 

それはなぜか?実は、イノベーションとはどのような活動なのかを、会社の経営陣やマネジャークラスが、具体的には理解していないからではないかと思います。極めて滑稽な状況にあるとしか思われません。しかし、このような状況は、実は良くある状況です。様々な米国発の経営の概念が日本に、経営コンサルタントや学者を通じて伝えられ、あまり内容を理解せずに、経営コンサルティング会社の口車に乗せられ、マネジメントが「うちもやろう」とプロジェクトを立ち上げ、結果的には定着しなかったという事例は多いものです。

 

(1- 2)心理的コスト(その1)への対応策2

「やるべきより重要なことが他にもあると考える」の理由の2つ目に多くの企業が、コスト低減を何よりも重要な位置づけとしている、ということがあるように思います。

 

以前に教員としていたMOT大学院で、毎年ある企業のトヨタ生産方式普及部門の部門長の方にゲストスピーカーとしてお話をいただいていました。この企業はトヨタ生産方式を何よりも重視をし、経営者が率先してその普及に力を入れ、外部の有名なコンサルタントを入れ、長年にわたりトヨタ生産方式の社内への浸透に大きなエネルギーを費やしてきた企業です。この方のお話で驚いたことに、トヨタ生産方式普及の重要性の背景として「利益を拡大する『最』重要な活動は、既に受注している製品のコストの削減にあり」というものでした。つまりイノベーションよりコスト削減が、遥かに重要であるという考え方と捉えることができます。

 

またこのようなこともあります。以下はダイヤモンド・ハーバードビジネスレビュー2010年1月号から引用で、当時の関東自動車工業(現トヨタ自動車工業東日本)の相談役の内川晋氏の言葉です。

 

関東自動車工業の社長を務めていた時のことだ。「社長、もうこれ以上のコストダウンは無理です」という部下に、こう聞き返した。「どうしたんだ、原価はゼロになったのか」「何を言っているんですか、原価はあります」「君ね、原価があるのに原価を減らせないなんて、なぜそんな大それたことが言えるんだ」原価がある限り、減らすことができる。つまり、改善に限界はなく、人智は無限なのである。

 

コスト低減が重要であることについては、論を待ちません。しかし、多くの日本企業において、それより遥かに重要なイノベーションの実現の重要性が残念ながら認識されていません。

 

(2)イノベーションを最重要な活動と明確に位置付け、組織に忍耐強く啓蒙する

行動経済学の中で議論される一つのキーワードに、機会費用軽視(他のオプションを採れば得られる筈の利得が得られないこと、すなわち機会費用)を軽視する、や現状維持バイアス(未知なもの、未体験なものを受け入れず、現状でいたいと考える心理)があります。

 

この二つの人間の基本的な行動を後押しするドライバーが、既に目の前に存在する製品のコスト低減を重視し、一方で未来に向かってまだ見ぬ製品を創出することを軽視させてしまうということが、人間の心の中で起こるということです。

 

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技術マネジメント

 

前々回から「心理的コスト(その1):(イノベーションより)やるべきより重要なことが他にもあると考える」について解説しています。今回も引き続き本テーマについて考え、対応策(その2)の解説をしたいと思います。

【この連載の前回:普通の組織をイノベーティブにする処方箋 (その137)へのリンク】

 

1.「踏み出すこと・踏み出そうとすることで発生する直接的コスト」×「心理的コスト」

これまで、イノベーション創出活動に踏み出すことの金銭的コストと時間的コストについて、それを低減する方策について解説してきました。しかし、コストも問題ではない、また時間もあるという状況の中であっても、それでも人間はイノベーションのための活動に踏み出せないものです。そこに存在するのは心理的な壁です。それをここでは、心理的コストと呼びたいと思います。

 

(1)心理的コスト(その1):やるべきより重要なことが他にもあると考える

金銭的余裕、時間的余裕があっても、やっても良い活動や、やるべき活動は、人間が生き、働く環境の中では、次々に生まれてくるもので、そのような環境の中で、イノベーションに向けての活動に、資金と時間を優先的に配分するということは、現実にはなかなか難しいものです。

 

(1- 1)心理的コスト(その1)への対応策1

次から次へ、やっても良いこと、やるべきことが起こりますので、イノベーションのための活動を優先させるには、イノベーションの重要度の認識を向上させるしか手はありません。それにはどのような方法があるのでしょうか?

 

・実は、社内でイノベーションを起こす活動とはどのような活動なのかが、明確になっていない

 

多くの企業は、イノベーションの重要性を強調しながらも、日々の活動の中でイノベーションの重要性を「常に」伝えるという活動にはあまり熱心にしてきていません。

 

それはなぜか?実は、イノベーションとはどのような活動なのかを、会社の経営陣やマネジャークラスが、具体的には理解していないからではないかと思います。極めて滑稽な状況にあるとしか思われません。しかし、このような状況は、実は良くある状況です。様々な米国発の経営の概念が日本に、経営コンサルタントや学者を通じて伝えられ、あまり内容を理解せずに、経営コンサルティング会社の口車に乗せられ、マネジメントが「うちもやろう」とプロジェクトを立ち上げ、結果的には定着しなかったという事例は多いものです。

 

(1- 2)心理的コスト(その1)への対応策2

「やるべきより重要なことが他にもあると考える」の理由の2つ目に多くの企業が、コスト低減を何よりも重要な位置づけとしている、ということがあるように思います。

 

以前に教員としていたMOT大学院で、毎年ある企業のトヨタ生産方式普及部門の部門長の方にゲストスピーカーとしてお話をいただいていました。この企業はトヨタ生産方式を何よりも重視をし、経営者が率先してその普及に力を入れ、外部の有名なコンサルタントを入れ、長年にわたりトヨタ生産方式の社内への浸透に大きなエネルギーを費やしてきた企業です。この方のお話で驚いたことに、トヨタ生産方式普及の重要性の背景として「利益を拡大する『最』重要な活動は、既に受注している製品のコストの削減にあり」というものでした。つまりイノベーションよりコスト削減が、遥かに重要であるという考え方と捉えることができます。

 

またこのようなこともあります。以下はダイヤモンド・ハーバードビジネスレビュー2010年1月号から引用で、当時の関東自動車工業(現トヨタ自動車工業東日本)の相談役の内川晋氏の言葉です。

 

関東自動車工業の社長を務めていた時のことだ。「社長、もうこれ以上のコストダウンは無理です」という部下に、こう聞き返した。「どうしたんだ、原価はゼロになったのか」「何を言っているんですか、原価はあります」「君ね、原価があるのに原価を減らせないなんて、なぜそんな大それたことが言えるんだ」原価がある限り、減らすことができる。つまり、改善に限界はなく、人智は無限なのである。

 

コスト低減が重要であることについては、論を待ちません。しかし、多くの日本企業において、それより遥かに重要なイノベーションの実現の重要性が残念ながら認識されていません。

 

(2)イノベーションを最重要な活動と明確に位置付け、組織に忍耐強く啓蒙する

行動経済学の中で議論される一つのキーワードに、機会費用軽視(他のオプションを採れば得られる筈の利得が得られないこと、すなわち機会費用)を軽視する、や現状維持バイアス(未知なもの、未体験なものを受け入れず、現状でいたいと考える心理)があります。

 

この二つの人間の基本的な行動を後押しするドライバーが、既に目の前に存在する製品のコスト低減を重視し、一方で未来に向かってまだ見ぬ製品を創出することを軽視させてしまうということが、人間の心の中で起こるということです。

 

ちょっと脱線しますが、大げさに聞こえるかもしれませんが、私は日本企業、ひいては日本経済の低迷の元凶はここにあると思っています。目の前にある確実なもの、実績のあるものにひたすらしがみつき、何とか事態(企業業績や日本経済の低迷)の好転をはかろうとする。このアプローチには一見なんの問題もないように思えるかもしれませんが、アジアの新興国企業が力をつけた中で、「確実なもの、実績のあるもの」ではこれら企業と泥沼の競争になるということがあるということです。

 

今日本の企業のマネジメントがしなければならないことは、企業活動の中で、何よりもましてイノベーションが最大、最重要な活動と位置付けること。そしてそれを、まさにこれまで日本企業がトヨタ生産方式で行ってきたように、今度は対象をトヨタ生産方式ではなく、イノベーションとし、その重要性そしてその実現のための活動を、辛抱強く社内で啓蒙、推進していくことです。

 

次回に続きます。

 

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この記事の著者

浪江 一公

プロフェッショナリズムと豊富な経験をベースに、革新的な製品やサービスを創出するプロセスの構築のお手伝いをいたします。

プロフェッショナリズムと豊富な経験をベースに、革新的な製品やサービスを創出するプロセスの構築のお手伝いをいたします。


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