感性工学を構成する要素 :新環境経営 (その38)

 
 今回は感性工学を構成する要素として「感性教育」と「感性社会学」について解説します。
  

1. 感性工学を構成する要素の「感性教育」

 輝かしい21世紀を我々が全うするためには、我々の意識改革が最も重要です。この意識改革とは、自由競争時代の弱肉強食の意識から、共栄共存への意識改革です。人間の意識は、欲望や欲求によって左右されますが、逆に欲求や欲望は意識によってコントロールできるとも言えます。欲望や欲求には、食欲や性欲などの生理的なものから、安心・安全などの生命の保全に関係するもの、さらには他者に対する思いやりや愛などの社会性の強いものなど様々です。
 
 人類がより豊かな共生社会を作るためには、思いやりや他者愛などの豊かな感性に基づいた欲求を育むことが重要です。この意味で、他者を受け入れ、他者との価値の交換を行うことに喜びを見いだすような感性の教育が現在の人類にとって最重要な課題です。
 
 本来、「教育」とは感性を育むものですが、従来、我が国の学校教育においては、知識記憶型の教育が主として行われてきました。これは、高校、大学などの入学試験が知識記憶中心であることを反映させた結果と考えることができます。しかし単に記憶した知識が多ければ、現実の社会の中で力強く生き抜いていく能力があるというわけでもありません。知識を記憶するする能力はそこそこでも、環境の変化を的確に読みとり、臨機応変に困難を切り抜けていくことのできる感性の高い人、すなわち優れた感性を持っている人の方が、豊かな人生を歩んでいけるでしょう。
 
 豊かな感性は、教え込むことでは育まれません。五感を含む身体機能をフルに活用して、身体感覚を通した経験の積み重ねが必要です。例えば、ロウソクの炎に手を近づけるとどんな感覚が得られるか、炎に触ると手はどうなるか、炎はどうして燃え続けるのか、炎を消すにはどうしたらよいのかなど、目の前にある炎について感じること、考えることを、経験することです。炎はどのようにして燃え続けているのかを不思議に思い、個体のロウソクが液体になるのを見、それが見えないロウソクの気体になって酸素と結合して新しい分子になるイメージを持つ、これが感性することであり、物理することです。
 

2. 感性工学を構成する要素の「感性社会学」

 人間の感性は、その人の属する文化や歴史、風土、技術の発展やその普及の度合い、つまりは広い意味での社会の在り方によって大きく規定されています。実際、経験的事実が示すように、異なった文化圏には異なった感性があります。そして、多くの場合、その差異は同じ文化圏に属する個人間の感性の差異よりも大きいのです。このように感性は個人的なものであると同時に社会的なものでもあります。
 
 これまで、知的な情報処理能力(知性)に頼って物事を処理していけば、平和で豊かな社会を形成できると信じてきましたが、知性だけでは現状の困難な問題を克服していくことはできないことが解ってきました。人間の能力の中でも感性は特に重要であり、感性という視座から人間を捉え直し、社会を見直すことにより、知性だけでは解決しきれなかった諸々の問題に立ち向かうことができます。
 
 現状の社会は、環境問題や紛争など逼迫した様々な問題を含んでおり、これらの解決なしに次の社会を展開していくことは不可能です。これらの問題の根元には、エゴイスティックな人間の欲望があります。人間が欲望を満たすために、互いに自由に競争し勝ち抜いていくことは正義であり、それにより世界は豊かになりましたが、その結果として現在の混迷する社会があります。欲望がなければ我々は生きていくことはできませんが、同時にエゴイスティックな欲望のみでは、我々の社会は破...
綻に突き進むでしょう。
 
 社会は、多数の人間で成り立っているので、環境問題や紛争などの社会的問題の解決は、社会の構成員としての人々の人格にかかっています。人々が研ぎ澄まされた豊かな感性を備えた人格者になれば、環境汚染や紛争を減じることができるでしょう。人と人との関係の形成能力としての感性、人と環境との関係をよりよいものにしてゆく創造的能力としての感性、を活用しコントロールすることによって、豊かな社会を形成することができます。感性社会学は、心理学や認知科学の成果を積極的に吸収しながら、感性をそれらの基礎概念によって構成される上位の概念として位置づけ、そこから社会性の問題にアプローチします。
 
 次回は、感性工学の全体を振り返って、今後なすべきことを整理します。
 
【出典】
・日本学術会議、専門委員会、平成17年8月30日「現代社会における感性工学の役割」報告書
 

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