レオロジーを深く知る(その9)物質の三態とその由来

 
  

前回のレオロジーを深く知る(その8)物質の三態とその由来に続けて解説します。

【目次】

    1.5 固体と液体

    これまで、ミクロな視点から固体と液体の違いについて考察してきました。この違いをイメージするために、ミクロな描像を考えて粒子に着目しましょう。固体においても液体であっても、それぞれの粒子は雰囲気温度に対応した熱エネルギーによって、常に揺り動かされています。

     

    低温で形成される固体においては、図 6 や図 7 に示した「ポテンシャルの井戸」の深さが粒子の熱運動を抑制することになります。この結果、固体では、それぞれの粒子がポテンシャル井戸の底近くで振動して内部構造を形成します。一方、高温の液体では、熱揺動が大きくなるためポテンシャルの井戸を超えて粒子は移動することができ、多くの粒子が相互作用して乱雑な状態を形成します。

     

    このようなイメージに基づいて相転移を見直すと、図 17 に示したように、雰囲気温度が低い場合に拘束されていた粒子が、融点を迎えることでその拘束から逃れて移動を開始するというミクロな描像とマクロな振る舞いがつながってくると思います。

     

    図.17 固体と液体の相転移

     

    2. 流れるとは?

    さて、これでようやく準備が整ってきましたので「流れる」という重要な概念について考えてみましょう。

     

    2.1 マクロな変形と粒子の移動

    まず、流れるということをマクロな観点から見てみましょう。たとえば、コップの中の水は自発的に動きません。これは、水がコップの形にしたがって静止しているからです。逆説的に考えると、物質が流れるとは、その拘束を解き、マクロな変形を与えることで生じると考えられます。具体的には、コップを傾ければ水は傾いた方向に流れ出します。

     

    このプロセスをミクロな視点で考えると、マクロな変形に伴い粒子同士の相互関係も変化し、その結果として水分子は位置を変えて流れる方向へ移動すると考えることができます。もともと、粒子の運動は等方的にどちらへも均等に移動しようとしています。そこに粒子同士の相対位置が変化することで、一部の粒子は居心地の悪い状態になり、その結果として新たな配置が生じます。それらのミクロな移動の結果として、マクロな変形に従うように粒子の位置が最適化していくことになります。

     

    図.18: 流動のミクロなイメージ

     

    2.2 固体と液体の境目を時間的観点から考えると

    次に、時間的な視点から固体と液体の境目を考えてみましょう。

     

    2.2.1 速い変形を考えた場合

    液体が固体的な振る舞いを示すことがあります。急速な変形が加わると、液体は固体のように振る舞います。たとえば、高速で水にダイブすると、水は固体のように堅い反応を示すことはご存知でしょう。つまり「速い変形に対しては、液体が固体的に」なるわけです。

     

    2.2.2 長時間にわたる変形では

    また、長時間にわたる変形により、固体も液体的な性質を示すことがあります。氷河やコールタールなどの例があります。標語的には「長時間にわたる変形では、固体も液体的に」なるということです。この長時間変形で固体が流れるという現象は、ここまで考えてきた単純な結晶のモデルでは理解しにくいのですが、次に示す「ガラス状態」ということを考えれば、イメージできるようになってきます。

     

    図.19 ダイビング

     

    図.20 コールタールの流動実験

     

    2.3 結局、固体と液体の境目は?

    これら 2 つの振る舞いをまとめると、変形する際の時間に応じて、物質の応答は変化するということになります。したがって、時間という因子を明確に定義しないと、固体と液体の境目というのはいささか曖昧になってしまうわけです。

     

    3. ガラス状態

    実際の物質においては、液体からの冷却によって常に結晶化するとは限りません。よく知られた例が、窓ガラスのように急冷したガラスです。この状態は、非晶質:アモルファス注)と呼ばれ、普通の時間スケールでは流れないため、マクロには固体と見えます。

    注)amorphous は、形を持つという意味の morphous に「非」を意味する接頭辞である a-が付いた語であり、結晶のような長距離秩序(要するに遠くまで規則的に並んでいること)を持たないことを表しています。

     

    図.21 ガラスの製造

     

    3.1 ガラス状態とガラス転移

    物質がガラス状態に達すると、そのミクロな構造がどのように変化するのでしょうか?

     

    ガラス状態では、粒子が結晶化せずに固まります。ミクロに見ると、粒子は整列していなくて、瞬間的な粒子の配置状態は液体と見分けがつきません。図 22 に示したように、液体からガラスへと変化する際には、結晶化とは異なり体積に飛びを生じることなくガラスへの転移に伴い傾きの変化が生じます。この現象はガラス転移と呼ばれます。ただ、比熱には違いが生じますが、結晶化のような一定温度での飛びとは異なり滑らかな変化となる場合が多いことが知られています。

     

    ガラス転移について、もう少し考えてみましょう。直感的には、単純な粒子であれば並びやすいことは容易にイメージできるでしょう。一方、複雑な形状を有する粒子では粒子同士の並び方に選択肢が多くて、全部が同じように並ぶ状態(結晶)を取りにくいということも、なんとなく想像できると思います。

     

    3.2 ポリマーのガラス転移

    ポリマーのガラス転移を考えてみましょう。ビーズが連なっているポリマーは非晶質であり、ガラス転移により固まります。この過程を分子動力学シミュレーションで観察すると、液体と固体の境界がどのように変化するかが理解できます。

     

    図.22 ガラス状態とガラス転移

     

    図 23 に、ビーズが 2 つの単純なポリマーを、分子動力学シミュレーションで液体状態の高温から少しずつ冷却した結果を...

    示しました。高温側の傾きのきつい領域が液体です。T=0.46 近傍で、体積の飛びを示すことなくガラス化が生じています。この温度より低温の傾きがゆるい領域が、ガラス状態ということになります。図中の左に、T=0.1 での粒子の状態のスナップショットを示しました。液体の状態と同様に、それぞれの鎖はランダムに並んでいることが確認できます。

     

    図.23 ポリマー (N=2) のガラス転移のシミュレーション

     

    3.3 ガラス状態での粒子の運動

    ガラス状態での非晶とは、このように液体と同等な並び具合を持って、それぞれの粒子が動けなくなっている状態なのです。また、それぞれの粒子は、その雰囲気温度に対応する程度の摂動(安定な状態の近くでの微小な運動)は生じています。このような状況をイメージすることができれば、ガラス状態のものが長時間の観察において少しずつ流動するということもなんとなく納得できると思います。

     

    次回に続きます。

     

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